2020/06/26

電通・中村正樹さんのゲスト講義

今週は、長崎の幼稚園と高校の同期生で、電通のグローバル・ビジネスセンターでプロデューサーをやっている中村正樹さんに、明治大学の国際日本学部らしく英語で講義を行ってもらいました。私が担当している「日本のマス・メディアA」で、明治大学が提供しているMicrosoft Teamsを使った、オンラインのリアルタイムのゲスト講義でした。

100枚を超えるパワポ資料を用意して頂いたので、情報量豊富な授業でした。日本の広告業界の現状から、国際的な広告や日本文化の発信の事例、宇宙開発と関わる未来志向のプロジェクトなど、広告代理店のグローバル・ビジネスの現場の話が聞けて、非常に贅沢な内容だったと思います。学生たちの広告業界への関心も高く、「海外赴任はどれくらいの確率でできますか?」など、具体的で生々しい質疑が出ていました。


2020/06/23

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第113回 西加奈子『漁港の肉子ちゃん』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第113回 2020年6月21日)は、西加奈子の代表作『漁港の肉子ちゃん』を取り上げています。表題は「港町で明るく生きる逞しさ」です。震災前の石巻や女川をモデルにした作品で、食欲旺盛で涙もろい肉子ちゃんの生き生きとした言動が面白く、プロレス好きで「キン肉マン」を愛する西加奈子らしい「超人的な肉子の存在」の表現が光る内容です。

テヘランで生まれ、カイロと大阪で育った西加奈子は、様々な土地に根差した作品を記しています。作者の多文化的な経験を反映してか、この作品で描かれる肉子ちゃんも、大阪、名古屋、横浜、東京、石巻をモデルにした港町を渡り歩いています。西加奈子にしか書きえない、土地に根を張り、明るく生きる人間存在の逞しさを捉えた「ポスト震災文学」だと思います。



西加奈子『漁港の肉子ちゃん』あらすじ
男にだまされ続ける「肉子」と彼女を母に持つ小学生の喜久子を描いた作品。母の恋人だった「自称小説家男」が残したサリンジャーなどの小説を読んで育った、早熟な小学生の喜久子の視点から、北陸の漁港の焼き肉屋の裏に住む母娘の日常が綴られる。母親に遠慮する娘の描写が愛らしい、西加奈子の代表作の一つ。





2020/06/16

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第112回 矢作俊彦『神様のピンチヒッター』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第112回 2020年6月14日)は、矢作俊彦の最初期の短編集『神様のピンチヒッター』を取り上げています。表題は「大人の会話挟み『横浜』描く」です。現在も「ハードボイルド」な雰囲気が感じられる山下公園の写真を掲載頂きました。

米軍の影と、日本の政治家の陰謀、ヤクザの利権争いなど、日本の東西を代表する港町を舞台にしたハードボイルドな物語が、重層的な時間描写の中で展開されています。「崎陽軒の焼売弁当ならまだしも、牛の顔だか猫の尻尾だか判らない肉をデトロイト製の工作機械で成形したハンバーガァなんかで我慢する必要はさらさないんだ」といった一見するとユーモラスな台詞の中に、横浜の土地に根差した著者らしい、戦後日本に対する感情が垣間見えます。

表題作「神様のピンチヒッター」は、矢作俊彦の監督・脚本、江口洋介の主演で映画されています。DVD化されていない作品ですが、横浜スタジアム近辺の旧市街の雰囲気が、小説の世界とシームレスに溶け込んでいて味わいがあります。

説明を追加
矢作俊彦『神様のピンチヒッター』あらすじ
横浜と神戸を舞台にして、殺し屋の翎と華僑の娘・由子を中心に、複雑な利害が入り組む事件を描いた短編集。生粋の横浜っ子である著者の最初期の作品を収録。日活のギャング映画ようようでありながら、ハードボイルド小説らしく、政治とヤクザと警察が織りなす複雑な秩序を炙り出す。



2020/06/09

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第111回 川上弘美『センセイの鞄』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第111回 2020年6月7日)は、川上弘美の谷崎潤一郎賞受賞作『センセイの鞄』を取り上げています。表題は「円環的な自由恋愛描く」です。

本作が国際的な評価が高いのは、ツキコとセンセイの恋愛が、親子ほどの年齢差がありながら、内的な描写が深く、「時空間」を超える闊達さを有しているからだと思います。40歳を前にして結婚に向かないと感じた女性と、15年ほど前に妻に逃げられた過去を持つ訳ありの老人との、互いの人生に深く干渉しない、ほどよい距離のある恋愛を描いた作品です。

この作品は2003年には久世光彦の演出、小泉今日子の主演でドラマ化されました。ツキコとセンセイが住む場所のロケ地として国立市が選ばれ、小説の雰囲気を上手く捉えていて味わいがあります。



あらすじ
 地元の駅前の一杯飲み屋で偶然隣り合わせたツキコとセンセイの短くも、内的なつながりの深い、大人の恋愛を描いた作品。共に酒を飲むことを好み、キノコ狩り、花見、遊山、美術鑑賞など、季節感のある時間を共にする。第37回谷崎潤一郎賞を受賞。

2020/06/03

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第110回 西村賢太『苦役列車』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第110回 2020年5月31日)は、西村賢太の芥川賞受賞作『苦役列車』を取り上げています。表題は「負け犬として気高く生きる」です。

かつて言文一致に貢献した二葉亭四迷は、坪内逍遥の名を借りて「浮雲」を刊行した自分自身を「くたばってしめえ」と卑下するところから、文学者としての歩みをはじめました。英国留学中に「夏目発狂」の噂を流され、東京帝大の難解な講義で不評を買った夏目漱石は、神経衰弱の治療の一環として「吾輩は猫である」を書き始め、小説に人生の活路を求めました。

西村賢太も切実に文学を必要とした読者であり、作家です。彼は運送業を営む、相応に裕福な両親の下で育ちましたが、作中でも記さている通り、小学校高学年の時に父親が逮捕され、不登校となり、高校に進学しないまま、東京湾岸で冷凍のイカやタコを運ぶ港湾荷役などの仕事に就きながら、作家たちの破天荒な人生に惹かれ、小説を書くに至ります。
「苦役列車」は、著者が港湾荷役の仕事に就いていた19歳の頃の話です。



西村賢太『苦役列車』あらすじ
19歳の北町貫多は日雇いの港湾労働に従事しながら、友達や恋人もなく、孤独な生活を送っている。酒癖も悪く、激情型の性格で、何かとトラブルを起こす。私小説に惹かれるに至った生活を描いた、著者の私小説の原点に迫った作品。第144回芥川賞受賞作。