2019/01/01

新年明けましておめでとうございます

新年明けましておめでとうございます。本年も何とぞよろしくお願いいたします。

2019年は2月末に単著で『メディア・リテラシーを高めるための文章演習』という本を出版いたします。初稿を年末に入稿したばかりですが、新しいスタイルの「メディア・リテラシー」+「文章演習」本に仕上がっていると感じています。ぜひご一読頂ければ幸いです。

『吉田修一論 現代小説の風土と訛り』もまだまだ好評、発売中です。初版の在庫も残り少なくなりました。

1月6日より、西日本新聞文化欄で毎週日曜日に連載中の「現代ブンガク風土記」が再開します。今年も「現代」を代表する、「地方」を舞台にした小説について、土地と人間の現代的な関わりを中心に、様々な文脈から論じていきますので、こちらもよろしくお願いいたします。

年末年始も休まず働いています。何だかんだで、原稿の仕事が途切れないことは、実に喜ばしいことです。

昨年、「現代ブンガク風土記」で取り上げた小説のリストは、下記の文教大学のHPに一覧が掲載されています。
http://www.bunkyo.ac.jp/news/media/20180404-02.html

皆さまにとりまして2019年がよい一年でありますように!


2018/12/23

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第39回 村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」の第39回(2018年12月23日)は、村上龍の長編3作目『コインロッカー・ベイビーズ』について論じています。表題は「炭鉱と渋谷 暗黒的な未来」です。写真は長崎の池島炭鉱で私が撮影したものです。

村上龍はその代表作を20代から30代に記した早熟の作家として知られています。横田基地近くでの奔放な性体験と薬物に浸った経験を基にして「限りなく透明に近いブルー」を記し、二四歳で群像新人賞と芥川賞を受賞。360万部を売り上げています。

ただこのような作家としての飛躍は、1980年に発表された長編3作目の『コインロッカーベイビーズ』の成功なしにはあり得なかったと思います。この作品の魅力は、荒削りでダイナミックなストーリーと、地方の生活者の視点から捉えた細やかな日常の描写の双方にあると思います。岡崎京子の『PINK』など、この作品が日本のサブカルチャーに与えた影響は大きく、若き村上龍の、大胆で才気に満ちた代表作だと思います。

今年は西日本新聞の日曜日の文化欄に「現代ブンガク風土記」を連載し、12月23日の39作品目で、年内の連載は最後です。新年の連載は1月6日より再開します!

2019年2月末には『メディア・リテラシーを高めるための文章演習』を刊行予定です!


2018/12/21

西日本新聞・文化欄「今年の収穫」

西日本新聞12月17日(月)の文化欄「今年の収穫」で、2018年度に発表された小説の中から、印象に残った3つの作品を紹介しました。私が選んだのは、以下の作品です。

辻仁成『真夜中の子供』
吉田修一『国宝』
青来有一「フェイクコメディ」

今年は西日本新聞の日曜日の文化欄に「現代ブンガク風土記」を連載し、38作品を取り上げました。(12月23日の39作品目で、年内の連載は最後です。新年の連載は1月6日よりスタートします)


2018/12/16

『吉田修一論 現代小説の風土と訛り』好評販売中!

『吉田修一論 現代小説の風土と訛り』、好評販売中です! ジュンク堂や丸善、ブックファースト、有隣堂、紀伊國屋書店など、多くの書店で、目立つ位置に置いて頂いております。

左右社のHPでの紹介
http://sayusha.com/catalog/books/literature/p9784865282108

吉田修一氏の公式Twitterでも、スタッフの方にご紹介を頂きました!
https://twitter.com/yoshidashuichi/status/1052891603755458561

週刊読書人(2019年2月15日 第3277号)で、陣野俊史氏(批評家・作家、立教大学特任教授)に『吉田修一論 現代小説の風土と訛り』の書評を頂きました。「反時代的な文芸批評 きわめて本質的な文学の「場所」へ」というタイトルで、吉田修一の作品を通して長崎という場所について批評することの意味について、同じ長崎出身の陣野氏らしい観点から、鋭い深い分析を頂きました。こういう書評を頂くと、今後の仕事の励みになります。
https://dokushojin.com/article.html?i=5036

図書新聞(第3379号 2018年12月8日)で、三輪太郎氏(作家・評論家、東海大学教授)に『吉田修一論 現代小説の風土と訛り』の論評を頂きました。「ノイズは白昼夢の路地裏に生い立つ――思考を誘発する侮りがたい力」というタイトルで、拙著の要点について踏み込んだ分析を頂きました。読み応えのある内容で嬉しく拝読しました。
http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/week_article.php
左右社のHPでの書評の紹介
http://sayusha.com/news/p201812071840

AERA(朝日新聞出版)2018年11月12日号で、リブロの野上由人さんにご紹介を頂きました!
書店員さんオススメの一冊/吉田作品を長崎という風土からとらえる

下記のリンクで全国の書店の在庫状況が分かりますので、ぜひチェックのほどよろしくお願いいたします!! 全国の図書館でも多く収蔵を頂いています。


有隣堂 各店舗の在庫状況
http://book.yurindo.co.jp/book.asp?isbn=9784865282108

honto・ジュンク堂の在庫状況
https://honto.jp/netstore/pd-store_0629273869_14HB320.html

紀伊國屋書店 各店舗の在庫状況
https://www.kinokuniya.co.jp/disp/CKnSfStockSearchStoreSelect.jsp?CAT=01&GOODS_STK_NO=9784865282108

楽天ブックス
https://books.rakuten.co.jp/rb/15639255/

Amazon
https://www.amazon.co.jp/dp/4865282106/

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第38回 多和田葉子『献灯使』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」の第38回(2018年12月16日)は、多和田葉子の全米図書賞受賞作『献灯使』について論じています。表題は「皮肉たっぷりの『震災文学』」です。

スケールの大きな震災文学で、この小説は福島第一原発事故を念頭におきながら、土壌汚染と海洋汚染が進行した近未来の日本を描いています。日本は「前回の大地震」で「海底に深い割れ目」ができた状態にあり、政府は民営化されていて、インターネットは遮断され、鎖国状態に置かれています。

作品の主な舞台は多和田葉子が育った東京西部の多摩地区で、東京23区が「長く住んでいると複合的な危険にさらされる地区」に指定された影響から、仮設住宅が建ち並んでいます。子供たちは、総じて健康状態が悪く、老人たちはなぜか長生きするようになり、70代の後半の老人ですら「若い老人」と呼ばれ、肉体労働に従事して社会を支えています。主人公は107歳の老人です。

描写の一つ一つに、高齢化していく現代日本に対する風刺と皮肉が込められていて、実験的で面白い作品です。多和田葉子らしい喜劇と悲劇が入り交じった、震災文学の傑作だと思います。




2018/12/09

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第37回 桐野夏生『ファイアボール・ブルース』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」の第37回(2018年12月9日)は、桐野夏生『ファイアボール・ブルース』について論じています。表題は「片隅で輝く『荒ぶる魂』」です。

桐野夏生は、柔道家出身で女子プロレスのリングに上がる神取忍をモデルとしてこの作品を記しています。神取は15歳の時に町道場ではじめた柔道で、全日本選手権を3連覇していますが、当時、女子柔道はオリンピックの正式種目ではなかったため、プロレスラーに転向。後楽園ホールでデビューし、格闘技に近いスタイルで人気を博して「ミスター女子プロレス」「女子プロ界最強の男」などの異名をとりました。その後、参議院議員も務めています。

この作品は外国人女子レスラーが失踪した謎を解くミステリー作品ながら、最盛期を過ぎた女子プロレスの舞台裏を若手レスラーの視点から描いた小説でもあります。選手たちは水着姿でサイン会を行い、ファンに体を触られる屈辱を受けており、西川口のオートレース場のそばの小さな家具工場の片隅で練習を重ねながら、事務所で電話番やコピー取りをして団体を支えています。

女子プロレスは、怪我のリスクと年収の低さを考えれば、世の中で最も「割に合わない仕事」の一つといえます。ただ現代では、日本の女子プロレスは、YouTubeを通して世界中の人びとの人気を集め、日本のリングから巣立った選手たちが、アメリカのWWEでトップレスラーとして活躍しています。日本の女子プロレスが国際的に再評価された現代の視点から、読み返すと非常に興味深い作品です。







2018/12/02

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第36回 多和田葉子『犬婿入り』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」の第36回(2018年12月2日)は、多和田葉子の芥川賞受賞作『犬婿入り』について論じています。表題は「古い集落と新興地の『間』で」です。

2018年11月に多和田葉子は『献灯使』で、アメリカを代表する文学賞の一つ、全米図書賞(翻訳部門)を受賞して英語圏でも評価を高めています。「犬婿入り」は1993年に芥川賞を受賞した作品で、女性と犬との婚姻を題材とした「異類婚姻譚」と呼べる内容です。異類婚姻譚の中では「鶴女房(鶴の恩返し)」が広く知られていますが、「犬婿入り」は、老人が農業用水と引き替えに蛇や河童に娘を嫁がせる「蛇婿入り」や「河童婿入り」などの昔話をモチーフにした作品です。

多和田葉子は現役の日本の作家の中でも、異なる共同体の隙間にある現実感を「間主観」的に描くのが上手いです。「犬婿入り」を読むと、このような多和田の小説が、多摩川沿いの昔ながらの宿場町と、団地や新興住宅地との「間」で培われたものであるように思えます。「犬婿入り」は、国際的に評価される作家となった多和田葉子の「小説の風土や原風景」が感じられる作品です。


2018/11/25

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第35回 絲山秋子『イッツ・オンリー・トーク』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」の第35回(2018年11月25日)は、絲山秋子のデビュー作『イッツ・オンリー・トーク』について論じています。表題は「不器用な人びとの繊細な時間」です。

写真は蒲田の「西六郷公園(通称・タイヤ公園)」で、京浜東北線や東海道線をよく利用する人は、車窓から見たことがあるかも知れません。私は前任先の慶應義塾大学の研究所で助教をやっていたときに、この近くに住んでいました。



この小説は男性的な街、蒲田を舞台に、私と関係を結ぶ、社会から逸脱した男たちを描いた作品です。「粋」のない下町が蒲田なのだとか。「私」は大学卒業後に新聞社に就職し、ローマ支局に赴任していたが、精神病院に一年間入院し、キャリアを棒に振った過去を持っています。「出遅れ組は呆れるほどの時間をむしっては捨て、むしっては捨てしている」と、絲山は自己を含めた人間たちの不器用さを、小説の中心的な題材として描いています。

絲山秋子は、社会で器用に立ち回ることのできない、繊細な感情を持つ人びとの内的な時間を優しく描くのが上手い作家です。「イッツ・オンリー・トーク」は、その絲山が自己の価値判断を手がかりに、現代日本の社会秩序と四つに組み、不器用な男たちを仲間に引き込んで戦いを挑んだ、闘争心あふれるデビュー作です。

今年の年末は「現代ブンガク風土記」を書きつつ、2019年2月末に刊行予定の「メディア・リテラシー/文章演習本」の原稿を、猛烈な勢いで書いているところです。何とか12月中に仕事をひと段落させて、年末年始は穏やかに過ごしたいものです。

2018/11/18

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第34回 伊坂幸太郎『ゴールデンスランバー』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」の第34回(2018年11月18日)は、伊坂幸太郎の『ゴールデンスランバー』について論じています。表題は「近未来舞台 監視社会を風刺」です。

暗殺をテーマとした小説は様々なジャンルでありますが、「ゴールデンスランバー」は日本で多くの読者に読まれた作品の一つだと思います。4年ほど前に韓国では、安重根が現代に蘇って日本の総理大臣を暗殺するという内容の「安重根、安倍を撃つ」が話題となりました。日本でも「仁義なき戦い」で知られる笠原和夫が脚本を書いた「日本暗殺秘録」のように、暗殺の歴史を描いた名作映画は存在しますが、暗殺を主題とした小説で広く読まれた作品は珍しいと思います。

一見すると現代日本を舞台にした首相暗殺事件は非現実的なものに見えます。ただ戦前の総理大臣の経験者のうち、6名が暗殺で命を落としていることを考えれば、現代日本でも「暗殺事件」を通して、その背後にある政治権力の闇と向き合う「文学的な想像力」は必要なものだと思います。現代日本が、別の社会秩序に支配されるかも知れないという現実感の中で、監視社会化が進行した社会秩序のあり方に疑問を投げかける「社会風刺」の力に満ちた作品です。



2018/11/11

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第33回 有川浩『フリーター、家を買う。』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」の第33回(2018年11月11日)は、有川浩の『フリーター、家を買う。』について論じています。表題は「郊外に潜む闇と再生力」です。写真はドラマ版の舞台となった東急田園都市線の市が尾駅近くです。

この作品は正社員を辞め、フリーターとなった25歳の誠一を主人公とした物語です。私たちが現代的な風景として受容しているショッピングモールやチェーン店舗が建ち並ぶ風景は、正規雇用の半分ほどの額で働く非正規雇用の人びとによって支えられています。

「私自身が内定いっこも取れなくて社会人になってから数年間バイトや派遣で凌いだという切ない経歴の人でしたので、逆境スタートのほうがしっくりきた」と有川浩は「単行本版のあとがき」で記しています。彼女は自己の経験を踏まえ、非正規雇用で若者に着目して、2007年から2008年にかけて「フリーター、家を買う」を記しています。

有川の作家人生とも重なるこの作品は、フリーターという言葉が死語になるほど、非正規雇用の仕事が一般化した現代でも生々しく、一見すると裕福な東京郊外の住宅地に潜む、「家庭の闇の深さ」と「家族の再生力の強さ」の双方を巧みに捉えています。