2022/12/14

「没後30年 松本清張はよみがえる」第28回「張込み」

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第28回(2022年12月14日)は、映画版で広く知られる短編「張込み」について論じています。担当デスクが付けた表題は「刑事の目通して描く つかの間輝き放つ女」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。様々な隠し事を抱えた家族が「郊外の日常」を取り戻していく姿を描いた、角田光代の『空中庭園』とのmatch-upです。

「張り込み」は、泥臭い捜査で犯行の動機と真相に迫る「叩き上げの刑事」を描いた最初期の短編です。「顔」に続いて1958年に映画化され、高峰秀子が演じるさだ子の悲哀と、大木実が演じる刑事の人情が、多くの人々を魅了しました。後に「砂の器」などで知られる野村芳太郎が監督した最初の清張作品で、助監督は若き山田洋次です。映画版の冒頭で九州行きの電車の車内の混雑と、ランニング一枚で汗を流しながら長旅に耐える刑事たちの姿が描かれ、「張り込み」が容易ではないことが暗示されます。

 やがて石井とさだ子はバスに乗り、平凡な日常から逃れるように温泉宿へと旅立っていきます。さだ子は「別な生命を吹込まれたように、踊りだすように生き生きとしていた。炎がめらめらと見えるようだった」と形容されています。前半の張り込みの描写の「緊張」と、後半の逢瀬の描写の「弛緩」が対照的な作品で、平凡な暮らしを送るさだ子が、石井との逃避行に魅了される姿が輝いて見えます。銃撃戦もメロドラマも起きず、映画版で高峰秀子が演じるさだ子が何事も無かったかのように日常に帰っていく姿が健気です。

 28回目に至っても有名な作品が数多く残っているのが、松本清張のすごい点だと思います。平日の連載のため年末年始は掲載が少ないですが、年明けは第29回から再開します。1月は西田藍さんとの恒例の直木賞予想対談も掲載予定です。今回も優れた作品が候補作に挙がっています。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1027983/

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 The New York Times(と The Japan Times)の月極宅配が、1月から7500円に値上げとか。朝日の英字版やIHTだった頃から、20年ぐらい購読しているので習慣として止めにくいですが、数年前まで5000円ぐらいだったことを考えると、割高感がすごいです。NYTだけオンラインでサブスクライブしようかな、と常識的には考える訳ですが、輪転機と製紙産業を守るために1万円ぐらい出すので、西海岸のL.A. Timesなど、もう一紙付けてほしい。

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 宮崎駿の10年ぶりの新作「君たちはどう生きるか」が、2023年7月の公開ということで楽しみ。公開されたポスターが吉野源三郎の同名小説と全く関係なさそうなのが良いです。「風立ちぬ」と同様に、オリジナルの内容に期待してます。15年ほど前に宮崎駿の新書を書いた時、「崖の上のポニョ」の試写を九段会館で観ましたが、その後、九段会館は震災で無くなり、しばらく「崖の上のポニョ」が放送されなくなり(津波のシーンのため)、その後も、「風立ちぬ」一作。80歳を超えての新作とは、松本清張や大西巨人、金石範のようなバイタリティです。例えばスイスのJungfraujochの登山電車で宮崎が描いたハイジが流れるのを見たり、インドのMumbaiで未来少年コナンのTシャツを着ている人を見かけるなど、国際的な影響力が「日本の作家」の中で群を抜いています。たぶんどこかに何か書くと思います。

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 今年のCollege FootballのPlayoffは、Ohio Stateをアウェイでupsetしたミシガン大学(University of Michigan)を応援しています。10万人超のクレイジーなスタジアムを持つ名門校で、昨年はOrange Bowlでジョージア大学に敗れましたが、今年は勢いがあります。勝てば1997年以来で、メディアの期待も高まっています。rust belt のrivalryをplayoffの決勝でも観たい。NFLは「地獄の黙示録」のカーツ大佐のような雰囲気で、45歳で現役を続けているTom Brady(ミシガン大学出身、ドラフト6巡199位)を応援してますが、Mahomes君のKCかHurts君のPhillyなど若いチームが無難にSuper Bowlに出そう。昨年SBを獲ったStaffordはBradyより悪い成績で、試合を休みピザのCMに出まくってるので、Bradyには現役を続けてほしい。西海岸のチームへの移籍もありかも。

https://www.youtube.com/watch?v=2bnv2Qv1KHg

2022/12/06

「没後30年 松本清張はよみがえる」第27回『絢爛たる流離』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第27回(2022年12月1日)は、「婦人公論」に連載された、清張作品の魅力を分かりやすく実感できる秀作『絢爛たる流離』について論じています。担当デスクが付けた表題は「ダイヤが引き起こす 欲望と愛憎のドラマ」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。人間以外の存在が異なるコミュニティを渡り歩く作品として、馳星周の『少年と犬』とのmatch-upです。

 松本清張の作品としては珍しく、戦中に清張が従軍した朝鮮半島の描写があります。第三話「百済の草」と第四話「走路」は、主人公の「ダイヤモンド」が朝鮮半島で砂金採取を行う技師の妻に渡った頃の話で、朝鮮の全羅北道の井邑を想起させる架空の都市「金邑」を舞台にした作品です。韓国は高速バスが安くて便利なので、群山から光州に向かったときに、このあたりを通ったことがあります。

 松本清張が終戦を迎えたのは、光州の北に位置する全羅北道の井邑でした。『半生の記』によると清張は「朝鮮の西海岸の防衛に当たる新兵団」に所属し、軍医部付属の衛生兵として「最後まで飯炊きや、食器洗い、洗濯などの雑用に終始した」らしいです。玉音放送も「けたたましい雑音」で意味が良く分からず、「天皇がみずから戦局の挽回に士気を鼓舞するのかと思った」といいます。

「百済の草」と「走路」では、井邑と思しき町を舞台に、戦時中も変わらず情事や身の保身に溺れる人々の生き生きとした姿が描かれます。朝鮮半島を舞台にした作品については、後日、この連載で取り上げる林和(イム・ファ、中野重治の名詩「雨の降る品川駅」に応答した「雨傘さす横浜の埠頭」を書いたことで知られる)を主人公とした『北の詩人』を取り上げます。

 読者が感情移入した登場人物たちが、これほど数多く死を遂げていく小説が、他にどれだけあるでしょうか。過去の批評家の評価はそれほど高くない作品ですが、個人的には松本清張の「入門書」として最適な良作だと思います。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1024417/

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 Saturday Night LiveのSquid Gameネタが面白かったです。イカゲームでサバイブして獲得した賞金を全額New York JETSに賭けて大負けする「NYの番組らしい落ち」ですが、今年のNY JETSは予想外に強いので、収録時とのギャップに笑いました。ADHDを克服した23歳のクォーターバック、Zack Wilsonが、アメリカのメディアを驚かせる活躍をしています(今は休養中ですが復帰するのを楽しみにしています)。ドラフト時に彼をフェアに評価し、1巡2位で指名したGMとHCが偉かったと思います。最先端の「多様性」を文化やコミュニティに包摂する力に満ちたNew Yorkの街に相応しいフットボールチームの躍進を楽しみにしています。

When All You Can Do Is The Squid Game (Feat. Rami Malek) | SNL 47

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 柄谷行人さん(81歳)がバーグルエン哲学・文化賞をご受賞! 賞金100万ドル! お会いしたのは随分、昔ですが、自分も含め、細々と日本語で批評文を書いている人間にとって、非常に嬉しいニュースでした。「批評空間」の最終号の対談と、「en-taxi」の対談のまとめを担当させて頂いたのが20年ほど前でした。膨大な読書量と批評の射程の広さが実を結んだご受賞だったと思います。心よりお祝い申し上げます。

2022/12/01

「没後30年 松本清張はよみがえる」第26回『陸行水行 別冊黒い画集2』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第26回(2022年12月1日)は、『陸行水行 別冊黒い画集2』について論じています。担当デスクが付けた表題は「邪馬台国論争あおる ロマンと推理の結晶」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。特に「ロマンと推理の結晶」という見出しが考古学らしくて秀逸で、初稿ゲラを見て唸りました。古墳時代の王子の反乱を描いた『隼別皇子の反乱』などで知られる田辺聖子とのmatch-upです。

 東京の某大学の歴史科の講師・川田修一の視点から、邪馬台国の「九州説」に魅せられた人々の数奇な運命を描いた表題作を含む中短編集です。「陸行水行」というタイトルは、「魏志倭人伝」に記された距離の単位で、陸路の旅が陸行、海路の旅が水行という意味です。このような距離と移動手段の大雑把な表現が、邪馬台国の「畿内説(大和説)」と「九州説」の対立を生むことになりました。

「陸行水行」は松本清張が「邪馬台国のミステリ」と正面から向き合った最初の作品です。「古代史疑」(1968年)など一連の「邪馬台国もの」を通して、清張は「九州説」を唱え、「邪馬台国ブーム」の火付け役となりました。1986年から佐賀県で吉野ケ里遺跡が本格的に発掘されことも手伝って、晩年の松本清張は「九州説」を体現する象徴的な存在となりました。

 邪馬台国は佐賀でいいんじゃないかと、今でも吉野ケ里を訪れた九州北部の人は思っていると思います。纒向遺跡のある奈良県桜井(保田與重郎の故郷)も「古代史のロマン」を感じさせる、味わいのある土地ですが、個人的には、桜井を邪馬台国と見なすには「魏志倭人伝」の誇張された距離の記載と比べても、遠すぎるように思えます。

https://www.nishinippon.co.jp/sp/item/n/1022048/

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 年末なので仕事は溜まるばかりですが、何とかリトル・バイ・リトルで片付けています。ワールドカップについては、6年もサッカーをやっていたわりに、マラドーナとかジーコとか昔の選手しか知らず、学生にはヨーロッパの都市対抗のUEFA Champions Leagueの現地観戦を勧めています。クラブチームはナポリでマラドーナが英雄になったり、ドルトムントで香川が活躍するなど国際的なので、国別対抗戦より、コミュニティの形成に関わる深みがあります。たまにマニアックなサッカーファンに二度見されますが、私の息子が愛用している服は、スペイン・アンダルシア州のカディスCFのユニフォームで、学生には旅行して好きになった街のチームを応援することを勧めています。

 とはいえ12月の楽しみはサッカーではなく、NFLの終盤戦とアメリカの大学生たちのBowl Gamesです。2016年の大統領選挙の時に車でめぐり思い出深いラストベルトのチーム(オハイオ州立大など)やLSUやジョージアなど南部のチームをダイジェストでチェックしています。NFLは、NYの弱い方のチームを応援して30年ぐらい経つのですが、今年は20年ぶりぐらいに期待が高く、one of the biggest surprise in the leagueとか言われているので、月曜の朝からこちらの調子がくるっています。

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 宮台真司先生のご回復を心よりお祈り申し上げます。メディアで目立っている人間を狙い撃ちする、という行為が昔から絶えず、非常に残念に思います。退院されて快活にお話をされる姿を拝見するのを楽しみにしております。

2022/11/30

産経新聞(2022年11月29日)にコメントが掲載されました

 産経新聞(2022年11月29日)の「いまを紡ぐ 藤井聡太のことば ⑦ピンチ コロナ禍で対局できずとも『自分の将棋と向き合うことができた』」にコメントが掲載されました。将棋は詳しくはないのですが、編集長の小川記代子さんにお声がけを頂き、慶應の助教時代以来の15年ぶりのお仕事でした。藤井聡太さんが、AMDのRyzenシリーズでもトップクラスの処理速度を持つCPUを買ってPCを自作し、将棋AI水匠を使った将棋研究を行っている点に着目したコメントを掲載頂きました。

 以下、私のコメントの抜粋です。作家の今村翔吾さんがメインの記事で、立教大学の学生・宇田川さんのコメントも掲載されています。掲載紙と一緒に、来年の藤井聡太カレンダーをお送り頂いたので、息子の寝床に掲げようと思います。昔の名人みたいに命懸けで将棋を指されても困るのですが、PCは自作してほしいものです。

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 明治大専任准教授(メディア文化論)の酒井信(45)が「厳しい」と感じたのは、いわゆる「ポスドク」、大学院博士後期課程終了後の任期付き助教や研究員のときだ。任期中に一定の成果を上げ、終身雇用の立場になれるのか、不安は尽きない。

 酒井はプログラミングを学んだこともあり、英字ニュースの分析にビッグデータの解析を取り入れた。分野横断的な研究は注目を集め、3大学から一般公募で内定を得た。

「ストレスの多い中で成果を出せるか、ネガティブにならず前向きに新しいことにチャレンジできるかにかかっている」

<中略>

 ITに詳しい酒井は、藤井がパソコン(PC)を自作している点に注目している。PCの心臓部であるCPU(中央演算処理装置)にAMDの「Ryzen(ライゼン)」を使っている点が興味深い、と述べる。

「ライゼンの中でも処理速度がトップクラスの高額のCPUを使ってPCを自作し、将棋の研究をしている。AIを活用するにとどまらず、活用するための環境も自分でつくっている点が、素晴らしい」

 コロナ禍でも危機的状況でも、方法論自体を作れる、すなわちゼロからイチを作り出すことができる人は、外的変化に左右されずに自分の信じる道を突き進める、という。

「経験したことのない事態の中で新たな価値観や新しい秩序を作るのは、こういうフロンティア精神を持った人だ。日本の大学は、こういう人間をもっと育てる必要がある」。酒井は、教育システムの改革に期待する。

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https://www.sankei.com/article/20221129-HYJLKBXK2NLJJPDOYRF55POR2Q/

2022/11/24

「没後30年 松本清張はよみがえる」第25回『時間の習俗』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第25回(2022年11月24日)は、大ヒット作『点と線』の続編『時間の習俗』について論じています。担当デスクが付けた表題は「土地に根差す仕掛け 福岡の歴史の奥深さ」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。福岡市の櫛田神社の神事・祇園山笠を描いたを描いた辻仁成さんとのmatch-upです。

 和布刈神社の神事を撮影した「フィルムの巻き戻し・トリック」や、西鉄の定期券を使った「身分証明の偽装・トリック」など、福岡の土地に根差した仕掛けが目を引く作品です。松本清張は人々の生活に身近なものを小道具として、推理小説を組み立てるのが上手いと思います。和布刈神社は西暦200年に神功皇后が創建したとされる由緒ある神社で、室町幕府を支えた守護大名・大内義弘が社殿を建造したことで知られます。陰暦の元旦未明に境内で大焚火が行われ、神楽が奏でられる中を、三人の禰宜が松明と鎌と桶を持ってワカメを刈り取り、神前に供える神事が行われます。

 日本で食用とされるワカメが、牡蠣やホタテ、ムール貝などの成長を妨げる外来種として、多くの国々で忌み嫌われていることを考えれば、ワカメを刈り、神に捧げる和布刈神事は日本的な伝統行事と言えます。大ヒット作の続編に「原風景」といえる土地の神事を織り込んでいる点に、松本清張らしい「郷土愛」が感じられる作品です。

 今回の原稿で連載予定50回の半分まで到達しました。多くの方々よりご関心を頂き、平均すると3日に一度のペースでご掲載を頂きました。「清張山脈」と呼ばれる膨大な作品群に、これまでの文筆の経験を総動員しながら、気力で登っているという実感です。作家論というよりは、松本清張が生きた時代を対象とした、大衆社会論・戦後日本論というコンセプトです。ルカーチやブルデューが展開した文芸社会学(日本だと文化社会学)を、戦後日本の文脈で復興したいという思いもあります。日々、黙々と読み書きに時間を費やしながら、ゲラをチェックしています。まだまだ優れた清張作品が数多く残されていますので、後半の原稿にもご関心を頂ければ幸いです。次回は12月1日の掲載予定です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1018871/

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 今月は、査読付き英字論文(19ページ)も掲載され、新聞連載や文芸批評以外でも成果を出せて、ひと安心でした。英字ニュースの解析と分析に関する研究成果として、近年は年一のペースで査読付き論文を書いてますが、毎年、大学から外国語学術論文校閲料助成をもらって、英字論文を出すのが理想です。最近はIAMCR(国際メディア・コミュニケーション学会)に参加できていないので、次年度以後は、大規模な国際学会での発表にも、徐々に復帰したいと考えています。
 先週は文学部の先生にお誘いを頂き、他大学の知人も多く参加していた研究会に出て、京都学派の系譜を継ぐ、加藤秀俊先生のお話を伺えたのもよいご縁でした。京都学派の特徴は、学際的な好奇心と学問の多様性にあったというお話で、特に秀俊先生と小松左京や梅棹忠雄の思い出話が味わい深かったです。

2022/11/23

「没後30年 松本清張はよみがえる」第24回『わるいやつら』

  西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第24回(2022年11月23日)は、映画版でも広く知られる『わるいやつら』について論じています。担当デスクが付けた表題は「悪漢医師の転落人生 特権階級の暗部暴く」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。臓器移植ビジネスの暗部を描いた直木賞受賞作『テスカトリポカ』を記した佐藤究さんとのmatch-upです。

 悪漢小説は、大航海時代に経済的・文化的に大きな繁栄を遂げた16世紀のスペインにルーツを持ちます。恵まれない出自の主人公が悪知恵を働かせて、世の中を渡り歩く姿を、皮肉交じりに描くことが多く、身分や資産などの「格差」が生み出す「嫉妬」や「怨嗟」の感情を通して、社会の底から「時代の影」を浮き彫りにしていきます。「わるいやつら」は男女の別を問わず、様々な悪人が登場する「悪漢小説」で、病院の院長という「特権階級」の暗部を描いた作品です。1963年から「サンデー毎日」に連載された山崎豊子の「白い巨塔」よりも3年早く発表されました。

 本作は、金策に窮した性格の悪い医者・戸谷が、「悪漢」たちを周囲に呼び込み、詐欺や殺人に手を染め、しっぺ返しを受ける物語です。「週刊新潮」に1960年1月から1年半ほど連載された作品で、同時期に「日本の黒い霧」が「文藝春秋」に連載されています。戦後史の闇を暴いた「日本の黒い霧」とは異なって、本作では病院の経営に行き詰った戸谷が殺人に手を染める「堕落した姿」が描かれます。800坪の敷地を持つ医院の跡取りとして生れながら、医者らしい仕事をせず、資産をむしり取られていく戸谷の姿に、清張の「良家の子弟」に対する恨みが感じられます。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1018485/

2022/11/22

「没後30年 松本清張はよみがえる」第23回『球形の荒野』

  西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第23回(2022年11月22日)は、戦争小説の中で珍しい「終戦工作」に着目した名作『球形の荒野』について論じています。担当デスクが付けた表題は「中立国での終戦工作 独自性高い戦争小説」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。個人的に好きな清張作品の一つです。

 本作は、第二次世界大戦末期のヨーロッパでの「日本の終戦工作」を題材としたミステリです。自らの存在を消し去り、日本が破滅する前に終戦工作に関与したとされる伝説の外交官・野上顕一郎が、敗戦から16年後に「亡霊」として日本に戻って来るという風変わりな筋書きです。北宋の書を手本にした「死んだ野上の筆跡」が、奈良の唐招提寺や飛鳥寺(安居院)の芳名帳から見つかる所から、物語は始まります。観音崎を舞台にしたラストシーンが鮮烈で、生き別れになった父と娘の「戦前の記憶」をめぐるコミュニケーションが、涙を誘います。

 本作が下地にしているのは、スイスに駐在していた海軍武官・藤村義朗中佐が、後にCIA長官となるアレン・ダレスと終戦を模索した「ダレス工作」だと考えることができます。「中立国」の大使館で、終戦工作を試みる海軍寄りの外交官と、本土決戦を辞さない陸軍の駐在武官の対立が生じる物語設定がリアルです。史実としては、ダレス工作に限らず、駐日スウェーデン公使を介した「バッゲ工作」やソ連大使を介した「マリク工作」なども存在しましたが、何れも日本を窮地から救う外交成果を上げることはありませんでした。「球形の荒野」は「生乾きの際どい史実」に着目し、戦前・戦後に跨るスケールの大きな物語を展開した大作です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1017956/

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 本日は「日本のマス・メディア/ジャーナリズム」の授業で、PLANETS代表取締役で批評家の宇野常寛さんに「文化ジャーナリズムの未来」というタイトルでお話を頂きました。「遅いインターネット会議」「モノノメ」など、広いトピックを包含するメディアを運営しながら、未来志向の批評を展開する宇野さんの「実存」が伝わってくる素晴らしい講義でした。

2022/11/16

「没後30年 松本清張はよみがえる」第22回『砂の器』

  西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第22回(2022年11月14日)は、映画版でも広く知られる『砂の器』について論じています。担当デスクが付けた表題は「感情の「訛り」すくい 泥くさい実存に迫る」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。『怒り』などの作品で、地縁や血縁の「しがらみ」の中で、人々が「怒り」や「怨嗟」の感情を抱き、些細なきっかけで一線を越え、人生の選択肢を狭めていく姿を描いた吉田修一さんとのmatch-upです。

 吉田修一さんの『逃亡小説集』の文庫解説については、先月、KADOKAWA文芸WEBマガジン「カドブン」に転載を頂きました。

https://kadobun.jp/reviews/bunko/entry-46808.html

 平成不況と令和のコロナ禍を通して、都市と地方の格差や出自や教育の格差が拡がってきました。オンラインの世界では、人々の「怒り」や「怨嗟」、「嫉妬」の感情が吹き荒れ、週刊誌を開けば、「清張的な事件」が現代日本でも数多く報じられていることが分かります。

 この作品は全国各地の風土や訛りを題材にすることの多い松本清張らしい長編小説です。方言が飛び地で分布することに着目し、松本清張の父親の実家に近い島根県の亀嵩(奥出雲町)や、秋田県の羽後亀田(由利本荘市)など幅広い土地を舞台に、連続殺人事件の謎がひも解かれます。「出雲の音韻が東北方言のものに類似していることは古来有名である」と得意気に記す筆致に、清張の自己のルーツへの愛情が感じられます。

 様々な登場人物たちが物語を牽引するのも本作の魅力と言えます。ハンセン病を患った父親と引き離され、育児放棄された形で放浪生活を送る子供や、石原慎太郎や大江健三郎、永六輔や寺山修司などがメンバーとなった「若い日本の会」を彷彿とさせる「ヌーボーグループ」が重要な役割を果たすのも、1961年に刊行された小説らしいです。このグループで殺人事件に深く関わるのが、小説家ではない点に、松本清張の「好み」が感じられます。

映画『砂の器』予告編 *予告編でここまで真犯人が誰だか良く分かる映画も珍しいです

https://www.youtube.com/watch?v=hw-T21u51vE

西日本新聞me

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1015396/

2022/11/10

「没後30年 松本清張はよみがえる」第21回『霧の旗』

  西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第21回(2022年11月10日)は、倍賞千恵子主演・山田洋二監督の映画版で広く知られる『霧の旗』について論じています(山口百恵・三浦友和版も有名です)。担当デスクが付けた表題は「兄思いか、逆恨みか 怨念に満ちた復讐劇」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。『勝手にふるえてろ』などの作品で、両極端な感情を持て余す女性を描いた綿矢りささんとのmatch-upです。

映画 霧の旗【予告編】 1977年版

https://www.youtube.com/watch?v=zo9CXFqdFmM

 松本清張の作品には、負けん気が強く、男性を執念深く追い駆ける「個性的な女性」が数多く登場します。周囲の男たちを振り回し、血生臭い事件に巻き込むことを厭わない女性も少なくなく、読後に恐怖を覚えます。地方出身の女性の視点を通して、金の有無で裁判の有利・不利が決まる司法制度に疑問を投げかけた「社会派小説」とも言えます。

 本作は20歳の柳田桐子が、高利貸しの老婆を殺害した容疑で逮捕された兄を救うために、著名な人権派弁護士・大塚欽三を訪ねる場面からはじまります。金貸しの老婆を殺害した若者を描いたドストエフスキーの『罪と罰』を想起させる出だしで、この小説では兄の仇を討つために、貧しいながらも様々な手段を講じる妹が主人公です。大塚はそれなりに桐子の相談に乗りますが、桐子にとって大塚は、「情」ではなく「金」で動く「都会の人間の代表」として、憎悪の対象になってしまいます。

 原作のラストはシュールな終わり方なので、再度映画やドラマにする場合は、桐子の回復と成長の過程も描かれるといいかも知れません。

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 Journal of Human Security Studies. Vol.11, No.2, 2022.に、A Diachronic Analysis of The Content And Geospatial Distribution of News Reports of Reputational Damage Related to The Great East Japan Earthquake and Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant Disasterという論文を寄稿しました。共同利用・共同研究拠点 (Joint Usage / Research Center)で実施しているニュースの解析と分析のプロジェクトの成果です。JAPAN ASSOCIATION FOR HUMAN SECURITY STUDIESは、英語で開催されている日本の学会で、海外出身の教員や留学生に限らず、英語話者の日本の教員も含め、国際系の学会らしいオープンな雰囲気で、活発な議論が行われています。掲載にあたり、英文で詳細な査読&ご助言を頂いた先生方に心より感謝申し上げます。

https://www.jahss-web.org/single-post/journal-of-human-security-studies-vol-11-no-2-2022

産経新聞(2022年11月10日)にコメントが掲載されました

 産経新聞(2022年11月10日)の「コロナ報道 識者と振り返る 上」にコメントが掲載されました。副題は「情報曖昧 不安と分断生む」です。テレビ報道に関するコメントで、要旨は、1同調圧力による感染拡大の抑止と自由の制限という両義性、2コロナ自警団とワイドショー、ネット世論によって排他的な傾向が助長された問題、3社会心理学でいう「集団極性化」の問題(個々人が冷静に判断するのではなく、集団によって極端な判断がなされる問題)を指摘した内容です。

 後日、Web上でも配信されるようです。最近は、産経と毎日の取材を交互に受けている感じがします。新型コロナ禍で生じた社会的な分断の問題は、煎じ詰めれば、リバタリアニズムとコミュニタリアニズムの論争に行き着くわけですが、そのあたりの話は別の機会に。

 震災の直後にマイケル・サンデルについて卒論書いて編集者になったゼミ生がいましたが、サンデル的なコミュニタリアニズムへの関心が高まっていた時代は、まだ良かったと思ってしまうのは、歳をとったせいなのでしょう。

オンライン版 科学と印象が混在 情報番組のコロナ報道、有識者はどう見たのか

https://www.sankei.com/article/20221113-KJG6A43RCVMHBMCZ5OEPEB7DVI/

2022/11/09

「没後30年 松本清張はよみがえる」第20回『小説日本芸譚』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第20回(2022年11月9日)は、芸術家たちの生死をかけた「政治」を描いた異色の短編集『小説日本芸譚』について論じています。担当デスクが付けた表題は「評伝と創作交え描く 芸術家の政治的苦悩」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。直木賞受賞作『塞王の楯』で近江国穴太で石垣造りを生業とする「職人たちの美意識」を通して、関ケ原の戦いの前哨戦となった大津城の戦いを描いた今村翔吾さんとのmatch-upです。

 歴史に名を残す芸術作品には、同時代の作品と比して異質なものが多いです。名だたる芸術家たちは、不遇の時代が長く、奇人として知られることも多いです。本作で松本清張は、41歳でデビューし、47歳で専業作家となった自らの人生を、運慶、世阿弥、千利休、雪舟、光悦、写楽などの「苦渋に満ちた人生」に重ねながら描いているように思えます。

 多かれ少なかれ、芸術作品の価値は、政治的な理由で決まり、歴史に名を残した芸術家たちも「政治」とは無関係ではありませんでした。本作は清張作品としては珍しく、「芸術新潮」に連載された歴史小説で、有名な芸術家たちの「人生の時の時」を浮き彫りにした内容です。執筆過程について「苦渋の連続であった」と振り返っていますが、清張は11人の芸術家たちの「人生の時の時」と向き合うことで、評伝と創作を交えた「西郷札」以来の歴史小説の幅を拡げたと思います。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1012326/

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 Trevor NoahがThe Daily Showを今シーズンで降板するのが非常に残念です(彼の話を散歩しながら聞くのが日々の楽しみでした)が、先週の@Atlantaのライブは、中間選挙との関連でも面白かったです。NYTimesもTrevor Noah Brings 'The Daily Show' to Georgiaという記事をわざわざ配信してましたが、彼の時事ネタが名残惜しいのだと思います。Trevorには南アフリカ出身のマイノリティらしい軽快なジョークで、時事ネタを扱うレギュラー番組を持ってほしいです。

Atlanta - Day 1 | The Daily Show

https://www.youtube.com/watch?v=BKWeMFFfHhs

2022/11/08

「没後30年 松本清張はよみがえる」第19回『黒い画集 遭難』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第19回(2022年11月8日)は、『黒い画集 遭難』について論じています。担当デスクが付けた表題は「北アルプスに起きた 生々しい人間の悪意」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。閉鎖的な場所を舞台にしたミステリ小説(クローズド・サークルの系譜の小説)『霧越邸殺人事件』を書いた綾辻行人さんとのmatch-upです。

 北アルプスの鹿島槍ヶ岳で起きた遭難事故をめぐるミステリです。「週刊朝日」に1年九カ月にわたって掲載された「黒い画集」の第一作で、当初はイギリスの作家・サマセット・モームが、ヨーロッパや横浜、神戸など幅広い土地を舞台に記した「コスモポリタンズ」を念頭に置いた企画だったらしいです。松本清張は、編集者の要望に応えながら作風を拡げてきた作家ですが、本作を通してモームのような「小説のバラエティの豊かさ」を獲得したと言えます。

 この作品が発表された頃、登山ブームがはじまっており、経験の浅い登山家による「遭難事故」が新聞で頻繁に報じられていました。清張は「遭難」の記事を読んで「その中に人間の作為的な遭難もあるのではないか」と考えて本作を書き始めたといいます。「山でのパーティの事故は、それが自然発生的なものか、人為的なものか、区別が容易でない」という確信を持っていたらしい。前年の1957年に刊行され、ベストセラーとなった井上靖の「氷壁」の影響も大きかったのでしょう。「岳人には悪人はいない」という格言を清張は信じられず、彼は美しい日本アルプスの山々に潜む「人間の悪意」を描きました。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1011811/

2022/11/07

「文學界」(2022年12月号)に「私たちの見えない「顔」──映画『ある男』論」を寄稿しました

 文藝春秋の文芸誌「文學界」(2022年12月号)に、「私たちの見えない「顔」──映画『ある男』論」を寄稿しました。原作が平野啓一郎さん、監督が石川慶さん、脚本が向井康介さん、主演が妻夫木聡さんと同世代の方々が関わられた作品ということもあり、感情移入して見入ってしまう場面が多く、じっくりと時間を掛けて書きました。安藤サクラさん、窪田正孝さん、真木よう子さん、清野菜名さんの演技も魅力的で、この点についても後半で触れています。表題は、ルネ・マグリットの絵画と、エマニュエル・レヴィナスの「顔」の概念を参照しながら論じた箇所から、ご担当を頂いた編集者が付けたもので、上手い表題だと思いました。作品が捉えている問題の射程が広く、批評を書く上で難易度が高い作品でしたが、新しい人権をめぐる海外の法制度など社会科学的な補助線を引きつつ、いい手ごたえで論じることができました(編集者からも好評でした)。映画のお供に、ご一読頂ければ幸いです。日本の現代小説を原作とした映画が、広く世界で観られることを願っています。

映画『ある男』公式サイト

https://movies.shochiku.co.jp/a-man/

「文學界」(2022年12月号)目次

https://www.bunshun.co.jp/business/bungakukai/backnumber.html?itemid=777&dispmid=587


「没後30年 松本清張はよみがえる」第18回『無宿人別帳』

  西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第18回(2022年11月7日)は、松本清張の時代小説の代表作『無宿人別帳』について論じています。担当デスクが付けた表題は「はみ出し者の不運に にじませた人生哲学」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。『黒牢城』で信長に反旗を翻した武将・荒木村重を描き、直木賞を獲得した米澤穂信さんとのmatch-upです。

 無宿人とは、江戸時代に宗門人別改帳(戸籍原簿のようなもの)に登録されなかった人々の総称です。追放刑を受けたり、生家から勘当されたり、無断で居住地を去る「欠落」をした人々が無宿人と呼ばれました。天明の飢饉で、無宿人の数が飛躍的に増大し、江戸の治安が悪化したと言われます。本作で描かれるのは、この頃の江戸で、無宿人の犯罪が社会問題化し、更生施設として隅田川の石川島に人足寄場が設置された時代です。

 例えば「海嘯(つなみ)」に登場する野州(現在の栃木県)出身の無宿人・卯之吉は、石川島の人足寄場に収容されたことに感謝して次のように述べています。「おれは此処がありがてえところだと思っている。お飯は下さる。寝るところもある。おまけに出る時は鳥目(金銭)までくださるのだ。考えてもみね。おれは、ここへ来るまでは橋の下や軒の蔭に寝ていたのだ。菰をかぶって往来を歩いたものだ。人に乞食か非人のように見られてよ」と。この時代、無宿人は犯罪の有無にかかわらず捕らえられて、佐渡金山の地底深くで強制的に労働されることもありました。「世界初の職業訓練施設」と言われた石川島は、恵まれた場所で、山本周五郎の『さぶ』でもそこは、窃盗の濡れ衣を着せられた主人公の栄二にとっての「成長の場」として描かれています。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1011358/

2022/11/01

「没後30年 松本清張はよみがえる」第17回『黒地の絵』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第17回(2022年11月1日)は、松本清張が小倉で遭遇した「米兵の集団脱走事件」を描いた『黒地の絵』について論じています。担当デスクが付けた表題は「惨劇に潜む差別に光 事件描く文体を模索」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。『取り替え子 チェンジリング』などで米兵の暴行を描いた大江健三郎さんとのmatch-upです。

 朝鮮戦争の最中の1950年7月11日に北九州・小倉で起きた米軍陸軍兵士の脱走・暴行事件を描いた作品です。当時、松本清張はこの事件が発生した「キャンプ城野」の近くに住んでおり、この事件がGHQの情報統制で詳細が報道されなかったことに、強い疑念を抱いています。「私は何も知らなかったのである。昨夜、すぐ近くのキャンプから黒人兵が集団脱走し、この住宅を初め近在の民家に押し入り暴行を働いたというのだ」と、清張は『半生の記』の締め括りにこの日の思い出を記しています。

「黒地の絵」について、批評家の評価は芳しくありませんでした。例えば江藤淳は、本作を「巧妙な推理小説的話術で書かれた好読物」と評価しつつ「黒人兵の死体の毒々しい鷲の入墨を切り裂く復讐のドギツい横顔を描いて能事足れりとしている」と評しています。この時点の松本清張はノンフィクションとフィクションが入り混じった文体を試しており、身近で起きた事件の重さを、文学的にどのように表現していいか戸惑っていたように思えます。ただ本作は『日本の黒い霧』に繋がる作品として重要な「習作」だと私は考えています。

 今週は連載は1本の掲載で、次週は4本の掲載予定です。今月は松本清張連載の他、文芸誌に原稿を1本と、英字論文が1本、新聞のコメント記事2本が掲載予定です。年末年始の休暇まで、体調に配慮しつつ、地道に、快活に仕事をして行きたいと思います。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1008740/

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 海外の直販サイトやebayなどのオークションサイトを使って日本で流通していない小物を船便で買うのが趣味なのですが、円高を実感しています。愛用しているPortlandのPowell’s Booksのpint glassが割れたので、買い足しましたが、前回の購入時のほぼ1.5倍の値段。NFLのマイナーな選手のTシャツも、ユニクロのTシャツと比べると恐ろしく高価(同じMade in Chinaなのに。。トランプ政権の時は、アメリカで売られる中国製品に税金が上乗せされ、UPSの配達員に「抗議することも可能です」と説明されましたが、まだその頃の方がトータルで安かった)。もちろん過去に購入したもので円安も手伝って高価になっているものも一部あり、例えばカズオ・イシグロの最初期の短編(イースト・アングリアの大学院時代に書いたもの)が掲載された書籍は、ノーベル賞の受賞で20倍以上の値段になりましたし、研究室に貼っているアメリカやヨーロッパの映画館で使われていた黒澤明や成瀬巳喜男の海外版のポスターも、いい値段になっていると思います。スポーツ関係だとオバマとイチローが会談した時のサイン入りの写真やジョー・ネイマスのサイン本も、まあまあ高いはず。ただこういう類のものは売ることはないので、円安の意味はなく、物価高に耐えながら、地道に仕事に励むより他ないですね。船便だと忘れた頃に商品が届くのがのんびりしていて良いです。

2022/10/26

「没後30年 松本清張はよみがえる」第16回『眼の壁』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第16回(2022年10月26日)は、長編ミステリの代表作の一つ『眼の壁』について論じています。担当デスクが付けた表題は「村上春樹作品と共通 多種多様な「仕掛け」」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。「保守党の派閥」を仕切る児玉誉士夫のような「右翼の大物」との対決を描いた『羊をめぐる冒険』を記した村上春樹さんとのmatch-upです。

 松本清張のミステリ作家としての「引き出しの多さ」を感じさせる代表作の一つです。素人の会社員と新聞記者が物語を牽引するため、冒頭はサラリーマン小説のようですが、やがて詐欺事件に新興右翼や政治家が関わっていることが明らかになり、大掛かりな物語となります。

 時刻表トリックや死体輸送のトリック、自殺偽装のトリックなど、推理小説らしい様々な仕掛けが散りばめられており、特に濃クローム硫酸風呂が登場するラストシーンは、犯罪ミステリの枠を超えて、ハリウッド映画のようです。皮革工場で使われる劇薬を、白骨化した死体が登場する作品の重要な小道具にしている点が、小倉の工業地帯で育った松本清張らしい。

 戦前に軍部の機密費を財源としていた右翼が、戦後に資金に窮して非合法的な活動に手を染めてきたという描写は、戦後日本の闇を活写した「日本の黒い霧」を想起させます。政治信条の上で、松本清張は右翼でも左翼でもなく、貧しい人々の生活に寄り添う作家だったと私は考えています。ただ「節操も主義もないアプレ右翼は、恐喝、詐欺、横領などを働く」といった言葉には、庶民を食い物にして来た「アプレ右翼」への怒りが感じられます。


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 秋学期に入り、書籍をご恵投頂いた諸先生方に御礼申し上げます。立教大学の福嶋亮大先生より『書物というウイルス』(blueprint)を、慶應義塾大学の山腰修三先生より『ニュースの政治社会学』(勁草書房)を、與那覇潤氏より『帝国の残影』(文春学藝ライブラリー)を、平山周吉氏より『戦争について』(小林秀雄、中公文庫)を、国際日本文化研究センター・信州大学の呉座勇一先生より『武士とは何か』(新潮選書)を、立命館大学の福間良明先生より『司馬遼太郎の時代』(中公新書)を、立命館大学の飯田豊先生より『ビデオのメディア論』(青弓社)を、福岡市の書肆侃侃房の田島安江社長よりアン・カーソン『赤の自伝』、黄順元『木々、坂に立つ』他多数の新刊本をご恵投頂きました。日々、皆様のお仕事に励まされております。ご厚誼を賜り、心より感謝申し上げます。

2022/10/25

「没後30年 松本清張はよみがえる」第15回「父系の指」

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第15回(2022年10月25日)は、清張の純文学系の名作「父系の指」について論じています。担当デスクが付けた表題は「積年の怒りあらわに 私怨晴らした私小説」です。毎回、9×9文字で担当デスクに目を引くタイトルを付けて頂いています。『枯木灘』などの作品で、父系の親族に対する愛憎半ばする複雑な感情を描いた中上健次とのmatch-upです。

 松本清張の作品としては珍しく、純文学色が強い「私小説」です。生まれ育った家の貧しさを赤裸々に記し、高等小学校卒の経歴で、半生を無名で生きてきたことへの「行き場のない怒り」を露わにした異色の「血縁小説」でもあります。朝日新聞東京本社に勤めていた1955年に、文芸誌「新潮」に発表された最初期の短編の一つで、不遇でお人よしだった父親の人生を、自らの半生をひも解きながら描いています。

 清張は「週刊朝日」の懸賞小説「西郷札」でデビューし、三田文学に掲載された「或る『小倉日記』伝」で芥川賞を獲得して注目を集めました。ただ文芸誌での本格的なデビュー作は、「私小説」として完成度の高い本作だったと私は考えています。この小説は表題の通り、父系の「長い指」をめぐる物語で、鳥取県の山村・矢戸で裕福な地主の長男として生れながら、貧しい農家に里子に出された、父親の不遇の物語です。矢戸を含む奥出雲は「砂の器」がベストセラーになったことで、東北弁と似た訛りの方言を話すことでも知られています。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1005568/

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 NBCのSaturday Night Liveのシーズン 48が始まりました(Huluで観てるため数週間遅れの話題)。Kate McKinnonがキャストから外れたのが非常に残念でしたが、Miles Tellerがホストで音楽ゲストがKendrick Lamarという、世代交代を印象付けるゲストで、上々の滑り出しだったと思います。オープニングがManning兄弟のMNFのぬるい解説のパロディと、Trump絡みのジョークで(NFLの開幕と中間選挙に合わせた視聴率狙いのネタだと思いますが)、Colin JostとMichael CheのWeekend Updateは変わらずで、ひと安心。Kendrickの地上波向けの歌詞や、Bowen Yangの害虫ネタ、MacDonaldのグリマスのパロディもベタに笑いました。今シーズンからKateのJustin Bieberネタが見れないのは残念ですが、若手の新キャストに期待してます。

 授業でもたまに取り上げていますが、SNLではLGBTQやマイノリティの出演者がカジュアルにカムアウトし、自らのアイデンティティをごく普通にネタに織り込んでいます。この点はNYらしく、この番組の大きな魅力になっています(例えばKateはL、BowenはG、SNL版のグリマスはB、Kendrickはanti-cancel culture advocateであることを、自らのアイデンティティとしてユーモラスに、誇り高く示しています)。

https://www.youtube.com/watch?v=x1ursSZ0NCw

https://www.youtube.com/watch?v=04qA4krEub8

2022/10/18

「没後30年 松本清張はよみがえる」第14回『顔』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第14回(2022年10月17日)は、『顔』について論じています。担当デスクが付けた表題は「サスペンスの粋凝縮 国民作家に至る原点」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。ベストセラーとなった『贖罪』などの作品で、顔をキーとしたミステリを展開している湊かなえさんとのmatch-upです。連載の隣には先日、長崎県美術館で実施した「九州芸術祭文学カフェ」の取材記事をご掲載頂いています。

 様々な芸能人に「顔真似」をされるほど、松本清張は戦後日本の作家の中でも圧倒的に「顔」の売れた作家でした。清張作品の多くが映画やドラマになった大きな理由は、清張が「顔」が売れた作家であり、出演する役者たちの「顔」を巧みに映えさせる作家だったからだと思います。この意味で「顔」は国民作家・松本清張の原点となる短編の一つだと私は考えています。

 この作品は1956年に発表された松本清張にとって初めての「推理小説短編集」の表題作です。翌年に大木実と岡田茉莉子の主演で、清張の作品として初めて映画化され、人気を博しました。清張は1952年に「或る「小倉日記」伝」で芥川賞を受賞しましたが、この当時、芥川賞は現代ほど注目を集める賞ではありませんでした。「多人数の家族を抱えていると、不安定な収入生活に飛び込んでいく勇気がなかった」と回想しているように、彼はデビューした後も6年ほど朝日新聞社で働きながら、小説を書いていました。清張が朝日新聞社を退社し、専業作家となるのは、この「顔」を発表する直前でした。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1002471/


風土の記憶を継承する現代文学の可能性/九州芸術祭文学カフェin長崎

2022/10/13

「没後30年 松本清張はよみがえる」第13回『小説帝銀事件』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第13回(2022年10月13日)は、『小説帝銀事件』について論じています。担当デスクが付けた表題は「『社会派』小説の原型 世論を変える影響力」です。直木賞候補作『インビジブル』などで知られる坂上泉さんとのmatch-upです。

 1948年にGHQ占領下の日本で起きた帝銀事件を題材にした小説です。ベストセラーとなった「日本の黒い霧」の前年に書かれた本作は、松本清張のノンフィクション小説の原型となりました。帝銀事件は、東京都豊島区の帝国銀行椎名町支店で都の衛生課員を名乗る人物が、湯飲み茶わんに赤痢の薬と称して青酸カリを入れて16人の銀行員に飲ませ、12人を殺害したことで知られます。

 最終的に犯人として逮捕された画家の平沢貞通は、1955年に最高裁で死刑判決を受けた後も無実を主張し続けて、95歳まで生きました。本作は「日本の黒い霧」がベストセラーになったことも手伝って、平沢が無罪であるとする世論形成に大きな影響を与えたと考えられます。GHQの参謀第二部(G2)の情報将校・ジャック・キャノンを想起させる人物の関与や、毒物の扱いに慣れていた七三一部隊や陸軍中野学校の関係者を真犯人だと示唆する本作の内容が、帝銀事件をめぐる世論を変えたわけです。

 物的証拠が少なく、あやふやな自白が犯人を特定する上で重視されたのも、帝銀事件が「未解決事件」とされる大きな要因です。帝銀事件の捜査で、日本の犯罪史上初めてモンタージュ写真が作られましたが、人相をもとにした犯人特定は怪しいもので、毒殺を免れた行員の証言もあやふやなものでした。

 次週は第14回のみの掲載予定です。有名な作品を多く取り上げてきましたが、現時点で私的な「松本清張ベスト5」に入る作品は、まだまだ1作です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1000303/

2022/10/12

「没後30年 松本清張はよみがえる」第12回『日本の黒い霧 追放とレッド・パージ』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第12回(2022年10月12日)は、『日本の黒い霧』より「追放とレッド・パージ」について論じています。担当デスクが付けた表題は「GHQの暗部に迫る 小説と評論の中間物」です。文芸評論家で、早稲田大学の国際教養学部で教鞭を執られていた加藤典洋さんとのmatch-upです。

 日本は昭和20年の敗戦から昭和26年のサンフランシスコ講和条約の調印まで、実質的に主権を失い、GHQ(連合軍総司令部)に支配され、この時代に本作で取り上げられている下山事件や松川事件など「未解決事件」を経験してきました。

「日本の黒い霧」で一貫して清張が指摘しているのは、GHQは下山事件からレッド・パージまで一枚岩ではなく、将来のソビエトとの戦いを見据えて、ニューディーラーが多かったGS(民政局)と、保守勢力と協調していたG2(参謀第二部)の対立があったという事実です。

 敗戦後日本では「パージ(追放)」は二度行われています。一度目は、敗戦直後から軍部の台頭と超国家主義の復活を防ぐために、戦犯や翼賛体制に寄与した政治家や財界人などを対象としました。追放者の三親等までが公職に就くことを禁止され、密告や投書によって追放の可否が決まり、GHQへの懇願や裏取引によって追放を免れたと言いますから、当時の混乱が推測できます。

 二度目は1950年の朝鮮戦争に前後して、いわゆる「赤狩り(レッド・パージ)」として行われています。注目するべきは、一度目の保守勢力の追放が解除され、敗戦後に追放されていた元特高警察官も、諜報活動を担うG2に雇用され、「レッド・パージ」に加担したという事実です。つまり戦前から共産主義者の調査に関して豊富な経験を持つ特高が、GHQの下で対ソ戦のために再組織化されたわけです。

 本作は、清張らしい生活者の視点から、レッド・パージによって締め出された人々に、左右のイデオロギーを超えて寄り添った「社会批評」と言えます。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/999866/

2022/10/06

「カドブン」(KADOKAWA文芸WEBマガジン)に吉田修一著『逃亡小説集』の文庫解説が掲載されました

 カドブン(KADOKAWA文芸WEBマガジン)に吉田修一著『逃亡小説集』の文庫解説「不器用な「悪人」たちの「逃亡文学」」が掲載されました。累計20万部超えの人気シリーズの文庫解説です。吉田修一さんのTwitterでもご紹介を頂き、ありがとうございます。長崎南高校の先輩と仕事をご一緒できまして、西九州新幹線の開通のお祝いという感じがしました。映画化にも期待しています!

https://kadobun.jp/reviews/bunko/entry-46808.html


2022/10/04

「没後30年 松本清張はよみがえる」第11回『日本の黒い霧 下山国鉄総裁謀殺論』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第11回(2022年10月4日)は、『日本の黒い霧』より「下山国鉄総裁謀殺論」について論じています。担当デスクが付けた表題は「未解決事件を題材に GHQ内の対立描く」です。『日本の黒い霧』からは、もう一作、取り上げます。「A」「A2」『放送禁止歌』『下山事件』などの作品で知られる森達也さんとのmatch-upです。森達也さんには、15年ほど前に『平成人(フラット・アダルト)』(文春新書)の解説を「本の話」(文藝春秋)にご寄稿頂きました。

 松本清張の代表作として広く知られる「日本の黒い霧」は、1960年1月から12月にかけて月刊「文藝春秋」に連載されたノンフィクション小説です。この年は新安保条約が強行採決され、反対派の大規模なデモが起こり、岸信介内閣を総辞職に追い込んだ社会党委員長の浅沼稲次郎が、日比谷公会堂で刺殺されるなど、様々な事件が起きました。このような時代を背景として、本作は戦後日本で起きた複雑怪奇な未解決事件の真相に迫り、「GHQ(連合国軍総司令部)」の暗部を浮き彫りにしています。

 現代から見てもこの作品は、未解決事件を通してGHQの内部抗争を描いた点が新鮮です。特に日本の反共化を重視するG2(参謀第二部)と民主化を重視するGS(民政局)の対立が、日本の戦後史に与えた影響について生々しく描かれています。池田勇人内閣が「所得倍増計画」を打ち出した時代に、戦後日本でタブーとされてきた「GHQの闇」に切り込んだ点に、松本清張らしい反骨精神が感じられます。本作は1960年という戦後日本の分岐点と言える年を象徴する作品となり、官庁や警察発表をもとにした新聞報道とは一線を画す「文春ジャーナリズム」を確立しました。論壇と文壇を架橋する筆致に学ぶことが多いです。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/996513/

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 先週は「九州芸術祭文学カフェ@長崎県美術館」と明治大学図書館の「書評の書き方講座」がどちらも盛況で、ひと仕事終えた感じがしました。
 九州芸術祭文学カフェについては後日、取材記事が出るかと思います。長崎で家族と良い時間を過ごすことができました。西九州新幹線は洗練されたデザインが素晴らしく、子供たちも喜んでいました。
 先週、英字論文の査読も無事通り、今年のニュースの解析・分析の研究成果の公表もひと段落という感じです。出稿時で17ページほど、大学からの外国語学術論文校閲料の助成も得られました。
 今月は、先週、試写を観た映画の長めの批評と、松本清張連載の後半の作業に取り組んでいます。村上春樹さんがノーベル文学賞を獲得した場合のみ掲載される原稿もありますが、数年塩漬けになっていますので、今年もどうでしょう。

2022/10/03

「没後30年 松本清張はよみがえる」第10回『昭和史発掘 三・一五共産党検挙』

  西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第10回(2022年10月3日)は、『昭和史発掘』より「三・一五共産党検挙」について論じています。担当デスクが付けた表題は「拷問の経験も下地 思想弾圧の内情描く」です。『昭和史発掘』については社会史から、「2.26事件」や「スパイ"M"の謀略」も検討しましたが、昭和維新期のことは『神々の乱心』と被るのと、スパイM(三船留吉)が暗躍した時期の日本共産党は、福本和夫や佐野・鍋山がおらず、思想史的にはあまり考えるべきことがないため、「三・一五共産党検挙」を選びました。大森銀行ギャング事件などを活写した『日本共産党の研究』などの著作で知られる立花隆とのmatch-upです

 松本清張は1929年(昭和4年)に小倉警察署で「思想犯」として拘留され、特高に竹刀で拷問をされた経験を持ちます。八幡製鉄所で働いていた文学仲間が、非合法に出版されていた「戦旗」を読んでいたことから、同じグループだと見なされたわけです。「戦旗」は1928年(昭和3年)の三・一五共産党検挙の直後に、文学面での共産主義者の機関誌として発行された文芸誌で、小林多喜二が「蟹工船」を発表したことで広く知られています。

 ただ当時19歳だった松本清張は、共産主義への関心は全く持っておらず、印刷所の見習工として必死で図案の勉強していました。彼は家が貧しいため中学校に通うことができず、借金取りに追われる父を見ながら「文学などやっていられない、早く生活を安定させなければ、一家が路頭に迷う」(「半生の記」)と考えていました。

 小林多喜二は個人的に好きな作家で(全集も所有していますが)、「蟹工船」も良いですが、「党生活者」が瑞々しい筆致で、素晴らしいです。

 昭和維新期の左右のイデオロギーについては、下の「実録・共産党 日本暗殺秘録 解説」に記しています。個人的には、戦前の共産党では三・一五検挙の後、出所して、柳田国男に私淑し、『日本ルネッサンス史論』や『日本捕鯨史話』を記した、福本和夫に関心があり、いつか何か書くつもりでいます。

https://makotsky.blogspot.com/2009/10/blog-post.html

【昭和史発掘 三・一五共産党検挙】拷問の経験も下地 思想弾圧の内情描く

没後30年 松本清張はよみがえる(10)

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/996038/

2022/09/27

「没後30年 松本清張はよみがえる」第9回『神々の乱心』

  西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第9回(2022年9月26日)は、清張の未完の遺作『神々の乱心』について論じています。担当デスクが付けた表題は「新興宗教通して描く 見えざる宮中の暗部」です。新興宗教との関連で、担当デスクに前倒しのリクエストで(苦労して)書いた原稿で、「日本暗殺秘録」「昭和の天皇」(未映画化)「仁義なき戦い」などの脚本家・笠原和夫とのmatch-upです。文庫の上下で千ページ近いこの作品について4枚弱で論じるのはなかなか大変でした。

 満州事変が起きた2年後の1933年の日本を舞台に、新興宗教・月辰会研究所と宮内省の女官たちの関係を創作的にひも解いた作品で、一部の識者には高く評価されていますが(原武史先生の歴史的な文脈を補足した見事な批評がありますが)、普通に小説として読むと評価が分かれる作品だと思います(82歳の作家の作品としては間違いなく凄いです)。1960年代に発表された作品のように、めくるめく事件が引き起こされるスリリングな小説ではないですが、新興宗教を通して昭和維新期の不穏な空気を巧みにとらえています。

 神器を用いた「シャーマニズムの信仰」の根源に迫る内容で、大正天皇の妃である貞明皇后と、昭和天皇の妃である香淳皇后の対立を創作的に織り込むなど、一般にタブー視されてきた大正~昭和初期の「皇室内の対立」について、切り込んでいます。「昭和史発掘」と同じく週刊文春の連載で、週刊誌の連載を執筆しながら82歳の生涯を閉じた点に、松本清張の物書きとしての気魄が感じられます。

 時代は軍人や超国家主義者や宗教家などが国家改造を目指した昭和維新の最中で、前年の1932年には血盟団事件が起き、井上準之助前蔵相や三井財閥を率いる団琢磨が暗殺され、その後、五・一五事件が起き、犬養毅首相が暗殺され、政党政治が終わりを迎えていた頃です。原稿を書きながら、みすず書房の『現代史資料』を毎週1巻ずつ読んでレジュメを書いていた院生時代のことを思い出し、新興宗教と近現代日本の関係について、改めて考えさせられました。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/993266/

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 所属学会(IAMCR International Association for Media and Communication Research)がすべての会員を対象に下のようなメンタル・ヘルスに関する調査をアナウンスしていて興味深かったです。LMU München(ミュンヘン大学)とAarhus University(オーフス大学)のチームが進めているサーベイで、調査対象はポスドク研究者だけではなく、すべての年齢のテニュア教員を含む「Faculty members and PhD students around the world」です。回答してみたところ、質問そのものは目新しいものではなく、臨床心理学で一般的な量的調査でしたが、複数の国際学会で実施しており、大規模なデータが出ると思うので、調査結果を参考にしたいと思います。

 国際的にはメディア研究は心理学と近いので、よいサポートだと思いました。考えてみれば、ほぼ毎年参加していたIAMCRで、相当な時間をコミュニケーションやネットワーキングに費やしていた訳で、「mental health issues, including anxiety, depression, and burnout」が生じているという記載も、理解できます。新型コロナ禍で、国際共同研究や役職等での手伝いも、ストレス軽減のため断らざるを得ず、こういう調査に至る状況はどの国も同じだと実感しました。

https://iamcr.org/news/mental-health-survey

Mapping the State of Mental Health of Media and Communication Scholars

Dear members of IAMCR,

Recent evidence on the state of mental health among academics suggests that we need to be concerned. Faculty members and PhD students around the world run a considerable risk of developing mental health issues, including anxiety, depression, and burnout, at some point in their career. The structural conditions of academic work, such as high publication pressure, fierce competition, and a culture of constant evaluation, may well contribute to the problem; and the pandemic has clearly intensified it.

As an association of scholars, IAMCR wants to take these concerns seriously. In order to identify adequate responses to the problem, however, we first need to get a sense of the scale of the problem in our field...

現代文学が描く新興宗教

 西日本新聞朝刊(2022年9月26日)に「現代文学が描く新興宗教」という表題でコラムを書きました。担当デスクが付けた表題は「薄れた壮大さ禍々しさ 人間臭く考えられるか」です。連載「松本清張はよみがえる」の『神々の乱心』の隣の掲載です。書き出しは下の通りで、高橋和巳の『邪宗門』(1966年)を新興宗教を描いた(広義の)現代文学の最高傑作として位置付けました。戦前・戦中の描写もさることながら、外地から引き揚げてきた信者たちが戦後に米軍と戦うという小説の企図に凄みがあり、おそらく、この作品を超える新興宗教ものの小説は出ないと思います。

 近年の作品では今村夏子の『星の子』、角田光代の『八月の蟬』、青来有一の『聖水』の3作品を注目作として挙げました。信仰と信迎の問題は、世俗的な問題≒文学的な問題として奥が深いテーマだと思います。


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現代文学が描く新興宗教

 新興宗教を描いた日本文学史上の名作として、真っ先に高橋和巳の「邪宗門」が思い浮かぶ。大本教を連想させる神道系の新興宗教団体「ひのもと救霊会」が、昭和初期に弾圧され、神殿をダイナマイトで爆破され、戦後には進駐軍と対立し、武装蜂起に至るプロセスを描いた壮大な偽史小説である。松本清張の絶筆「神々の乱心」も、昭和維新の時代を背景とした作品で、未完ながらシャーマニズムと宮中祭祀のルーツに迫る高いテーマ性を有している。この小説は大陸の阿片売買で蓄積した資金を元手に、満州で盗掘された「神器」を使った礼拝で勢力を拡大した新興宗教団体「月辰会研究所」が、戦前の宮中に接近していく内容で、松本清張の絶筆に相応しく「禍々しい作品」である。劉慈欣の「三体」も、中国の共産主義と科学崇拝を「新興宗教」に見立てた作品として高く評価できる。
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2022/09/21

吉田修一著『逃亡小説集』の解説を書きました

 吉田修一著『逃亡小説集』(角川文庫)に解説を寄稿しました。累計20万部超えの人気シリーズの第2作の待望の文庫化です。前作の映画版「楽園」でパンフレットに解説を寄稿しましたので、このシリーズにご縁があります。帯に名前を出して頂き、光栄です。

 下のカドブン(KADOKAWA文芸WEBマガジン)で私の解説を読むことができます。

https://kadobun.jp/reviews/bunko/entry-46808.html

 吉田さんのご実家の酒屋の前を通って長崎南高校に通っていましたので(特に帰り道)、こういう形でご一緒でき、心より感謝申し上げます。吉田酒店の裏手の階段道から見える長崎の市街地・港・稲佐山の風景は、長崎で最も好きな風景の一つです。『現代文学風土記』収録の西日本新聞の連載(2018年の第3回『最後の息子』)で、担当デスクと一緒に山の斜面を上がり、写真を撮り、掲載しました。

「逃げろミスター・ポストマン」の解説で言及しましたが、ビートルズ版で有名なPlease Mr. Postmanの雰囲気を、マーヴェレッツ版の原曲の艶っぽさで表現しているのが、『逃亡小説集』全体の良さだと思っています。収録された4作品の中でも「逃げろお嬢さん」(酒井法子の逃亡事件をモデル)が特に素晴らしく、前作『犯罪小説集』の「百家楽餓鬼(ばからがき)』(大王製紙事件をモデル)と合わせて、男女の「悪漢小説」として映画化を期待してしまいます。

 一般論として「逃亡」をポジティブに解釈すると、閉鎖的な場や陰湿な人間関係に悩まされている人たちは、その場や人間関係を変えようとするよりも、そこから「逃亡」する方が、心身面でのストレスが少なく、いい人生を歩むことが出来るように思います。

https://www.kadokawa.co.jp/product/322203001839/




2022/09/20

「没後30年 松本清張はよみがえる」第8回『昭和史発掘 芥川龍之介の死』

  西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第8回(2022年9月20日)は、『昭和史発掘』より「芥川龍之介の死」について論じています。『昭和史発掘』からは2作を取り上げます。文学からは「潤一郎と春夫」も検討しましたが、清張は若い頃に芥川を愛読しているので「芥川龍之介の死」にしました。担当デスクが付けた表題は「不況時代の経験投影 共感を込めた作家論」です。『ぼんち』などの船場を舞台にした作品を記した山崎豊子とのmatch-upです。

 この作品で清張は、芥川を「俗情」をさらすことで大成した谷崎と対照的な存在として描いています。「俗情」を何よりも重んじる清張は、芥川が抱えていた「女の問題」を、神経衰弱や胃病、痔疾や不眠症などの病状と共に、自殺に至る大きな理由だったと考えました。

 芥川の死について、文学や芸術上の問題ではなく、世俗的な問題に重きを置いて論じている点が松本清張らしいです。本作で描かれる晩年の芥川は、執拗に追い縋って来る「H女=河童」に迷惑を感じ、「才力の上でも格闘出来る女=片山広子」と恋に落ち、「M女」と帝国ホテルで情死する約束をするような生活を送っていました。「芥川はH女に苦しめられたが、彼は、そのことをどうして親友にうち明けて相談しなかったであろうか」という清張の問いは、芥川の死について考える上で本質的なものだと思います。

 本文では触れませんでしたが、芥川の晩年の名作『河童』はこの時の経験が生かされたポスト・モダン風の作品で、松本清張は芥川に長生く生き、こういう軽妙な文体で、谷崎のような長編を書いてほしかったのだと思います。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/990171/

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 NFLのWeek2は、Thursday Night Footballがprime videoでスタート。LA CargersとKC Chiefs@Arrowhead Stadiumという絶好のカードで、Amazon CEOのJeff Bezosも観戦してました。解説は2022年6月に引退したばかりのハーバード出身のRyan Fitzpatrick! 日本の教育システムからは出ないタイプの奇才で、ドラフト7巡250位ながら、IQの高さとGutsy Effortで8チーム・17年NFLで生き残ったJourneymanです。NFLはIT企業をメディア・コンテンツ制作に引き入れて、フットボールの魅力を高めることに成功しています。スーパーで時給5ドルでバイトしながらプロになったKart Warnarとの論戦が楽しみ。
 下のFitzpatrickのドキュメンタリーによると、奥さんはHarvardでオールアメリカの女子サッカー選手だったとか。7人の子供にBradyとか、敵チームのQBの名前を付けていて、Fitzは面白い。Week 2にupsetを演出したJETSのJoe Flaccoも37歳で子供5人。ベビーシッターを雇って働くより他ないですね。

2022/09/19

「没後30年 松本清張はよみがえる」第7回「地方紙を買う女」

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第7回(2022年9月19日)は、初期の名短編「地方紙を買う女」について論じています。担当デスクが付けた表題は「情報格差手掛かりに あぶり出す戦争の影」です。姫野カオルコさんの直木賞受賞作『昭和の犬』とのmatch-upです。田村正和と広末涼子、佐野史郎のドラマ版「地方紙を買う女」も面白そうです(味のあるキャスティング)。

 松本清張の昭和30年代の作品の特徴は、戦後が終わり、高度経済成長の時代に足を踏み入れた日本が抱えた「負い目」を炙り出す筆致にあります。「地方紙を買う女」が発表されたのは昭和32年(1957年)の4月です。同月にはソニーの前身となる東京通信工業が世界最小のトランジスタラジオを発売し、世界企業となる礎を築き、同月に売春防止法が施行されて風紀の取締りが強化されるなど、1956年度の「経済白書」に「もはや戦後ではない」と記された現実が到来しています。

 ただ清張が本作で描くのは、シベリア抑留された夫の復員が依然としてかなわず、「戦争の影」を内に抱えた登場人物たちの姿です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/989826/

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 2022年10月1日(土)の青来有一さんとの対談(九州芸術祭文学カフェ@長崎県美術館)は、先週の西日本新聞の告知後に、予定席数のご予約を頂きました。ありがとうございます。広めの会場でゆとりがあり、予定より多めに受け付けてますので、長崎の方はぜひお申込みください。谷崎賞・芥川賞作家・青来有一さんと、吉田修一さん、カズオイシグロさん、村上龍さん、佐藤正午さんなど長崎の作家の代表作について論じる、濃密な内容になる見込みです。西九州新幹線の開業を、現代文学で言祝ぎましょう。

2022/09/16

「没後30年 松本清張はよみがえる」第6回『或る「小倉日記」伝』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第6回(2022年9月16日)は、清張の芥川賞受賞作『或る「小倉日記」伝』について論じています。担当デスクが付けた表題は「限られた生全うする 半生重ねた芥川賞作」です。西村賢太の『どうで死ぬ身の一踊り』とのmatch-upです。

 北九州・小倉に根を張り、その近辺で半生を過ごした松本清張らしい、土地の臭いが色濃く漂ってくる作品です。賞金目的で記した「西郷札」が直木賞の候補作となったことで、松本清張は作家として意欲を高め、翌年の1952(昭和27)年に「三田文学」に「或る「小倉日記」伝」を発表し、作家としての地歩を固めています。

 この作品は、頭脳明晰でありながら、神経系の病気で舌が回らず、片足の自由がきかない障害を持った田上耕作を主人公とした内容です。耕作は熊本で生まれ、5つの時に小倉に移り、周囲から罵られながらも、友人の江南や、小倉を代表する医者だった白川にその知性の高さを買われ、小倉の知的なコミュニティの中で成長してきます。耕作の地を這って生きる逞しさが、松本清張の半生と重なって見えます。

 今月は来週にかけて第10回まで掲載される見込みです。下旬に解説を書いた文庫本が出版されます。あと現代文学と新興宗教との関係について書いたコラムが掲載されます。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/988541/

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 NFLが開幕しました。例年通りNFLとの直接契約のGame Passで視聴しています。Week1は前回のスーパーボウルに出たLA RamsがBuffaloに負け、リーグの将来を背負うJoe BurrowのCincinnatiがラストベルト対決でPittsburghに負けるというupsetの週でした。NFLはサラリーキャップ制(社会主義的)で、1チームの年俸の総額の上限が決まっているため、playmakerにいい契約条件を提示し、活躍できる環境を整備できないと、あっさりと移籍されるので(資本主義的)、GMとHCのフィールド外のGovernanceも見どころです。

 2020年にTampa Bayが移籍1年目のTom Bradyで、2021年にはLA Ramsが移籍1年目のMatthew Staffordでスーパーボウルを獲っています。non-profit-organizationとして両チームのTBやLAへの地域貢献も多大でした。落ち目と言われた選手を正当に評価し、厚遇したGMとHCの功績が大きいと思います。私の学位はPhD.Media and Governanceですが、NFLは組織のGovernanceという視点から観ても面白いです。

 前に東京ドームでAmerican Bowlをやっていた時、新聞社のプレスパスで練習から記者会見、試合、パーティーまで、NFLの舞台裏をじっくり見学させてもらいましたが、NFLはGovernanceのバランスがとれていて、素晴らしいです。記者会見でCNNやCBSの記者と競りながらGMとHCにマニアックな質問をしたところ、「いい質問だった」とパーティーに誘ってもらい、ESPNにも映れたのがいい思い出でした。(NFLが好きな学生には、この時のプレス資料を見せています)。

 2022年のWeek1は引退を撤回した45歳のTom Bradyが、NFLの選手間投票でNo.1の評価で、NBCのSunday Night Footballに登場。Michael Jordan(59歳に見えない若々しさ)がサプライズでBradyのカンバックを祝福し、アウェイのDallasで完勝でした。Uber Eatsのオープニングと9/11のセレモニーも@Dallasらしい雰囲気でしたが(映画「American Sniper」のラスト・シーン@Cowboys Stadiumを思い出しましたが)、期待のPrescottがわずか3点しか取れずに敗退。テキサスはいい人多いけど、銃所持率が高いので、こういうホームが沈黙する試合の後は車に乗るのが怖いです。JFKも撃たれたのはDallasですし。

https://www.youtube.com/watch?v=xb-0M95XQfo

 ESPNのMonday Night FootballのオープニングはAloe Blaccでした。地上波に向かないラッパーを起用しないのがESPN。近年MNFのBookingがいまいちですが、Seattleはいい街で、先日の(隣のスタジアムでの)イチローの英語スピーチも良かったです。

https://www.youtube.com/watch?v=IesFZ-ABctw

 Bradyが半分の年齢の巨大な若者たちに追われながら、cool under pressureでGOATらしい仕事をしていて、励まされます。Bradyが6巡199番目の指名だったこともあり、近年はドラフト順や出身大学、在籍年数はさほど関係なく、直近のstatsでdepth chartを組んでるチームが増えている気がします。Bradyは、相変わらず日常の準備がストイックで(ナス科の野菜・フルーツは炎症を起こしやすいので食べないとか)、しなやかな体型と逆境に強いメンタルを維持しつつ、正確なパスと柔軟なPlay-Callingで、今年も楽しませてくれそうです。個人的にはもう一回移籍してもらい(以前に噂のあった)49ersでJoe Montanaのような姿を観たい。

https://www.youtube.com/watch?v=7jQ3iNFKK7M

2022/09/07

「没後30年 松本清張はよみがえる」第5回『点と線』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第5回(2022年9月7日)は、清張の大ヒット作『点と線』について論じています。担当デスクが付けた表題は「時代の空気と欲望 列車で描くミステリ」です。阪急今津線を舞台にした、有川浩さんの『阪急電車』とのmatch-upです。

 福岡県の香椎の海岸で起きた怪死事件の謎に迫った松本清張の初期の代表作です。夜になると人気が少なく、足跡が残らない「岩肌だらけの香椎海岸」を舞台に、某省の課長補佐代理と東京・赤坂の割烹料亭で働くお時の「心中事件」が描かれます。香椎海岸も、現在は美しい場所になりました。

 本作は時刻表を用いたトリックで広く知られていますが、博多弁と標準語の違いに着目した推理の進め方や、国鉄香椎駅と西鉄香椎駅の「中途半端な距離」に着目した男女の「誤認」をめぐる「土地に根差したトリック」も面白いです。西は福岡から北は札幌まで複雑に張り巡らされた「時刻表トリック」がスリリングで、松本清張の名を世に広く知らしめた出世作と言えます。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/984279/

2022/09/01

「没後30年 松本清張はよみがえる」第4回『西郷札』

  西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第4回(2022年9月1日)は、清張のデビュー作『西郷札』について論じています。担当デスクが付けた表題は「維新後の庶民の変化 軍票通じ描く出世作」です。佐世保と思しき街を舞台に「偽札」をめぐるミステリを展開した、佐藤正午さんの傑作『鳩の撃退法』とのmatch-upです。

 短編小説「西郷札」は松本清張が1951年に発表した処女作です。清張は18歳頃に小倉で文学好きな友達と小説を書き、輪読していましたが、小説を書いていてはでは生活できないと考え、本作を記すまで小説の執筆を止めていました。しかし戦後のインフレの中で、一家8人の生活費を捻出する必要に迫られ、彼は「生活」のため「週刊朝日」の「百万人の小説」に応募します。戦前は生活のために筆を折った清張が、戦後は生活のために筆を執ったというのが興味深く、「一世一代の名短編」と言えます。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/981491/

2022/08/29

「没後30年 松本清張はよみがえる」第3回『半生の記』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第3回(2022年8月29日)は、清張の自伝小説『半生の記』について論じています。担当デスクが付けた表題は「社会の底で培われた 叩き上げの自伝小説」です。清張ファンとして知られ、清張と同じく「叩き上げの作家」と言える宮部みゆきさんの作品と比較できて、良かったです。

『半生の記』は松本清張が41歳で小説家としてデビューする以前の人生を描いた自伝小説です。彼が朝日新聞社を辞めて46歳で専業作家になり、82歳で亡くなったことを考えれば、小説家以前の「半生」が松本清張にとって人生の過半を占めます。戦後復興や経済成長の中で置き去りにされてきた人々に光を当てた清張の作品は、高等小学校卒の学歴で社会の底を生きてきた「半生」の中で培われたと言えます。清張のようにタフに、困難な時代を渡り歩きたいものです。

 次の掲載まで3日ほど空きます。短期集中連載で、平日にランダムに掲載されますが、無理のないペースで、現在、ゆるゆると二十数本目の原稿を書いているところです。新型コロナ禍やウクライナ戦争などがあり、政治・コミュニケーション・経済・メンタルヘルスなどの悪化で、世の中が大らかさを失っているように思えますので、超音波や時刻表、青酸カリや濃クローム硫酸風呂など様々な「社会派トリック」を用いた清張作品でストレスを発散し、「文学の懐の深さ」を楽しみたいものです。

WEBアステイオン「氷河期世代が振り返る平成――「喪の作業」としての平成文明論」

 「WEBアステイオン」(Newsweek Japanのサイト)に、「氷河期世代が振り返る平成――「喪の作業」としての平成文明論」を掲載頂きました。今年の1月に入稿した與那覇潤さんの『平成史』(文藝春秋)に関する10枚ほどの論考で、「アステイオン96」(サントリー文化財団)の掲載原稿を、タイトルを変更の上、転載したものです。本文は紙媒体と同じです。紙媒体とWEB版を上手く運用していて、「アステイオン」は素晴らしい雑誌だと思います。

WEBアステイオン 氷河期世代が振り返る平成──「喪の作業」としての平成文明論

https://www.newsweekjapan.jp/asteion/2022/08/post-71.php

Yahoo!ニュース版 Newsweek

https://news.yahoo.co.jp/articles/b956da50977cc148dd1c2fb98fe8b749be3c0772?page=1

原稿の詳細 「アステイオン96」に寄稿しました 2022/5/22

https://makotsky.blogspot.com/2022/05/96.html


2022/08/26

「没後30年 松本清張はよみがえる」第2回『ゼロの焦点』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第2回(2022年8月26日)は、初期の代表作の一つ『ゼロの焦点』について論じています。担当デスクが付けた表題は「映えるグッドクリフ 能登に根を張る人々」です。

 この小説は清張が「ブラック清張」と呼ばれるきっかけとなった作品です。清張は黒を題名に取り入れた作品を多く記していますが、本作ではラストシーンで真犯人が日本海に船を出し、「黒い点」となって沈んでいく場面が、読後に鮮烈な印象を残します。しかもこの場面は一人の女性が死に行く暗いものとしてではなく、最後に光り輝く生を全うさせる感動的なものとして描かれています。

『ゼロの焦点』は松本清張が生死を超えた人間の実存に、文学的な価値を見出していることが分かる作品です。清張ファンとして知られるみうらじゅんが、松本清張作品のベストに挙げていたことも頷ける禍々しさです。メディア論、サブカルチャー論の文脈からも清張作品は再評価すべきだと考えています。

西日本新聞me コーナー「松本清張はよみがえる」

https://www.nishinippon.co.jp/theme/matsumoto_seicho/

第2回 『ゼロの焦点』

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/978656/

2022/08/25

新連載「没後30年 松本清張はよみがえる」第1回『遠い接近』

  西日本新聞朝刊で新連載「没後30年 松本清張はよみがえる」がはじまりました。松本清張の代表作50冊を、現代の作家の代表作との類似性に着目しつつ、50回の連載で論じていく予定です。『現代文学風土記』を書くうちに、様々な土地を舞台にした小説を書いた松本清張への関心が高まり、この連載に至りました。

 今年は松本清張の没後30年にあたります。都市と地方の格差や、出自や教育の格差、ネット上で吹きあがる「怨嗟」や「嫉妬」の感情など、現代日本を生きる人々のリアリティは、清張が小説で描いたものごとに、確実に近付いていると思います。「清張的」な物事が現代日本にあふれているように見えます。

 九州北部で生まれ育ったこともあり、長らく小倉で育った松本清張に親しみを感じてきました。松本清張は、戦後日本の大衆文学・映像メディアの世界に巨大な足跡を残した国民作家でした。46歳で専業作家となった彼のバイタリティに学ぶことは多く、これまでも度々、小倉の清張記念館を訪れて、励まされてきました。準備段階で記念館の方々にお世話になったこともあり、勧誘を受けて松本清張研究会にも入りました。

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第1回(2022年8月25日)は、戦時中の体験を記した数少ない作品の一つ『遠い接近』について論じています。イラストは、精密な鉛筆画を描く人形アニメーション作家の吉田ヂロウさんで、清張作品の「禍々しい雰囲気」を上手く表現して頂いています。取り上げる作品のリストは私が作成していますが、現代文学風土記の連載と同様に、掲載順やタイトルの作成は担当デスクにお任せしています。

 松本清張の強烈な個性に彩られた50作品と対峙する50回の批評を、どうぞよろしくお願いいたします。清張と直木賞寄りの作品を含めた現代文学を架橋する新感覚の清張論になるよう、日々、努力をいたします。

西日本新聞me コーナー「松本清張はよみがえる」

https://www.nishinippon.co.jp/theme/matsumoto_seicho/

第1回 「遠い接近」

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/978096/


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 江藤淳全集が刊行されました。版元はboid/VOICE OF GHOSTで、kindleで読めます。責任編集が元文藝春秋の編集者で、江藤淳が自裁する直前に会った平山周吉さんです。編集は新潮社の風元正さんです。思想的に江藤は左右の枠に収まらない批評家で、いくつかの仕事は明らかに大江健三郎よりも「左」です。ちなみに42歳でデビューした松本清張と、23歳でデビューした江藤淳の執筆期間は、ほぼ重なっています。


 2019年に開催した「江藤淳没後20年 昭和と平成の批評 ー江藤淳は甦えるー」シンポジウムで、平山周吉さんに全集企画についてお話頂いていたのですが、あれからちょうど3年。『現代文學風土記』を書いた山本健吉が江藤淳の結婚式に参加していたなど、「週刊文春」の香りのする「全集の解説」も素晴らしいです。ちょっとした空き時間にスマホで江藤の筆致を追えるのが有難く、玄人筋にも大好評の電子書籍版・江藤淳全集を、どうぞよろしくお願いいたします。

新刊『現代文学風土記』(西日本新聞社)好評販売中!

『現代文学風土記』(2刷)が好評販売中です。ジュンク堂や丸善、蔦屋書店などで、平置きの販売を頂きました。2段組で原稿用紙換算で900枚ぐらいの分量ですが、学生にも読んでもらえるように1800円+税で、購入しやすい価格に設定して頂いています。多くの方々よりご好評の声を頂き、感謝申し上げます。
 装画は文芸誌の挿絵や、三浦しをんさんや角田光代さんの小説の表紙でお馴染みの金子恵さんです。帯文は、作家の吉田修一さん(長崎南高校の先輩)に、新潮社「波」の一文の転載をご快諾を頂きました。

『現代文学風土記』(西日本新聞社)が増刷されました

日本経済新聞・書評欄(2022年6月11日)

産経新聞・書評欄(2022年7月3日)

中日新聞・東京新聞「大波小波」(2022年6月16日)

北海道新聞・読書ナビ(2022年6月26日)

西日本新聞(2022年6月4日)

西日本新聞(2022年6月27日)テレビ欄・カラー広告

「フリースタイル」(52号 2022年6月25日)

「新潮」(2022年8月号)

遅いインターネット会議(2022年7月5日)

 北海道から沖縄まで47都道府県を舞台にした作品を取り上げつつ、主要な現代作家の代表作や隠れた名作を、直木賞・芥川賞の垣根を超えて網羅しています。発売の前後からこの本に関連したお仕事を様々頂き、心より感謝申し上げます。子供たちにも4年間書いてきた成果を本という形で見せることが出来て良かったです。

 下の版元ドットコムで批評した180作品のリストと前書きが読めます。通常の書籍の2倍ぐらいの原稿量ですので、お手に取って頂くと、写真よりボリュームが感じられると思います。目次や地図、年表にもページをめくるのが楽しくなるような「仕掛け」を施していますので、ぜひご一読ください。大学での教育経験を踏まえ、ふりがなを通常の書籍よりも多めに付していますので、高校生や大学生、留学生にも読書ガイドとしてもお勧め頂ければ幸いです。

版元ドットコム

https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784816710018

ためし読み(版元ドットコム)

https://hanmoto.tameshiyo.me/9784816710018

Amazon

www.amazon.co.jp/dp/4816710019

楽天ブックス

https://books.rakuten.co.jp/rb/17128410/

書店ファックス「【新刊】『現代文学風土記』」

https://www.hanmoto.com/wp/wp-content/uploads/2022/04/c22355f604b686fc5a21899b6f0089ab.jpg

国会図書館

https://iss.ndl.go.jp/books/R100000067-I000591942-00