2020/10/27

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第131回 朝井リョウ『何者』

 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第131回 2020年10月25日)は、朝井リョウ『何者』を取り上げています。表題は「若者たちの『無難な就活』」です。

新型コロナ禍の影響で多くの企業が新卒の採用人数を減らし、多くの大学生が就職活動に苦労しています。主要な日本企業の業績の悪化や有名人の自殺や感染症による死など、暗い世相を反映したニュースがあふれる現代日本の状況は、バブル崩壊後の就職氷河期を彷彿とさせるます。朝井リョウは1989年生まれの若い作家ですが、日本経済が傾いてきた時期に育った作家ということもあり、若者たちの「世相を反映した内面の暗部」に切り込んだ作品も多く、この作品はその代表作と言えます。

デビューから6作目の長編小説「何者」が発表されたのは、東日本大震災の翌年の2011年11月で、日経平均株価が1万円を割り込み、ギリシャをはじめ欧州で財政危機が起こり、Twitter上で「大学生の炎上事件」が注目されはじめた時期でした。

本作によると一番手っ取り早くカラオケで百点を取る方法は、北島三郎の名曲「与作」をビブラートをかけずに歌うことらしいです。この喩えは、本作で主人公が友人たちとのコミュニケーションや就職活動を、感情的な抑揚をできるだけ抑えて、無難に乗り切ろうとする姿勢を象徴しています。本作は同じ空間にいながら、別々の端末で別々のことを発信する若者たちが、互いに身を隠すようにして就職活動という「誰かから拒絶され続ける経験」に悩み、「百点」を取れず、本音をTwitter上に記す姿を描いた青春小説です。

朝井リョウ『何者』あらすじ

「都内の田舎」で2年生までを過ごし、3年生から都心のキャンパスに通う「学年割れ」の大学=御山大学を舞台にした青春小説。演劇に打ち込んだ拓人と音楽サークルで部長だった光太郎は、ルームシェアをしながら大学に通い、就職活動を経験する。アメリカへの留学から帰ってきた瑞月や、大学を中退して新しい劇団「毒とビスケット」を旗上げした銀次など、立場の異なる人物の視点を通して社会に船出する若者たちの青春を描く。


2020/10/19

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第130回 東野圭吾『ナミヤ雑貨店の奇蹟』

祝・連載130回! 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第130回 2020年10月18日)は、東野圭吾『ナミヤ雑貨店の奇蹟』を取り上げています。表題は「時代、国境超えた若者の悩み」です。

昔ながらの住宅街にある「昭和の雑貨店」を舞台にした作品です。東日本大震災の直後から連載され、世界での累計発行部数が1千万部を超えるベストセラーとなりました。現代日本の小説で最も読まれた作品の一つと言えます。中国語版の映画も製作され、日本語版で西田敏行が演じたナミヤ雑貨店の店主は、ジャッキー・チェンが演じています。映画版は大分県の豊後高田市を中心に撮影が行われ、観光地として知られる「昭和の町」や真玉海岸などで撮影が行われています。

昭和の時代から変わらないものと、大きく変わったものが、手紙のやり取りを通して浮き彫りにされる展開が面白い作品です。時代が変わっても多くの若者たちが、人生に迷い、自らの情熱を傾けるべき仕事や、愛情を傾けるべき相手のことで悩み、誰かに話を聞いてもらいたがっていることに変わりないのだと思います。

東野圭吾『ナミヤ雑貨店の奇蹟』あらすじ

住宅街の外れにある「ナミヤ雑貨店」は、無料で悩み相談を引き受けている。72歳の店主・浪矢雄治さんは一つ一つの悩みに誠実に答えることで、相談者たちから信頼を得ていく。なぜ彼はこのようなボランティア活動をはじめたのか。様々な相談者たちの謎めいた人生と共にナミヤさんの生い立ちがひも解かれていく。


2020/10/13

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第129回 有栖川有栖『双頭の悪魔』

 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第129回 2020年10月11日)は、有栖川有栖のの本格ミステリー『双頭の悪魔』を取り上げています。表題は「本格ミステリーで問う「理想郷」」です。

京都市今出川にある英都大学の推理小説研究会の面々を描いた青春ミステリー小説です。4回生で27歳の部長・江神二郎が事件をひも解く「探偵アリスシリーズ」の3作目で、有栖川有栖の代表作と言えます。作品の舞台が高知の山奥になったのは、過疎化で多くの廃村が生まれていることを新聞で読んだのがきっかけで、両親が香川県出身ということもあり、著者は讃岐弁を話せるらしく、四国を舞台とした作品を書きたかったのだと思います。

この作品は江戸川乱歩の『パノラマ島奇談』など、「理想郷」を舞台にしたミステリー作品を下地に記されています。売れない作家が、自分にそっくりな富豪と入れ替わり、彼の資産を使って「理想郷=パノラマ島」を作るという内容です。現代社会を生きる私たちにとって理想郷とはどのようなものなのでしょうか。この小説で有栖川有栖が投げかける問いは、真犯人捜しの枠を超えて、思いのほか深いと思います。



有栖川有栖『双頭の悪魔』あらすじ

英都大学の推理小説研究会に所属するマリアは、中学時代の友人の実家のある高知県の山村を訪ね、その近くの木更村=芸術の里に住み着くことになる。マリアの父親から捜索依頼を受けた江神二郎ら推理小説研究会の面々は、木更村に侵入する作戦に何とか成功するが、複雑な利害関係が入り組んだ「密室殺人事件」に巻き込まれていく。


2020/10/07

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第128回 有栖川有栖『幻坂』

 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第128回 2020年10月4日)は、有栖川有栖の出身地近くを舞台にした、私小説的な雰囲気を持つ作品『幻坂』を取り上げています。表題は「大阪の「坂の街」の奇談」です。

大阪の上町台地の南側、四天王寺近辺の坂道を舞台にした短編集です。各短編のタイトルには主に実在する坂の名前が付され、川口松太郎の名作「愛染かつら」の舞台となった愛染堂や、真田幸村が落命したとされる安居天神、聖徳太子が日本最古の夏祭り「宝恵かご」をはじめたと伝えられる今宮戎神社など、名所旧跡が数多く作品に登場します。

有栖川有栖の出身地は本作の舞台に近い東住吉区で、「幻坂」には有栖川有栖の私小説という趣も感じられます。彼が卒業した上宮高等学校は「幻坂」で描かれる上町台地にあり、この作品には高校時代の思い出も重ねられているのだとも思います。最初の短編「清水坂」の語り手によると「大阪弁は、生きて泳いで跳ねる魚。標準語は、網目のついた焼き魚」だそうです。この言葉の通り、本作「幻坂」は訛りを通して「生きて泳いで跳ねる魚」のように「天王寺七坂」の土地の歴史をひも解いた、作家・有栖川有栖の新境地といえる作品です。

有栖川有栖『幻坂』あらすじ

大阪の上町台地に点在する坂道を主な舞台にした短編集。この作品の舞台となる難波は、かつて遣隋使船や遣唐使船が出航する玄関口であり、7世紀には日本の首都でもあった。菅原道真が太宰府に流される前に立ち寄った安居天神など、古の難波の津の繁栄を伝える名所旧跡が多く登場する。心霊現象の解明を専門とする私立探偵・濱地健三郎シリーズの作品。


2020/10/02

Meiji.net「メディア・リテラシーの有無が生死を分けることもある」

 明治大学の情報発信サイト「Meiji.net」に「メディア・リテラシーの有無が生死を分けることもある」という論考を寄稿しました。大学のトップページでも紹介を頂きました。ぜひご一読ください!

Yahoo! Japan Vol.1

https://news.yahoo.co.jp/articles/faf011d63096ab92d42359b2c55357a5d8e4542c

Yahoo! Japan Vol.2

https://news.yahoo.co.jp/articles/5d8b2132b00d7f1ed653a69ed3fd48169ce96f9c

Yahoo! Japan Vol.3

https://news.yahoo.co.jp/articles/fcf948706035127b6b423756f59b8f688f4ef3ff

明治大学 Meiji.net

https://www.meiji.net/international/vol297_makoto-sakai