2019/02/18

週刊読書人『吉田修一論 現代小説の風土と訛り』書評

 週刊読書人(2019年2月15日 第3277号)で、陣野俊史氏(批評家・作家、立教大学特任教授)に『吉田修一論 現代小説の風土と訛り』の書評を頂きました。
「反時代的な文芸批評 きわめて本質的な文学の「場所」へ」というタイトルで、吉田修一の作品を通して長崎という場所について批評することの意味について、同じ長崎出身の陣野氏らしい鋭い観点から、興味深い分析を頂きました。
 こういう書評を頂くと、今後の仕事の励みになります。
 新聞版にもWeb版にも掲載されていますので、ぜひ週刊読書人をご一読下さい。
https://dokushojin.com/article.html?i=5036


2019/02/17

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第46回 佐藤正午『鳩の撃退法』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第46回 2019年2月17日)は、佐藤正午の代表作『鳩の撃退法』について論じています。表題は「ぼんやり留まる場所として」です。

日本西端の港街・佐世保の雰囲気が、色濃く漂ってくる現代文学を代表する小説です。夜店公園通りという佐世保に実在する歓楽街も作中に登場します。2019年の1月に佐世保に行って写真も撮ってきました。高校の部活の遠征以来、久しぶりに佐世保の繁華街を歩きましたよ。

この小説は凄い小説です。主人公の津田伸一は、かつて直木賞を「2年連続」で受賞した大作家でしたが、小説が書けなくなり、世間から忘れられています。佐世保っぽい街で、女性の家に居候しながら「女優倶楽部」という店でドライバーをしながら日銭を稼いでいます。そこに古本屋の店主から3000万円のお金と、偽札の疑惑がふってくるというぶっ飛んだ話です。

50代後半から60代にかけて、代表作と呼べる作品を世に送り出すことのできる作家は稀だと思います。佐藤正午は2017年に発表した「月の満ち欠け」で、61歳にして直木賞の初候補で初受賞となりましたが、この受賞を後押ししたのが、山田風太郎賞を受賞した、文庫で約1100頁の本作であることは間違いありません。

佐藤正午の佐世保を舞台とした作品の魅力は、東京や福岡のような大都市とは異なる生活者の現実感にあると思います。直木賞の受賞の記者会見も電話対応で、授賞式にも出席すると言っておきながら、結局、出席せず、30年以上も佐世保に留まりながらマイペースで作品を記し続けてきた作家らしい傑作です。


2019/02/15

メディア・リテラシーを高めるための文章演習

今月末に『メディア・リテラシーを高めるための文章演習』(左右社、1700円+税)を出版予定です。最終の校正作業中ですが、240ページほどの分量になる見込みです。


2019/02/13

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第45回 佐藤正午『永遠の1/2』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第45回 2019年2月10日)は、佐藤正午「永遠の1/2」について論じています。表題は「全体像の見えない『西海市』」です。

佐藤正午は佐世保北高校の出身です。4学年先輩に村上龍がいますが、佐藤の作品には学生運動の匂いは薄く、北海道大学を中退して佐世保に戻り、競輪に没頭するという作者自信の不器用な生き方が、デビュー作の主人公の姿にも投影されています。

佐藤正午のデビュー作は、「失業したとたんにツキがまわってきた」という印象的な書き出しではじまります。「ぼく」は失業した分を取り戻すように競輪で大穴を当てていきますが、その儲け分を相殺するようなきな臭い事件の数々に巻き込まれていきます。人工的な街・ロサンゼルスを舞台にしたレイモンド・チャンドラーの作品の「風景」を彷彿とさせる、軍港の街・佐世保の全体像の見えない街の描写も魅力的な作品です。

佐藤正午自身は「永遠の1/2」を「読み返さない本」として位置付けています。「どんな作家でも、小説家になる前にアマチュアとして書いた小説が一つはある」と。ただ「無遅刻無欠勤」みたいな文章であるとも評価しています。「真面目さや地道さや凡庸さ」というのは、「山あり谷ありの小説家稼業においては、ぜひとも欠かせない条件、とまでは言わないにしても、あっても絶対に邪魔にはならない資質ではないか」と。59歳で「鳩の撃退法」のような代表作を発表し、61歳の時に「月の満ち欠け」で直木賞を受賞した「息の長い作家」らしいデビュー作です。


2019/02/03

日本出版学会「ビッグデータを用いた『言葉』の分析と、AI(人工知能)を用いた編集・執筆支援システムの将来」

日本出版学会で下の報告を行います。ご関心が向くようでしたら、気軽にご参加を頂ければ幸いです。

日本出版学会 出版教育研究部会・出版デジタル研究部会 共催のご案内

「ビッグデータを用いた『言葉』の分析と、AI(人工知能)を用いた編集・執筆支援システムの将来」

日 時: 2019年3月2日(土) 午後2:00~4:00 (開場:午後1時30分)
報 告: 酒井信(文教大学准教授)
     池上俊介(データセクション株式会社、慶應義塾大学SFC研究所訪問研究員)
場 所: 専修大学神田キャンパス 5号館542教室
        東京都千代田区神田神保町3-8

【開催概要】
 AI(人工知能)と呼ばれる技術の根幹は、自然言語処理にあり、本来的に同じく活字を扱う出版産業との親和性が高い。大量の文章を解析にかけ、埋没した知見を抽出する自然言語処理の技術を用いて、著者や編集者の編集や校閲の作業や、執筆を支援するシステムが様々な形で開発されている。
 酒井信氏は文教大学情報学部の准教授で、文芸誌や論壇誌に批評文を執筆する傍ら、前任先の慶應義塾大学グローバルセキュリティ研究所時代から、自然言語処理の技術を用いたニュースの解析と分析の研究に関わってきた。
 池上俊介氏は、慶應義塾大学総合政策学部で自然言語処理を専門として学び、ビッグデータの解析を専門とするデータセクション株式会社でCEO等の役職を務め、長期にわたって自然言語解析の技術開発に携わり、様々な業種・分野にこの技術を普及させてきた。
 本報告では将来にわたり、自然言語処理の技術を、どのような形で文章の執筆や編集、校閲の支援に役立てることができるのか、現代的な事例を基にして報告と議論を行う。

http://www.shuppan.jp/yotei/1061-201932.html


西日本新聞「現代ブンガク風土記」第44回 真藤順丈『宝島』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第44回 2019年2月3日)は、真藤順丈の直木賞受賞作『宝島』について論じています。表題は「沖縄の人々の総体が主人公」です。

近年の直木賞受賞作品の中で、最も「志の高い」作品と言っても褒めすぎではないと思います。沖縄の凄惨な地上戦を思春期に体験し、米軍基地から物資を奪う「戦果アギヤー」として生き残ってきた若者たちの人生を通して、沖縄の戦後史を壮大なスケールで描き切っています。米軍基地の存在と深く結び付いた沖縄の窃盗団や密売者、ヤクザたち、米国統治下のコザの特飲街、本土復帰運動の集会、那覇の闘犬賭博場の描写など、沖縄の街の裏側を、生活者の視点から描いた文章も魅力的です。

真藤は沖縄出身ではなく、東京生まれです。大学も埼玉県越谷市に本部を置く文教大学に通っていました(私は同大学の教員)。文教大学は小学校・中学校の教員養成に重きを置いていることもあり、勉強熱心な学生が多い印象を受けます。同大学の出身者として高橋弘希が、2018年の上半期に「送り火」で芥川賞を受賞して、「閉鎖的な人間関係の中で生じるいじめ」をテーマにしていました。沖縄の戦後史を描いた真藤も、青森の「いじめ」を描いた高橋も、その外見に比して、本質的なテーマで小説を書いていると思います。

構想に7年を擁し、真藤は途中で書けなくなり、精神的に追い込まれて、ようやく書き上げた作品らしい、奥行きを感じる作品です。真藤は「自分が書いていて辛い部分を語りが助けてくれた」と述べていますが、この作品は、戦前戦後の歴史の中で沖縄に遍在してきた「土地の声」に耳を傾けることで生まれた作品だと思います。

2019/01/27

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第43回 村上龍『69 sixty nine』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第43回 2019年1月27日)は、村上龍の佐世保を舞台とした代表作『69 sixty nine』について論じています。表題は「時代の熱狂と佐世保描く」です。

私の高校時代、村上龍の「69 sixty nine」は、抑圧的な校風を持つ長崎の県立高校の学生にとって、バイブルのような本でした。村上龍は66歳となった現在でも、佐世保北高校時代の自身をモデルにした「69 sixty nine」の「ヤザキ」のその後の人生を生きているように思えます。

青春小説ですが、一九六九年という時代と、佐世保という場所、フェスティバルに向かう筋書きが一致した、明瞭な構成を有した作品です。また学生運動の流行や、引用される音楽や映画、米軍基地のある街の雰囲気、市街地と閉山の近い炭鉱町との落差など、時代の雰囲気を感じさせる描写に満ちています。

「69 sixty nine』のように戦後日本の歴史に残る時空間を、ユーモアを交えながら颯爽と描いた文学作品は珍しいです。一九六九年の佐世保を、カロリーの高い「フェスティバル」と、青春の熱狂を通して描いたこの作品は、若者の熱量が目に見えにくい時代だからこそ、多くの読者に愛読されてきたのだと思います。





2019/01/26

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第42回 今村夏子『こちらあみ子』

2019年3回目の西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第42回 2019年1月20日)は、今村夏子の代表作『こちらあみ子』について論じています。表題は「『障害者』を隣人として描く」です。校務と来月末発売の書籍の入校作業で立て込んでいて、更新が遅くなりました。

今村夏子は寡作ながら、作品を発表する度に注目される作家です。本作や「星の子」など、子供の視点から日常を描いた作品が味わい深く、読みやすい文章ながら日常の底を見通すような描写が魅力的です。「こちらあみ子」の刊行後、6年近くも新しい小説が発表されませんでしたが、2016年に福岡市に拠点を置く書肆侃侃房のムック本に掲載された、わずか57枚の短編「あひる」が芥川賞の候補作となり、今村夏子の作家としての才能が再評価されました。

この作品は、現代日本に埋もれた軽度の障害者の児童虐待を告発した作品であるとも読み取れます。ただ今村夏子は「あみ子」を「病」を持った同情すべき存在として描くのではなく、同じ社会を生きる対等な人間として描いています。一括りに「障害者」と呼ばれる人びとの内面を、その発達過程に生じる喜怒哀楽を通して、同じ社会を生きる「人間臭い隣人」として描いた小説は、極めて珍しく、これから発表される作品が楽しみな作家の一人です。




2019/01/13

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第41回 舞城王太郎『熊の場所』

2019年2回目の西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」の第41回(2019年1月13日)は、舞城王太郎の代表作『熊の場所』について論じています。表題は「地方で起こる無意識の暴力」です。

舞城王太郎は、出身地の福井県や、居住経験のある東京郊外の調布市を舞台にした作品を記しています。巨熊から逃げ切った「僕」の父親が、福井訛りの言葉で「この世のどっかに、自分の行けん場所があるなんて、俺、嫌でなあ」と呟き、巨熊との再対決に向かうシーンが読後の印象に残ります。

『熊の場所』は福井を舞台としていますが、内容の上では一九九七年に起きた神戸連続児童殺傷事件をモチーフにしています。二〇〇一年のデビュー直後に書かれた舞城王太郎の作品は、テロ事件や通り魔、児童殺傷事件を題材として、地方や郊外の町で起こる無意識的な暴力の連鎖をテーマとしています。

『熊の場所』は、村上春樹が『ねじまき鳥クロニクル』で描いた満州やノモンハンを舞台に描いた「辺境で生じる理不尽な暴力」を、現代的な問題として引き受け、現代小説らしい表現方法でアクロバティックに展開した傑作だと思います。


2019/01/06

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第40回 辻仁成『真夜中の子供』

新年の西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」の第40回(2019年1月6日)は、辻仁成の新作『真夜中の子供』について論じています。表題は「夜の街中州で育つ無戸籍児」です。

辻仁成の最新作「真夜中の子供」は西日本最大の歓楽街・中州で生まれ育った、無戸籍の子供を描いた作品です。中州を代表する文学作品と言える出来映えで、すでに辻仁成の監督で映画化が決まり、ホームページも立ち上がっています。

福岡の中州は大阪の北新地と並んで西日本最大と言われる歓楽街です。その一方で、中州と言えばこれ、という文学作品は久しくありませんでした。この背景には、武士の町・福岡と商人の街・博多が九州を代表する大都市となり、戦後復興の過程で、高層ビルが建ち並ぶ人工的な風景となった影響があると思います。

江戸時代、福岡は長崎や薩摩に比べると小さな街でしたが、明治維新後に鎖国が解かれて、博多港を中心に大陸との貿易の拠点として発展します。明治末には政府の機関や帝国大学が設置されて、西日本を代表する都市となり、この過程で、モダンでエキセントリックな街並みが作られます。

1945年6月の福岡大空襲で、市街地の大部分が廃墟と化しますが、戦後は、福岡は大陸からの引き揚げの拠点となり、朝鮮戦争の時代には米軍の前線基地として、急速な経済発展を遂げていきます。しかしその一方で、戦前に夢野久作や檀一雄、長谷川町子が愛でた歴史的な街並みは、一部の場所を除いて姿を消し、文学作品の舞台として取り上げられることも少なくなってしまいます。

詳細は本文で記しましたが、辻仁成がパリで経験した子育ての経験が生きた作品で、作家として一回り大きくなったことを物語る作品です。フランスでフェミナ賞外国小説賞を受賞した『白仏』の系譜に繋がる読み応えのある現代小説です。