2020/02/18

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第96回 高村薫『土の記』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第96回 2020年2月16日)は、高村薫の野間文芸賞・大佛次郎賞・毎日芸術賞の受賞作『土の記』を取り上げています。表題は「過疎地の「暗部」を泥臭く」です。

今週は熊本の水俣に来ています。写真は石牟礼道子も創設に関わった相思社が運営する水俣病歴史考証館です。水俣病訴訟に関する歴史と、その後の患者たちが経験した「歴史」の双方の展示が充実していて興味深かったです。建物も展示も丁寧に維持されている様子で、民間の博物館らしい味わいがあります。





高村薫『土の記』あらすじ
奈良県の宇陀市を舞台に、植物状態にあった妻を亡くした伊佐夫の内面が描かれます。かつて彼は妻の実家からシャープの工場に通い、退職後は農業に勤しんできました。回想の中で妻が不可解な交通事故に遭った時のことや、妻の女系の一族の浮気にまつわる記憶が紐解かれていきます。

名所旧跡が立ち並ぶ奈良盆地から離れた「奈良の北海道」と呼ばれる宇陀市を舞台に、由緒正しい田畑が並ぶ集落の謎に迫った作品です。不器用な伊佐夫と、奔放な妻の妹・久代との淡い恋愛の描写が読み所で、そこには「過疎地文学」とでも呼ぶべき新鮮さが感じられます。


2020/02/12

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第95回 川上未映子『乳と卵』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第95回 2020年2月9日)は、川上未映子の芥川賞受賞作『乳と卵』を取り上げています。表題は「「母」でも「娘」でもない「わたし」」です。

この小説は現代的な「女性らしさ」について、大阪弁のユーモラスな語り口の「豊胸手術をめぐる問答」を通して、一石を投じていると思います。母娘のすれ違う感情を通して「母」でもなく「娘」でもない「わたし」の存在を突き詰めていく展開は、現代文学らしい野心的なものです。



川上未映子『乳と卵』あらすじ
40歳が間近に迫った巻子は大阪の京橋でホステスとして働きながら、娘の緑子を育てつつ、豊胸手術をしたいと考えている。彼女は離婚した後に、スーパーの事務、工場のパート、レジ打ちや商品梱包の仕事を転々とし、京橋のスナックの仕事と、豊胸手術の願望に行き着いた。「わたし」を媒介として、初潮が間近に迫った緑子と、女性の身体性をめぐる応酬が繰り広げられる。第138回芥川賞受賞作。

2020/02/06

西日本新聞掲載「坪内祐三さんを悼む」

西日本新聞朝刊(2020年2月5日)に「坪内祐三さんを悼む」を寄稿しました。原稿用紙4枚ほどの分量です。昨年、出版社のパーティーで簡単にご挨拶させて頂いたのが最後となりました。もっとお話しを伺いたかったという気持が強く残っています。

20代の頃にSPA!の対談を見学させて頂いたときのことや慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスでのゲスト講義の思い出や、『ストリートワイズ』や『東京』、『1972』など思い出深い著作のことなどについて書きました。20代の頃に、たびたび暖かい励ましを頂いたことへの感謝の気持ちを込めました。