2019/01/27

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第43回 村上龍『69 sixty nine』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第43回 2019年1月27日)は、村上龍の佐世保を舞台とした代表作『69 sixty nine』について論じています。表題は「時代の熱狂と佐世保描く」です。

私の高校時代、村上龍の「69 sixty nine」は、抑圧的な校風を持つ長崎の県立高校の学生にとって、バイブルのような本でした。村上龍は66歳となった現在でも、佐世保北高校時代の自身をモデルにした「69 sixty nine」の「ヤザキ」のその後の人生を生きているように思えます。

青春小説ですが、一九六九年という時代と、佐世保という場所、フェスティバルに向かう筋書きが一致した、明瞭な構成を有した作品です。また学生運動の流行や、引用される音楽や映画、米軍基地のある街の雰囲気、市街地と閉山の近い炭鉱町との落差など、時代の雰囲気を感じさせる描写に満ちています。

「69 sixty nine』のように戦後日本の歴史に残る時空間を、ユーモアを交えながら颯爽と描いた文学作品は珍しいです。一九六九年の佐世保を、カロリーの高い「フェスティバル」と、青春の熱狂を通して描いたこの作品は、若者の熱量が目に見えにくい時代だからこそ、多くの読者に愛読されてきたのだと思います。





2019/01/26

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第42回 今村夏子『こちらあみ子』

2019年3回目の西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第42回 2019年1月20日)は、今村夏子の代表作『こちらあみ子』について論じています。表題は「『障害者』を隣人として描く」です。校務と来月末発売の書籍の入校作業で立て込んでいて、更新が遅くなりました。

今村夏子は寡作ながら、作品を発表する度に注目される作家です。本作や「星の子」など、子供の視点から日常を描いた作品が味わい深く、読みやすい文章ながら日常の底を見通すような描写が魅力的です。「こちらあみ子」の刊行後、6年近くも新しい小説が発表されませんでしたが、2016年に福岡市に拠点を置く書肆侃侃房のムック本に掲載された、わずか57枚の短編「あひる」が芥川賞の候補作となり、今村夏子の作家としての才能が再評価されました。

この作品は、現代日本に埋もれた軽度の障害者の児童虐待を告発した作品であるとも読み取れます。ただ今村夏子は「あみ子」を「病」を持った同情すべき存在として描くのではなく、同じ社会を生きる対等な人間として描いています。一括りに「障害者」と呼ばれる人びとの内面を、その発達過程に生じる喜怒哀楽を通して、同じ社会を生きる「人間臭い隣人」として描いた小説は、極めて珍しく、これから発表される作品が楽しみな作家の一人です。




2019/01/13

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第41回 舞城王太郎『熊の場所』

2019年2回目の西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」の第41回(2019年1月13日)は、舞城王太郎の代表作『熊の場所』について論じています。表題は「地方で起こる無意識の暴力」です。

舞城王太郎は、出身地の福井県や、居住経験のある東京郊外の調布市を舞台にした作品を記しています。巨熊から逃げ切った「僕」の父親が、福井訛りの言葉で「この世のどっかに、自分の行けん場所があるなんて、俺、嫌でなあ」と呟き、巨熊との再対決に向かうシーンが読後の印象に残ります。

『熊の場所』は福井を舞台としていますが、内容の上では一九九七年に起きた神戸連続児童殺傷事件をモチーフにしています。二〇〇一年のデビュー直後に書かれた舞城王太郎の作品は、テロ事件や通り魔、児童殺傷事件を題材として、地方や郊外の町で起こる無意識的な暴力の連鎖をテーマとしています。

『熊の場所』は、村上春樹が『ねじまき鳥クロニクル』で描いた満州やノモンハンを舞台に描いた「辺境で生じる理不尽な暴力」を、現代的な問題として引き受け、現代小説らしい表現方法でアクロバティックに展開した傑作だと思います。


2019/01/06

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第40回 辻仁成『真夜中の子供』

新年の西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」の第40回(2019年1月6日)は、辻仁成の新作『真夜中の子供』について論じています。表題は「夜の街中州で育つ無戸籍児」です。

辻仁成の最新作「真夜中の子供」は西日本最大の歓楽街・中州で生まれ育った、無戸籍の子供を描いた作品です。中州を代表する文学作品と言える出来映えで、すでに辻仁成の監督で映画化が決まり、ホームページも立ち上がっています。

福岡の中州は大阪の北新地と並んで西日本最大と言われる歓楽街です。その一方で、中州と言えばこれ、という文学作品は久しくありませんでした。この背景には、武士の町・福岡と商人の街・博多が九州を代表する大都市となり、戦後復興の過程で、高層ビルが建ち並ぶ人工的な風景となった影響があると思います。

江戸時代、福岡は長崎や薩摩に比べると小さな街でしたが、明治維新後に鎖国が解かれて、博多港を中心に大陸との貿易の拠点として発展します。明治末には政府の機関や帝国大学が設置されて、西日本を代表する都市となり、この過程で、モダンでエキセントリックな街並みが作られます。

1945年6月の福岡大空襲で、市街地の大部分が廃墟と化しますが、戦後は、福岡は大陸からの引き揚げの拠点となり、朝鮮戦争の時代には米軍の前線基地として、急速な経済発展を遂げていきます。しかしその一方で、戦前に夢野久作や檀一雄、長谷川町子が愛でた歴史的な街並みは、一部の場所を除いて姿を消し、文学作品の舞台として取り上げられることも少なくなってしまいます。

詳細は本文で記しましたが、辻仁成がパリで経験した子育ての経験が生きた作品で、作家として一回り大きくなったことを物語る作品です。フランスでフェミナ賞外国小説賞を受賞した『白仏』の系譜に繋がる読み応えのある現代小説です。



2019/01/01

新年明けましておめでとうございます

新年明けましておめでとうございます。本年も何とぞよろしくお願いいたします。

2019年は2月末に単著で『メディア・リテラシーを高めるための文章演習』という本を出版いたします。初稿を年末に入稿したばかりですが、新しいスタイルの「メディア・リテラシー」+「文章演習」本に仕上がっていると感じています。ぜひご一読頂ければ幸いです。

『吉田修一論 現代小説の風土と訛り』もまだまだ好評、発売中です。初版の在庫も残り少なくなりました。

1月6日より、西日本新聞文化欄で毎週日曜日に連載中の「現代ブンガク風土記」が再開します。今年も「現代」を代表する、「地方」を舞台にした小説について、土地と人間の現代的な関わりを中心に、様々な文脈から論じていきますので、こちらもよろしくお願いいたします。

年末年始も休まず働いています。何だかんだで、原稿の仕事が途切れないことは、実に喜ばしいことです。

昨年、「現代ブンガク風土記」で取り上げた小説のリストは、下記の文教大学のHPに一覧が掲載されています。
http://www.bunkyo.ac.jp/news/media/20180404-02.html

皆さまにとりまして2019年がよい一年でありますように!