2020/12/23

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第139回 柴崎友香『春の庭』

 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第139回 2020年12月20日)は、柴崎友香の芥川賞受賞作『春の庭』を取り上げています。表題は「田舎のような都会の風景」です。年内の連載はこの回が最後で、年明けの掲載で第140回です。

 東急世田谷線の近くの高級住宅地に建つ風変わりなアパートを舞台にした芥川賞受賞作です。世田谷線の終点の下高井戸は世田谷区の北東部の街で、江戸時代には甲州街道の第一宿場町「高井戸宿」として栄え、関東大震災後に多くの人々が移住してきた歴史を有し、近隣に明治大学和泉キャンパスや日大文理学部があるため「学生街」としても賑わっています。

 この小説は都心の喧騒から離れた場所を、ゆっくりとした速度で走る世田谷線のように、穏やかな時間を感じさせる作品です。「一人で静かな道を歩いていると、今暮らしているこの街の風景と、記憶にある生まれ育った街の風景とが、建物の規模や隙間との関係も人の密度もあまりにも違うので、記憶の中の街のほうが遠く、他人のもののように思えた」という太郎の叙述は、世田谷の風景に対する不思議な感情を代弁していると思います。

柴崎友香『春の庭』あらすじ

 東京都世田谷区にあるアパート・ビューバレスサエキⅢを舞台にした大阪出身の太郎と、漫画家の西さんの日常生活を描いた作品。隣には「春の庭」と題された写真集の撮影場所となった有名な「水色の家」が建つ。アパートは取り壊しが決まっており、部屋番号の代わりに干支記された昭和の雰囲気の部屋が並ぶ。服飾の専門学校で縫製を教えていた「巳」など、変わった経歴を持つ人々との交流を描く。第151回芥川賞受賞作。


2020/12/16

BBC「スー・パーキンスとさぐる現代日本の多様な文化」(丸善出版)の監訳

 BBCのドキュメンタリー「スー・パーキンスとさぐる現代日本の多様な文化」前篇・後篇を監訳しました。発売は丸善出版です。授業利用や図書館貸出、館内上映が可能な作品のため、高めの価格設定になっていますが、ぜひお近くの図書館への配架をリクエストして頂ければ幸いです! サンプルムービーも下のサイトで視聴可能です。

BBC スー・パーキンスとさぐる現代日本の多様な文化 [Japan With Sue Perkins] 前編

https://www.maruzen-publishing.co.jp/item/b304097.html

BBC スー・パーキンスとさぐる現代日本の多様な文化 [Japan With Sue Perkins] 後編

https://www.maruzen-publishing.co.jp/item/b304098.html


監修のことば 酒井信
イギリスのBBCが制作した「現代日本の文化的・経済的な成功の謎」に迫るドキュメンタリーです。ナビゲーターのスー・パーキンスはBBCの番組に数多く出演するケンブリッジ大学卒のコメディアンで、ユーモアを交えながら日本社会の表裏の問題に鋭く切り込んでいます。ポップカルチャーから伝統産業まで日本の魅力と問題点について深く考えさせられる内容です。社会学、国際文化学、観光学、英語学、日本語教育の教材としてお勧めできます。

著者名 酒井 信 監訳

制作元 BBC

発売   丸善出版株式会社

発売/発行年月 2020年12月

媒体 DVD

時間 各50分

音声/字幕 英語 / 英語、日本語

ジャンル 地理・地誌・紀行 >  世界地理・紀行

館内視聴 館外個人貸出 館外団体貸出

館内無償上映 学外貸出 授業利用

シリーズ紹介

英国でコメディアン、女優、作家として活躍するスー・パーキンスが東京、京都、伊勢、広島などを旅して、日本の様々な文化を紹介する。テクノロジーとサブカルチャーが発達した未来都市でありながら、古き良き伝統を重んじる国でもある日本の“いま”を英国人の視点で紹介する。

内容紹介

紹介する現代日本の文化事象

前編

女子相撲チーム

ロボットと暮らす家族

地獄のビジネススクール

ソロ・ウェディング

ポップアイドルとオタク

癒しと巡礼


後編

薄れゆく芸妓文化

伊勢志摩の海女

原爆の記憶

レンタル家族

メイドカフェ

婚活パーティー

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第138回 宮下奈都『羊と鋼の森』

 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第138回 2020年12月13日)は、宮下奈都の本屋大賞の大賞受賞作『羊と鋼の森』を取り上げています。表題は「若い調律師の成長物語」です。

 ピアノとは精巧に作られた木製の「弦楽器」で、18世紀の初頭にチェンバロを改良して生まれた近代の産物です。本文中の言葉を借りれば、「いい草を食べて育ったいい羊のいい毛」を贅沢に使ったフェルトのハンマーが、鋼鉄で作られた弦を叩き、その振動がエゾマツの木を主な原料とした響板に伝わり、響板が空気を振動させることで豊かな音が生まれます。現代でもピアノのハンマーは羊の毛で作られ、響板は木で作られており、多くの演奏会がアナログ(生音)で行われています。

 この小説は北海道の山の集落で育った主人公の外村がピアノの調律師として成長していく物語です。調律師の仕事は「精密な楽器」であるピアノを、各パーツの素材の特性を理解しながら、気温や湿度に応じて調整することにあります。綿羊牧場の近くで育った外村が、音楽の素養を持たず、徒手空拳で「羊と鋼の森」が奏でる音を求めて成長していくプロセスには、ピアノ版の「羊をめぐる冒険」という趣きが感じられます。

 恩田陸の「蜜蜂と遠雷」のようにピアニストを題材とし、音楽を様々な喩えを駆使して表現した優れた現代小説も存在します。ただ過疎化の進む開拓地で育った調律師の視点から、自然の音の記憶を辿りつつ「目指す音」を追求する本作もオリジナリティが高く、面白い作品です。


宮下奈都『羊と鋼の森』あらすじ

北海道の山の集落で生まれ育ち、高校卒業後にピアノの調律師となることを決意した外村は、専門学校で教育を受けたのち、地元に近い江藤楽器店に就職する。天才的な調律師の板鳥に憧れつつ、先輩の柳や秋野に見守られながら、外村は調律師として成長していく。2016年に第13回本屋大賞で1位を獲得。


2020/12/09

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第137回 藤沢周『ブエノスアイレス午前零時』

 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第137回 2020年12月6日)は、藤沢周の芥川賞受賞作『ブエノスアイレス午前零時』を取り上げています。表題は「湯上り 上気した時間と記憶」です。

 温泉は日本を象徴する観光地として国内外の観光客で賑わっています。ただジョン・アーリ『観光のまなざし』によると、イギリスでは健康の効能が疑わしいと見なされて19世紀に廃れた歴史があります。確かに温泉と一口に言ってもその成分は多様で、効能も高血圧や動脈硬化、糖尿病が治るなど、にわかには信じがたい内容が記されています。

 イギリスで温泉地として知られるのは、英語で浴場を意味するBathの名を冠するイングランド南部のバースぐらいです。私もバースを訪れて驚きましたが、世界文化遺産に登録されている温泉地でありながら、入浴できる場所はごくわずかしかありません。ローマン・バスなどの有名な観光地も、緑色に輝く水面やローマ時代の遺跡などを見学させる場所に過ぎないのです。イギリス人の風呂嫌いが筋金入りであることは、温泉地の観光地としての価値の低さからも分かると思います。

 藤沢周の「ブエノスアイレス午前零時」は、日本の温泉地らしい「上気した雰囲気」を伝える現代小説です。藤沢周は新潟県西蒲原郡の出身で、父親が定宿にしていた新潟県阿賀町のきりん山温泉の旅館をモデルに、この作品を記したそうです。




藤沢周『ブエノスアイレス午前零時』あらすじ

 ダンスホール目当ての客とスキー客でにぎわう雪深い温泉町のホテルを舞台にした作品。「ブエノスアイレス午前零時」という表題はピアソラの曲に由来する。都会の広告代理店を辞め、実家のある街に戻って来た若者と、梅毒を患った元売春婦と噂される老婆の交流を描いた抒情的な作品。表題作は第119回芥川賞を受賞。


2020/12/01

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第136回 柳美里『JR上野駅公園口』

 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第136回 2020年11月29日)は、柳美里の全米図書賞(翻訳部門)受賞作『JR上野駅公園口』を取り上げています。表題は「東北の出稼ぎ通し描く戦後史」です。

東日本大震災で被災地となった福島県南相馬市の海沿いの集落で生まれ育ち、東京に出稼ぎに出た男の人生を描いた作品です。作者の柳美里は平成27年に神奈川県から南相馬市に移住し、自作から採った屋号を持つ書店「フルハウス」を開業しています。表題は男が出稼ぎで家族を養ったのち、上野公園でホームレスになったことによるものです。本作によると「上野恩賜公園のホームレスは、東北出身者が多い」らしいです。

「突然いなくなって、すみません。おじいさんは東京へ行きます。この家にはもう戻りません。探さないでください」という孫娘への書置きが切なく、孫娘に迷惑をかけたくないという不器用な思いの強さに、出稼ぎの苦労を味わった労働者らしい矜持=感情の訛りが感じられます。ホームレスとなった男の人生を通して、上野恩賜公園の特異な歴史に迫る筆致も興味深いです。

 本作を記した動機について柳美里はあとがきで次のように記しています。「家を津波で流されたり、「警戒区域」内に家があるために避難生活を余儀なくされている方々の痛苦と、出稼ぎで郷里を離れているうちに帰るべき家を失くしてしまったホームレスの方々の痛苦がわたしの中で相対し、二者の痛苦を繋げる蝶番のような小説を書きたい――、と思いました」と。「JR上野駅公園口」は、福島県の浜通り出身の男の人生を、当地に住む作家らしい視点から戦後史を交えて丹念に描いた「故郷喪失」の物語です。



柳美里『JR上野駅公園口』あらすじ

1963年、東京オリンピックの前年に、男は福島の浜通りから上京し、出稼ぎで家族を養う。苦しい生活を立て直すことに成功したが、家族との死別を経験し、孫娘に迷惑をかけたくないという思いで、上野恩賜公園でホームレスとなる。福島出身の男の人生を通して、日本の戦後史を描く。2020年全米図書賞(翻訳部門)受賞。


2020/11/24

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第135回 姫野カオルコ『昭和の犬』

 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第135回 2020年11月22日)は、姫野カオルコの直木賞受賞作『昭和の犬』を取り上げています。表題は「シベリア帰りの父 激動の昭和」です。

姫野カオルコの出身地・滋賀県にある架空の「香良市」を舞台にした自伝的な小説です。表題は、旧日本陸軍の武官だったいかつい父親が、軍用犬の扱いに慣れていたこともあり、犬たちをイクと同じ子供のように一緒に育てたことによります。

父親の口からは戦時中のことや戦後の抑留のことは詳しく語られないですが、終戦から帰国までの約10年間に大変な経験をしてきた様子です。例えば彼は「赤いウインナーはカンガルーの肉で作ってあるという噂や」と述べ、「子供たちの弁当を豪華にしてくれる真っ赤なソーセージ」を決して口にします。イクはそれがシベリアで鼠を原料とした肉を食べたためだと推測している様子です。

当時、戦争の影は色濃く、例えば軽食屋「有馬殿」の親父は戦争神経症を患っており、「人の肉はな、鼠より酸いいんや。そら、大きい鼠のほうがうんとごっつぉ〈ごちそう〉やったがな。オイカワもな、鼠食うて、ばば垂れっぱなしで生きたらよかったんや」などとつぶやきます。この作品は、戦時中の生死を分けた経験が「地中に埋もれた不発弾」のように日常のそこかしこに転がっていた時代の記憶を伝える「市井の歴史小説」と言えます。




2020/11/17

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第134回 古川日出男『ベルカ、吠えないのか?』

 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第134回 2020年11月15日)は、古川日出男の傑作『ベルカ、吠えないのか?』を取り上げています。表題は「軍用犬でひも解く20世紀史」です。

この作品は北海道犬で、第二次世界大戦時に海軍の軍用犬となった「北」とその末裔の犬たちを中心とした物語です。北は「発達した筋肉と寒さに対する強い耐性を備えた北海道犬(旧称アイヌ犬)」で、日本海軍の侵攻に従って島に自生している野草の毒見を任務としています。

物語は当時、日本軍が占領したアリョーシャン列島の2つの島の1つ、鳴神島(キスカ島)からはじります。史実として20世紀にアメリカ合衆国の領土が占領されたのは、1942年の鳴神島と熱田島(アッツ島)の二島の占領以外にないらしい。日本列島から遠く離れたこれらの島々の占領はミッドウェーへの攻撃から米軍の目をそらすための陽動作戦でしたが、藤田嗣治の戦争画でも知られる通り、1943年の5月に熱田島の守備隊は全滅しています。その約一か月後に鳴神島にいた5200名の守備隊はケ号作戦で撤退を余儀なくされ、日本軍による米国領・アリョーシャン列島の占領はわずか一年ほどで終了します。

著者が記しているように、20世紀は戦争の世紀であり、軍用犬が戦争の最前線で活躍した世紀でもあります。人間に最も慣れ親しんだ動物である犬が、人間が引き起こした戦争を通して世界各地へと分散したことで、20世紀に犬のグローバル化と軍事化も進行したわけです。この作品は、史実としてキスカ島に残された軍用犬の物語を、著者らしい想像力を付与してフィクションとして展開した一流の偽史小説です。


古川日出男『ベルカ、吠えないのか?』あらすじ

1943年にアリョーシャン列島に残された四頭の軍用犬、北、正勇、勝、エクスプロージョンとその末裔の犬をめぐる長編小説。軍用犬の歴史を通して、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、ペレストロイカなど現代史がひも解かれる。日本軍の軍用犬の末裔たちが、アメリカ合衆国やソ連に渡り、冷戦構造の中で異なる人生を歩む大スペクタクル。2005年刊行の古川日出男の代表作。

2020/11/10

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第133回 今村夏子『星の子』

  西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第133回 2020年11月8日)は、今村夏子『星の子』を取り上げています。表題は「新興宗教と社会 何が正常か」です。

今村夏子は「正常」とされている社会から逸脱する人々を通して、多くの人々が当たり前のものとして享受している「正常」さを疑い、内面的な普遍性を浮き彫りにするのが上手い作家です。「星の子」は新興宗教に帰依した両親の下で育った「ちひろ」の家族への愛情と青春を描いた瑞々しい作品で、芥川賞の候補作となり、一部の選考委員から高い評価を受けました。映画版は芦田愛菜の主演、大森立嗣の監督で2020年の秋に公開されています。

新興宗教団体で生まれ育った子を悲劇的に描くのではなく、貧乏ながらも家族愛に満ちたものとして描いている点が面白い作品です。ちひろは「あそこの家の子と遊んじゃいけません」と同級生に言われるなど、小学校では友達は少なかったが、両親は優しく、「教会」に行けば声をかけてくる人たちがたくさんいたため、適度に楽しい幼年時代を過ごしています。

どんなにちひろの家族が関わる「教会」が社会から爪はじきにされ、親族からも忌み嫌われ、地域や学校で悪評が立っても、信者とその家族にとってその人生が充実したものになることもあり得ます。「星の子」は両親が新興宗教に帰依した家庭の子供の内面を通して、そこに確かな親子の愛情があり、他の信者たちとの友情があり、恋心を抱く青春があり得ることを描いた、社会の「正常さ」に疑義を呈する「オーソドックスな純文学」だと思います。



今村夏子『星の子』あらすじ

効能の怪しい水=金星のめぐみを販売する「教会」に属する両親の下で育ったちひろの成長物語。滅多に教会に顔を出さない姉は、両親が「教会」に帰依するようになったのは「ちーちゃんが病気ばっかりしているから」だと恨んでおり、高校生になると家出してしまう。果たして信仰と家族の愛情は両立するのか。映画版は芦田愛菜の主演、大森立嗣の監督で2020年の秋に公開された。


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ぜひご一読のほどよろしくお願いいたします。

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なぜあの企業アカウントは炎上したのか?
ディズニー、ベネッセ、くら寿司など大企業さえ、たったひとつの「炎上」で企業価値を大きく損なう事態を招いてきました。
誰もが情報を発信し、享受し、監視する「超情報化社会」のいま、学生や企業が情報発信をするための技術と心構えを、過去の炎上事例を紹介しながらわかりやすく指南。
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【学生】【企業のSNS担当者】【ビジネス・パーソン】におすすめです!!
3つの大学で実際に行われたSNSやメディアについての意識調査結果も掲載!!

◆個人・企業のネット炎上対策
◆情報とメディアのマッチング
◆志望理由書の作成
◆自己PR文の書き方
◆論文・レポートの作成
◆データの収集と参照

❖目次
はじめに
第1回  個人のネット炎上パターンとその予防策・善後策
第2回  企業のネット炎上パターンと情報メディア・リテラシー
第3回  メディアの基本理論を踏まえた文章表現とメディア・リテラシー
第4回  コミュニケーション能力を高めるための文章表現1 三島由紀夫著『三島由紀夫レター教室』
第5回  コミュニケーション能力を高めるための文章表現2 三島由紀夫著『三島由紀夫レター教室』
第6回  メールの文章表現と基本的な敬語の使い方
第7回  葉書を用いた礼状・近況報告の書き方と明瞭な文章の書き方
第8回  起承転結の文章の構成と原稿用紙の使い方
第9回  志望理由書・自己PR文の書き方と論文・レポートの形式
第10回  日本語の特徴を生かした文章表現1 井上ひさし著『私家版 日本語文法』
第11回  日本語の特徴を生かした文章表現2 井上ひさし著『私家版 日本語文法』
第12回  データの収集・参照の仕方と論拠を明示した論文の書き方
第13回  社会調査(量的調査、質的調査の基本)と論拠・データをもとにした論文の書き方
第14回  ジャーナリズムと報道現場のメディア・リテラシー
第15回  批評的な思考≒メディア・リテラシーと批評文の書き方
参考文献
あとがき 

2020/11/04

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第132回 朝井リョウ『武道館』

 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第132回 2020年11月1日)は、朝井リョウ『武道館』を取り上げています。表題は「男性社会 生き抜く少女たち」です。

先月から取り組んできたBBCのドキュメンタリー2本の監修作業を終えました。来月、映像教材DVDとして2巻組で発売予定です(詳細は後日)。

法隆寺夢殿と富士山をモデルにした八角形の日本武道館は、日本の現代史に繰り返し登場する建築物です。皇居の北側の北の丸公園に位置し、1964年の東京オリンピックの柔道の競技会場として建設されました。その後、日本武道館は武道に関する競技会場として利用されながら、1966年にビートルズのコンサート会場として使用され「音楽の聖地」となりました。本作では現代のアイドルグループがコンサートを開く憧れの場所として、日本武道館が描かれています。

主人公の愛子はNEXT YOUというグループに所属する高校生のアイドルです。デビュー時に携帯電話会社のCMに出演したが、電車に乗っても誰にも気付かれない程度の人気しかありません。現代日本の女性アイドルは、握手をしたり、大量のサインをしたり、ドッキリに応えたり、日々ファンからの無理のある欲望に左右され、「日常に現れた異物」となることを余儀なくされます。本作は「アイドル戦国時代」と言える現代日本を生きる少女たちが、男性中心主義的な価値観と衝突しながら、自らの生きる道を模索する、朝井リョウらしい青春小説です。


朝井リョウ『武道館』あらすじ

日本武道館でコンサートを開くことを夢見るアイドルグループを描いた作品。痩せた大人数のアイドルが「秋は食欲まんてん!」と微笑みながら、本人たちは絶対に食べないようなカロリーの高そうな食べ物を紹介するといった芸能界の矛盾を描く。主人公・愛子が属するアイドルグループNEXT YOUは、「授業参観」と呼ばれるライブや「席替え」と呼ばれる握手イベントを行い、熱心なファンを獲得していく。


2020/10/27

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第131回 朝井リョウ『何者』

 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第131回 2020年10月25日)は、朝井リョウ『何者』を取り上げています。表題は「若者たちの『無難な就活』」です。

新型コロナ禍の影響で多くの企業が新卒の採用人数を減らし、多くの大学生が就職活動に苦労しています。主要な日本企業の業績の悪化や有名人の自殺や感染症による死など、暗い世相を反映したニュースがあふれる現代日本の状況は、バブル崩壊後の就職氷河期を彷彿とさせるます。朝井リョウは1989年生まれの若い作家ですが、日本経済が傾いてきた時期に育った作家ということもあり、若者たちの「世相を反映した内面の暗部」に切り込んだ作品も多く、この作品はその代表作と言えます。

デビューから6作目の長編小説「何者」が発表されたのは、東日本大震災の翌年の2011年11月で、日経平均株価が1万円を割り込み、ギリシャをはじめ欧州で財政危機が起こり、Twitter上で「大学生の炎上事件」が注目されはじめた時期でした。

本作によると一番手っ取り早くカラオケで百点を取る方法は、北島三郎の名曲「与作」をビブラートをかけずに歌うことらしいです。この喩えは、本作で主人公が友人たちとのコミュニケーションや就職活動を、感情的な抑揚をできるだけ抑えて、無難に乗り切ろうとする姿勢を象徴しています。本作は同じ空間にいながら、別々の端末で別々のことを発信する若者たちが、互いに身を隠すようにして就職活動という「誰かから拒絶され続ける経験」に悩み、「百点」を取れず、本音をTwitter上に記す姿を描いた青春小説です。

朝井リョウ『何者』あらすじ

「都内の田舎」で2年生までを過ごし、3年生から都心のキャンパスに通う「学年割れ」の大学=御山大学を舞台にした青春小説。演劇に打ち込んだ拓人と音楽サークルで部長だった光太郎は、ルームシェアをしながら大学に通い、就職活動を経験する。アメリカへの留学から帰ってきた瑞月や、大学を中退して新しい劇団「毒とビスケット」を旗上げした銀次など、立場の異なる人物の視点を通して社会に船出する若者たちの青春を描く。


2020/10/19

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第130回 東野圭吾『ナミヤ雑貨店の奇蹟』

祝・連載130回! 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第130回 2020年10月18日)は、東野圭吾『ナミヤ雑貨店の奇蹟』を取り上げています。表題は「時代、国境超えた若者の悩み」です。

昔ながらの住宅街にある「昭和の雑貨店」を舞台にした作品です。東日本大震災の直後から連載され、世界での累計発行部数が1千万部を超えるベストセラーとなりました。現代日本の小説で最も読まれた作品の一つと言えます。中国語版の映画も製作され、日本語版で西田敏行が演じたナミヤ雑貨店の店主は、ジャッキー・チェンが演じています。映画版は大分県の豊後高田市を中心に撮影が行われ、観光地として知られる「昭和の町」や真玉海岸などで撮影が行われています。

昭和の時代から変わらないものと、大きく変わったものが、手紙のやり取りを通して浮き彫りにされる展開が面白い作品です。時代が変わっても多くの若者たちが、人生に迷い、自らの情熱を傾けるべき仕事や、愛情を傾けるべき相手のことで悩み、誰かに話を聞いてもらいたがっていることに変わりないのだと思います。

東野圭吾『ナミヤ雑貨店の奇蹟』あらすじ

住宅街の外れにある「ナミヤ雑貨店」は、無料で悩み相談を引き受けている。72歳の店主・浪矢雄治さんは一つ一つの悩みに誠実に答えることで、相談者たちから信頼を得ていく。なぜ彼はこのようなボランティア活動をはじめたのか。様々な相談者たちの謎めいた人生と共にナミヤさんの生い立ちがひも解かれていく。


2020/10/13

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第129回 有栖川有栖『双頭の悪魔』

 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第129回 2020年10月11日)は、有栖川有栖のの本格ミステリー『双頭の悪魔』を取り上げています。表題は「本格ミステリーで問う「理想郷」」です。

京都市今出川にある英都大学の推理小説研究会の面々を描いた青春ミステリー小説です。4回生で27歳の部長・江神二郎が事件をひも解く「探偵アリスシリーズ」の3作目で、有栖川有栖の代表作と言えます。作品の舞台が高知の山奥になったのは、過疎化で多くの廃村が生まれていることを新聞で読んだのがきっかけで、両親が香川県出身ということもあり、著者は讃岐弁を話せるらしく、四国を舞台とした作品を書きたかったのだと思います。

この作品は江戸川乱歩の『パノラマ島奇談』など、「理想郷」を舞台にしたミステリー作品を下地に記されています。売れない作家が、自分にそっくりな富豪と入れ替わり、彼の資産を使って「理想郷=パノラマ島」を作るという内容です。現代社会を生きる私たちにとって理想郷とはどのようなものなのでしょうか。この小説で有栖川有栖が投げかける問いは、真犯人捜しの枠を超えて、思いのほか深いと思います。



有栖川有栖『双頭の悪魔』あらすじ

英都大学の推理小説研究会に所属するマリアは、中学時代の友人の実家のある高知県の山村を訪ね、その近くの木更村=芸術の里に住み着くことになる。マリアの父親から捜索依頼を受けた江神二郎ら推理小説研究会の面々は、木更村に侵入する作戦に何とか成功するが、複雑な利害関係が入り組んだ「密室殺人事件」に巻き込まれていく。


2020/10/07

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第128回 有栖川有栖『幻坂』

 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第128回 2020年10月4日)は、有栖川有栖の出身地近くを舞台にした、私小説的な雰囲気を持つ作品『幻坂』を取り上げています。表題は「大阪の「坂の街」の奇談」です。

大阪の上町台地の南側、四天王寺近辺の坂道を舞台にした短編集です。各短編のタイトルには主に実在する坂の名前が付され、川口松太郎の名作「愛染かつら」の舞台となった愛染堂や、真田幸村が落命したとされる安居天神、聖徳太子が日本最古の夏祭り「宝恵かご」をはじめたと伝えられる今宮戎神社など、名所旧跡が数多く作品に登場します。

有栖川有栖の出身地は本作の舞台に近い東住吉区で、「幻坂」には有栖川有栖の私小説という趣も感じられます。彼が卒業した上宮高等学校は「幻坂」で描かれる上町台地にあり、この作品には高校時代の思い出も重ねられているのだとも思います。最初の短編「清水坂」の語り手によると「大阪弁は、生きて泳いで跳ねる魚。標準語は、網目のついた焼き魚」だそうです。この言葉の通り、本作「幻坂」は訛りを通して「生きて泳いで跳ねる魚」のように「天王寺七坂」の土地の歴史をひも解いた、作家・有栖川有栖の新境地といえる作品です。

有栖川有栖『幻坂』あらすじ

大阪の上町台地に点在する坂道を主な舞台にした短編集。この作品の舞台となる難波は、かつて遣隋使船や遣唐使船が出航する玄関口であり、7世紀には日本の首都でもあった。菅原道真が太宰府に流される前に立ち寄った安居天神など、古の難波の津の繁栄を伝える名所旧跡が多く登場する。心霊現象の解明を専門とする私立探偵・濱地健三郎シリーズの作品。


2020/10/02

Meiji.net「メディア・リテラシーの有無が生死を分けることもある」

 明治大学の情報発信サイト「Meiji.net」に「メディア・リテラシーの有無が生死を分けることもある」という論考を寄稿しました。大学のトップページでも紹介を頂きました。ぜひご一読ください!

Yahoo! Japan Vol.1

https://news.yahoo.co.jp/articles/faf011d63096ab92d42359b2c55357a5d8e4542c

Yahoo! Japan Vol.2

https://news.yahoo.co.jp/articles/5d8b2132b00d7f1ed653a69ed3fd48169ce96f9c

Yahoo! Japan Vol.3

https://news.yahoo.co.jp/articles/fcf948706035127b6b423756f59b8f688f4ef3ff

明治大学 Meiji.net

https://www.meiji.net/international/vol297_makoto-sakai



2020/09/30

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第127回 上田岳弘『ニムロッド』

 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第127回 2020年9月27日)は、上田岳弘の芥川賞受賞作『ニムロッド』を取り上げています。表題は「夢か幻か 媒介する通貨と言葉」です。

小説の舞台は近未来の日本で、生物の寿命を司るシステムが解明されたため、富裕層は「寿命の廃止技術」を自己に施しています。永遠の寿命を手に入れた人々は「最後の人間」と呼ばれており、人口の50%を超えている。経済も政治も芸術も「寿命の廃止」の供託金を運用する「絶対に運用を失敗しないファンド」の制御下にあります。

主人公は突如、「中本哲史、お前が課長になって掘るんだよ、金を」と社長に指示され、仮想通貨のビットコインを「採掘」する部署の課長となります。本文中の言葉を借りれば、ビットコインとは「アルファベットの「B」をウナギのかば焼きみたいに二本の串で刺した」マークのそれです。主人公の中本哲史は、ビットコインのプロトコルを作ったとされる謎に包まれた人物「サトシ・ナカモト」に由来します。

この作品が発表されたのが、ビットコインの名称が広く知られていた時期ということもあり、IT企業の役員を務める著者らしい作品として話題となりました。表題の「ニムロッド」とは、バベルの塔の建設を命じた王の名前に由来します。ビットコインの最小単位は1サトシですが、この作品は主人公のサトシが、会社のサーバーを使って小さなサトシを採掘して、大きな「僕の塔」を築こうとする「自分探しの物語」です。


上田岳弘『ニムロッド』あらすじ
 左目から涙がこぼれる「謎の症状」を持つ主人公・中本哲史は、サーバーの保守を受け持つIT企業に勤務しながら、ビットコインの採掘を行う部署で働いている。彼は同僚の「ニムロッド」から送られてくる「ダメな飛行機コレクション」のメールを楽しみにしながら、超エリートの恋人・田久保紀子との情事に勤しんでいる。第160回芥川賞受賞作。


2020/09/26

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第126回 上田岳弘『塔と重力』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第126回 2020年9月20日)は、上田岳弘の代表作の一つ『塔と重力』を取り上げています。表題は「「小窓」で生きる複雑な世界」です。

38歳の主人公は、17歳の時に予備校仲間と勉強合宿に行った時に、阪神淡路大震災に遭い、宿泊先のホテルが倒壊して、約二日間生き埋めになった経験があります。この時同じホテルには、恋心を寄せていた美希子も宿泊していたが、彼女は救助された後に亡くなってしまいます。それ以来、田辺は瓦礫に生き埋めになった時の記憶や、美希子との記憶に、フラッシュバックのように襲われています。第二次世界大戦時のトラウマで、人生の節目節目の時間を繰り返し追体験する奇妙な男を描いた、カート・ヴォネガット・ジュニアの『スローターハウス5』を彷彿とさせる作品です。


上田岳弘『塔と重力』あらすじ

神戸で震災を経験し、ホテルで生き埋めとなり恋人を亡くした過去を持つ田辺。彼はその過去を克服できず30代となり、大学時代の友人の水上には「お前はまた生き埋めに戻って来たんだよ。お前は助かっていない」と言われている。恋人・葵のFacebookで5000人以上の人々と繋がり、幻想に悩まされる。「塔」の崩壊と再生をめぐる現代小説。


2020/09/16

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第125回 島田雅彦『カタストロフ・マニア』

 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第125回 2020年9月13日)は、島田雅彦のディストピア小説『カタストロフ・マニア』を取り上げています。表題は「感染症が蔓延 原野へ先祖返り」です。

この作品は感染症が蔓延する2036年の東京を描いた、島田雅彦の作品としては珍しいSF小説です。2017年に発表された作品ながら、現在の新型コロナ禍を彷彿とさせる「パンデミック小説」でもあり、島田らしい皮肉の効いた文明批評が随所に見られます。小説の前半で「カタストロフ」の原因が「太陽のしゃっくり」(コロナ質量放出による磁気嵐)を引き金に起こった、感染病の蔓延を伴う連鎖的な災害であったことが明かされて、小説はSF小説のような展開をみせます。2017年に発表された小説に「コロナ」や「感染」という言葉が使われている先駆性に、驚かされます。

クーデターを起こし新政府設立の準備をしているパルチザン「代々木ゼミナール」や、「致死率の高いウイルス」を使って、近未来版の「ノアの箱舟」を作ろうとする政治家を巻き込んだ陰謀など、ディストピア小説の中に、島田雅彦らしい文明観が垣間見えるのが面白い作品です。


島田雅彦『カタストロフ・マニア』あらすじ
主人公のシマダミロクは、新薬の治験に誘われ、「冬眠マシーン」に入れられる。目を覚ますと、そこはゲームの世界と現実の世界が入り混じったディストピア=東京であった。「新種の伝染病」に怯えながら、東京外国語大学の近くの集落で自給自足の暮らしをする中で、ミロクは永田町や霞が関の地下に巨大なシェルターがあることを察知し、クーデターを画策するグループに接近していく。





2020/09/10

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第124回 高山羽根子『首里の馬』

 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第124回 2020年9月6日)は、高山羽根子の芥川賞受賞作『首里の馬』を取り上げています。表題は「港川の記憶 前衛的な寓話」です。琉球王国の古都である沖縄県浦添市港川を舞台にした作品です。

今週の月~水は、青山学院大学社会情報学部の集中講義「ジャーナリズム」5コマ×3日=15コマを担当しました。熱心な学生が多く、質疑も活発で充実した授業時間を過ごすことができました。秋学期は明治大学国際日本学部の英語の授業を中心に、立教大学社会学部でゼミと卒論を担当します。

『首里の馬』の舞台となる浦添市港川は那覇市の北側に位置する沖縄第4の市で、琉球王朝の発祥の地として知られます。12世紀から14世紀の間は浦添城を中心として琉球王国の首都として栄えました。ただこの小説によると「この地域には、先祖代々、ずうっと長いこと絶えることなく続いている家というものがほぼなかった」といいます。

浦添は琉球処分の際に区画が引かれなおされ、太平洋戦争の時には首里の前哨地として激戦が続きました。小説でも説明されている通り、苛烈な戦闘の影響でこの地域の死傷者数は公的に「不明」とされています。戦後は米国の占領下に置かれ、現在、その外国人住宅の一部は「港川外人住宅」や「港川ステイツサイドタウン」と呼ばれ観光地として人気を集めています。「首里の馬」は、琉球王朝の発祥の地であり、この島の近代史の暗部が色濃く反映された土地を舞台にした作品です。

高山羽根子『首里の馬』あらすじ

沖縄で生まれ育った未名子は、海外の遠隔地にいる人と指定された時間に、オンライン通話で「クイズを読み、答えさせる」妙な仕事に就いている。その傍らで彼女は「沖縄及島嶼資料館」の資料整理をボランティアで手伝っている。台風の日に、宮古馬が自宅の庭にやってきたことをきっかけに、未名子の人生は大きく変容していく。





2020/09/03

「広報会議」2020年10月号に寄稿しました

 「広報会議」2020年10月号に「ソーシャルリスクと炎上対策」に関する論考を寄稿しました。

「広報会議」2020年10月号目次

https://www.sendenkaigi.com/books/back-number-kouhoukaigi/detail.php?id=23362

【特集3】「リスクに備えるネット炎上 予防策と発生時の対応」に掲載されています。表題は「ソーシャルリスクと炎上対策 絶対やってはいけない広報対応とは?」です。

昨年に出版した『メディア・リテラシーを高めるための文章演習』の内容を踏まえて、新型コロナ禍の「ソーシャルリスクと炎上対策」について記した内容です。朝日新聞、日産、ブルボン、亀田製菓などいくつかの炎上の具体事例について分析しています。

ご関心が向くようでしたら、ぜひご一読ください!



2020/09/01

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第123回 遠野遥『破局』

 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第123回 2020年8月30日)は、遠野遥のデビュー2作目&芥川賞受賞作『破局』を取り上げています。表題は「抑圧と解放 現代の青春残酷物語」です。慶應義塾大学を舞台にした小説ですので、大学院から助教時代まで10年ほどいた時の内輪ネタも織り込みつつ論じました。

慶應義塾大学のキャンパスを舞台に、筋トレと性行為を両輪として肉体的な欲望を満たすための努力を惜しまない「優等生」の生活を描いた作品です。デビュー2作目で、28歳の若さで芥川賞を獲得した遠野遥の「私小説」ともとれる赤裸々な描写が話題となりました。

この作品は慶應の付属校出身で政治家志望の麻衣子の「高すぎるプライド」と、地方出身で一見すると大人しそうに見える灯の「性的な貪欲さ」の双方に翻弄される陽介の無意識的な欲望の流れを巧みに描いています。「破局」は優等生・陽介の抑圧された欲望と、解放された欲望の落差を上手く表現した、現代的な「青春残酷物語」だと思います。


遠野遥『破局』あらすじ

慶應義塾大学を連想させる「日吉」と「三田」のキャンパスを舞台とした作品。主人公の陽介は元ラガーマンで体格が良く、女性にもてる。ただ公務員を志望していることもあり、社会的な規範に対する意識が強く、女性との関係の持ち方も抑制的である。陽介は付き合っていた4年生の麻衣子と別れて、偶然知り合った1年生の灯と初々しい付き合いをはじめるが、ちょっとした問題で「破局」へと向かう。

2020/08/27

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第122回 辻村深月『ツナグ』

 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第122回 2020年8月23日)は、辻村深月の代表作の一つ『ツナグ』を取り上げています。表題は「品川起点に物語る集合的記憶」です。

8月も色々と仕事が重なり、夏休みを過ごした感じが全くしないですが、遅れている原稿に取り掛かりつつ、青学の集中講義の準備と、秋学期の授業準備(英語50%)に取り掛かるところです。

辻村深月の「ツナグ」は、品川のホテルを玄関口として死者の世界と現世を取り次ぐ「使者(ツナグ)」を中心とした物語です。

品川は東海道五十三次の一番目の宿場町で、江戸の街の境目でした。日本橋から8キロという立地の良さも手伝って、品川宿は岡場所(歓楽街)としても大いに栄えています。落語の名作「品川心中」や「居残り佐平治」は、往時の品川宿の遊郭の賑わいを伝える作品です。

高層のホテルが林立し、東京の外環を形作る現代の品川は、依然として死者と生者の面会場所に相応しいのだと思います。


辻村深月『ツナグ』あらすじ

死んだ人間と生きた人間を、一生に一度だけ引き合わせる「使者=ツナグ」。自殺の噂が囁かれるアイドルや、癌であることを知らされることなく亡くなった母親、結婚を前にして突如行方不明となった婚約者など、訳ありの死者たちと再会する人々の姿が描かれる。「占いの家系」に生まれ、「使者=ツナグ」となった歩美の家族の謎にも迫るミステリー形式の作品。著者らしい異色の連作長編小説。

2020/08/17

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第121回 馳星周『少年と犬』

 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第121回 2020年8月16日)は、東日本大震災と熊本地震の双方を描いた、馳星周の直木賞受賞作『少年と犬』を取り上げています。表題は「「守護神」の旅路描く震災文学」です。

東日本大震災の被災地を起点として、5年の歳月をかけて熊本に向かう一匹の犬と、その飼い主たちの物語です。収録された6つの短編を通して、最初の飼い主に「多聞」と名付けられたこの犬が、釜石から熊本への旅路で出会う人々との「言葉を超えた交流」が描かれています。「少年と犬」は、孤独な登場人物たちに「送りびと」として寄り添う一匹の犬の旅路を通して、私たちが暮らす世界の危うさと貴重さを炙り出した、馳星周らしい異色の震災文学です。


馳星周『少年と犬』あらすじ

釜石から熊本まで5年をかけて移動するシェパード犬の多聞と、その飼い主たちの生活を描いた作品。多聞は人々の「避けられない死」を見届けるために、飼い主を変えながら日本列島を南下していく。2011年の東日本大震災と、2016年の熊本地震を結びつける「少年と犬」の物語。第163回(2020年上半期)直木賞受賞作。

2020/08/12

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第120回 馳星周『不夜城』

祝120回! 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第120回 2020年8月09日)は、新宿歌舞伎町の「裏の裏」を舞台にした馳星周のデビュー作『不夜城』を取り上げています。表題は「都会の「ジャングル」裏の裏」です。

連載も120回に達しましたが、取り上げる候補作のリストは増える一方で、まだ取り上げていない大作家の作品も多く残っています(馳星周もその一人でした)。全体に直木賞系の作家の作品を多く取り上げているのですが(現代小説の面白さを伝えたいため)、そろそろ芥川賞系の作家の代表作も、本腰を入れて取り上げていこう、と考えています。

『不夜城』は、私が大学に入学した年(1996年)に発表された作品です。中国マフィアの視点から日本最大の歓楽街である新宿・歌舞伎町を描いた視点が新鮮で、中国からの移住者や留学生が増加した現代日本の現実感を先取りしています。複雑な利害関係に根差した中国マフィアたちの人物描写が巧みで、個性的な登場人物たちが互いを出し抜こうと必死で戦う「群像劇」が、血生臭さを漂わせながら、目くるめく展開されます。


馳星周『不夜城』あらすじ

「日本の法律」が及ばない歌舞伎町を舞台に、台湾系日本人の健一と、育ての親の楊偉民、かつての仕事上のパートナー呉富春、中国東北部で生まれ育った夏美の関係を描く。一括りに中国人マフィアと呼ばれる人々が、台湾系・上海系・北京系・広東系など出身地域ごとに結束し、血を血で洗う抗争を繰り広げるハードボイルド小説。


2020/08/05

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第119回 前田司郎『愛でもない青春でもない旅立たない』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第119回 2020年8月26日)は、前田司郎の出身地・五反田を舞台にした青春小説『愛でもない青春でもない旅立たない』を取り上げています。表題は「通過儀礼なく大人になれるか」です。

現時点で引き受けている仕事量的に、夏休みは終わった感じがしていますが(GO TO 何とかに関係なく、旅行どころではありませんが)、働き盛りと言われる40代を、快活に過ごしたいと思います。

近代文学は、青春時代に人々が経験する何の役にも立たないような円環的な時間=モラトリアムを描いてきました。『愛でもない青春でもない旅立たない』は、この系譜に沿った青春小説で、社会的な意味では志が低そうに見えますが、思春期の夢のような無為な時間を描いている点で、文学的な意味では志が高いです。成熟の三種の神器といえる「愛と青春と旅立ち」なしで現代人は大人になることができるのでしょうか?


前田司郎『愛でもない青春でもない旅立たない』あらすじ
五反田に住みながら郊外の大学に通う「僕」の愛と旅立ちなき青春を描いた作品。前田司郎の小説デビュー作。「僕」は大学を留年しているが、危機感は抱いておらず、友人の山本や元宮ユキと弛緩した日々をだらだらと送っている。女性との関係の築き方が下手な「僕」は、美人の恋人のまなみに愛想をつかされて、失われた青春の大切さに気付く。劇団・五反田団を主宰する前田司郎の小説デビュー作。

2020/07/29

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第118回 絲山秋子『離陸』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第118回 2020年7月26日)は、絲山秋子の九州を舞台にしたミステリー長編『離陸』を取り上げています。表題は「球磨、中米…ミステリー大河」です。写真は西日本新聞社が空撮した2020年7月の記録的豪雨で破損した球磨川第一橋梁で、熊本県の南部を走る球磨川の流域を主な舞台にした作品です。

幼少期に長崎大水害を経験したこともあり、今年の豪雨被害の大きさにやるせなさを感じています。

物語は熊本県の八代市や群馬県のみなかみ町を起点としながらも、五島列島の福江島、会津若松、パリ市内や中米のマルティニーク島、ヨルダン川西岸地区など、広範な場所で展開されています。先見的な球磨川の土地への描写が印象に残る内容で、絲山秋子にしか書きえない、日本とフランスの双方の「周縁の歴史」に立脚したミステリー仕立ての大作です。



絲山秋子『離陸』あらすじ
長崎の五島出身の舞台女優、乃緒の謎めいた失踪事件を、国土交通省のエリート官僚・佐藤の視点から描いた異色のミステリー小説。乃緒の消息がリヨン、パリ、イスラエル、九州など広範囲で確認され、佐藤もユネスコ科学局への出向を命じられ、パリを拠点に乃緒の失踪の謎に迫る。絲山秋子作品としては珍しい長編のミステリー小説。

2020/07/21

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第117回 堀江敏幸『雪沼とその周辺』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第117回 2020年7月19日)は、堀江敏幸の谷崎潤一郎賞受賞作『雪沼とその周辺』を取り上げています。表題は「不器用な時代遅れへの愛着」です。堀江敏幸が生まれ育った岐阜県多治見市の周辺を舞台にしたと思しき作品です。

この作品は「雪沼」という架空の土地を舞台にして、時代に取り残された品物で商売をする人々を描いた作品です。単純さや明快さ大事にして生きる人々の、行間に垣間見えるちょっとした日常の努力や、人生の豊かさが魅力的です。

レイモンド・カーヴァーの作品のように、田舎町に根を張って生きる人々の、ちょっとした「こだわり」や「感情の訛り」を通して、人間存在の面白さを浮き彫りにすることに成功していると思います。谷崎潤一郎賞に相応しい、現代の日本文学を代表する作品の一つです。


堀江敏幸『雪沼とその周辺』あらすじ

雪沼というスキー場で有名な架空の町を舞台にした、オムニバス形式の短編集。山間のひなびた町で、ボーリング場や書道塾、レコード店や中華料理屋などを営み、時代から取り残された人々の生活を、生き生きとした筆致で描く。第40回谷崎潤一郎賞受賞作。


2020/07/15

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第116回 田中慎弥『神様のいない日本シリーズ』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第116回 2020年7月12日)は、田中慎弥の代表作『神様のいない日本シリーズ』を取り上げています。表題は「奇跡の逆転Vと独白する父」です。1958年に3連敗後に4連勝して日本シリーズを制した西鉄ライオンズの奇跡を起点とした作品で、「神様」とは「神様、仏様、稲尾様」と称えられた大エース・稲尾和久のことです。写真は懐かしの九州の野球の聖地・平和台球場のモニュメントを掲載頂きました。

この作品は、1958年に西鉄が起こしたような奇跡を、後に母親となる女性と共に「神様」なしで引き起こそうとする父親の話です。1986年に一文字違いの「西武ライオンズ」が日本シリーズで3連敗後に4連勝する日に、その奇跡は起きるのかどうか。

サミュエル・ベケットの「ゴドーを待ちながら」を引きながら、なかなか姿を現さない超越的な存在として祖父を描きつつ、太宰治の「走れメロス」を引きながら、処刑されることを覚悟で、努力して姿を現す、隣人のような存在として祖父を描いている点が面白い作品です。



田中慎弥『神様のいない日本シリーズ』あらすじ
1958年、西鉄ライオンズは巨人に三連敗しながらも、鉄腕・稲尾和久の活躍で日本シリーズを制する。小学校の時に失踪した祖父と野球をめぐる思い出や、中学校の時に後の母親と上演した「ゴドーを待ちながら」の思い出が、父親の視点から「扉一枚分」の距離で語られる。

2020/07/10

新潮(2020年8月号)に書評を寄稿しました

新潮(2020年8月号)に富岡幸一郎『天皇論 江藤淳と三島由紀夫』の書評を寄稿しました。江藤淳と三島由紀夫の全く異なる「天皇論」を両極としながら、柄谷行人、吉本隆明、林房雄、折口信夫、中野重治など、名だたる文学者たちの「様々な天皇論」を紹介しながら、持論を展開している点が面白いです。特に柄谷行人と吉本隆明の「天皇論」を分析する箇所が面白く、江藤淳や三島由紀夫に「アレルギー反応」を起こす人々にとっても一読に値すると思います。

例えば柄谷行人は「天皇の万世一系に対する批判として、天皇家自体が海外から来ているとか、あるいはアイヌが日本文化の源流であるとか縄文文化がそうであるとか、あるいは多数の移民によって形成されてきたんだとか、そういった議論が出されてきたわけです。しかし、そういう理論の方がむしろ今後の天皇制にとって有効な理論になるだろうと思う。つまり、もともと日本人は単一じゃないんだ、という考えは、今日の日本の「国際化」にとって必要だからです」と述べていますが、私の考えもこのような「国際的な天皇論」に近いです。

江藤淳の「天皇」に関する批評文には、三島由紀夫が抱いたような「文化天皇」に関する信仰の問題を「実務家」らしく脱構築して、閉ざされた言語空間=戦後日本の批評へと展開する向きがありました。江藤の批評は感度が鋭く、今日読み返しても興味深いです。
江藤も三島も流暢に英語を話すことができる「国際的な文学者」でした。戦後の名だたる文学者・思想家たちが展開した天皇制のあり方に関する議論が「空気」のように放置されるのではなく、国際的な文脈で再考されることを願っています。








2020/07/07

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第115回 三浦しをん『まほろ駅前番外地』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第115回 2020年7月5日)は、三浦しをんの町田を舞台にしたハードボイルド小説『まほろ駅前番外地』を取り上げています。表題は「世代を超える「闇市の記憶」」です。写真は戦後の闇市から発展した歴史を持ち、アメ横やハーモニカ横丁と共に「三大闇市商店街」とも言われる「町田仲見世商店街」です。

ハードボイルド小説の体裁を採りながら、かつて闇市が立ち並んだ「まほろ市」の集合的記憶の暗部に果敢に踏み込んでいく展開が面白い作品です。町田市は東京の郊外の中でもマイルド・ヤンキーが多いと言われ、旧来のヤンキーほど反社会的ではないが、地元志向が強く、内向的な若者たちが多いとされます。この小説で描かれる多田と行天も、マイルド・ヤンキーの典型といえる人物です。

二人はレイモンド・チャンドラーが描いた私立探偵・フィリップ・マーローのように、犯罪と紙一重の「警察沙汰にできない事件」を扱うことは少ないですが、表ざたにできないような「小事件」の数々を通して、依頼主たちの人生に深く関与していきます。



三浦しをん『まほろ駅前番外地』あらすじ
東京都町田市を想起させる「まほろ市」を舞台に、金銭的な事情で、きな臭い依頼を引き受ける「便利屋」を描く。便利屋を営む多田と行天の二人は、地元から出ることを嫌い、上昇志向にも乏しい。彼らは些細なことで仲違いをしながらも、日々の仕事をこなし、「まほろ市」の様々な人々と交流を深めていく。

2020/07/02

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第114回 西加奈子『通天閣』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第114回 2020年6月28日)は、西加奈子の織田作之助賞受賞作『通天閣』を取り上げています。表題は「人間臭い大阪人の成長物語」です。

「明かりをつけたそれと、消えているそれとがあれほどまでに違う建物を、俺は見たことがない」という一節に象徴されるように、大阪の町に住む登場人物たちの青春の明暗を描いた作品です。
 家族を持つことや結婚をすること、仕事にやりがいを見出すことなど、普遍的な生活者としての人間の悩みが、西加奈子らしいユーモラスな文章を通して表現されています。
 登場人物たちの暗雲が立ち込める日常を、矜持やこだわりを持って大阪の街を生きる人々の中で浮き彫りにする内容で、大阪育ちの作者らしいユーモラスな文体が生きています。


西加奈子『通天閣』あらすじ
 観光地・大阪ミナミを生きる訳ありの人々の生活を、奇妙な縁を持つ「俺」と「私」の二人の視点から描いた作品。「こんな私を、誰か愛してくれるのだろうか」といった切実な悩みが綴られる。大阪の街の暗部を、西加奈子らしい現代的な筆致でユーモラスに描いた作品。第24回織田作之助賞を受賞。


2020/06/26

電通・中村正樹さんのゲスト講義

今週は、長崎の幼稚園と高校の同期生で、電通のグローバル・ビジネスセンターでプロデューサーをやっている中村正樹さんに、明治大学の国際日本学部らしく英語で講義を行ってもらいました。私が担当している「日本のマス・メディアA」で、明治大学が提供しているMicrosoft Teamsを使った、オンラインのリアルタイムのゲスト講義でした。

100枚を超えるパワポ資料を用意して頂いたので、情報量豊富な授業でした。日本の広告業界の現状から、国際的な広告や日本文化の発信の事例、宇宙開発と関わる未来志向のプロジェクトなど、広告代理店のグローバル・ビジネスの現場の話が聞けて、非常に贅沢な内容だったと思います。学生たちの広告業界への関心も高く、「海外赴任はどれくらいの確率でできますか?」など、具体的で生々しい質疑が出ていました。


2020/06/23

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第113回 西加奈子『漁港の肉子ちゃん』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第113回 2020年6月21日)は、西加奈子の代表作『漁港の肉子ちゃん』を取り上げています。表題は「港町で明るく生きる逞しさ」です。震災前の石巻や女川をモデルにした作品で、食欲旺盛で涙もろい肉子ちゃんの生き生きとした言動が面白く、プロレス好きで「キン肉マン」を愛する西加奈子らしい「超人的な肉子の存在」の表現が光る内容です。

テヘランで生まれ、カイロと大阪で育った西加奈子は、様々な土地に根差した作品を記しています。作者の多文化的な経験を反映してか、この作品で描かれる肉子ちゃんも、大阪、名古屋、横浜、東京、石巻をモデルにした港町を渡り歩いています。西加奈子にしか書きえない、土地に根を張り、明るく生きる人間存在の逞しさを捉えた「ポスト震災文学」だと思います。



西加奈子『漁港の肉子ちゃん』あらすじ
男にだまされ続ける「肉子」と彼女を母に持つ小学生の喜久子を描いた作品。母の恋人だった「自称小説家男」が残したサリンジャーなどの小説を読んで育った、早熟な小学生の喜久子の視点から、北陸の漁港の焼き肉屋の裏に住む母娘の日常が綴られる。母親に遠慮する娘の描写が愛らしい、西加奈子の代表作の一つ。





2020/06/16

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第112回 矢作俊彦『神様のピンチヒッター』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第112回 2020年6月14日)は、矢作俊彦の最初期の短編集『神様のピンチヒッター』を取り上げています。表題は「大人の会話挟み『横浜』描く」です。現在も「ハードボイルド」な雰囲気が感じられる山下公園の写真を掲載頂きました。

米軍の影と、日本の政治家の陰謀、ヤクザの利権争いなど、日本の東西を代表する港町を舞台にしたハードボイルドな物語が、重層的な時間描写の中で展開されています。「崎陽軒の焼売弁当ならまだしも、牛の顔だか猫の尻尾だか判らない肉をデトロイト製の工作機械で成形したハンバーガァなんかで我慢する必要はさらさないんだ」といった一見するとユーモラスな台詞の中に、横浜の土地に根差した著者らしい、戦後日本に対する感情が垣間見えます。

表題作「神様のピンチヒッター」は、矢作俊彦の監督・脚本、江口洋介の主演で映画されています。DVD化されていない作品ですが、横浜スタジアム近辺の旧市街の雰囲気が、小説の世界とシームレスに溶け込んでいて味わいがあります。

説明を追加
矢作俊彦『神様のピンチヒッター』あらすじ
横浜と神戸を舞台にして、殺し屋の翎と華僑の娘・由子を中心に、複雑な利害が入り組む事件を描いた短編集。生粋の横浜っ子である著者の最初期の作品を収録。日活のギャング映画ようようでありながら、ハードボイルド小説らしく、政治とヤクザと警察が織りなす複雑な秩序を炙り出す。



2020/06/09

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第111回 川上弘美『センセイの鞄』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第111回 2020年6月7日)は、川上弘美の谷崎潤一郎賞受賞作『センセイの鞄』を取り上げています。表題は「円環的な自由恋愛描く」です。

本作が国際的な評価が高いのは、ツキコとセンセイの恋愛が、親子ほどの年齢差がありながら、内的な描写が深く、「時空間」を超える闊達さを有しているからだと思います。40歳を前にして結婚に向かないと感じた女性と、15年ほど前に妻に逃げられた過去を持つ訳ありの老人との、互いの人生に深く干渉しない、ほどよい距離のある恋愛を描いた作品です。

この作品は2003年には久世光彦の演出、小泉今日子の主演でドラマ化されました。ツキコとセンセイが住む場所のロケ地として国立市が選ばれ、小説の雰囲気を上手く捉えていて味わいがあります。



あらすじ
 地元の駅前の一杯飲み屋で偶然隣り合わせたツキコとセンセイの短くも、内的なつながりの深い、大人の恋愛を描いた作品。共に酒を飲むことを好み、キノコ狩り、花見、遊山、美術鑑賞など、季節感のある時間を共にする。第37回谷崎潤一郎賞を受賞。

2020/06/03

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第110回 西村賢太『苦役列車』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第110回 2020年5月31日)は、西村賢太の芥川賞受賞作『苦役列車』を取り上げています。表題は「負け犬として気高く生きる」です。

かつて言文一致に貢献した二葉亭四迷は、坪内逍遥の名を借りて「浮雲」を刊行した自分自身を「くたばってしめえ」と卑下するところから、文学者としての歩みをはじめました。英国留学中に「夏目発狂」の噂を流され、東京帝大の難解な講義で不評を買った夏目漱石は、神経衰弱の治療の一環として「吾輩は猫である」を書き始め、小説に人生の活路を求めました。

西村賢太も切実に文学を必要とした読者であり、作家です。彼は運送業を営む、相応に裕福な両親の下で育ちましたが、作中でも記さている通り、小学校高学年の時に父親が逮捕され、不登校となり、高校に進学しないまま、東京湾岸で冷凍のイカやタコを運ぶ港湾荷役などの仕事に就きながら、作家たちの破天荒な人生に惹かれ、小説を書くに至ります。
「苦役列車」は、著者が港湾荷役の仕事に就いていた19歳の頃の話です。



西村賢太『苦役列車』あらすじ
19歳の北町貫多は日雇いの港湾労働に従事しながら、友達や恋人もなく、孤独な生活を送っている。酒癖も悪く、激情型の性格で、何かとトラブルを起こす。私小説に惹かれるに至った生活を描いた、著者の私小説の原点に迫った作品。第144回芥川賞受賞作。



2020/05/27

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第109回 西村賢太『けがれなき酒のへど』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第109回 2020年5月24日)は、芥川賞作家・西村賢太の同人誌時代の初期作品2作が収録された『けがれなき酒のへど』を取り上げています。表題は「肉感的に物語る狭小な浮世」です。

私小説は日常に宿る喜怒哀楽を、虚実や誇張を含めて分かち合い、生活への認識を深めるために必要とされてきたのだと思います。日本の近代文学は、長らく既存の社会秩序や教育システムから逸脱する人々によって担われてきました。西村賢太はこのような意味で伝統的な私小説の継承者だと思います。現代では珍しい、自己の現在を虚実や誇張を交えて切り売りすることができる稀な作家とも言えます。

特に初期の2作は、千葉市で2007年まで発行されていた同人誌「煉瓦」に掲載され、文學界の同人誌月評で何れも「ベスト5」に入ったもので、叩き上げの私小説の作家らしい作品です。10年ぐらい前に「文學界」に書評を書いて以来、久しぶりに西村賢太の作品を読み返しましたが、この作家は普遍的なものごとを捉えていると改めて感じました。



西村賢太『けがれなき酒のへど』あらすじ
中卒で世に出て社会の厳しさを知り、女性とも思うような関係が築けない「北町貫多の修業時代」を描いた私小説。藤澤清造をはじめとする作家たちへの偏執的な愛情が、不器用で、繊細な自意識を通して、目くるめく展開される。同人誌「煉瓦」に発表した最初期の2作品を収録。

2020/05/19

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第108回 江國香織『きらきらひかる』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第108回 2020年5月17日)は、江國香織の才気あふれる長編デビュー作『きらきらひかる』を取り上げています。表題は「距離感許容する求めない夫婦」です。江國香織が描く孤独であるがゆえに、他人との繋がりを求める奔放な男女の姿は、都市生活者らしく自由であり、結婚というイエ社会の制度と折り合いが付かず、不自由にも見えます。

荻窪駅前のカプセルホテルの描写があることから、中央線沿線にある東京郊外の町を舞台にした作品だと推測できます。1992年制作の松岡錠司監督の映画版では、井の頭公園や中央大学の多摩キャンパスがロケ地となりました。この映画を上京する前に見たせいか、大学と言えば、中央大学多摩キャンパスというイメージが強くあります。薬師丸ひろ子と豊川悦司、筒井道隆の演技が、東京郊外の無機質な風景と対照的に、人間臭く映えて、映画版も味わい深いです。


江國香織『きらきらひかる』あらすじ
アルコール中毒の笑子と同性愛者の睦月の風変わりな結婚生活を描いた作品。互いに同意して始まった結婚生活だったが、複雑な感情が交錯する。睦月の同僚で同性愛者でもある柿井たちとの「奇妙にあかるく、陽気で居心地がよかった」ホームパーティーなど、新しい感覚に満ちた人間関係が魅力。



2020/05/14

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第107回 三崎亜記『失われた町』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第107回 2020年5月10日)は、三崎亜記の『失われた町』を取り上げています。表題は「消滅する「町」不気味な居留地」です。この作品は直木賞の候補作となり、林真理子や北方謙三に高く評価されましたが、企みの深い複雑な物語設定が賛否を呼びました。

日本地図に次々と空白地が生まれる世界観は、福島第一原発事故によって「帰還困難区域」が生まれた状況と重なりますし、新型コロナウィルスでロンドンやマドリード、ローマなど世界の主要都市で「都市封鎖(ロックダウン)」が行われている現在の状況とも重なります。もし福島第一原発事故後や新型コロナウィルスが蔓延する時代を経た後に発表されていたなら、選考委員の理解も得やすく、その評価も大きく変わっていたかも知れません。

オンライン授業もだいぶ慣れてきた感じで、5月中の授業の準備と録画を終えたところです。学生の皆さんの「自宅学習」の意欲を喚起できるような授業を心がけています。


三崎亜記『失われた町』あらすじ
およそ30年に一度、何の前触れも因果関係もなく、数万人単位の「町」の住民が姿を消し、多くの命が失われる。「失われた町」の記憶や痕跡が、汚染を引き起こし、次なる町の消滅をもたらす。このような負の連鎖に立ち向かう、桂子さんと由佳という世代の異なる二人の女性を中心に描いた長編小説。第136回直木賞候補作。

2020/04/29

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第106回 三崎亜記『となり町戦争』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第106回 2020年4月26日)は、三崎亜記の『となり町戦争』を取り上げています。表題は「見えない戦闘 現代の寓話」です。この作品は、となり町とぼんやりと交戦状態になり、人々が互いに疑心暗鬼になる状況を描いたものですが、新型コロナウイルスが蔓延する中で、周囲の人々との関係が弱まっていく、現在の日本社会と重なって見えます。「社会風刺」の色彩も強いこの連載で取り上げるのによい作品だと考えた次第です。

明治大学のオンライン授業開始まで10日ほどですが、5月13日までの授業準備を終えました。サーバーへのアクセス集中と回線の混雑が予想される初週の授業は動画・資料・小課題ともアップロード済です。私の授業ページは、奨学金や各種相談窓口の案内や、安いPC・光回線の案内などで情報量があふれていますので、単位目当ての学生が近付きにくくなっているかもしれません(笑)ネットで話題になっているICUの学生の記事「「話してもわからん」をひっくり返したある日の学長からのメール」の定義だと、「オンライン授業で気合を入れすぎた先生」の一人になるのだと思います(笑)


三崎亜記『となり町戦争』あらすじ
小説すばる新人賞を受賞したデビュー作。「となり町」との日常の水面下で展開される戦争を描く。町役場から依頼された偵察業務を担う「僕」と、町役場で「となり町戦争」の担当者となった香西瑞希との関係が中心に据えられる。広報紙を通して戦死者数が増加していく描写がリアルな作品。デビュー作ながら、第133回直木賞の候補作となり、漫画化・映画化された。

2020/04/22

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第105回 井上荒野『結婚』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第105回 2020年4月19日)は、井上荒野の『結婚』を取り上げています。表題は「「だまされる女性たち」の闇」です。この作品は、結婚詐欺という文学的な題材を、父・井上光晴の同名の小説から受け継ぎつつ、被害女性の結婚願望の底に横たわる「闇」をオリジナリティの高いものとして描いた井上荒野の代表作だと思います。

明治大学は、当面のオンライン授業に伴うノートパソコン及びWi-Fiルータの貸与を決定いたしました。新型コロナウィルスを巡る対応で大変な時期ですが、教育機関で働く人々が懸命にオンライン教育の環境整備に努めていることが、少しずつでも理解されることを願っています。
https://www.meiji.ac.jp/koho/natural-disaster/6t5h7p00003417jg.html


井上荒野『結婚』あらすじ
結婚願望に囚われた全国各地の女性たちと、詐欺師・古海健児のはかない恋愛を描いた作品。東京の高校受験専門の学習塾で事務職員として働く亜佐子は、エッセイ教室で出会った古海にだまされてマンションの頭金を失う。河口湖でウエイトレスとして働く間宮千種は、佐世保にいた頃、妻子持ちの男に貢がせた大金を、古海に奪われ、故郷に戻ることができない。父である井上光晴の同名小説に着想を得た作品。


2020/04/16

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第104回 井上荒野『切羽へ』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第104回 2020年4月12日)は、井上荒野の直木賞受賞作『切羽へ』を取り上げています。表題は「親子二代の記憶を宿して」です。

オンライン授業に向けた準備を進めながら、本を読み、原稿を書く日々です。今週、本棚の増設工事を終えると、研究室の引っ越しがひと段落します。

『切羽へ』をについて、井上荒野は父・井上光晴が育った長崎県の崎戸を舞台にしているとインタビューで述べています。井上光晴は福岡県久留米市の生まれですが、軍港だった佐世保や炭鉱の島として栄えた崎戸で育ち、これらの土地を舞台に小説を記しています。高校生の頃に、この作品を清書する手伝いをして「父の文体を憶えた」というほどで、東京生まれの井上荒野の「血肉」には、長崎県の崎戸の情景がしみ込んでいるのだと思います。


2020/04/09

明治大学の教員データベースを更新しました

明治大学の教員データベースを更新しました。毎週の新聞連載をこなしていると、原稿をどの媒体に何を書いたか忘れることも多いので、大学の教員データベースで業績情報を一括管理することにしています。明治大学国際日本学部に着任して10日ほどが経ち、Zoomで会議や打ち合わせを行いながら、授業準備を行っています。COVID-19で学生たちと会えない状況ですが、オンライン上でもドメスティックな秩序とは異なる、開放的な価値観や社会観を育むようなコミュニケーションを心がけたいと考えています。

https://gyoseki1.mind.meiji.ac.jp/mjuhp/KgApp?kyoinId=ymddgioyggo


2020/04/08

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第103回 村上春樹『羊をめぐる冒険』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第103回 2020年4月5日)は、村上春樹の英語圏での実質的なデビュー作『羊をめぐる冒険』を取り上げています。表題は「開拓地と近代史の暗部交錯」です。明治大学の肩書で書いた最初の原稿です。

『ねじまき鳥クロニクル』の回でも述べましたが、1996年に大学1年生になった私は村上朝日堂のホームページ経由で、村上春樹さんと3通ほどメールのやり取りをしました。『そうだ、村上さんに聞いてみよう』(朝日新聞社)にやり取りが収録されていますが、「羊」から「ねじまき鳥」に至る作品には特別な思い入れがあります。

『羊をめぐる冒険』は『ねじまき鳥クロニクル』に至る「村上春樹の絶頂期」のはじまりを告げる作品で、新年度の連載の最初に取り上げるに相応しい作品だと考えました。COVID-19が流行している今は、私たちが小説を通して「内的な冒険」に繰り出すのに絶好の時期だと思っています。

この作品は、離婚を経験したばかりの「僕」と耳専門の広告モデルを務める彼女が、星の柄を持つ羊と失踪した友人=鼠を探しに、北海道の開拓地へ向かう奇妙な物語です。羊と鼠を巡るファンタジーのような物語と「保守党の派閥」をまるごと買い取った、児玉誉士夫を彷彿とさせる「右翼の大物」の話がシンクロしている点が、この時期の村上春樹の小説らしいと思います。


村上春樹『羊をめぐる冒険』あらすじ

友人の「鼠」は小説の題材を探し求めて、北海道と思しき場所で撮られた「謎の羊」の写真を送ってくる。広告会社で働く「僕」は、その写真をPR誌に掲載したことで「右翼の大物」と目される人物に脅され、「謎の羊」を探す旅に送り出される。一匹の羊と社会の暗部で巨大な影響力を持つ人々との関係を巡る、冒険小説。野間文芸新人賞受賞作。

2020/04/02

明治大学・国際日本学部に移籍しました

2020年4月1日より明治大学・国際日本学部に勤務しています。
文教大学に在職中は様々な方々にご支援を頂き、厚くお礼申し上げます。

「沈黙の春」と言える状況ですが、教員として出来ることからはじめるべく、オンライン授業に向けた準備に取り組んでいます。早速、パソコンを拡張性の高いものに買い替え、メモリを16GB増設しました。

ポストCOVID-19の時代を見据えながら、これからもメディア研究や文芸批評の国際化に貢献したいと考えています。
今年は立教大学と青山学院大学でも兼任で授業を担当します。

https://www.meiji.ac.jp/nippon/teachingstaff/sakai_makoto.html


2020/03/31

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第102回 恩田陸『ドミノ』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第102回 2020年3月29日)は、東京駅を舞台にした恩田陸の人気作『ドミノ』を取り上げています。表題は「「東京駅」を「街」として描く」です。

今回の連載が、文教大学の肩書で書いた最後の原稿になります。文教大学に着任して最初に書いた書評は、2010年6月の「週刊文春」の「文春図書室」の欄の『団地の時代』 (著者:原武史・重松清)の書評でした。同年の8月に「文藝春秋」に政界再編に関する論考を書き、「文學界」に最初の吉田修一論を寄稿しています。西日本新聞の連載を入れると10年間で150本近くの原稿を入稿したことになります。月日が経つのも早いもので、国際学会での発表も30回ほど行いました。

原稿を書く仕事は、大学での授業内容を新しく更新することとも結びついていて、学生とのやり取りが原稿に反映されていたりします。俗説として、教育をおろそかにすると研究が伸びると言われますが、とんでもない間違いで、研究をおろそかにしていると教育が古び、学生も教員も育たない、のが国際的な常識です。

「締め切りのある人生は短い」と、江藤淳がよく言っていたそうですが(大学院時代に福田和也先生も、好んでこの言葉を口にしていましたが)、多少なりともこの言葉の重みが実感できるようになったと感じる今日この頃です。

長いようで短い文教大学での10年間でしたが、熱心に授業を聞いてくれる学生たちに「書く勇気」を与えてもらい、「学生と一緒に教員も育った」10年間でした。文教大学での教育・研究活動を支えて頂いた皆様に、心より感謝申し上げます。


恩田陸『ドミノ』あらすじ
関東生命八重洲支社の女性職員たちや「エミー」のオーディションを受けに来た母娘、東日本ミステリ連合会の学生たちや俳句仲間のオフ会に集まった人々が、東京駅で起こる事件の数々に遭遇していく物語。過激派「まだら紐」のメンバーが持参した爆弾をめぐる取り違えが、様々な物語を飲み込んでいく。


2020/03/26

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第101回 篠田節子『夏の災厄』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第101回 2020年3月22日)は、「パンデミック」を描いた現代文学の代表作、篠田節子『夏の災厄』を取り上げています。表題は「パンデミックの恐怖を忘れて」です。

写真はこの作品の舞台と思しき、所沢駅の近くです。上京した頃に住んでいた懐かしい街で、久しぶりに行きました。駅前の喫煙所も相変わらず、もくもくと煙を立ち昇らせており、所沢と呼ぶより他ない景色を彩っていました。

『夏の災厄』の冒頭で、老医師が次のように警鐘を鳴らしているのが印象に残ります。「知っておるか、ウイルスを叩く薬なんかありゃせんのだ。対症療法か、さもなければあらかじめ免疫をつけておくしかない。たまたまここ七十年ほど、疫病らしい疫病がなかっただけだ」と。篠田節子の「夏の災厄」は、日本脳炎に類似した新型ウイルスをめぐる行政の対応のプロセスを、市役所の職員の視点から丹念に描いた「パンデミック小説」です。



篠田節子『夏の災厄』あらすじ
埼玉県の架空の昭川市で、熱にうなされ痙攣を起こし、亡くなる人々が急増する。後手に回る対応しかできない行政の内側から、市職員が奇病が蔓延する謎に迫る。ウイルスに脆弱な現代日本の社会構造を、著者らしい丁寧な筆致で丹念に描く。1995年に発表された作品ながら、その後のSARSやコロナウイルスの猛威を先取ったパニック小説。



2020/03/20

現代ブンガク風土記「連載100回を迎えて」上下

西日本新聞朝刊に、現代ブンガク風土記「連載100回を迎えて」上下(2020年3月18日、19日)が掲載されました。

上のタイトルが「W村上と吉田修一 均質化進行する時代 抗うべく土地に着目」。
下のタイトルが「ミステリー系作家たち 薄れゆく「土地の記憶」 伝えるメディアとして」です。

土地に根を張った小説は、その土地の固有の風土や、そこに住む人々の生業や価値観、後世に伝えるべき歴史などを記憶・伝達するメディアとして、高い価値を有していると私は考えています。
薄れていく「土地の記憶」を伝える優れた現代小説は思いの他多く、「現代ブンガク風土記」は100回を通過点として、これからも日本の「地方」を彷徨いながら続きます。