2018/11/25

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第35回 絲山秋子『イッツ・オンリー・トーク』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」の第35回(2018年11月25日)は、絲山秋子のデビュー作『イッツ・オンリー・トーク』について論じています。表題は「不器用な人びとの繊細な時間」です。

写真は蒲田の「西六郷公園(通称・タイヤ公園)」で、京浜東北線や東海道線をよく利用する人は、車窓から見たことがあるかも知れません。私は前任先の慶應義塾大学の研究所で助教をやっていたときに、この近くに住んでいました。



この小説は男性的な街、蒲田を舞台に、私と関係を結ぶ、社会から逸脱した男たちを描いた作品です。「粋」のない下町が蒲田なのだとか。「私」は大学卒業後に新聞社に就職し、ローマ支局に赴任していたが、精神病院に一年間入院し、キャリアを棒に振った過去を持っています。「出遅れ組は呆れるほどの時間をむしっては捨て、むしっては捨てしている」と、絲山は自己を含めた人間たちの不器用さを、小説の中心的な題材として描いています。

絲山秋子は、社会で器用に立ち回ることのできない、繊細な感情を持つ人びとの内的な時間を優しく描くのが上手い作家です。「イッツ・オンリー・トーク」は、その絲山が自己の価値判断を手がかりに、現代日本の社会秩序と四つに組み、不器用な男たちを仲間に引き込んで戦いを挑んだ、闘争心あふれるデビュー作です。

今年の年末は「現代ブンガク風土記」を書きつつ、2019年2月末に刊行予定の「メディア・リテラシー/文章演習本」の原稿を、猛烈な勢いで書いているところです。何とか12月中に仕事をひと段落させて、年末年始は穏やかに過ごしたいものです。

2018/11/18

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第34回 伊坂幸太郎『ゴールデンスランバー』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」の第34回(2018年11月18日)は、伊坂幸太郎の『ゴールデンスランバー』について論じています。表題は「近未来舞台 監視社会を風刺」です。

暗殺をテーマとした小説は様々なジャンルでありますが、「ゴールデンスランバー」は日本で多くの読者に読まれた作品の一つだと思います。4年ほど前に韓国では、安重根が現代に蘇って日本の総理大臣を暗殺するという内容の「安重根、安倍を撃つ」が話題となりました。日本でも「仁義なき戦い」で知られる笠原和夫が脚本を書いた「日本暗殺秘録」のように、暗殺の歴史を描いた名作映画は存在しますが、暗殺を主題とした小説で広く読まれた作品は珍しいと思います。

一見すると現代日本を舞台にした首相暗殺事件は非現実的なものに見えます。ただ戦前の総理大臣の経験者のうち、6名が暗殺で命を落としていることを考えれば、現代日本でも「暗殺事件」を通して、その背後にある政治権力の闇と向き合う「文学的な想像力」は必要なものだと思います。現代日本が、別の社会秩序に支配されるかも知れないという現実感の中で、監視社会化が進行した社会秩序のあり方に疑問を投げかける「社会風刺」の力に満ちた作品です。



2018/11/11

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第33回 有川浩『フリーター、家を買う。』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」の第33回(2018年11月11日)は、有川浩の『フリーター、家を買う。』について論じています。表題は「郊外に潜む闇と再生力」です。写真はドラマ版の舞台となった東急田園都市線の市が尾駅近くです。

この作品は正社員を辞め、フリーターとなった25歳の誠一を主人公とした物語です。私たちが現代的な風景として受容しているショッピングモールやチェーン店舗が建ち並ぶ風景は、正規雇用の半分ほどの額で働く非正規雇用の人びとによって支えられています。

「私自身が内定いっこも取れなくて社会人になってから数年間バイトや派遣で凌いだという切ない経歴の人でしたので、逆境スタートのほうがしっくりきた」と有川浩は「単行本版のあとがき」で記しています。彼女は自己の経験を踏まえ、非正規雇用で若者に着目して、2007年から2008年にかけて「フリーター、家を買う」を記しています。

有川の作家人生とも重なるこの作品は、フリーターという言葉が死語になるほど、非正規雇用の仕事が一般化した現代でも生々しく、一見すると裕福な東京郊外の住宅地に潜む、「家庭の闇の深さ」と「家族の再生力の強さ」の双方を巧みに捉えています。


2018/11/04

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第32回 吉田修一「国宝」

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」の第32回(2018年11月4日)は、吉田修一の『国宝』について論じています。表題は「原点回帰 主人公に自身投影」です。写真は長崎・丸山の料亭「花月」です。

福岡ソフトバンクスホークスの優勝の方にカラーページが割かれていますので、連載をはじめて以来、2回目の白黒ページです。
それにしても近年のソフトバンクは強いですね。今年の年俸総額が63.2億円で全球団中1位、2位の読売巨人が46.2億円、8位の広島が26.9億円ですので、納得という感じです。孫正義の「読売を超える」という執念が、年俸の総額に表れている気がします。

話を本題に戻すと、吉田修一は数多くの長崎を舞台にした作品を記していますが、近年の作品になるにつれて実家の近くの長崎の丸山から遠ざかる傾向にありました。『国宝』は、作家生活20年を迎えた吉田修一が、自己の作家の原点となる長崎の丸山に回帰し、自分自身を喜久雄の姿に投影しながら、文学という「伝統芸能」を後世に伝える覚悟を示した傑作だと思います。

吉田修一『国宝』についての批評文は、色々な媒体で書いてきました。『吉田修一論 現代小説の風土と訛り』(左右社、2018年9月)、「小説トリッパー」掲載の「『からっぽ』な身体に何が宿るか ——吉田修一『国宝』をめぐって」(朝日新聞出版、2018年9月)、「文學界」掲載の「歌舞伎をその可能性の中心で『脱構築』する」(文藝春秋、2018年10月)。どれも内容や論じる角度を変えて記載しておりますので、ぜひ合わせてご一読頂ければ幸いです。

2018/11/03

MES 18での地域ジャーナリズムに関する発表

International Media Education Summit (MES 18)で「A Study of Regional Journalism Education in Media and Communication Studies Departments(メディア・コミュニケーションに関する学部での地域ジャーナリズム教育内容に関する研究)」という発表を行ってきました。昨年にゼミの学生が主体となって作った130ページの分量の冊子の制作プロジェクトを中心とした地域ジャーナリズムに関する発表で、様々な国の研究者から好意的な意見を多く頂けて嬉しかったです。
国際学会は6月〜7月に主要なものが開かれるので、この時期の学会はアットホームな感じのものが多くて気楽に参加できます。

会場が英国との繋がりの強いHong Kong Baptist Universityということもあって、全体に英国の研究者が多く、レセプションではカルチュラル・スタディーズ系の議論が多くできて面白かったです。日本からも情報学環ご出身の先生方をはじめ、多くの先生方が参加されていて、有意義で楽しい時間を過ごさせて頂きました。

香港は2年前に文教大学のゼミの学生と来て以来でしたが、秋口の香港は気候がちょうどよく、九龍の下町や海沿いを散歩していて心地よかったです。





MES 18
https://www.cemp.ac.uk/summit/2018/