2023/12/25

書籍版『松本清張はよみがえる』2024年2月~3月に刊行予定

 書籍版『松本清張はよみがえる』(西日本新聞社)の校正作業が2稿まで終わりました。新聞連載の原稿を加筆修正し、1.8倍ぐらいの分量で50の清張作品について論じています。イラストや地図も入り、過去の松本清張関連の本と異なる視点から、文芸批評とメディア史研究の間で、企図したテーマや方法を展開できた感じがします。2024年の1月中旬に印刷所に原稿が入り、2月下旬から3月にかけて、オンラインも含めた書店に配送されるスケジュールです。

 ジャーナリズム研究やメディア文化論に関する科目を主要科目とする教員として、この2年で西日本新聞社から単著2冊を出版でき、良い成果になったと感じています。九州北部を中心として地域性があるのも好みです。連載を含めて新聞・雑誌・Web掲載の原稿もここ4年で160本ほど。

 2024年は新たな気持ちで、次の書籍や企画に向けた準備を進めて行きたいと思います。次月の国際学会の発表や直木賞対談の準備もあり、12月も(膝と肩のリハビリに時間を費やしつつも)ほぼ休みなく仕事していました。年末年始はゆっくり過ごします。

 下の写真は地図のページのゲラの一部と、昨年の今頃に書いていた『北の詩人』の回の書籍版のゲラです。吉田ヂロウさんのイラストではこの回の林和(イム・ファ)のものが最も好みです。

2023/12/06

吉田敏浩『昭和史からの警鐘 松本清張と半藤一利が残したメッセージ』書評/週刊読書人

 週刊読書人に吉田敏浩『昭和史からの警鐘 松本清張と半藤一利が残したメッセージ』の書評を寄稿しました。担当の編集者からも好評でした。著者の吉田さんは明大文学部(と探検部)のご出身だそうです。

 松本清張が『現代官僚論3』の「防衛官僚論」(全集未収録)で展開した「三矢研究」を軸とした内容で、私は1971年の清張の講演録「世事と憲法」と半藤一利の『昭和史 1926―1945』を引きながら論じました。松本清張のノンフィクション系の仕事は、「観測気球」を上げながら世に埋もれた情報を集め、草の根レベルで国家と向き合うジャーナリスティックな姿勢が顕著で、良いです。

 核保有国の中国が日本の4.5倍の軍事費(2023年)を有している状況ですので、防衛費をGDP比2%に増やす政府方針については(明大法学部出身の三木武夫が、閣議決定でGDP比1%枠を定め、長年それをおおよそ守って来た歴史もあり)、私は「右から左」に受け流してほしいと考えています。「思いやり予算」も、「赤旗」によると、色々込みで8376億円(2023年)だとか。国連への分担金(2.4億ドル+PKO分担金5.2億ドル)を増やすなど、国際貢献が明確で、無理のない金額なら理解できるのですが。

 日本の平均年齢はすでに50歳に近く、高齢化率で世界一(2022年)、出生数も年80万人を割り込み、イノベーションも出遅れ、国際化も進展しない中で、2027年にNATO基準で12兆円超えの実質的な軍事増税というのはさすがに。。「パナマ文書」が示した富裕層や多国籍企業への国際課税、人口減と技術革新に見合った行政のスリム化、在留資格や定住者・永住者の要件の緩和など、他の政策で「大胆な改革」を期待しています。

 それはさておき、書評の書き出しは下です。

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 早稲田大学に在籍していた1990年代末、浅田彰など左派の知識人の講演会で質疑を行うと、高い頻度で「革マル派」の人から勧誘を受けた。今の大学には良くも悪くも「政治の臭い」が薄い。転機となったのは、2001年の米国同時多発テロだったと思う。テロ対策の名の下で、国防・治安の強化や個人情報の収集が当たり前のものとなり、政治が「マイノリティの排除」と紙一重の危うさを孕むようになった。この点について吉田敏浩は、本書で次のように述べている。「アメリカの対中国封じ込め戦略と軍事費倍増の要求に従って、日米同盟という軍事同盟の強化と、専守防衛の枠を踏み越える大軍拡を進めたら、東アジアでの果てしない軍拡競争と対立の激化を招く」「国家機関の国民・市民に対する監視・情報収集は、プライバシーの侵害であるうえに、個々人の「意思表示、意見表明」を萎縮させ、言論表現の自由や集会結社の自由などを侵害する」と。正論であろう。<続く>

https://jinnet.dokushojin.com/products/3518-2023_12_01

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 今学期のゲスト講師は、昨年に続き、批評家の宇野常寛さんにお越し頂きました。「松本清張はよみがえる」の連載で、高度経済成長以後の日本のメディア史について考えることが多かったので、今回は宇野さんにメディアでの執筆・運営経験を踏まえつつ、批評メディアの現在と将来についてお話を頂きました。出版不況の時代を新しいことにチャレンジしながら潜り抜けてきた同世代の宇野さんらしい貴重なお話で、参加した学生と共に楽しい時間を過ごすことができました。

 年内はこの書評で掲載は終わりで、先月は文芸関連の裏方の仕事と、電通からの依頼で某社の海外CMに関係する英語レクなど。年明けは、直木賞予想対談と、科研の国際学会発表、その間に書籍版の『松本清張はよみがえる』の作業という感じです。年始に骨折した膝のリハビリを継続しつつ、無理のない仕事量で年末を迎えています。

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 愛嬌と俊足と宮沢賢治の暗唱が取り柄で、宿題をしない息子が、公園で滑って眉間を割り、5針を縫う怪我で「旗本退屈男」のような傷にならなかったのが不幸中の幸いでした。眼を怪我しなかったことを天啓と思い、任天堂switchとYouTubeに一日の大半を費やす人生を改め、さかなクンに憧れ、海洋生物学者を志した幼年時代を思い出してほしいです。魚の淡水養殖の研究に励み、食料問題、環境問題、国連改革などに貢献してほしいです(まだ小1ですが)。

2023/11/23

NCAA College Football

 新型コロナ禍明けで、アメリカのカレッジフットボールが盛り上がっています。メディア・イベントとしては、2月のスーパーボウルがアメリカの歴代視聴率で成功を収めていますが、地域を巻き込んだスポーツ・イベントとしては、11月~12月のアメリカの大学のフットボールが面白いと思います。毎週、YouTubeで主要校のダイジェストを追っていますが、それぞれの大学町やファンの雰囲気に味わいがあります。


2023 ESPN COLLEGE FOOTBALL ANTHEM: Something Real by Post Malone


2022 ESPN COLLEGE FOOTBALL ANTHEM: The Emperor by Yungblud


 新型コロナ禍でチームを再建し、2年連続で全米チャンピオンになったジョージア大学が今年も強いですが、ミシガン大学とオハイオ州立大学の全勝対決や、ジョージア大学とアラバマ大学の新旧チャンピオン対決が残っていて、楽しみです。ドラフト候補では、ミシガン大学のQBのJ.J. McCarthyが順調そうですが、トランスファー(転校)で6年生ながらスターQBになったフロリダ州立大学のJordan Travisの左足の怪我は、町全体が沈むような悲報でした。49ersのBrock Purdyもアイオワ州立大学から7順262位の最下位指名でリーグを代表するQBになったので、地方のマイナーな大学にも才能が埋もれていると思います。

Cinematic Football Highlights - Game 10 vs. Penn State

 昨年引退したTom Bradyは7番手のQBとしてミシガン大学に入り、ドラフトは6巡199位。ブレディの才能を見出したPatriotsのQBコーチが偉かったと思います。スーパーボウルに10回も出て7回勝つとは。

 日本人選手では、アマチュア相撲の横綱だった花田秀虎さんが、日体大からコロラド州立大に移籍して、ディフェンスのラインマンとして注目されています。APなどのメディアも「相撲の元世界チャンピオン」という肩書で紹介。これまではWRやRBなどスピードのある日本人選手がNFLに挑戦するケースが多かったですが、この競技はアサイメントが複雑で、事前に学習したプレーコールも直前で変更されるため、英語が大きな壁になっていました。ただDTやNTは相撲に近く、英語はあまり必要ないので、ドラフトされる可能性は高いと思います。数か月の競技経験で、CFLのコンバインに出て、準プロ選手を圧倒して、名門のオハイオ州立大からも声が掛かってたのがすごい。栗原嵩さんがサポートして新しいトレーニングを取り入れているようで、数年後のNFLドラフトが楽しみです。

Japanese sumo champion chases American football dream


How Japan's sumo wrestling world champion ended up in Fort Collins playing football


 NCAAの2021年の改革で、大学生もスポーツで数億円を稼げる時代になりました。NCAAのNIL Valuations & Rankingsもたまに見てますが、フットボールが不調のLSUのチアリーダーが、インフルエンサーとして強豪校のQBよりも稼げるのが、ネットの時代らしくて面白いです。


 個人的には短期留学でオレゴン州に滞在した経緯から、PAC12のオレゴン州立大やオレゴン大が上位に入っているのが嬉しいです。NFLも含めて地方色が強く、選手と組織の双方で異なる個性が生かされ、ダイバーシティが総体として感じられるのが、フットボールの魅力だと思います。

College GameDay Opening: 'Comin’ to Your City' with Darius Rucker, Lainey Wilson, The Cadillac Three


 それと「hangover」などハリウッド映画でもお馴染みの元医者のコメディアン、Ken Jeong@デューク大学の解説が面白かったので、毎年観たいです。そういえば、福田和也先生も「hangover」シリーズのKen Jeongがお気に入りでした。

The best of Ken Jeong on College GameDay at Duke University


2023/10/29

福田和也著『放蕩の果て 自叙伝的批評集』書評/産経新聞

 産経新聞朝刊(2023年10月29日)に福田和也著『放蕩の果て 自叙伝的批評集』(草思社)の書評を寄稿しました。表題は「俗情の底で輝く『生』」です。3度救急搬送されながら、『保守とは横丁の蕎麦屋を守ることである』(河出書房新社)を書き上げ、この本が注目を集めた直後に、400頁を越える「自伝的批評書」を出してみせる、福田和也先生の「プロの批評家らしい矜持」へ敬意を込めました。10日ほど前に書いた原稿ですが、それ以前から書いていたような思いがします。

 この本は2010年代後半の「新潮」掲載の批評文を中心に据えた、良書です。すべて初出時に読んでいましたが、改めて読み直し、福田先生の文章を毎月、毎週、雑誌で読んでいた院生~若手教員時代を思い出しました。福田先生の本について論じるのは、「文芸批評」の方法論上、工夫を要するので骨が折れますが、毎回、これで最後という気持ちで書いています。

福田和也著『放蕩の果て 自叙伝的批評集』書評/産経新聞

https://www.sankei.com/article/20231029-GVOYPZDBAVK3XBTHLU63ICG56M/

前作と前々作の書評

福田和也著『保守とは横丁の蕎麦屋を守ることである』書評/「日常を文化とする心」

https://www.sankei.com/article/20230604-UB3SVSVSOFPZXM6ERJOD36HZUU/

『福田和也コレクション1:本を読む、乱世を生きる』書評/「奇妙な廃墟に聳える邪宗門」

https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/945463/

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 ゲンロンの司馬遼太郎鼎談のダイジェスト版の映像を作成いただきました。下のリンクで観れます。教養豊かなお二方と踏み込んだお話しができて、楽しい会でした。

福間良明×酒井信×與那覇潤「司馬遼太郎はいかに国民作家になったのか──生誕100年で考える戦後日本の歴史観」(2023/8/30収録)ダイジェスト

https://www.youtube.com/watch?v=T2xym5JQdQs

 改めて映像を観ると、與那覇さんからもご関心を頂いた橋川文三の『日本浪漫派批判序説』に言及したあたりで、都市から「郷土」を想像した日本浪漫派と、その対比から農本主義を再評価した橋川の思想を手掛かりに、司馬遼太郎の『街道をゆく』を分析すると、自分なりの司馬論が展開できそうな感じがしました。先々、司馬についても書いてみたいと思います。

 書籍版の『松本清張はよみがえる』(西日本新聞社、2024年初頭に刊行予定)は、現在、レイアウトが決まり、校正の作業が進行しているところです。

2023/08/29

ゲンロン 司馬遼太郎はいかに国民作家になったのか ──生誕100年で考える戦後日本の歴史観

 ゲンロンカフェで2023年8月30日19時より、立命館大学の福間良明先生と評論家の與那覇潤さんとトークイベントを行いました。表題は「司馬遼太郎はいかに国民作家になったのか ──生誕100年で考える戦後日本の歴史観」です。下のリンクで冒頭部分を視聴できます。

福間良明×酒井信×與那覇潤「司馬遼太郎はいかに国民作家になったのか──生誕100年で考える戦後日本の歴史観」 #ゲンロン230830

https://www.youtube.com/watch?v=JfwrWwaYHmY&t=243s


 ダイジェスト版の映像も作成いただきました。分かりやすくて面白い編集になっていると思います。

https://www.youtube.com/watch?v=T2xym5JQdQs

 與那覇さんの司会で、鋭いコメントを頂きながら、福間良明先生と共に、5時間半の時間をかけて充実した「司馬遼太郎論」を展開できたことを嬉しく感じています。ゲンロンの壁にはサインと一緒に、明治大学OBで、日本のプロレスの国際化に貢献したマサ斎藤の座右の銘「Go for Broke(当たって砕けろ)」を記しました。

 イベントでは福間先生の『司馬遼太郎の時代 歴史と大衆教養主義』(中公新書)の内容を踏まえて議論をしつつ、私からの話題提供として以下の点をお話しました。

1 司馬遼太郎と松本清張の国民作家としての比較

2 直木賞候補作を中心に、現代の時代小説・歴史小説の状況を踏まえ、司馬遼太郎作品の現代的な価値について

3 現在の国内外の社会情勢を踏まえ、歴史小説を読む意味について

 思えば、中学~高校にかけて歴史小説が好きだったこともあり、司馬遼太郎の代表作を刊行順に読みましたが、『戦艦武蔵』や『関東大震災』、『零式戦闘機』や『長英逃亡』などを記した吉村昭と比べると、その後、原稿の仕事で読み返すことはありませんでした。「夏休みの宿題」を頂いた気持ちで、当日の議論を楽しみに、準備に努めました。

 PPTの終盤で、ゲンロンの場への敬意を込めつつ、東浩紀さんの『観光客の哲学』や『ゲンロン戦記』の内容を踏まえた、歴史小説と観光、メディアに関する話もしました。非常に楽しい時間を過ごさせて頂き、登壇者のみなさま、ゲンロン・シラスでご参加を頂いた皆さまに感謝申し上げます。

ゲンロンHP

https://genron-cafe.jp/event/20230830/?fbclid=IwAR21I7f3jojizMe55wgoPsDu0e2KOppXexaB5J4gg4Plij450t-41pixdko


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 下は私の発表の冒頭部分です。3人のスライドについてゲンロンの担当者より「非常に濃い、まさに重量級の内容」という評価でした。福間先生と與那覇さんとの鼎談ということもあり、司馬遼太郎の批評として、かなり踏み込んだ内容になりました。



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 上のイベントの日にちょうどゲンロン・カフェで発売された、東浩紀さんの『訂正可能性の哲学』の初版1万部が完売間近だそうで、早くも増刷とのこと。出版社を持ち、イベントスペースやWeb上の動画プラットフォームを運営し、書き手として一線で活躍されているのがすごいです。西部邁さんや柄谷行人さん、福田和也先生など先行する世代の批評家とは異なる新しい形で、メディアと場を作り、ゲンロンらしい書き手と、熱意を持った聴衆を育ててられています。福岡での刊行イベントも楽しそう。

『訂正可能性の哲学』刊行記念 東浩紀、福岡でおおいに語る【ゲンロンカフェ出張版2023年秋】

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 書籍版の『松本清張はよみがえる』の初稿の作業がおおよそ終わり、加筆修正で連載時の約1.5倍の分量になる見込みです。スケジュールは未確定ですが、年明けぐらいの刊行目標です。加筆や、脚注付け、構成の工夫などに時間がかかりました。知己の皆さまのお仕事に刺激を受けつつ、その次の仕事も計画中です。

2023/08/14

世界文化遺産登録5周年記念「潜伏キリシタンをめぐる藝術祭」

 長崎県の文化振興・世界遺産課の主催で、2023年9月9日(土)に永田町の全国町村会館ホールにて「潜伏キリシタンをめぐる藝術祭」が開催されました。長崎県の職員の方によると、対面で約150人、オンラインを入れて340人ほどの参加者ということで、大盛況でした。

 私は昨年、九州芸術祭(長崎県の後援)で青来有一さんと対談を行なった経緯でお声がけを頂き、【文学×歴史】トークセッション「世界文化遺産の旅 潜伏キリシタンをめぐる長崎と天草の風土と文学」を担当しました。探検の部分で講演をされていた高橋大輔さんは、クレイジージャーニーなどに出演されている冒険家ですが、明治大学政治経済学部のOBだそうで、「植村直己(農学部OB)の影響がありましたか?」と聞いたところ、「明治には探検の伝統があるんです」という力強いご回答でした。

 世界文化遺産に登録された構成資産について、長崎で生まれ育った視点から紹介しつつ、遠藤周作の生誕100年ということもあり、代表作『沈黙』に重点を置いた話をしました。迫害による棄教を神は許すのかどうか。また司馬遼太郎の生誕100年でもあるので、『街道をゆく17 島原・天草の諸道』などの島原の乱、潜伏キリシタンをめぐる言説についても触れました。

 長崎の下町で生まれ育つとカトリック教会は身近な場所で、私の場合は幼稚園が修道会(都市部のミッション系の学校とは異なって、信仰に根差した慎ましい暮らしの延長にある場所)で、小学生の頃も修道院のシスターがボランティアで担当していた、英語などの学習会に参加して、カトリック関連の、古い子供向けの本をよく読んでいました。クリスチャンが多い「国境の街」で生まれ育った経緯から、遠藤周作や井上ひさしには、親近感を抱いてしまいます。

 私の担当セッションでは、拙著『現代文学風土記』で取り上げた青来有一さんの『人間のしわざ』(島原を舞台)『聖水』(潜伏キリシタンを題材)、中村文則さんの『逃亡者』(大浦天主堂を舞台)、村田喜代子さんの『飛族』(離島の隠れキリシタン信仰を描く)について述べました。

 東京藝術大学の古楽科の方々による天正遣欧使節(長崎空港の入り口には、彼らの像が置かれています)の音楽も素晴らしく、全体を通して良い回でした。

世界文化遺産登録5周年記念特別イベント「潜伏キリシタンをめぐる藝術祭」の開催【オンライン同時配信】

長崎県

https://www.pref.nagasaki.jp/object/kenkaranooshirase/oshirase/623506.html

共同通信PRWire

https://kyodonewsprwire.jp/release/202308097929

文学通信

https://bungaku-report.com/blog/2023/08/559913301550.html


 九州芸術祭文学カフェin長崎 2022年10月1日(土)開催(@長崎県美術館)「風土から現代日本文学を読む」(青来有一さんとの対談)

https://makotsky.blogspot.com/2022/08/in.html

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 久しぶりに長崎・外海の遠藤周作文学館に行き、生誕100年の展示をじっくり見学しました。出津教会の教会守の方からも詳しい案内を頂けて、良い時間でした。遠藤周作が描く「長崎」は、潜伏キリシタンが多く住んでいた北西の地域(旧西彼杵郡の外海町)に伸びている点が特徴的です。長崎の市街地から30キロ近い距離があります。平成の市町合併で、外海町が「長崎市」に編入されたことを改めて実感しました。

 これは佐藤正午が描く「西海市」が、平成の合併でできた西海市や、村上龍が描く「佐世保」と異なるのと似ています。昨年、青来有一さんとの対談でも触れましたが、地名に付随するイメージは作家によって大きく異なり、現実の地理空間とズレます。カズオ・イシグロが描く「長崎」や「上海」も同様です。

 例えば青来さんが描く「長崎」は、カトリック教徒が多く住む爆心地近くの浦上地区を中心とした「長崎」で、お会いしてお話する時にも感じますが、吉田修一さんが描く「長崎」の市街地から数キロ北にズレている印象を受けます(昨年の対談では、「長崎」に付随する長崎港・大村湾・外海・有明海の「海のイメージの差異」が重要という話になりました)。このあたりの詳細やマーティン・スコセッシの映画版についても「潜伏キリシタンをめぐる藝術祭」で触れる予定です。

映画『沈黙-サイレンス-』本予告

https://www.youtube.com/watch?v=0cUtOR-DL1A

2023/07/19

第169回直木賞の展望

  西日本新聞朝刊(2023年7月19日)に、第169回直木賞について、書評家の西田藍さんと対談した記事が掲載されました。前々回の対談では、二人とも永井紗耶子さんの『女人入眼』を推し、惜しくも決選投票で過半数に届きませんでした。今回も山本周五郎賞を獲得し、2度目の直木賞候補となった永井紗耶子さんの『木挽町のあだ討ち』を、二人とも受賞作に相応しいと予想しています。永井さんが受賞すれば史上3人目の直木賞・山本周五郎賞のW受賞者となります。古典芸能・文学の復興には、質の高い時代小説・歴史小説の流行が不可欠だと、個人的には考えていますが、近年、気鋭の中堅作家による時代・歴史小説の復興の兆しが感じられます。

 今回私が推した2作品についての対談用のメモは下記です(対談の内容とは異なります)。今回も力のある候補作が多く、読み応えがありました。

第169回直木賞の展望は きょう19日選考会 候補5作、受賞予想は一致

【対談】明治大准教授・酒井信さん、書評家・西田藍さん

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1108614/


永井紗耶子『木挽町のあだ討ち』
・木挽町の芝居小屋に身を寄せた訳ありの人々の姿を描く。「あだ討ち」の解釈をめぐる「藪の中」のような物語であり、折口信夫のいう所の「貴種流離譚」でもある。
・尾上松助・初代・二代目親子、筋書の篠田金治など実在の人物を交えながら、木戸役者の一八、立師(たてし)の与三郎、裁縫の部屋子など、歌舞伎の舞台を支える様々な人物の人生を描く。
・山本周五郎の『樅の木は残った』や、松本清張の『無宿人別帳』のような時代小説としての志の高さが感じられる。様々な人物の証言を通して菊之助の成長を描く、教養小説でもある。
・「わしは手前の筆で五人の女を成仏させたろう、思うてますねん」など、粋な会話文が魅力的で、木挽町という芝居にゆかりのある土地に根差した物語。松平定信の「卑俗な芸文を取り締まる」時代に抗う群像劇。
・侍を頂点とする江戸の社会が抱える矛盾について、作中人物たちの情感を手掛かりに巧みに描いている。
・時代小説家として抜きん出た実力。永井さんにはスター作家になってほしい。
・受賞すれば史上3人目の直木賞・山本周五郎賞のW受賞者。古典芸能・文学の復興には、質の高い時代小説・歴史小説の流行が不可欠だと、個人的には考えるが、永井さんを筆頭として、近年、気鋭の中堅作家による時代・歴史小説の復興の兆しが感じられる。

垣根涼介『極楽征夷大将軍』
・足利尊氏・直義兄弟を中心として、足利家が室町幕府を開くに至る複雑な史実をひも解く。
・虚構を多く含む時代小説と言うよりは、史実に即した歴史小説。史実を追いながら歴史を俯瞰的に体験したい読者向きの大作。
・征夷大将軍として異質な足利尊氏の水の流れのように気ままな生涯を描く。
・欲望がむき出しになった時代に、野心も使命感も持たず、時代を漂った人間として、足利尊氏を描く。
・執念深い後醍醐天皇や戦に長けた楠木正成、実務家として室町幕府を築いた弟の足利直義や高師直など、膨大な数登場する脇役も魅力的。
・こういう大部の歴史小説を読んでおくと、例えば平賀源内が書いたことで知られる「神霊矢口渡」など、「太平記」の時代を舞台にした歌舞伎演目の理解も深まる。
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 永井紗耶子さんと垣根涼介さんが無事、受賞しました。時代小説・歴史小説の2作受賞は1年半ぶり。当てるのがすべてではないですが、今回は2作の予想が的中でした。あと別件ですが、長年担当している裏方仕事でPick Upした作品が、思いの外、注目を集めて嬉しく思いました。
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 西日本新聞の新連載、坂口恭平さんの「その日暮らし」が面白い。これから楽しみです。娘のアオさんの挿絵と、坂口さんの文章の相性がばっちりで、素晴らしい。

https://www.nishinippon.co.jp/theme/8ffwula3i0/

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 鉄道の旅がベタに好きで、値段あたりの経験の価値について、よく考えます。ムンバイの鈴なり電車や、ジャカルタの旧東急車輌(桜木町行き)、韓国のKTXや中国の和諧号、スイスの(イタリア移民が主に作った)山岳鉄道、ヨークやサクラメントの鉄博の19世紀の車輌、メキシコシティの格安地下鉄、東欧の街々の社会主義の香りのするトラム、モスクワの芸術的な地下鉄など色々と思い出深い旅がありますが、円安の影響で、九州新幹線のネット・チケットがコスパで世界最高水準に達していると思います。九州は魚も肉も酒も温泉も人情も最高で、福岡がNYTimesでplaces to go in 2023に選ばれたのも納得です。

52 Places to Go in 2023 - The New York Times

https://www.nytimes.com/interactive/2023/travel/52-places-travel-2023.html

2023/07/13

IAMCR(国際メディア・コミュニケーション学会)@リヨン大学

 IAMCR(国際メディア・コミュニケーション学会)@リヨン大学での発表が無事に終わりました。スペイン、香港、台湾の研究者とのセッションで、地域ジャーナリズム研究の科研費の成果ということで、名古屋大学の小川先生と発表をご一緒しました。この研究テーマはひと段落という感じです。国際的な展開も先々、期待できそうです。




 オープニングは、マルクス主義批評を現代的な形で展開するChristian Fuchsで、相変わらずルカーチやベンヤミンなどの古典的な理論の参照の仕方に切れ味があり、何度も笑ってしまいました。彼とは以前にDigital Labour and Karl Marx などの著作の日本語訳の話をしたこともありましたが、翻訳に時間がさけず、日本で紹介できなかったことを残念に思っています。
 conferenceディナー(自費)の会場は、ローヌ川沿いのMusée des Confluencesで、日本からは元慶應SFCの伊藤陽一先生をはじめ10名ほどの参加でした。
 

 2023年6月下旬のフランス各地の暴動の影響で、リヨンの中心部でも写真のようにATMが壊されていました。メインストリートのATMの数台がこういう状況で、窓ガラスも割られた店舗が点在する状況。様々な背景があるにしても、短時間でコミュニティが破壊される事件が、新型コロナ禍を経て頻発していることを実感します。

 日本の現代文学・文化の調査で訪れたパリの国際日本文化会館では、土門拳の写真の展示をしていて多くの来場者で賑わっていました。広島の被爆に関する写真も重点を置いて展示していました。酒田の土門拳記念館の展示写真から良いものを厳選した印象。

 
 パリの中心部から少し離れた場所にあるバルザックの家の展示も、カフェの運営やグッズなどの販売も含めて日本の文学館の参考になると思いました。ドイツのゲーテハウス等と比べると、観光地としての「展示価値(ベンヤミン)」は弱いのですが、一連の「人間喜劇」の登場人物たちが出没しそうな商店街の先にあり、往時のパリの下町の雰囲気も体感できて良かったです。


 骨折のリハビリをしながら調査を継続しつつ(階段の昇り降りがまだまだ大変)、移動時間など合間に事務仕事や来月のゲンロンのイベントの準備など、溜まった仕事を片付けています。猛暑の夏を、心身ともに健康に乗り切りたいものです。

 と書いた直後に、シャンベリー・トリノ間のTGVが大幅に遅延した上、イタリア国境で車両トラブルが生じ、アルプスの山中で逆方向から来たTGVに乗り換える、という面白いオペレーションで、自分の指定座席を確保する必要に。権利は柔軟かつ確実に主張しないと維持できないのが、懐かしのイタリア。学生によく話すTipsですが、イタリアでは渋滞時に、車の窓から手を出して感情表現したほうが合流しやすい、のも似た理由だと思います(個人差があります)。
 とはいえアルプスを越えてトリノを訪れる価値は十分にありました。ニーチェが発狂したことで知られるカルロ・アルべルト広場の近くの発酵ピザと、5種のジェラートが最高に美味しかったです。下の写真はイタリアの映画の発祥地・トリノにある国立映画博物館で、映画の博物館としては世界最大級。新しいテクノロジーを織り込んだ「視覚的な展示」が魅力的で、メディア文化論に関する授業用写真を撮りまくりました(私の授業PPTでは、世界のメディア関連の博物館で撮影した、著作権上の問題のない写真を使用しています)。140年近く前に建造された天井のドームを繰り抜いてワイヤーを通し、映画史を俯瞰しながらエレベーターで展望台に上がることができるという、夢のような空間。イタリアらしく、ヴィスコンティやアントニオーニ、フェリーニなどの大御所から、パゾリーニのような奇才の作品展示もあり。井上ひさしが『ボローニャ紀行』で記していますが、文化と歴史と観光を軸にコミュニティの保全と刷新を図るイタリアの街から学ぶことは多いと思います。



2023/06/19

「松本清張はよみがえる」連載50回完結記念イベントの詳細記事が掲載されました

 西日本新聞朝刊(2023年6月19日)に「松本清張はよみがえる」連載50回完結記念イベントの詳細記事が掲載されました。表題は「時代超え何度でもよみがえる清張」です。諏訪部記者に上手く話をまとめて頂いています。盛況だったこともあり、改めて文化欄で大きく取り上げて頂けたようです。

 当日は「高度経済成長」が歴史になりつつある現代において、松本清張の作品を読み返す意義について、皆さまから「熱い反応」を頂きながら、楽しくお話しできました。当初の定員を大きく超える皆さまにご応募・お越し頂き、120通を超えるアンケートにご回答を頂きました。集計結果を拝読し、95.81%の皆さまに「満足」とご回答を頂き、感動いたしました。

 膝の怪我の療養中でしたが、清張愛あふれる、暖かいコメントを数多く頂き、今後の原稿執筆の励みになりました。連載の続編をという声も多数頂きましたので、先々、機会があれば、松本清張の「邪馬台国・九州説」を引き継ぎつつ、「松本清張はよみがえる 西日本編」を書きたいと考えています。現在は(来月の海外出張の準備をしつつ)連載の書籍化の作業に着手しています。

 7月18日(火)に恒例の西田藍さんとの直木賞予想対談が掲載される予定です。この対談連載で2回前に『女人入眼』で高評価だった永井紗耶子さんが、『木挽町のあだ討ち』(新潮社)で、見事、山本周五郎賞を獲得し、2度目の直木賞候補。受賞すれば史上3人目の直木賞・山本周五郎賞のW受賞者となります。古典芸能・文学の復興には、質の高い時代小説・歴史小説の流行が不可欠だと、個人的には考えていますが、近年、気鋭の中堅作家による時代・歴史小説の復興の兆しが感じられます。現在、精読中ですが、充実した候補作のライナップで、7月上旬の対談収録を楽しみにしています。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1099340/

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 次月のIAMCR(国際メディア・コミュニケーション学会)での「ジャーナリズムの収益化」に関する発表とも関連しますが、西日本新聞社は、DMP(Data Management Platform)を活用した事業や、同じ福岡に拠点を持つSoftbankとの関係の近さから、Yahoo!等での記事のオンライン配信、天神を拠点とした新しい地域事業に力を入れている新聞社です。ジャーナリズムの収益化という観点から、新しい試みを行っていますので、メディアラボの事業にも注目して頂ければ幸いです。

西日本新聞メディアラボDMP
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 西田藍さんとの直木賞予想対談の収録が終わりました。山本周五郎賞を獲得した永井紗耶子さんの『木挽町のあだ討ち』が、前回の『女人入眼』に続き、高評価。7月18日(火)の紙面に詳細が掲載されます。
 しばらくフランス滞在ですが、パリ・ナンテ―ルの暴動で思い出すのは、68年の5月危機とそれを描いたジャン=リュック・ゴダールの名作「万事快調 Tout va bien」です。昔、慶應の授業でサンディカリズムや新左翼運動とその限界について説明する時に、参照していました。ジャン・ボードリヤールがナンテ―ルで教えていて、郊外の住環境と暴動の関係について言及していましたが、今回の件は、郊外という概念よりも、マルセイユが象徴するフランスの(新しい)移民社会が抱える問題との関係が深いと思います。2019年にナンシー近辺を訪れた時に実感した、フランス内の重層的な格差問題が、新型コロナ禍で進行した印象を受けます。弱い立場に置かれたすべての人々に、心身の平穏が訪れることを願っています。
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 新型コロナ禍後の久ぶりのフランス滞在で、今のところ一番変化を実感したのは「eSIM」です。(街角の文字を自動翻訳してくれるGoole LenzやEx OrdoのConferenceアプリも良いですが、安定した4G回線は大事)。ベタにOrangeと契約してますが、日本でカード決済し、羽田でセッティングしておくと、ドゴール空港に着くとすぐに、現地回線に繋がるというのは便利。「数ミリのプラスチック(SIM)」のために、到着時の疲弊した時間を割かなくていいので助かります。15年ほど前にロシアの2G回線のローミングで5万円ほどの請求を受けた時に被った「SIMの呪い」から解放された思いがしています。

2023/06/04

福田和也著『保守とは横丁の蕎麦屋を守ることである』書評/「日常を文化とする心」

 産経新聞朝刊(2023年6月4日)に福田和也著『保守とは横丁の蕎麦屋を守ることである』(河出書房新社)の書評を寄稿しました。表題は「日常を文化とする心」です。3度救急搬送されながら、この本を書き上げた福田和也先生への敬意を込めました。

 文学とは人間の生き方に関わる学びである、という書き出しです。福田恆存の「伝統にたいする心構」を手掛かりに、蕎麦屋の下りを参照した福田先生とは異なって、文化とは生き方であり、狂気と異常から身を守る術だと述べている点に、着目しました。

 これは、文化を「欲望の抑圧の形態」だと考えたフロイトの思想に近く、また「アイデンティティ」という概念を世に広めた発達心理学者のエリク・エリクソンにも近い考え方です。エリクソンの影響から書かれた江藤淳の『成熟と喪失』についても、心理学的な文脈を踏まえて読むことが重要だと考えています。

 念のため、私は「政治的な立場の左右」の区別にあまり関心がありません。経済的な意味での「左右」もあれば、新しい技術の受容や移民の受け入れ、障がい者の包摂、コミュニティの維持のあり方、性的な多様性の受容、プロレスの好みなどに関する「左右」もあり、指標そのものが多様化・重層化しているという考えです。

 院生の頃、福田先生と一緒に読んだみすず書房の『現代史資料』に目を通すと、社会主義運動の初期から昭和維新後でも相応に「左右」の言説が多様だったことが理解できます。例えばゾルゲ事件の尾崎秀実など「左右」の矛盾を生きた人の手記を読むと、マルクス=レーニン主義とアジア主義の間で、その限界も含めて考えさせられることが多いです。

 個人的には「政治的に左」とされる方々よりも「左」の文献を読んでいると感じることが多く、また地方出身者なので、基本的に世帯年収の地域格差を括弧に入れた「小ブルジョア(マルクス)」的な議論が苦手です。

 このため「左右」のパッケージで思考したり、「何々主義・イズム」を掲げたり、そのレッテルを他人に貼ることに意味を感じられず、「様々なる意匠(小林秀雄)」や、「アイデンティティ(エリクソン)」が重層化した世界の複雑性を前提として、無意識的な言動も含めた人間の実存に迫る「文芸批評な思考(≒精神分析的な思考)」が大事だと、個人的には考えています。

 福田先生の著作ともそういう姿勢で向き合っています。福田先生の本について論じるのは、「文芸批評」の方法論上、工夫を要するので骨が折れますが、この本の原稿の連載中に、先生が3度倒れていることもあり、毎回、これで最後という気持ちで書いています。(今回の書評について、平山周吉さんからお褒めの言葉を頂けたので、ひと安心いたしました)

書評 日常を文化とする心 『保守とは横丁の蕎麦屋を守ることである』福田和也著

産経新聞

https://www.sankei.com/article/20230604-UB3SVSVSOFPZXM6ERJOD36HZUU/

楽天infoseek

https://news.infoseek.co.jp/article/sankein__life_arts_UB3SVSVSOFPZXM6ERJOD36HZUU/

NTT docomo

https://topics.smt.docomo.ne.jp/amp/article/sankei/life/sankei-_life_arts_UB3SVSVSOFPZXM6ERJOD36HZUU

goo ニュース

https://news.goo.ne.jp/article/sankei/life/sankei-_life_arts_UB3SVSVSOFPZXM6ERJOD36HZUU.html

livedoor

https://topics.smt.docomo.ne.jp/amp/article/sankei/life/sankei-_life_arts_UB3SVSVSOFPZXM6ERJOD36HZUU

Microsoft Start

https://www.msn.com/ja-jp/news/national

『福田和也コレクション1:本を読む、乱世を生きる』書評

https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/945463/

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 IAMCR(国際メディアコミュニケーション学会)の発表の準備中ですが、今さらながら大幅な人数制限がされていることに気付きました。3000弱の投稿のうち、数百のinvitation only での開催というのは、新型コロナの影響なのか、暴動がしばしば起きているフランス社会の影響なのか、疑問に思いました。新型コロナ禍で、既存の研究ネットワークが薄い研究者(若手やメディアからの転職者など)のコミュニケーション機会を考えると、平時の数千人規模の開かれた場に戻した方が良かったと思います。

 円安で飛行機も宿もTGVのオンライン価格も高く感じましたが、久しぶりの海外出張で、フランスとその周辺の街の現実感を更新して、授業で学生に新鮮な海外イメージを届けたいと思います。

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 他学部の学生のメール質問に回答したら「この授業は、大学に入ってから受講してきたたくさんの授業の中で最も楽しく受講できており、大学での主体的な学びに取り組むきっかけになっている……」という返信が来て、感動しました。明治の学生は、こういうちょっとしたコミュニケーションが上手いと思います。期末レポートにも期待してます。

 来週はメディアに就職が内定した学生より、就職体験談を話してもらいます。学生からのリクエストに即した企画です。インターンや教員紹介による+αの活動に、積極的に取り組むことも大事だと思います。個人的には、教員の本を買って読み込み、質疑をする主体性が、シンプルに一番大事な気がします。

2023/05/30

『現代文学風土記』(西日本新聞社)が増刷されました

 『現代文学風土記』(西日本新聞社)の2刷(1200部)が2023年5月18日付で出来ました。2刷では、微修正の範囲ですが、初版から30ページほど修正しています。吉田修一さんに頂いた帯文はそのままです。乗代雄介さんに「新潮」(2022年8月号)の書評で言及頂いたように、「土地や風土以上に、時を隔てた人間同士を媒介するものもない」ので「未来、その時になんという名で括られているかわからない過去の『現代文学』の簡便なガイドブック」として、一人でも多くの方々に手に取って頂けると嬉しい限りです。

 ひと月ほど売り切れ状態でしたが、Amazonや楽天ブックスなどの在庫も復活しています。先日の「松本清張はよみがえる」イベントでも、15人ぐらいの方にご購入いただき、サインをいたしました。書籍の刊行はスモールビジネスですが、様々な場所の図書館で配架して頂いたり、この本の実績を踏まえて科研費を採択頂いたり、コミュニケーションの拡がりが実感でき、嬉しい限りです。翻訳も含めて先々の展開について検討しています。現在は『松本清張はよみがえる』の書籍化の準備に取りかかっています。

版元ドットコム(Amazon等へのリンク、試し読みページあり)

https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784816710018

書評等の一覧など詳細情報

https://makotsky.blogspot.com/2022/04/blog-post_14.html

2023/05/25

「没後30年 松本清張はよみがえる」トークイベント

 2023年5月28日開催の「没後30年 松本清張はよみがえる」トークイベント@天神スカイホールにつきまして、200名を超えるご応募を頂きました。直前の告知でしたが多くの皆さまにご関心を頂き、ありがとうございます。好きな清張作品に関する事前アンケートを全文読みまして、松本清張の根強い人気と皆さまの清張愛を感じました。

 3時間のうち、前半は私的な長編・短編・映画のベスト5について紹介しつつ、松本清張の「生き方」が投影された、いくつかの作品の魅力や執筆背景についてお話します。過去の評論であまり注目されてこなかった「意外なベスト5」になると思います。西日本新聞社蔵の松本清張の写真も蔵出しして、ご紹介します。

 くらし文化部部長の司会で、後半は吉田ヂロウさんと担当記者の佐々木さんを交え、皆さまから頂いたアンケートの集計結果をもとに、代表作や現代文学との関係について映画版も含めて深掘りしていきます。また執筆・製作された時代・社会的な背景について、メディア史的な観点からもお話をします。全体を通して、高度経済成長期を代表する作家・松本清張の作品の記憶を伝承する意味と価値について、一緒に考えることができれば幸いです。



連載一覧「没後30年 松本清張はよみがえる」

https://www.nishinippon.co.jp/theme/matsumoto_seicho/

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 天神スカイホールにお越しいただいたみなさまありがとうございました。講演で、松本清張の「邪馬台国九州説」を踏まえつつ、『ペルセポリスから飛鳥へ』についてお話した折に、西九州新幹線の新駅に「邪馬台国」もしくは「佐賀・邪馬台国)」を、と述べましたが、翌日に吉野ケ里で「邪馬台国時代の石棺墓」の発見があり、驚きました。松本清張が一連の古代史本でこだわっていたのは、王権と関係の深い「璧」の出土ですが、魏の鏡が出たり、邪馬台国や卑弥呼に関わる副葬品が出るだけでも「九州説」は有力になるのではと思います。講演の速報記事は下記です。もう一記事ぐらい載るかも知れません。

松本清張の魅力語るイベント、福岡で開催 本紙連載終了に合わせ(2023年5月29日朝刊)

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1092823/

2023/05/17

「没後30年 松本清張はよみがえる」第50回「骨壺の風景」

  西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第50回(2023年5月17日)は、松本清張が幼少期から思春期まで最も身近な存在だった祖母=「ばばやん」について記した晩年の名短編「骨壺の風景」について論じています。担当デスクが付けた表題は「故郷の記憶をたどる 『鎮魂』の自伝的小説」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。本作と同様に、人間の生死を越えた「温度のない悲しみ」をとらえた車谷長吉の『赤目四十八瀧心中未遂』とのmatch-upです。

 松本清張は立志伝中の人です。貧しい家庭に生まれ育ち、尋常高等小学校を卒業後、給仕や画工の仕事を経て、40歳を超えてデビューし、時代を代表する作家となりました。清張の人生は、清張が記した小説の登場人物たち以上にドラマチックで、「文学的」です。清張が記した自伝小説の代表は1963年に記された『半生の記』ですが、これに次ぐ小説が、初期の自伝的名作「父系の指」と同じく「新潮」に掲載された本作です。

 本作は、戦前の小倉の下町の風景やそこで貧しい生活を送っていた人々の感情を「集合的記憶」として掬い取った、優れた「純文学作品」でもあります。

「私は、小さいときから他人のだれからも特別に可愛がられず、応援してくれる人もなかった。冷え冷えとした扱いを受け、見くだす眼の中でこれまで過ごしてきた。その環境は現在でもそれほど変わってないと思っている」という本作の一節は、松本清張が「人生の底」を生きる人々の「温度のない悲しみ」に寄り添い、失われた時の中で「ばばやん」の「骨壺の重さ」を感じることができる「不世出の叩き上げの作家」だったことを雄弁に物語っています。

「松本清張はよみがえる」は、今回の50回で完結です。松本清張の主要作を網羅した良いラインナップになりました。各作品の知名度の高さ、映像作品も含めた影響力の大きさに驚かされるばかりです。連載中は膝の手術もあり、再手術を終えたばかりですが、連載50回を書き切ることができて良かったです。

 5月28日(日)に福岡市の天神スカイホールで「没後30年 松本清張はよみがえる」に関連したイベントを開催します。詳細は「西日本新聞 文化班 Twitter」でご確認を頂ければ幸いです。5月17日の消印有効で、今朝の時点で120人ほどの方々からお申し込みを頂いているそうです。多くの皆さまにご関心を頂き、心より感謝申し上げます。松本清張が半生を過ごした九州北部で、彼が残した仕事を、現代的な視点からから楽しく振り返る会になれば幸いです。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1088952/


連載一覧「没後30年 松本清張はよみがえる」

2023/05/16

「没後30年 松本清張はよみがえる」第49回『ペルセポリスから飛鳥へ』

  西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第49回(2023年5月16日)は、『ペルセポリスから飛鳥へ』について論じています。担当デスクが付けた表題は「古代文化の源流探る 清張史観の『総決算』」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。日本の文明を東洋という枠組みを超えた多様なものとして、実地調査を基に考察した梅棹忠雄とのmatch-upです。

 1979年に刊行された「ペルセポリスから飛鳥へ」は、松本清張の古代史観の「総決算」と言える作品です。メソポタミア文明を継承するペルシャ帝国の文化と、日本の飛鳥文化や九州の古代遺跡の類似点に着目している点が大胆で、話題となりました。

 古墳時代の後期に建立された飛鳥寺の大仏は「日本最古の仏像」として知られますが、ユーラシア大陸に点在する大仏との類似点が指摘されています。また猿石や亀石など飛鳥に点在する石造物も、仏教の影響下で作られたものとは意匠が大きく異なります。

「中国の絹だけに限定されるイメージをもつシルクロードの名は早急に改めるべきであろう」と述べている通り、ペルシャと飛鳥の間には「拝火教の道=火の路」や「青銅器の道」、「薬草の道」などがあったと清張は考えています。

 冒頭で記した通り、松本清張が古代史ブームを先導した功績を称えて、西九州新幹線の新駅に「邪馬台国」という名称を採用してはどうでしょう(近畿でも採用してもいいのではないでしょうか)。邪馬台国九州説の是非はさておき、新鳥栖ー邪馬台国ー武雄温泉の旅は、非常に魅力的です。

 5月28日(日)に福岡市の天神スカイホールで「没後30年 松本清張はよみがえる」に関連したイベントを開催します。詳細は下の記事か「西日本新聞 文化班 Twitter」でご確認頂ければ幸いです。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1088605/


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 来月の書評の下準備で、久しぶりに福田恆存を読み返しているのですが、松本清張と歳が近いので、清張作品について考える上でも「時代の肌感覚」として参考になる批評文が多いです。「他者を否定しなければなりたたぬ自己とふようなものをぼくははじめから信じてゐない。ぼくたちの苦しまねばならぬのは自己を自己そのものとして存在せしめることでなければならぬ。この苦闘に思想が参与する」(「一匹と九十九匹と」)など。戦中派より年上の批評家らしい「醒めた人間観」が良いです。

2023/05/10

「没後30年 松本清張はよみがえる」第48回「疑惑」

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第48回(2023年5月10日)は、松本清張、晩年の名短編「疑惑」について論じています。担当デスクが付けた表題は「先入観に基づく冤罪 世論あおる報道批判」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。昭和33年に盛岡で起きた一家惨殺事件の再捜査に挑む刑事・吉敷竹史の姿を描いた島田荘司の『涙流れるままに』とのmatch-upです。

「疑惑」は1982年に「オール読物」誌上で発表され、同年に桃井かおり主演の映画版も公開されて、人気を博しました。鬼塚球磨子の国選弁護人は、原作では男性でしたが、映画版では女性へと変更され、「鬼畜」などの清張作品で名を高めてきた岩下志麻が演じています。

 本作は映画版(霧プロダクションの第二作)の質の高さも含めて、松本清張の短編の代表作の一つと言えます。原作を踏み込んで解釈した野村芳太郎の演出と、桃井かおりのアドリブについては書籍版で触れます。「張込み」や「ゼロの焦点」などの初期の名作からはじまった清張映画の一つの到達点と言えます。

あの頃映画 the BEST 松竹ブルーレイ・コレクション『疑惑』

https://www.youtube.com/watch?v=au_2_Y3M5ZQ

 本連載も残すところあと2回です。次回も次々回もミステリとは異なる系譜の「代表作」について論じ、連載を終えます。連載中は膝の手術もあり、今月も再手術がありますが、連載50回を書き切ることができて良かったです。

 5月28日(日)に福岡市の天神スカイホールで「没後30年 松本清張はよみがえる」に関連したイベントを開催します。

 13時スタートで、参加料千円。希望者は〒810-8721(住所不要)西日本新聞くらし文化部へ、はがきか、西日本新聞に掲載のQRコードから住所、氏名、参加人数、電話番号、好きな松本清張作品とその理由を書いて申し込んでくださいとのことです。5月15日締め切り(消印有効)とのことです。 
 松本清張の長編・短編・原作映画・ドラマの私的なベスト5について紹介しつつ、「清張山脈」の奥の深さを楽しく振り返る会になればと考えています。


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 今年40歳になるAaron Rodgersが、一年あたり70億円~80億円の4年の大型契約でGreen Bay PackersからNew York Jetsに移籍して注目を集めています。「リーグ全体を活性化する移籍」として、米メディアで高評価。JetsのGMとHCコンビと、オーナーのWoody Johnson(Johnson & Johnson一家、外交官)が、GBで燻っていたRodgersに、良い機会をセッティングしました。スケジュールも調整が入り、18試合中Monday Night Footballが2試合、Sunday Nightが2試合、Amazon PrimeのThursday Nightが1試合、Black Fridayが1試合というプライムタイム待遇。
 Aaron Rodgersのキャリアで印象に残るのは、下のTop 10 momentsでも#2に挙がっている「The Hail Mary King」で、試合最後のHail Mary(お祈りパス)の成功率の高さです。デザインされたプレーが崩れたあとの判断が上手く、ドラマチックな逆転試合が多いです。
 College Footballの文脈だと、Rodgersは、名門ながら低迷しているUniversity of CaliforniaのBerkeley出身で最も有名な選手と言えます。ライバルのUCLAとUSCが2024年からPac-12からBig-10にconferenceを変更するため、UCBもBig-10に移った方が良さそうですが、そうなるとStanfordやOregonもという話になりそうです。NCAAの制度改革で、大学生の数億円プレイヤーが普通に出ている状況なので、大学間の勝ち負けが極端化しそう(人気リーグの人気チームはチケットとグッズで稼ぎ、不人気リーグのチームは大学ごと停滞しそう。。)。
 下がアメリカのスタジアムの収容人数ランキングですが、上位はほとんど中西部と南部の大学で、日本の感覚からすると、大学が10万人規模のスタジアムを持っているのがすごいと思います。
 トップチームは観客が集まるため、HCは年に8億円ぐらいもらって、Alabama大やGeorgia大のように、どんどんいい選手を集めています。個人的には、ラストベルトのBig-10 conferenceが伝統校が多くて好みで、近年はMichigan大を応援しています。

2023/05/08

「没後30年 松本清張はよみがえる」第47回『黒い福音』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第47回(2023年5月8日)は、『黒い福音』について論じています。担当デスクが付けた表題は「未解決事件への怒り 戦後史の『悪』を凝縮」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。新興宗教の道場の窓から教祖の「念」によって転落死したとされる事件などを描いた、東野圭吾の『虚像の道化師 ガリレオ7』とのmatch-upです。

 1959年に東京都杉並区で英国海外航空(現・ブリティッシュ・エアウェイズ)の客室乗務員が殺害された「未解決事件」を題材としたミステリです。交際相手だったとされるカトリック系の「ドンボスコ修道院」のベルギー人神父が容疑者と目されました。当時の日本では、「スチュワーデス」は女性たちの憧れの仕事であり、敗戦による「コンプレックス」が容疑者への怒りに転化しやすい時代だったため、この事件は大きな注目を集めました。

 本作は「架空の教会の物語」として描かれたフィクションです。ただ警察の捜査や新聞社による報道が進展する中で、容疑者の神父が「持病の悪化」を理由として飛行機で国外に逃亡し、事件が迷宮入りした点など、現実と重なる部分が多いです。迫害の歴史を乗り越えてきたカトリック教会の「闇」が見え隠れする「きな臭い事件」を通して、戦後日本の暗部に迫った松本清張の代表作の一つと言えます。大映テレビ・TBSのドラマ版も良い演出でした。

 本連載もあと3回です。主要作品と映画化作品は、私的な評価の尺度(書籍版で詳しく書きます)に基づいてほぼ網羅してきました。今回の原稿の隣に、5月28日(日)13時~に福岡市の天神スカイホールで行う「没後30年 松本清張はよみがえる」のトークイベントの告知が出ています。九州北部と清張作品の関係について触れる話になると思います。私と担当記者とイラストの吉田ヂロウさん他。初稿を入れた後はイラストや表題など紙面作りはお任せだったので、私も聞きたいことがあります(笑)

 連載ではあまり触れられなかった映画版の清張作品の話(清張の映画観、脚本家の橋本忍、監督の野村芳太郎、霧プロダクションのことなど)にも触れることになると思います。清張作品の映画版に関するポイントについては、書籍版に加筆する予定です。

松本清張の魅力、酒井信さんらが語る 28日に福岡市でイベント

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1086268/

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1086266/

2023/05/03

「没後30年 松本清張はよみがえる」第46回「馬を売る女」

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第46回(2023年5月3日)は、日本経済新聞に連載され、日本経済がオイルショックで行き詰まり、鉄鋼業や造船業など「重厚長大」な産業が衰退していく「暗い時代」を背景にした「馬を売る女」について論じています。担当デスクが付けた表題は「競馬ブーム取り入れ 暗い世相を女に投影」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。競馬場の雰囲気とそれを愛する人々との思い出を活写した高橋源一郎の『競馬漂流記』とのmatch-upです。

 日本の繊維産業は、明治初期から絹織物を中心として「近代化」を担い、戦後も合成繊維の生産を中心として「復興」の中核を担ってきましたが、この作品が書かれた時期は、衰退期に足を踏み入れていました。花江はこのような「繊維産業の不況」を体現した存在と言えます。彼女は日東商会から給料をもらうだけでは満足せず、その社員に月7%の利息で金を貸して蓄財し、馬主を務める社長の電話を盗聴して「競争馬の極秘情報」を入手し、それを転売して副収入を得ています。82年の大映テレビ・TBSドラマ版の風吹ジュンの演技が、味わい深いです。

「馬を売る女」の初出の77年は、地方競馬から中央競馬に勝ち上がったハイセイコーが「国民的な人気」を博し、競馬の娯楽としての知名度を高めて間もない時期でした。大衆の欲望の流れに敏感な松本清張は、小説の題材として「競馬ブーム」を取り入れたかったのだと思います。
 
 本連載もあと少しです。50回まで入稿済ですが、松本清張の作品をバランス良く網羅した50本のラインナップになったと感じています。50回に近付いても代表作が残る「清張山脈」の奥深さが良いです。

 5月28日(日)に福岡市の天神スカイホールで「没後30年 松本清張はよみがえる」に関連したイベントを開催します。九州北部と清張作品の関係について触れる話になると思います。私と担当記者とイラストの吉田ヂロウさん他。
 13時スタートで、参加料千円。希望者は〒810-8721(住所不要)西日本新聞くらし文化部へ、はがきか、後日、西日本新聞に掲載のQRコードから住所、氏名、参加人数、電話番号、好きな松本清張作品とその理由を書いて申し込んでくださいとのことです。5月15日締め切り(消印有効)とのことです。 
 九州北部にお住いの方々と、松本清張の没後30年を一つの機会として、清張作品の魅力と記憶を、類似したテーマを扱う日本の現代小説の魅力と共に、楽しみながら継承することができる会になれば嬉しいです。

 それと『現代文学風土記』(西日本新聞社)は現在、Amazonや楽天ブックスなどで品切れ中ですが、2刷があと一週間ほどで発行されますので、値段が高めの中古本よりも、正規の値段(1800円+税)で新品をお買い求めを頂ければ幸いです。

2023/05/01

「没後30年 松本清張はよみがえる」第45回『Dの複合』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第45回(2023年5月1日)は、浦島伝説や羽衣伝説を下地にした松本清張らしい「古代史の教養」が生きた小説で、『点と線』に連なる「旅行ミステリ」の集大成と言える『Dの複合』について論じています。担当デスクが付けた表題は「民族説話と現代結ぶ 雄大な旅行ミステリ」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。奈良県の天川村や、新疆ウイグル自治区などを舞台にして、キトラ古墳に描かれた天文図の謎に迫った池澤夏樹の『キトラ・ボックス』とのmatch-upです。

『Dの複合』という印象的なタイトルは、日本列島を横断する北緯35度線と、東経135度線の英語表記に「D」が多く使われていることから採ったもので、この作品は北緯35度線と東経135度線の上で起きるきな臭い事件の数々を描いています。個人的に好きな作品の一つです。

 小説家・伊瀬の描写は、デビューして間もない頃の松本清張の姿に酷似しています。「ここのところ原稿の依頼が途絶えて、げんに女房が浜中にいろいろサービスしているのでもわかるとおり、家計が苦しくなっている」など、「売れっ子」になる前の描写が面白いです。全国各地の伝承を取材し、連載小説を記していく作家の姿を描いた「メタ・フィクション」で、「浦島伝説」「羽衣伝説」「補陀洛(ふだらく)伝説」の三つを下地にして、「戦前の謎めいた事件」が「戦後」に与えた「余波」に迫ります。

 5月28日(日)に福岡市の天神スカイホールで「没後30年 松本清張はよみがえる」に関連したイベントを開催します。私と担当記者とイラストの吉田ヂロウさん他。13時スタートで、参加料千円。希望者は〒810-8721(住所不要)西日本新聞くらし文化部へ、はがきか、後日、西日本新聞に掲載のQRコードから住所、氏名、参加人数、電話番号、好きな松本清張作品とその理由を書いて申し込んでくださいとのことです。5月15日締め切り(消印有効)で定員150人とのことです。日々、松本清張とその作品のことばかりを考えて連載を記してきましたので、総まとめという感じの話になると思います。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1084665/

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 NFLのドラフトは順当にアラバマ大学のBryce Young君が1巡1位の指名でした。5-10でプロとしては小柄ですが、空間認識力が高く、個人的に好きなDrew BreesやKart WarnerタイプのQBです。1巡だと日本円で年間10億円を超える契約×5年ぐらいを得られるわけですが、アメリカはcollege footballが人気なので、大学3年生の時点で年に4億円超もらっていたという。派手な「正装」や「個性的な親族」も映るので、各選手の様々な背景が垣間見えるのが面白いところです。大学生が脚光を浴びる「世界最大のメディア・イベント」と言えます。

https://www.youtube.com/watch?v=h9MLpDppGhU

 ドラフト直前に「歴史的な移籍」でAaron Rodgersを獲得したNYJetsファンが盛り上がっていましたが(緑のCheese Headを被ったおじさんが会場にいて笑いましたが)、Make a Wish Foundation枠のKyle君(難病のbone cancerと闘病中。55年もSuper Bowlに出ていないJetsを32チームから選択)のプレゼンも良かったです。様々な背景を持つ子供たちをファン文化と地域で包摂し、応援していくNFLらしい取り組みだと思います。

2023/04/24

村上春樹著『街とその不確かな壁』書評(北海道新聞)

 北海道新聞(2023年4月23日朝刊)に村上春樹著『街とその不確かな壁』の短評を寄稿しました。表題は「精神の病としての恋愛小説」です。『ノルウェイの森』の系譜の恋愛小説で、ユング派の河合隼雄の影響が感じられる作品でしたので、(学部時代に学んでいた)臨床心理学の知見を主とした批評文にしました。短文ですが、作中の「私」が抱えていると思える解離性の症状に着目した内容で、できるだけ他の評者とは切り口が異なるようにしました。

 難しいことは書いていませんが、ドゥルーズ=ガタリなど現代思想の文脈だと、パラノイアとスキゾフレニーがペアで考えられる傾向がありますが、この図式では、解離性の症状(昔はヒステリーと呼ばれていた)が抜け落ちてしまいます。解離性の症状は、一般に「ヒステリー」という言葉が想起するものよりもグレーゾーンの幅が広く、離人症などで知られますが、失踪して生活をリセットしてしまうといった症状もあり、個人的な考えでは、フロイトの言う意味での「死の欲動(タナトス)」のニュアンスに近く、本作の「私」の無意識レベルの欲望に近いと考えています。村上春樹の作品は、ユング派の臨床心理学(集合的無意識の分析も含む)と近い関係にあると改めて感じました。賛否あるようですが、70歳を超えて、こういうユニークな形で「死」と向き合う作品を送り出すことができる作家は他にいないと思います。

https://www.hokkaido-np.co.jp/article/836369/

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 2023年本屋大賞の上位の作品では、3位の一穂ミチ著『光のとこにいてね』(文藝春秋)が一番良い小説でした。LGBTQの「L」を描いた作品として、綿矢りさの『生のみ生のままで』(集英社)以来の秀作でした。中高生の読書感想文にもお勧めできるマイノリティ文学であり、味わいのある地方文学です。『現代文学風土記』を連載していたら、プリウスで粘り強く北上する電車を追い駆けるラスト・シーンを取り上げています。映画化にも期待しています。

 次の直木賞対談に向けて、山本周五郎賞については、永井紗耶子さんの『木挽町のあだ討ち』(新潮社)に期待しつつ、時間を見つけて、読んでいない作品もチェックしたいと思います。『現代文学風土記』(2刷り)の原稿は無事、入稿しました。増刷は1200冊になる予定です。早いサイクルで、年に何冊も本を出せている人はすごいと思います(私は1~2年に1冊のペースが限界)。

2023/04/19

「没後30年 松本清張はよみがえる」第44回「一年半待て」

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第44回(2023年4月19日)は、1957年に「別冊週刊朝日」に掲載され、テレビ・ドラマの枠に適した「ドラマチックな内容」ということもあり、繰り返し映像化されてきた「一年半待て」について論じています。担当デスクが付けた表題は「刑法の原則を題材に 模索した幸福な人生」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。純文学的な「夫のきな臭い失踪劇」を、「信用できない語り手」によってひも解いた川上弘美の『真鶴』とのmatch-upです。

 戦争が終わり婚期を迎え、高度経済成長期に入り、平和であるはずだった家庭で生じた殺人事件を描いた作品です。家計を支えるべく、さと子が生命保険のセールスウーマンとしてダムの工事現場をめぐり、契約者を増やしていく中で、なぜ「夫の撲殺事件」を引き起こしたのかがミステリの核となります。さと子の夫に対する復讐劇は、「一年半の時間」を計算に入れた周到なものでしたが、その「社会的な動機」が読みどころとなります。小説の終盤に「一年半、待てなかった男」が登場し、彼がさと子の「別の顔」について告白することで、物語はどんでん返しの結末を迎えます。

 29歳のさと子役は、60年に淡島千景、68年に森光子、76年に市原悦子、84年に小柳ルミ子、91年に多岐川裕美、2002年に浅野ゆう子、16年に石田ひかりなど「時代を代表する脂の乗った女優」たちが演じています。「一年半待て」は、高度経済成長期からオイルショック、バブル経済を経て「失われた20年」に至るまで、各時代の特徴を織り込んで映像化され、長らく人気を博してきました。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1081025/

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『現代文学風土記』(西日本新聞社)の第2刷の発行は2023年5月18日を予定しています。1000部の増刷予定で、現在、約900枚の原稿を再チェックしています(まあまあ大変。。)。書籍の刊行はスモールビジネスですが、様々な場所の図書館で配架して頂いたり、この本の実績を踏まえて科研費を採択頂いたり、コミュニケーションの拡がりが実感でき、嬉しい限りです。翻訳も含めて先々の展開について検討しています。

 出版や紙媒体のメディアをめぐる環境は年々厳しくなっていますが、個人的には新聞や文芸誌に書けるうちは書きつつ、徐々に英語で本(電子版)を書いたり、英字ニュースの解析・分析にも力を入れていく予定でいます。GoogleのBERTやGPT-4のようなLLMの普及で、テキスト解析の負担が軽減されているので、英字ニュースの解析は楽になりそうです。

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 村上春樹著『街とその不確かな壁』(新潮社)の書評は、4月23日(日)に北海道新聞に掲載される予定です。4月13日発売で14日に読み終え、16日に書き終え、17日に校了しました。詳細は後日。

 来月に手術があるので、膝蓋骨の骨折と肩の脱臼のリハビリと、その疲れの回復に時間を取られてしまうのが悩ましい日々です。

2023/04/11

「没後30年 松本清張はよみがえる」第43回『空の城』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第43回(2023年4月14日)は、日本の「十大総合商社」の江坂産業が、石油部門での「出遅れ」を挽回するために、カナダのニューファンドランド州にある製油所に出資していく姿を描いた『空の城』について論じています。担当デスクが付けた表題は「豪華客船の幻影重ね 総合商社の内実描く」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。バブル崩壊後の日本を舞台に、アメリカや中国のファンドと格闘する主人公を描いた真山仁の『ハゲタカ』シリーズとのmatch-upです。

「氷山と衝突したのだったら、その氷を掻いてきてオンザロックをつくってくれ」と、タイタニック号の乗客は、豪華客船が沈む直前にジョークを飛ばしていたといいます。人は巨大な船や巨大な組織の中にいると、外界への危機意識が鈍くなり、「空気」に流されて、時に誤った判断を下してしまいます。

 この小説は1977年に実際に起こった安宅産業の破綻事件をモデルにしています。NHKのドラマ版は「ザ・商社」というタイトルが付され、上杉役の山崎努のワイルドさに惹かれた、松山真紀役の夏目雅子の妖艶な演技が魅力的です。上杉と対立した江坂産業の社主・要三の「目利き」が、骨董だけではなく、「人物評」としても「鋭い」ものだったという落ちが、清張作品らしい皮肉のこもった「余韻」を残します。

 結果として安宅産業は事業に失敗し、2千億円を超える不良債権を出し、わずか4年で伊藤忠商事に吸収合併されてしまいます。松本清張は「ノンフィクション作家」らしく、いち早く安宅産業の破綻理由を読者に「体感」させるべく、本作を78年の1月から「文藝春秋」誌上で発表しました。

 オイルショックを背景にした安宅産業の破綻劇は、高度経済成長の終わりを感じさせる内容で、高度経済成長期を代表する作家・松本清張らしい「経済小説」だと思います。全集を見渡して『空の城』のような経済小説が49巻に入っているのが良い感じで、清張が手掛けた小説の幅の広さを感じさせます。ドラマ版も良く、1980年前後の夏目雅子は素晴らしいです。


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 新年度に書籍をご恵贈頂いた方々に心より御礼を申し上げます。日々、皆さまのお仕事に励まされています。
 宇野常寛さんより『遅いインターネット』(幻冬舎文庫)と、『ひとりあそびの教科書』(河出書房新社)を、與那覇潤さんより『平成史』の韓国語版と、大佛次郎『宗像姉妹』(中公文庫)を、平山周吉さんより『小津安二郎』(新潮社)を、会田弘継先生よりフランシス・フクヤマ『リベラリズムへの不満』(新潮社)を、佐川光晴さんより『猫にならって』(実業之日本社)を、鈴木涼美さんより『グレイスレス』(文藝春秋)を、書肆侃侃房の田島社長より堀邦維先生の『海を渡った日本文学』を、毎日新聞出版の横山さんより、吉田修一さんの『永遠と横道世之介 上・下』(毎日新聞出版、2023年5月26日発売予定)のプルーフを、拝受いたしました。じっくりと拝読させて頂きます。
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『現代文学風土記』(西日本新聞社)が増刷される見込みで、今年は連載「松本清張はよみがえる」の書籍化を予定しています。膝蓋骨骨折の2回目の手術が来月に決まり、まだまだリハビリに時間を費やす日々ですが、子供たちの成長を身近に感じながら、無理のないペースで仕事をしていきたいと考えています。

2023/04/07

「没後30年 松本清張はよみがえる」第42回「鬼畜」

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第42回(2023年4月9日)は、静岡県の伊豆西海岸の松崎の断崖で、親が子を投げ捨てた事件をモデルにした「鬼畜」について論じています。担当デスクが付けた表題は「子育ての『本質』突く 救いのない犯罪小説」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。親から虐待を受けて児童養護施設で育った3人の子供たちの「その後の人生」を描いた天童荒太の『永遠の仔』とのmatch-upです。

 お人好しで「妻の尻」に敷かれてきた主人公の宗吉が、長男の利一を青酸カリで殺害しようと試みて失敗し、利一が寝ている間に崖から放り投げるに至る顛末を描きます。自害に失敗した弟を手助けして罪人となる兄を描いた森鴎外の「高瀬舟」と比べても、本作は「ブラック清張」の作品らしく「救い」がない物語と言えます。4人の子供を持ち、家族のために働くことを第一に考えて来た松本清張にとって、子供は可愛いもので(私にとっても同様)、実在の事件に心を痛めて清張が記した本作は、映画版も含め大きな注目を集めました。

 監督の野村芳太郎は当初、主演を渥美清に依頼しましたが断られ、岩下志麻が電話で緒形拳を口説き落としたのだとか。1978年に公開された本作と翌年の「復讐するは我にあり」で、緒形拳は「猟奇的な犯罪者役」として人気を博し、岩下志麻は後の「極道の妻たち」に繋がる「悪女役」を身に着けています。「妹と弟は父ちゃんが殺した こんどはボクの番かな」という映画版の不気味な宣伝文句が「鬼畜」というタイトルに相応しいです。

 現代日本では起こり難い事件で、平均所得が大都市圏と大きく異なり、経験的に考えても貧困を身近に実感し得る地方でも、このレベルの児童虐待は起こり難いと思います。ただ清張が思春期を過ごした昭和恐慌の時代や、戦中・戦後の時代には身近に実感できる話で、本作は高度経済成長期の事件をもとにしながら、過去に松本清張が肌身で感じた経験を重ねた作品だったのだと思います。

 次回の掲載日は未定ですが、今月は週2回ぐらいのペースで掲載されるそうです。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1077544/

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 坂本龍一さんについて浅田彰さんの追悼動画が良かったです。「前衛論」という趣きで、終盤にマイケル・ジャクソンとの幻のコラボの話も出て、「戦友」を称えるような力が漲っていました。坂本龍一の音楽の文脈で、昨年亡くなったジャン=リュック・ゴダールと対比している点にも、細やかな批評性を感じました。

浅田彰が語る、完璧な演奏マシンから最後にヒトになった坂本龍一
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 先日亡くなった富岡多恵子さんについては『波うつ土地』を『現代文学風土記』で取り上げています。「新興住宅地の『性と信仰』」という表題でした。ユーモアがあり、性的な感性の鋭さが生きた文体が魅力的な、戦後日本を代表する作家の一人だったと思います。

2023/04/05

「没後30年 松本清張はよみがえる」第41回『黒革の手帳』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第41回(2023年4月5日)は、女性の悪徳銀行員が、「黒革の手帳」を武器に、男性の悪人たちに復讐を遂げる『黒革の手帳』について論じています。担当デスクが付けた表題は「男性社会に恨み抱く 女性行員の復讐物語」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。東京郊外の弁当工場で働く女性たちが、死体隠滅の仕事を請け負いながら、男性が中心に居座る家庭や社会に復讐していく姿を描いた桐野夏生の『OUT』とのmatch-upです。

 男女雇用機会均等法が施行されたのが、バブル経済の最中の1986年。高度経済成長期からバブル経済期にかけて多くの女性行員は、責任の生じる仕事から外され、出世が約束された男子行員のサポートを強いられていました。本作は76年から78年にかけて「週刊新潮」に連載された松本清張の晩年の代表作の一つで、女性行員の「怨嗟」を核として物語を構成している点がユニークです。このような時代に、結婚することなく、「東林銀行」に残り続けた主人公の原口元子は、銀行が裏で取り扱う「架空名義預金」を横領して、銀座にバーを開業することを決意します。

 ドラマ・映画版では米倉涼子が主演を務め、悪事に手を染める男たちと、悪を持って対峙する芯の強い女性を演じています。連載当時、松本清張は60代後半でしたが、本作で展開される「黒い復讐劇」は、高度経済成長期に記した代表作と比べても遜色ないほど、面白いです。元子が抱く「入行以来、ながいあいだ愛情のかけらもみせてくれなかった周囲への心理的報復」の物語は、松本清張らしい「社会派の動機」に裏打ちされたもので、深みがあります。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1076692/

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 今月は村上春樹さんの6年ぶりの新作長編『街とその不確かな壁』(新潮社)が発売されます。短めの書評をいつもと違う新聞に書く予定です。村上作品は事前に書評用のゲラが出ないため、発売日に読み、すぐに原稿を書く必要がありますが、楽しみにしています。1980年の「文學界」掲載の中編「街と、その不確かな壁」と、これを基にした『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を読み終え、4月13日に備えています。事前準備の段階で「書きたいこと」が予定文字数を超えているわけですが(なぜ今この作品か、という点については、思い当たる節がありますが)、「古い夢」を運ぶ一角獣と、「ことば」の死に直面し、「影」と引き離された「僕」の無意識世界とその「たまり」の行く末がどうなるのか。新たにアリョーシャの名言が引かれ、ボブ・ディランの名曲が手風琴で奏でられるのでしょうか。

https://www.shinchosha.co.jp/harukimurakami/#zero

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 坂本龍一さんは「批評空間」のシンポジウムに登壇されていたこともあり、規模の小さなイベントでは、空き時間に普通にお茶をされていて、一度、隣の席になったことがありました。周囲に細やかな気遣いをされる穏やかな方という印象で、「教授」という愛称に相応しい「思想」を携えていた方だったと思います。文芸誌では「新潮」と関係が深く、近々本になると思いますが、昨年から「新潮」に連載されたインタビュー自伝「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」も具体的なエピソードが満載で、贅沢な内容でした(『現代文学風土記』の書評の「新潮」掲載時が、連載2回目でした)。浅田彰さんの本格的な追悼文を文芸誌で読みたいです。

「Merry Christmas Mr. Lawrence」が一番有名な曲だと思いますが、皇道派のヨノイ少尉の演技も、皇道派の理念の蹉跌を感じさせる際どさで良かったです。大島渚らしい戦時下のジャワ島を舞台にした、灰汁の強い「青春残酷物語」に相応しい名曲でした。NYで活動し、ハリウッドの映画音楽(作曲賞)でオスカーを獲ったのがすごい。

【予告編】『戦場のメリークリスマス 4K修復版』

https://www.youtube.com/watch?v=fW33gH8zTO8

2023/04/04

「没後30年 松本清張はよみがえる」第40回『内海の輪』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第40回(2023年4月4日)は、考古学を専門とする大学助教授の宗三が、かつて兄嫁だった美奈子と逢瀬を重ね、窮地におちいっていく人気作『内海の輪』について論じています。担当デスクが付けた表題は「互いの人生破壊する 込み入った恋愛感情」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています(だんたん週刊誌風になっている気が。。)。西伊豆を舞台に、新しい時代の女性らしい人生観を示した吉本ばななの出世作『TSUGUMI』とのmatch-upです。

 本作は岩下志麻と中尾彬の出演で映画化され、日本のサスペンス映画の型を作った作品と言えます。「危険は考えられた。知った人に目撃されることだけではない。ぐんぐん圧してくるような女の情熱だった」という宗三の心情が、二人の恋愛の生々しさを物語っています。「宗三の奥深い感情の微細な粒が女の感覚の光線に当てられて浮かび、それを彼女は素知らぬげに集めて眺めながら微笑していた」という一節に、二人の関係の複雑さが集約されています。

 宗三が弥生時代の腕輪である「ガラス釧(くしろ)」を、美奈子と最後に会った蓬萊峡で見つけたことが、宗三の運命を左右していく筋書きが、考古学に造詣の深い松本清張らしいです。「我妹子はくしろにあらなむ左手の 吾がおくの手にまきていなましを」という「釧」にまつわる万葉集の歌の引用も上手いです。日本で発見例の少ない「ガラス釧」が、宗三が関わる「事件の中心」に据えられている点に、「万葉考古学」を信奉する清張のオリジナリティの高さが感じられる作品です。

 紙面の関係で20日ほど掲載が空きましたが、4月上旬は5日、7日に掲載が予定されています(たまに問い合わせを受けるのですが、私もゲラが出るまで掲載日や見出しや挿絵などの詳細を知らないのです)。40回に至っても、代表作といえる作品がまだまだ残っているのが「清張山脈」の大きさと言えます。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1076204/

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 常勤の教員になって18年目を迎えました。成人の歳です。今年から科研費の基盤Cで「現代日本文学の地理的分布と風土に関する研究」を始めます。文学一般関連の小区分(比較文学や文学理論、文芸批評やメディア論の文芸寄りなどの分野)で、成果については、アメリカの比較文学会(ACLA)や海外のメディア系・地域文化系の学会での発表を予定しています。共同利用・共同拠点で取り組んでいる英字ニュースの解析も含め、50歳ぐらいまでに取り組む仕事は大よそ決めていることもあり、今年度もマイペースで(膝の骨折と肩の脱臼のリハビリを継続しつつ)、日々、机に向かいたいと思います。
 今年はIAMCR(国際メディア・コミュニケーション学会)@リヨンのJournalism Research and Educationのセクションでの発表(前の科研費の分担分の成果報告)で、2019年にナンシーを訪れて以来、久しぶりにフランスに滞在する予定です。フランスの影響の強いUNESCOが(民主主義的なメディア・コミュニケーション研究のために)1957年にパリでIAMCRの設立を後押しした歴史的な経緯もあり、新型コロナ禍明けの対面開催を、旧市街の全体が世界文化遺産であるフランスのリヨンにした点が、良い感じです。

2023/03/14

「没後30年 松本清張はよみがえる」第39回『砂漠の塩』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第39回(2023年3月14日)は、清張作品としては初めて本格的に海外を舞台にした『砂漠の塩』について論じています。担当デスクが付けた表題は「中東に死地を求める 道ならぬ恋の逃亡劇」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。イランのテヘランで生まれ、エジプトのカイロで育った西加奈子の自伝的小説『サラバ!』とのmatch-upです。

 少年時代から松本清張は、地図や紀行文、地理の教科書を通して「旅」を夢見ていました。特に小学校6年生の時に出会った田山花袋の『日本一周』がお気に入りの作品で、小倉の街の書店で立ち読みして「一生行けないであろう風土」に憧れを募らせていました。このような清張の「旅」への思いの強さは、「点と線」や「ゼロの焦点」など特急電車を使った「移動の多い物語」に顕著に表れています。

 松本清張が初めて海外の取材旅行に行ったのは55歳の時で、現代の作家と比べると想像以上に遅いです。観光目的の海外旅行が自由化されたのが、東京オリンピックが開催された1964年で、清張はこの年に作家としていち早くオランダやフランス、イギリスなどを20日間のスケジュールで周遊しています。本作の舞台となったエジプトやレバノンにもこの時に立ち寄っており、長編小説の題材として欧州の先進国よりも「中近東の砂漠の国々」を先に取り上げている点に、清張らしい反骨精神を感じます。

 本作は死を決意した二人の逃亡劇であるため、物語の面白味に乏しいですが、中近東の国々を舞台に「訳ありの日本人」の情事を描いている点が新鮮です。全体を通して海外取材で清張が手に入れた「国際感覚」が感じられる作品です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1066386/

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 月刊「文藝春秋」の柄谷行人「賞金1億円の使い途」が面白かったです。尼崎で生まれ育ち、駒場寮で廣松渉・西部邁と付き合い、文芸批評から宇野弘蔵の影響を受け「後期マルクスの交換様式論」に至るお馴染みの噺ですが、バーグルエン哲学・文化賞(哲学界のノーベル賞、賞金100万ドル)を獲った興奮が伝わってきます。昔から柄谷さんはポール・ド・マンなどアメリカの脱構築批評を意識した話をされていたので、アメリカでも功績が認められて本当に良かったと思います。終盤で次作の構想に触れていたのが面白く、意外にも「風景の発見」に立ち返って文芸批評に戻るそうで、楽しみにしています。

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 先日亡くなった大江健三郎の著作については、現代文学風土記で『取り替え子』と『河馬に噛まれる』を取り上げました(1967年の『万延元年のフットボール』が代表作だと思います)。思い出に残っているのは、河出書房新社から没後20年で出した『江藤淳』に、大江さんが掲載を許諾されたことでした。長い間、江藤と大江は「戦後文壇の宿敵」と呼ばれる関係でしたが、「若い日本の会」をはじめ、かつては親しい間柄で、60年代前半の江藤は思想的に大江よりも「左」でした。『江藤淳』の編者の平山周吉さんと電話で話した時、ダメもとの掲載依頼者(私も何人か挙げました)の一人が大江健三郎で、結果として1966年の『われらの文学22 江藤淳 吉本隆明』(大江健三郎・江藤淳編)の江藤論「どのようにして批評家となるか?」が収録されています。つまり大江健三郎は2019年の時点で、江藤(とその批評)と「和解」していたわけで、個人的には江藤と付き合いがあった頃(批評への緊張感があった60年代)の大江健三郎が作家としてピークだったと考えています。

https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309028019/

2023/03/10

「没後30年 松本清張はよみがえる」第38回「共犯者」

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第38回(2023年3月10日)は、清張自身のわらぼうきの行商の苦労を下地にした「共犯者」について論じています。担当デスクが付けた表題は「自己破滅に至る不安 非合理描いた心理劇」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。かつて政治運動に関わっていた男の「新しい人生」を描いた絲山秋子の『エスケイプ/アブセント』とのmatch-upです。

 敗戦直後、松本清張が所属する朝日新聞西部本社広告部は仕事が少なく、1946年から48年まで清張は「買い出し休暇」を利用してわらぼうきの仲買の仕事をしていました。食糧難とインフレで新聞社の給料だけでは両親と妻子を養うことが難しく、副業をはじめたのです。わらぼうきは妻の実家があった佐賀で仕入れ、清張は小倉や門司を手始めに、防府・広島・大阪・京都・大津と販路を広げ、この経験は清張に旅をする喜びを与えました。

 全集の「あとがき」によると、本作は「鼠小僧」など庶民的な盗賊を主人公にした歌舞伎の「白波物」を参考にした作品です。特に河竹黙阿弥の「鋳掛松(船打込橋間白浪)」で主人公が、屋形船で宴会をする人々を見て、破損した鍋釜の修理(鋳掛)をやめる決意をし、商売道具を隅田川に投げ捨てる場面を参考にしたのだとか。松本清張もほうきの仲買をしていた時に、闇屋上がりの「成金」が芸者を上げて遊んでいるのを見て、「虱のいそうな汚い部屋」で「行商の真似」をしている自分自身が嫌になったらしいです。

 本作は「行商」や「営業」の仕事の苦労が伝わってくる内容で、清張作品の中でも繰り返し映像化されてきた短編の一つです。毎回一作品を論じるこの連載も開始から半年が経過し、清張山脈も八合目、40回に近付いてきました。

 膝蓋骨の骨折で、まだスムーズに歩くことはできませんが(階段はゆっくり昇り降り)、無理なく日常生活を送っています。近所の図書館に行った折に、娘が横断歩道を先に渡って車を停車させ、はとバスのガイドさんのように私を誘導する姿に、成長を感じました。「(存在論的な)気遣い」(ハイデガー)を大切にする大人になってほしいものです。古の時代も、子供が負傷した防人の父を気遣って、先回りして牛車を停車させ、大通りを渡らせるようなことがあったのかも知れません。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1064835/

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 今週末はアカデミー賞の授賞式ですが、昨年は約40%のセリフが手話で表現されたCODAが作品賞・脚色賞などを獲り、注目を集めました。特に助演男優賞を獲ったTroy Kotsurの「手話ジョーク」に味わいがあり、プレゼンターのユン・ヨジョンが感極まって、怪しい手話をはじめるほどでした。Kotsurはゴールデングローブ賞も獲っていた余裕もあり、ブラック・ジョークを交えながら家族への感謝を示しつつ、disabled communityを称え、貫禄のある手話を披露していました。deaf actorとして史上二人目の受賞。Arizona出身ということもあり、今年のスーパーボウルでは、national anthem で手話を担当しています。

Troy Kotsur Wins Best Supporting Actor for 'CODA' | 94th Oscars

https://www.youtube.com/watch?v=TtE9WNw-L0E

Troy Kotsur performs the national anthem in ASL at Super Bowl LVII Feb. 12 2023 

https://www.youtube.com/watch?v=mKk7bNkNraw

 CODAは聴覚障がいを持つ家族が、コミュニティに包摂されながら、自由を謳歌する物語です。作中で歌われたJoni Mitchellの「Both Sides Now」の新しい解釈に、「社会的な分断」が煽られる時代に相応しい「深み」がありました(Joniも大絶賛)。Bostonで塩辛いシーフードを食べる時に、思い出すような味わいのある映画で、Gloucester, Massachusettsの海の風景が大きな魅力になっています。新鮮な映像表現でアメリカのマイノリティが直面する政治・経済の問題や、日常生活(性愛の描写を含む)を、快活に表現した秀作だったと思います。

 今年のアカデミー賞のホストはJimmy Kimmelで、無難な感じですが(Seth MacFarlaneやChris Rockのホストをまた見たいのですが)、Kotsurや彼の妻役のMarlee Matlinような埋もれていた役者の再評価に期待しています。

Troy Kotsur discusses hit movie ‘Coda’

https://www.youtube.com/watch?v=z28wZ8mGv6Q

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 東日本大震災から12年が経ちました。震災時に陸前高田の小学生で、大船渡高校からプロ入りした佐々木朗希がマウンドに立つ姿に、多くの人が心を動かされたと思います。前任先で学生たちと陸前高田・大船渡・大槌にボランティアで行きましたが、全国各地から数多くの人たちが瓦礫の撤去や清掃作業に入っていました(この時のリーダーを務めたゼミ生は、現在、福島民報で働いています)。この引率の下調べで、難民支援のNPOでミャンマーから亡命していた人たちとテントで4人で寝泊まりしたことも思い出深く、陸前高田や釜石・遠野を拠点としたボランティアは国際的なものでもありました(銃創で片足を引き摺っていたミャンマーの青年が、日本への恩返しと言いながら、懸命にがれき撤去作業に打ち込んでいた姿を思い出します)。この時の陸前高田の風景の中に、父と祖父母を亡くした小学生の佐々木朗希がいたことを考えると、彼が背負ってきたものの大きさを実感します。津波で流された三陸鉄道のコンクリート製の枕木は、大人数で手にしても、本当に重かった。

2023/03/01

「没後30年 松本清張はよみがえる」第37回『けものみち』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第37回(2023年3月1日)は、高度経済成長期に東京に建てられた大型の高級ホテルを舞台に「経済格差」を体感させるミステリ小説『けものみち』について論じています。担当デスクが付けた表題は「高級ホテルを舞台に 照らす政財界の裏側」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。戸籍の売買が重要なトリックとなっていることもあり、同じく戸籍の売買を題材とした平野啓一郎の『ある男』とのmatch-upです。

 この作品の連載がはじまった1962年に、赤坂の南東にある虎ノ門でホテルオークラ東京が開業し、この作品が刊行され、東京オリンピックが開催された1964年に、赤坂の北にある紀尾井町でホテルニューオータニが開業しています。何れも帝国ホテルと共に「御三家」と称された高級ホテルで、国内外の要人が宿泊してきたことで知られます。流行に敏感な松本清張は、本作で庶民の憧れの的である新興の大型ホテルを作品の中心に据え、「時代の欲望」を浮き彫りにしました。

 冒頭に「けものみち」という言葉の説明が付されています。「カモシカやイノシシなどの通行で山中につけられた小径(こみち)のことをいう。山を歩く者が道と錯覚することがある」と。本作は政財界や警察の不正を芋づる式に暴いていく内容で、悪漢の鬼頭が満州に渡り、軍部と結託して資金を蓄え、戦後日本の中枢に自らの縄張り=「けものみち」を張り巡らせてきた経緯がミステリの核となります。彼らは、日本道路公団を想起させる「総合高速路面公団」を支配し、有料道路の建設事業に関わる「利権」を収入源にしていて、現実に日本道路公団は、かつては政財界の利権の温床となり、「第二の国鉄」と言われるほど多額の負債を抱えていました。

「週刊新潮」に掲載された作品らしく、情死や汚職などの「スキャンダル」が目くるめく展開される「悪漢小説」です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1060288/

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 先日、初めて提出した分野で研究費をご採択頂き、地道に取り組んで来た研究テーマだったこともあり、着手するのを楽しみにしています。成果については、計画通り、3年かけて海外の学会を中心に行う予定ですが、関心の近い先生方と国内の研究ネットワークも築いていきたいと考えています。現代社会は、評価やリスクの尺度が多様なので(様々なアカデミアや学会、学問領域が「政治的」に競合しているので)、ジョン・アーリのいう意味での「移動(的な展開)」が大事だと改めて思いました。学際系ということもあり、フットワーク軽く分野を渡り歩く探求心を持ち続けたいものです。