2018/10/28

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第31回 辻仁成「白仏」

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」の第31回(2018年10月28日)は、辻仁成の『白仏』について論じています。表題は「筑後川開拓地の愛情と憎悪」です。「海峡の光」で芥川賞を受賞した直後に発表されたこの作品で、辻は日本人として初めてフランスのフェミナ賞外国文学賞を受賞して、国際的な名声を博しました。

辻仁成は東京都の日野市の生まれですが、保険会社に勤務していた父親の仕事の関係で、少年時代を福岡市で過ごしています。「白仏」は、祖父が住んだ筑後川の下流の開拓地、福岡県大川市と佐賀県佐賀市の県境に位置する大野島の近代史を描いた作品です。明治から昭和へと時代が下っても、有明海を望む大野島の土地の空気が、変わらないものとして伝わってくる優れた作品です。

辻仁成が小説家として本格化したのは、有明海を臨む大野島から生涯ほとんど出ること無く、この土地に住んで来た人びとの骨を集めて「白仏」を作った祖父と向き合ってからだと言えるかも知れません。「白仏」は「根無し草」を自負する辻仁成が、祖父が住んだ筑後川の開拓地との関わりを、愛情と憎悪を両極とする感情の中で再構築した、現代日本を代表する歴史小説だと思います。


2018/10/21

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第30回 桜木紫乃「ホテルローヤル」

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」の第30回(2018年10月21日)は、桜木紫乃の直木賞受賞作、『ホテルローヤル』について論じています。表題は「釧路の生活者の『官能的な姿』」です。「現代ブンガク風土記」の30回の節目に相応しい作品です。

桜木紫乃は釧路在住の作家で、『ホテルローヤル』というタイトルは、廃業した実家のラブホテルの名称を採用したものです。ラブホテルの名称は、たまたま目に入った「みかんのブランド名」から採られたのだとか。桜木は15歳から結婚する24歳まで、実家のラブホテルで部屋の清掃の仕事を手伝っていました。この時の経験が、作品の隅々の描写に生き生きと投影されています。

例えば「本日開店」では、釧路の寺の存続のため、住職の妻が檀家との「枕営業」を行う際どい姿が描かれています。「バブルバス」では、昔気質の電気屋を廃業して、現在は家電量販店に勤めている夫とその妻が描かれています。手狭な賃貸アパートで親と同居し、子供二人を育てている夫婦にとって、ホテルローヤルでの時間は、出会った頃を思い出す「いちばんの思い出」となります。「星を見ていた」では、六〇歳を超えた掃除婦・ミコちゃんの「黙々と働き続けるしかない毎日」が描かれています。何れもラブホテルの裏側を知る著者にしか書けないような釧路という土地の風土を感じさせる味わい深い物語です。

桜木紫乃は直木賞の受賞時に「あの場所に書かせてもらった」と、この小説について述べています。「ホテルローヤル」で桜木紫乃が描く、釧路の生活者の「官能的な姿」には、釧路という土地に深く根を張った、成熟した性的な営みが感じられます。現代文学が描くべき主題の多様性と、表現上の可能性の双方を感じさせる優れた作品です。



2018/10/17

メディア・コミュニケーション研究の国際化(日本マス・コミュニケーション学会 2018年度秋季研究発表会)

今週末の日本マス・コミュニケーション学会秋季研究発表会では、英語のワークショップを担当します。10月21日土曜日に駒澤大学での開催です。
Media and Communication Studiesに関する国際学会での発表経験と、英文ジャーナルの編集長の経験、「スーパーグローバル大学創成支援」以後の日本のメディア教育・研究のあり方について、私の持ち時間として30分ほどお話しします。

Evaluating the Internationalization of Media and Communication Studies in Japan
Moderator: Takesato WATANABE, Doshisha University
Presenter: Gabriele HADL, Kwansei Gakuin University
Presenter: Makoto SAKAI, Bunkyo University
Discussant:Seongbin HWANG, Rikkyo University
(Planned by International Committee)

メディア・コミュニケーション研究の国際化
‐日本からの発信とその課題‐
司会者:渡辺武達(同志社大学)
問題提起者:ガブレリエレ・ハード(関西学院大学)
問題提起者:酒井信(文教大学)
討論者:黄盛彬(立教大学)
(企画:国際委員会)
(使用言語:英語)

【キーワード】メディア・コミュニケーション学、英文ジャーナル、International Association for Media and Communication Research、International Communication Association

 創設以来、日本マス・コミュニケーション学会(JSSJMC)では発表言語は原則として日本語であった。しかし日本からの国際的発信力の強化、外国人研究者・留学生等への便宜供与、などの要請が強くなってきている。今回、そうした諸般の事情、要請に学会員だけではなく、諸外国の関連学会からの要請にも具体的に応えていくための試みとして本ワークショップを企画した。
 ガブリエレ・ハード会員からは、日本の学会と海外の学会との積極的な交流の必要性についてあらためて提起がなされ、自らの経験と知見から具体的な活動報告と提案が行われる。例えば、東京大学とリーズ大学の共催によるシンポジウムや10カ国以上の共同執筆者が貢献した学術誌の特集、通訳付きの学会、英語を母国語としない学者(non-native English speakers)による英語を使用した環境コミュニケーション分野における交流について紹介される。これらの経験をふまえて、日本をベースにした研究の世界的な役割の重要性が提唱される。
 また、酒井信会員からは、Media Studiesに関連する国際学会の現状について、自己の活動内容を踏まえた報告を行い、所見が述べられる。加えて、英文雑誌Asian Journal of Journalism and Media Studiesの第2号編集長として、Call For PapersやInstructions等の整備や編集プロセスについて報告を行う。さらに、スーパーグローバル大学創生支援事業以後の日本のメディア教育・研究のあり方についても所見を述べ、参加者と共に議論を行う。
 ふたつの問題提起を受けて黃盛彬会員は、日本の研究者がグローバルな場面で活躍するための戦略的かつプラクティカルな要件について整理を試みる。
 以上、異なる背景を持つ3人の登壇者がそろうことで、欧米水準の研究・教育のキャッチアップにとどまらない様々な課題のあぶり出しができると考えている。通常のワークショップよりも登壇者は多いが、その分、進行にあたっては参加者の自由な議論と情報交換の促進に努めたい。
 なお、本ワークショップでは英語による討論を試みる。日本の他のジャーナリズム・メディア・情報・コミュニケーション等の関連学会では英語のみで運用される発表の場が用意されてきている。それに対して前述のように、これまで本学会はほとんど日本語のみの活動に終始してきた。現状のままでは海外からの研究者や留学生の発表を増やすことはおろか、国際的活動が問われるなか若手会員数の減少等を招きかねない危惧がある。そうした状況認識の上に、本学会が現在の日本が求められている国際化ニーズにも応え、まずはこうした英語による諸活動を増やしていくことが肝要と考える。

日本マス・コミュニケーション学会 2018年度秋季研究発表会プログラム
http://www.jmscom.org/event/annual_meeting/18fall/18fall_program.pdf



2018/10/14

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第29回 伊坂幸太郎「重力ピエロ」

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」の第29回(2018年10月14日)は、伊坂幸太郎の『重力ピエロ』について論じています。表題は「重い主題 仙台で軽やかに」です。

伊坂幸太郎は千葉県の出身ですが、東北大学に入学してから仙台に居住し続け、繁華街の喫茶店で執筆するなど、生活世界を作品世界に重ね合わせることで、本格派のミステリー作家として大成しています。2003年の『重力ピエロ』から2008年の『ゴールデンスランバー』にかけて、伊坂は仙台を舞台として「失われた20年」を生きる若者たちの現実感を捉えることで、軽やかでありながら、地に足の着いた作品世界を確立することに成功しています。

この作品は、遺伝子を解析する会社で働く「私」が、仙台の市街地で連続放火事件が起き、その現場の近くに、グラフィティアートと遺伝子の配列を示唆するメッセージが残されていることに気付き、事件の背後に見え隠れする弟のことを心配するところからはじまります。『重力ピエロ』という風変わりな表題は「ピエロが空中ブランコから跳ぶ時、みんな重力のことを忘れているんだ」という弟の言葉に由来するもので、弟と「私」の細やかな感情を介した兄弟関係の描写が、この小説の読み所となります。

「重力ピエロ」は、新時代のミステリー作家らしい才気に溢れた作品で、軽やかでありながら、重厚なテーマ性を有する現代日本を代表するミステリー小説だと思います。



2018/10/13

文藝春秋「文學界」11月号 吉田修一『国宝』書評

文藝春秋「文學界」の2018年11月号に、吉田修一の『国宝』について論じた書評(2ページ)が掲載されました。タイトルは「歌舞伎をその可能性の中心で『脱構築』する」です。

吉田修一の『国宝』という表題は、「人間国宝」に由来するもので、歌舞伎や能、文楽などの重要無形文化財(伝統芸能等)の保持者として、文部科学省の文化審議会で認定された人物の通称です。

歌舞伎は、元々は戦国時代に出雲の阿国が創始した女性の芸能でしたが、その後、女性が舞台に上がることが禁じられてきた風変わりな芸能であると私は考えています。歌舞伎という総合芸術の最大の特徴は、女形の演技にあり、男性の役者が、男女の別を問わず様々な役柄を演じ分けることで、世界でも稀な芸能として独自の発展を遂げてきたのだと思います。

男女平等や機会均等があらゆる場で一般化している現代社会で、女人禁制や血縁関係を重視する歌舞伎は、これから「伝統文化」として、どのような形で国際的な価値観に適応していくのでしょうか。

「文學界」の書評では、吉田修一の『国宝』の内容を踏まえて、女形の芸能を中心とする歌舞伎を描いた小説が表象する「現代的な価値観」について論じています。




2018/10/07

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第28回 宮部みゆき「火車」

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」の第28回(2018年10月7日)は、宮部みゆきの『火車』について論じています。写真は宇都宮で撮影した街のシンボル「大いちょう」です。

「火車(かしゃ)」という言葉は、生前に悪事を置かした人間を地獄に運ぶ車の意味で、家計が非常に苦しい状態も意味します。この作品は「バブル経済」の暗部を描いた作品で、都会の消費生活から取り残された若者たちの姿を描いた、宮部みゆきの1992年の出世作です。バブル期は理想的に回顧されますが、高卒の若者たちにとっては、給料が安い割には、地価が高騰していて家賃が高く、クレジットカードを使って消費生活を謳歌するには、金利が高過ぎる時代でした。

宮部は、都立墨田川高校を卒業後、OLとして働きつつ、裁判所速記官を目指し、二一歳から新宿歌舞伎町の法律事務所に勤務した作家です。26歳でオール讀物推理小説新人賞を受賞してデビューした後も、しばらくの間は、東京ガスの集金をして生計を立てていました。彼女の作品の大きな魅力は、その土地に根ざして生きざるを得ない生活者を、自己の姿に重ねながら応援するように、現実的な存在として肯定している点にあると思います。

バブル経済の崩壊直後の1992年に発表されたこの作品は、バブル経済の影に隠れた多重債務者たちの生活を浮き彫りにした作品であり、バブル経済の崩壊を生活者の視点から象徴的に描いた小説だったと思います。


2018/10/04

茅ヶ崎市・文教大学共催 公開講座「観光・メディア情勢から見る『今』」

茅ヶ崎市長の服部信明氏のご逝去の報に接し、謹んでお悔やみ申し上げます。
服部市長には、ゼミ学生が制作した茅ヶ崎市の情報誌の発表にご参加頂き、学生に様々なご助言を頂くなど、大変お世話になりました。

財政情報誌「ちがさき春夏秋冬」の発表会(茅ヶ崎市HP)
http://www.city.chigasaki.kanagawa.jp/zaisei/1008506/1008515/1008547.html

文教大学と茅ヶ崎市との結び付きを強めてくださった方でしたので、急逝されたことを非常に悲しく思います。
今週の土曜日は茅ヶ崎市・文教大学共催の公開講座を担当しますので、弔意を込めて服部市長と文教大学のゼミの関わりを思い返しつつ、2時間の公開講座をしっかりと務めます。