2020/08/27

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第122回 辻村深月『ツナグ』

 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第122回 2020年8月23日)は、辻村深月の代表作の一つ『ツナグ』を取り上げています。表題は「品川起点に物語る集合的記憶」です。

8月も色々と仕事が重なり、夏休みを過ごした感じが全くしないですが、遅れている原稿に取り掛かりつつ、青学の集中講義の準備と、秋学期の授業準備(英語50%)に取り掛かるところです。

辻村深月の「ツナグ」は、品川のホテルを玄関口として死者の世界と現世を取り次ぐ「使者(ツナグ)」を中心とした物語です。

品川は東海道五十三次の一番目の宿場町で、江戸の街の境目でした。日本橋から8キロという立地の良さも手伝って、品川宿は岡場所(歓楽街)としても大いに栄えています。落語の名作「品川心中」や「居残り佐平治」は、往時の品川宿の遊郭の賑わいを伝える作品です。

高層のホテルが林立し、東京の外環を形作る現代の品川は、依然として死者と生者の面会場所に相応しいのだと思います。


辻村深月『ツナグ』あらすじ

死んだ人間と生きた人間を、一生に一度だけ引き合わせる「使者=ツナグ」。自殺の噂が囁かれるアイドルや、癌であることを知らされることなく亡くなった母親、結婚を前にして突如行方不明となった婚約者など、訳ありの死者たちと再会する人々の姿が描かれる。「占いの家系」に生まれ、「使者=ツナグ」となった歩美の家族の謎にも迫るミステリー形式の作品。著者らしい異色の連作長編小説。

2020/08/17

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第121回 馳星周『少年と犬』

 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第121回 2020年8月16日)は、東日本大震災と熊本地震の双方を描いた、馳星周の直木賞受賞作『少年と犬』を取り上げています。表題は「「守護神」の旅路描く震災文学」です。

東日本大震災の被災地を起点として、5年の歳月をかけて熊本に向かう一匹の犬と、その飼い主たちの物語です。収録された6つの短編を通して、最初の飼い主に「多聞」と名付けられたこの犬が、釜石から熊本への旅路で出会う人々との「言葉を超えた交流」が描かれています。「少年と犬」は、孤独な登場人物たちに「送りびと」として寄り添う一匹の犬の旅路を通して、私たちが暮らす世界の危うさと貴重さを炙り出した、馳星周らしい異色の震災文学です。


馳星周『少年と犬』あらすじ

釜石から熊本まで5年をかけて移動するシェパード犬の多聞と、その飼い主たちの生活を描いた作品。多聞は人々の「避けられない死」を見届けるために、飼い主を変えながら日本列島を南下していく。2011年の東日本大震災と、2016年の熊本地震を結びつける「少年と犬」の物語。第163回(2020年上半期)直木賞受賞作。

2020/08/12

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第120回 馳星周『不夜城』

祝120回! 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第120回 2020年8月09日)は、新宿歌舞伎町の「裏の裏」を舞台にした馳星周のデビュー作『不夜城』を取り上げています。表題は「都会の「ジャングル」裏の裏」です。

連載も120回に達しましたが、取り上げる候補作のリストは増える一方で、まだ取り上げていない大作家の作品も多く残っています(馳星周もその一人でした)。全体に直木賞系の作家の作品を多く取り上げているのですが(現代小説の面白さを伝えたいため)、そろそろ芥川賞系の作家の代表作も、本腰を入れて取り上げていこう、と考えています。

『不夜城』は、私が大学に入学した年(1996年)に発表された作品です。中国マフィアの視点から日本最大の歓楽街である新宿・歌舞伎町を描いた視点が新鮮で、中国からの移住者や留学生が増加した現代日本の現実感を先取りしています。複雑な利害関係に根差した中国マフィアたちの人物描写が巧みで、個性的な登場人物たちが互いを出し抜こうと必死で戦う「群像劇」が、血生臭さを漂わせながら、目くるめく展開されます。


馳星周『不夜城』あらすじ

「日本の法律」が及ばない歌舞伎町を舞台に、台湾系日本人の健一と、育ての親の楊偉民、かつての仕事上のパートナー呉富春、中国東北部で生まれ育った夏美の関係を描く。一括りに中国人マフィアと呼ばれる人々が、台湾系・上海系・北京系・広東系など出身地域ごとに結束し、血を血で洗う抗争を繰り広げるハードボイルド小説。


2020/08/05

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第119回 前田司郎『愛でもない青春でもない旅立たない』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第119回 2020年8月26日)は、前田司郎の出身地・五反田を舞台にした青春小説『愛でもない青春でもない旅立たない』を取り上げています。表題は「通過儀礼なく大人になれるか」です。

現時点で引き受けている仕事量的に、夏休みは終わった感じがしていますが(GO TO 何とかに関係なく、旅行どころではありませんが)、働き盛りと言われる40代を、快活に過ごしたいと思います。

近代文学は、青春時代に人々が経験する何の役にも立たないような円環的な時間=モラトリアムを描いてきました。『愛でもない青春でもない旅立たない』は、この系譜に沿った青春小説で、社会的な意味では志が低そうに見えますが、思春期の夢のような無為な時間を描いている点で、文学的な意味では志が高いです。成熟の三種の神器といえる「愛と青春と旅立ち」なしで現代人は大人になることができるのでしょうか?


前田司郎『愛でもない青春でもない旅立たない』あらすじ
五反田に住みながら郊外の大学に通う「僕」の愛と旅立ちなき青春を描いた作品。前田司郎の小説デビュー作。「僕」は大学を留年しているが、危機感は抱いておらず、友人の山本や元宮ユキと弛緩した日々をだらだらと送っている。女性との関係の築き方が下手な「僕」は、美人の恋人のまなみに愛想をつかされて、失われた青春の大切さに気付く。劇団・五反田団を主宰する前田司郎の小説デビュー作。