2017/05/27

メキシコ・シティ

 カンファレンスまで時間があったので、メキシコ国立自治大学(UNAM)の知人を訪ねました。写真はフアン・オルゴマンのモザイク壁画で覆われた中央図書館で、アステカ文明の繁栄とスペイン植民地時代の圧政を、北面と南面で対照的に表現しています。


 UNAMはアメリカ大陸で2番目に古い1551年の開学で、メイン・キャンパスは2007年に世界文化遺産にも登録されていて、オクタビオ・パスのようなノーベル賞作家(詩人・批評家)も輩出しています。訪れたことのある大学の中では、おそらくモスクワ大学に次いで広く、1968年のメキシコ五輪の競技場もキャンパス内で、複雑なバス路線が張り巡らされています。街の中心部からやや離れていますが、地下鉄で5ペソ(約30円)で行くことができます。大学近くの屋台のご飯も安くて美味しかったです。

 メキシコ・シティは、何より壁画が魅力的です。例えばメキシコの教育省は、ディエゴ・リベラが描いたメキシコ革命をテーマとした壁画で覆われていて、今でも丁寧な補修が施されています(写真)。


 昨年、デトロイトで、リベラの「デトロイト産業」をみて感銘を受けたのですが、メキシコ・シティにあるリベラの壁画は更にスケールが大きく、メキシコの地に根を張ったオーラと説得力が感じられます。
 宮殿に描かれた「メキシコの歴史」(写真)や公園横の壁画館の「アラメダ公園の日曜の午後の夢」も一見の価値があります。リベラの作品は、庶民の日常生活を丹精に描いているのが特徴で、バルザックやドストエフスキーの作品のように、都市に集まる雑多な人々の「人間臭さ」が壁面に横溢しているので、インパクトが強く、感動が尾を引きます。


 その他、印象に残ったのは、レフ・トロツキー博物館。街の中心部から地下鉄を乗り継いで20分、最寄り駅から徒歩20分という場所にあるため、観光客はあまりいないのですが、トロツキーの生活感あふれる写真と、スターリンの刺客に備えて要塞化した自宅の展示は、見応えがありました。リベラもトロツキーに傾倒しています。トロツキーはメキシコ郊外で暗殺された、という記述をよく目にした記憶がありますが、郊外というほど中心部から遠くもない場所でした。
 展示を見ていると、ロバート・キャパの写真のような「熱情的な革命家」の姿とは異なるトロツキー像が浮かび上がってきます。死の直前、トロツキーは息子を暗殺され、スターリンを批判する本を書いていたところ、内通した刺客にピッケルで頭を刺されて死に至るわけですが、死の間際の生々しい写真も記録されています。大学院の時に『裏切られた革命』を読みましたが、ロシアを追われメキシコに流れながら執筆を重ねたトロツキーの苦労が、写真の展示と要塞化された自宅を通して実感できた気がします。


 ロシア革命に関わる文化人の博物館では、モスクワのマヤコフスキー博物館が群を抜いて展示が充実していましたが、トロツキー博物館も、メキシコという土地らしい展示で味わいがありました。思想家の博物館は展示が難しく、過去に観た中ではトリーアのカール・マルクス・ハウス(と市立博物館の展示)が、様々な工夫を凝らしていて面白かったですが、トロツキー博物館は、写真と住居の展示を中心とした落ち着いた内容で、周辺の街の雰囲気と調和していて良かったです。

 メキシコシティの中で最も感銘を受けたのは、ベジャス・アルテス宮殿で上演されている「Folkloric Ballet of Mexico」。メキシコの様々な時代の舞踊と音楽を現代風にアレンジして1時間半ぐらいに集約した「舞踊と音楽のショー」です。トリップアドバイザーの英語の口コミで大絶賛のコメントが多かったので、試しにチケットを購入したところ、期待以上の内容でした。
 モンゴルのウランバートルで舞踊と音楽を観たとき、その多様性にモンゴル帝国の統治範囲の広さを感じたのですが、メキシコの場合は、ユカタン半島からグアナファト州にかけて多様な文明が存在していて、それがスペインの舞踊と音楽と融合しているのが面白いと思いました。
 日本で言うとコクーン歌舞伎と京都のギオン・コーナーを混ぜ合わせたような舞台ですが、舞台も広くて演者も多く、舞踊と音楽に確かな教育と競争が行き届いていることが実感できました。