2018/04/29

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第五回 辻村深月「朝が来る」

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」第五回(2018年4月29日)では、今年本屋大賞を受賞した辻村深月の「朝が来る」について論じています。「朝が来る」は2016年に本屋大賞の候補となっていた作品で、私は辻村深月の代表作と考えています。表題は「新しい家族のあり方示す」です。

「朝が来る」はタワーマンションが林立する武蔵小杉を舞台に、特別養子縁組で子供を受け入れた夫婦のその後を描いた作品です。支援団体「ベビーバトン」は「養子をね、もらったんです」と周囲に公言することを推奨しており、血縁や世間体に縛られた価値観を超えた「新しい家族のあり方」を提示しています。武蔵小杉という小説の舞台もこの作品に適したもので、若い作家らしい視点から、子育ての現実感が表現されています。

この作品を読むと、辻村深月が現代を代表する高い筆力を持ち、小説の表現を通して伝えたい「強い思い」を持った作家であることが分かると思います。

「現代ブンガク風土記」では、地方を舞台にした作品だけではなく、現在進行形の「郊外」を舞台にした作品についても、それぞれの街が持つ、細かな特性や差異に着目しながら、論じていきます。



2018/04/22

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第四回 吉田修一「長崎乱楽坂」

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」第四回では、吉田修一の芥川賞受賞直後の長編「長崎乱楽坂」を取り上げています。現在、朝日新聞朝刊で連載中の「国宝」の原型となった作品と言えるかも知れません。表題は「観光地・長崎の明暗」です。

この作品は長崎の市街地側の山の斜面を舞台にしたものではなく、三菱重工長崎造船所のある対岸の稲佐を舞台にした作品です。稲佐山は観光地として有名ですが、この小説は展望台へと向かうロープウェイが上空を通り過ぎていく、長崎の昔ながらの坂と石段の町に住む昔ながらの「やくざ」一家を描いた作品です。零落する「やくざ」の描写には、その後の吉田修一の代表作のモチーフとなる要素が多く詰まっていて、味わい深い作品です。

「現代ブンガク風土記」は第一回から第四回まで長崎を舞台にした作品を取り上げました。次回は長崎から遠く離れた場所を舞台にした、現在進行形の「郊外」を舞台にした作品を取り上げる予定です。

私が所属している文教大学のHPでも本連載をご紹介頂いています。
http://www.bunkyo.ac.jp/news/media/20180404-02.html


2018/04/15

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第三回 吉田修一「破片」

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」第三回では、吉田修一の初期の作品「破片」(第118回芥川賞候補作)について取り上げています。表題は「母をもとめさまよう兄弟」です。

現在、朝日新聞朝刊で「国宝」を連載中の売れっ子作家・吉田修一の原点と言える2作目の中編で、長崎の実家の酒屋を中心的な主題にした唯一の作品です。「小島」近辺と思しき階段と坂道を、汗と涙を流しながら酒屋の仕事で上り下りする描写や、思案橋・銅座界隈のスナックで問題を起こす描写があります。

長崎南高校近くの「星取」というマニアックな地名も登場します。車の入れない、長崎南高校からの帰宅道の墓場のこのアングルからの長崎港の写真も、マニアックかも知れません。このアングルの写真を撮って頂いたのは、私が最も好きな長崎の風景だからです。長崎港の対岸に見える稲佐の町が霞んでいるのも味わい深いです。

昨年の「文學界」掲載の「吉田修一論」でも記しましたが、初期の「文學界」時代の吉田修一の作品には質が高いものが多く、再評価が進むことを望んでいます。映画やドラマにしても面白い作品が多くあると思っています。「現代ブンガク風土記」では、来週まで長崎を舞台にした作品を取り上げる予定です。

西日本新聞の内門博デスクの記事で、本連載をご紹介頂きました。
https://www.nishinippon.co.jp/nnp/desk/article/408707/



2018/04/08

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第二回 カズオ・イシグロ「浮世の画家」

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」第二回では、カズオ・イシグロの二作目『浮世の画家』について取り上げています。表題は「故郷喪失者が描く戦後」です。以前に「文學界」でも書きましたが、長崎を想起させる町を舞台にした「浮世の画家」は、カズオ・イシグロの代表作と言える作品で、三作目の『日の名残り』の原型となる物語構造を有しています。

小説で描かれる「the bridge of hesitation(ためらい橋)」は、明らかに長崎を代表する歓楽街「思案橋」をモデルとしたものです。夜の街、思案橋の煌びやかな雰囲気がよく伝わってくるとても良い写真が掲載されています。担当記者の内門博氏と、日暮れまで粘って撮影した一枚です。ぜひご一読下さい。

この近くで私は生まれ育ったので、西日本新聞のカラー誌面で、「思案橋」の写真と共に、カズオ・イシグロの代表作について批評する機会を得られたのは、幸運かつ幸福なことでした。しばらくは入院している身内へのお見舞いの気持を込めつつ、生まれ育った長崎への両義的な感情を胸に、長崎を舞台にした小説を取り上げていきます。




2018/04/01

新連載・西日本新聞「現代ブンガク風土記」

2018年4月1日より、西日本新聞で「現代ブンガク風土記」という連載を、毎週日曜に担当します。日本の「地方」を舞台にした「地に足の着いた」現代文学を毎週一冊取り上げ、作品の魅力について、読み所となるポイントを明示し、批評する内容です。

初回はカズオ・イシグロの長崎を舞台にしたデビュー作「遠い山なみの光」です。 第一回の記事タイトルは、「市井の戦争責任」問う、です。イシグロの生家近くの長崎らしい石畳の路地で撮影した桜並木の写真が掲載されています。写真にもこだわった連載です。

表題を「ブンガク」と片仮名にしたのは、この連載で取り上げる作品が、必ずしも文芸誌に載る「純文学」の作品に限らないからです。直木賞や山本周五郎賞を受賞している作家の優れた作品も多く取り上げます。長崎の磨屋小学校の先輩の山本健吉や奥野健男の『現代文学風土記』のコンセプトを一部継承しつつ、内容の上で区別するニュアンスもあります。

風景や生活空間の均質化と、過疎化が進行する現代日本ですが、「地方」の現実感やその価値観を捉え直す、魅力的な小説が多く執筆されています。この連載では、「地方」を舞台にした、現代を代表する小説の表現を手がかりにして、土地と人間との現代的な関係について考えていくことを目的としています。

ぜひお時間のある時にでもご一読下さい。ウェブ版も近々、公開されると思います。

西日本新聞社の社告での紹介
http://c.nishinippon.co.jp/announce/2018/03/039781_post-99.php