2019/02/28

沖縄でのゼミ合宿

第160回直木賞を受賞した真藤順丈著『宝島』の舞台となった沖縄島の中頭地域(読谷村、嘉手納町、沖縄市、宜野湾市、うるま市等)をめぐるゼミ合宿を行いました。
小説の舞台となった沖縄戦の激戦地の戦前・戦後の歴史を訪ねつつ、広大な米軍基地(と戦前に日本軍に接収された土地)の現在の姿を、県民投票の前に学生たちと再確認するフィールドワークでした。

個人的に印象に残ったのは、普天間基地の現状もさることながら、「嘉手納飛行場(アメリカ空軍嘉手納基地)」の前にある「道の駅かでな」の学習展示室の展示でした。
http://michinoekikadena.com/18tenji.html
日本最大規模の米軍基地が、嘉手納の土地に出来る前とあとの模型が展示されています。「嘉手納基地に消えた土地の暮らしや文化」に関する展示が非常に興味深かったです。昨年に読谷村で開館したユンタンザミュージアムの詳細な展示内容と合わせて、非常に興味深い展示内容でした。

日本最大規模の米軍基地「嘉手納飛行場(アメリカ空軍嘉手納基地)」は、米軍上陸の前線となり、多くの人々が殺害され、家屋が破壊された場所に建っています。仮に普天間から辺野古へ米軍基地が移設されたとしても、嘉手納は存続し続ける計画です。
基地問題は、普天間ー辺野古だけの問題ではない、ということを学生たちと再確認したフィールドワークでした。


(那覇のジュンク堂書店では、拙著『吉田修一論 現代小説の風土と訛り』を平置きして頂いておりました。有り難いことで、真藤順丈の特集コーナーなど書棚の作りもとても良かったです。)

文教大学HPでの紹介
http://www.bunkyo.ac.jp/news/student/20190228-01.html

2019/02/26

新刊『メディア・リテラシーを高めるための文章演習』

新刊『メディア・リテラシーを高めるための文章演習』の書店用チラシ(版元ドットコム掲載)です。
https://www.hanmoto.com/wp/wp-content/uploads/2019/02/faxdm-00-8.jpg
発行は2月末ですが、多くの書店に並ぶのは3月上旬になりそうです。「炎上対策」寄りの広告で、その部分も相応の分量ありますが、全体としては炎上問題も含めたMedia Studiesと文芸批評の中間ぐらいの内容です。67の文章演習問題が収録されていて、1700円+税はお手頃価格と思います。普段、授業で配布している教材をもとにした本で、当初180ページぐらいの予定だったのですが、240ページの分量で内容も充実しました。多くの人に手にとってほしい本ですので、ご一読頂ければ幸いです。




2019/02/24

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第47回 島田雅彦『優しいサヨクのための嬉遊曲』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第47回 2019年2月24日)は、島田雅彦のデビュー作「優しいサヨクのための嬉遊曲」について論じています。表題は「「ベッド村」の新しい現実感」です。

この作品は1983年に東京外語大学ロシア語学科に在学中に島田雅彦が書いたデビュー作です。現役の大学生の作品ということで注目を集め、若干23歳でデビューした島田雅彦は、昭和の時代の終わりから「文壇の寵児」としての期待を背負うことになります。

大学のロシア語学科に通う千鳥姫彦は、ソ連の反体制運動を研究するサークルに属しながら、逢瀬みどりとの恋愛を楽しんでいます。彼は、その後の島田の作品で描かれる主人公のモデルとなる人物で、新興住宅地で生まれ育った「ベッドタウン2世」というアイデンティティを持っています。大学に入学する前から彼は「ロシア的なもの」に憧れていましたが、アフガニスタン事件やサハロフの流刑で、社会主義の限界を感じ、相応に大学生活を楽しみながら、「赤い市民運動」に関わっています。

「ベッド村のマンションから稼ぎ人たちが、仕事に出かけるように通いでサヨク運動ができると千鳥は思った。危険はないと。趣味のサヨク運動はベッド村の千鳥にぴったりだった」という一節に象徴されるように、主義主張を貫くことと、親しい人間を守ることの間で悩むことなく、「ベッドタウン2世」として即座に後者を選ぶ姫彦の価値観が、皮肉として作品に深みを与えています。

70年代の終わりと、80年代のはじまりを感じさせる作品で、島田雅彦らしい風刺と皮肉の力が漲ったデビュー作です。


2019/02/18

週刊読書人『吉田修一論 現代小説の風土と訛り』書評

 週刊読書人(2019年2月15日 第3277号)で、陣野俊史氏(批評家・作家、立教大学特任教授)に『吉田修一論 現代小説の風土と訛り』の書評を頂きました。
「反時代的な文芸批評 きわめて本質的な文学の「場所」へ」というタイトルで、吉田修一の作品を通して長崎という場所について批評することの意味について、同じ長崎出身の陣野氏らしい鋭い観点から、興味深い分析を頂きました。
 こういう書評を頂くと、今後の仕事の励みになります。
 新聞版にもWeb版にも掲載されていますので、ぜひ週刊読書人をご一読下さい。
https://dokushojin.com/article.html?i=5036


2019/02/17

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第46回 佐藤正午『鳩の撃退法』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第46回 2019年2月17日)は、佐藤正午の代表作『鳩の撃退法』について論じています。表題は「ぼんやり留まる場所として」です。

日本西端の港街・佐世保の雰囲気が、色濃く漂ってくる現代文学を代表する小説です。夜店公園通りという佐世保に実在する歓楽街も作中に登場します。2019年の1月に佐世保に行って写真も撮ってきました。高校の部活の遠征以来、久しぶりに佐世保の繁華街を歩きましたよ。

この小説は凄い小説です。主人公の津田伸一は、かつて直木賞を「2年連続」で受賞した大作家でしたが、小説が書けなくなり、世間から忘れられています。佐世保っぽい街で、女性の家に居候しながら「女優倶楽部」という店でドライバーをしながら日銭を稼いでいます。そこに古本屋の店主から3000万円のお金と、偽札の疑惑がふってくるというぶっ飛んだ話です。

50代後半から60代にかけて、代表作と呼べる作品を世に送り出すことのできる作家は稀だと思います。佐藤正午は2017年に発表した「月の満ち欠け」で、61歳にして直木賞の初候補で初受賞となりましたが、この受賞を後押ししたのが、山田風太郎賞を受賞した、文庫で約1100頁の本作であることは間違いありません。

佐藤正午の佐世保を舞台とした作品の魅力は、東京や福岡のような大都市とは異なる生活者の現実感にあると思います。直木賞の受賞の記者会見も電話対応で、授賞式にも出席すると言っておきながら、結局、出席せず、30年以上も佐世保に留まりながらマイペースで作品を記し続けてきた作家らしい傑作です。


2019/02/15

メディア・リテラシーを高めるための文章演習

今月末に『メディア・リテラシーを高めるための文章演習』(左右社、1700円+税)を出版予定です。最終の校正作業中ですが、240ページほどの分量になる見込みです。


2019/02/13

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第45回 佐藤正午『永遠の1/2』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第45回 2019年2月10日)は、佐藤正午「永遠の1/2」について論じています。表題は「全体像の見えない『西海市』」です。

佐藤正午は佐世保北高校の出身です。4学年先輩に村上龍がいますが、佐藤の作品には学生運動の匂いは薄く、北海道大学を中退して佐世保に戻り、競輪に没頭するという作者自信の不器用な生き方が、デビュー作の主人公の姿にも投影されています。

佐藤正午のデビュー作は、「失業したとたんにツキがまわってきた」という印象的な書き出しではじまります。「ぼく」は失業した分を取り戻すように競輪で大穴を当てていきますが、その儲け分を相殺するようなきな臭い事件の数々に巻き込まれていきます。人工的な街・ロサンゼルスを舞台にしたレイモンド・チャンドラーの作品の「風景」を彷彿とさせる、軍港の街・佐世保の全体像の見えない街の描写も魅力的な作品です。

佐藤正午自身は「永遠の1/2」を「読み返さない本」として位置付けています。「どんな作家でも、小説家になる前にアマチュアとして書いた小説が一つはある」と。ただ「無遅刻無欠勤」みたいな文章であるとも評価しています。「真面目さや地道さや凡庸さ」というのは、「山あり谷ありの小説家稼業においては、ぜひとも欠かせない条件、とまでは言わないにしても、あっても絶対に邪魔にはならない資質ではないか」と。59歳で「鳩の撃退法」のような代表作を発表し、61歳の時に「月の満ち欠け」で直木賞を受賞した「息の長い作家」らしいデビュー作です。


2019/02/03

日本出版学会「ビッグデータを用いた『言葉』の分析と、AI(人工知能)を用いた編集・執筆支援システムの将来」

日本出版学会で下の報告を行いました。質疑も多く、好評で良かったです。約50名の方にお越し頂き、懇親会も盛会でした。各先生方に大変お世話になりました。

日本出版学会 出版教育研究部会・出版デジタル研究部会 共催のご案内

「ビッグデータを用いた『言葉』の分析と、AI(人工知能)を用いた編集・執筆支援システムの将来」

日 時: 2019年3月2日(土) 午後2:00~4:00 (開場:午後1時30分)
報 告: 酒井信(文教大学准教授)
     池上俊介(データセクション株式会社、慶應義塾大学SFC研究所訪問研究員)
場 所: 専修大学神田キャンパス 5号館542教室
        東京都千代田区神田神保町3-8

【開催概要】
 AI(人工知能)と呼ばれる技術の根幹は、自然言語処理にあり、本来的に同じく活字を扱う出版産業との親和性が高い。大量の文章を解析にかけ、埋没した知見を抽出する自然言語処理の技術を用いて、著者や編集者の編集や校閲の作業や、執筆を支援するシステムが様々な形で開発されている。
 酒井信氏は文教大学情報学部の准教授で、文芸誌や論壇誌に批評文を執筆する傍ら、前任先の慶應義塾大学グローバルセキュリティ研究所時代から、自然言語処理の技術を用いたニュースの解析と分析の研究に関わってきた。
 池上俊介氏は、慶應義塾大学総合政策学部で自然言語処理を専門として学び、ビッグデータの解析を専門とするデータセクション株式会社でCEO等の役職を務め、長期にわたって自然言語解析の技術開発に携わり、様々な業種・分野にこの技術を普及させてきた。
 本報告では将来にわたり、自然言語処理の技術を、どのような形で文章の執筆や編集、校閲の支援に役立てることができるのか、現代的な事例を基にして報告と議論を行う。

http://www.shuppan.jp/yotei/1061-201932.html


西日本新聞「現代ブンガク風土記」第44回 真藤順丈『宝島』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第44回 2019年2月3日)は、真藤順丈の直木賞受賞作『宝島』について論じています。表題は「沖縄の人々の総体が主人公」です。

近年の直木賞受賞作品の中で、最も「志の高い」作品と言っても褒めすぎではないと思います。沖縄の凄惨な地上戦を思春期に体験し、米軍基地から物資を奪う「戦果アギヤー」として生き残ってきた若者たちの人生を通して、沖縄の戦後史を壮大なスケールで描き切っています。米軍基地の存在と深く結び付いた沖縄の窃盗団や密売者、ヤクザたち、米国統治下のコザの特飲街、本土復帰運動の集会、那覇の闘犬賭博場の描写など、沖縄の街の裏側を、生活者の視点から描いた文章も魅力的です。

真藤は沖縄出身ではなく、東京生まれです。大学も埼玉県越谷市に本部を置く文教大学に通っていました(私は同大学の教員)。文教大学は小学校・中学校の教員養成に重きを置いていることもあり、勉強熱心な学生が多い印象を受けます。同大学の出身者として高橋弘希が、2018年の上半期に「送り火」で芥川賞を受賞して、「閉鎖的な人間関係の中で生じるいじめ」をテーマにしていました。沖縄の戦後史を描いた真藤も、青森の「いじめ」を描いた高橋も、その外見に比して、本質的なテーマで小説を書いていると思います。

構想に7年を擁し、真藤は途中で書けなくなり、精神的に追い込まれて、ようやく書き上げた作品らしい、奥行きを感じる作品です。真藤は「自分が書いていて辛い部分を語りが助けてくれた」と述べていますが、この作品は、戦前戦後の歴史の中で沖縄に遍在してきた「土地の声」に耳を傾けることで生まれた作品だと思います。