2023/01/18

第168回直木賞を展望(西田藍さんとの対談)

 西日本新聞朝刊(2023年1月18日)に、第168回直木賞について、文芸アイドルで書評家の西田藍さんと対談した記事が掲載されました。前回の対談では、同じ歳の永井紗耶子さんの『女人入眼』を推し、惜しくも決選投票で過半数に届きませんでしたが、初候補としては大健闘でした。

 今回私が推した2作品についての対談用のメモは下記です(対談の内容とは異なります)。西田藍さんと同じ作品の予想になりました。今回は力のある候補作が多く、全体として読み応えがありました。

第168回直木賞を展望 酒井信さんと西田藍さんが候補5作を語る

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1041833/


一穂ミチ『光のところにいてね』

・登場人物は少ないが、心情を掘り下げる深度が深く、儚い生を全うする現代人の感情の源泉に迫っている。女性二人の強いきずなを描く。

・ヤングケアラーと言える女性・果遠が経験してきた人生の浮き沈みと、母が逃げ、祖母に虐待されてきたことへの愛憎入り混じる複雑な感情を、オリジナリティの高い文章で浮き彫りにしている。

・前回の候補作『スモールワールド』と比較しても、文学的な感覚が洗練され、長編小説として完成された印象。

・「光のところにいてね」など、物語の核となる文章の使い方が上手く、芥川賞の受賞作と比べても遜色ない、高い文学性を感じる。

・和歌山県串本町という本州最南端の土地を舞台にした情景の描き方も上手く、視覚的な風景描写も巧み。終盤の雨の中のドライブと晴れの中のドライブが、鮮烈な印象を残す。

・LGBTQの「L」のカップルを描いた優れた作品として、綿矢りさの『生のみ生のままで』が思い浮かぶが、この作品と比較しても全く見劣りしない。

・本屋大賞向きの作品でもあり、映画化にも期待してしまう。


小川哲『地図と拳』

・満州の架空の町・仙桃城を舞台に、未知の土地を夢想する人類の欲望に迫った大作。

・石原莞爾と近い関係にある満鉄の細川が、仙桃城を「虹色の都市」にするという構想が敗れていく姿を描く。

・虹色の7色とは、満州民族、漢民族、日本人、ロシア人、朝鮮人、モンゴル人、死者。

・2022年の出生数が80万人を割り込む現状では、ドイツやオランダ、イギリスなど他の先進国と同様に移民の受け入れは不可避。日本国内に「虹色の都市」を築けるかという問いは、日本の未来に向けた問いでもある。

・「未来を予測することは、過去を知ることの鏡なのではないか」という問いは、日中戦争の時代と同様に、エネルギー自給率の低い現代日本にも通じる問い。日本が豊かな国であり続けられる条件とは何か、という問いでもある。

・人類の無力さに起因する、限られた居住可能な土地をめぐる争いは、現代世界でも進行している。「国家とは地図である」という身も蓋もない事実を、身近な史実として実感させる「時代小説」。松本清張が名作『球形の荒野』で描いた「中立国を介した終戦工作」に繋がるリアリティがある。

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 Tom Bradyのシーズンが終わり、NFLは若いQBのPlayoffになりましたが、今年FAということもあり、Bradyの移籍先をめぐる報道が次々と出ていて、楽しみです(NY JetsかLas Vegas Raidersに期待)。今シーズンは45歳ということもあり、勝率はワーストでしたが、地区優勝を決めた最終戦が鮮烈な印象を残しました。EvansへのCollege FootballのようなTD3つと、頭から突っ込んで1ヤードを獲りに行ったQB Sneakは、さすがGOATという内容。

Tom Brady's 3 Most Improbable Completions to Mike Evans vs. Panthers

https://www.youtube.com/watch?v=T7MD4KQhaA4

Tom Brady's 4th quarter QB Sneak in win 

https://www.youtube.com/watch?v=rwCzBKWMwRU

 2023年のSuper BowlのハーフタイムショーはPepsiからAppleにスポンサーが変わり、バルバドス出身のリアーナとか。昨年のギャングスタ・ラップの毒気が強かったので、Shakira & J. Loのマイノリティ路線に戻った印象。

Rihanna Is Back | Apple Music Super Bowl LVII Halftime Show

https://www.youtube.com/watch?v=0zHjohM7Obk

 SBのハーフタイムショーについては、授業でこれまでの歴史や開催都市、ミュージシャンの出自、歌詞の意味を踏まえて、解説をしていますが(アメリカの歴代視聴率の上位をSBが独占しているため、現代のメディア史を考える上で重要)、リーマンショック直後のBruce Springsteen(当時、60歳)のパフォーマンス@Raymond James Stadium, Floridaが近年ではベストです。Working on a dreamで、アラスカと思しき北国で働く労働者について歌った後に、名曲Glory DaysをFootball用に歌詞を変え、「プロになれなかった人々」を称えながら、コメディ調で〆るあたりが、彼が全米一のパフォーマーと言われる所以だと思います。ステージにスポンサーを付けることを拒み、高齢化するEストリートバンドを雇用し続け、新型コロナ禍でも新譜を出して、今年も世界ツアーを組んでいます。村上春樹が批評文を書く気持ちが良く分かります。

Bruce Springsteen - Superbowl Halftime Show HD 2009 XLIII NFL

https://www.youtube.com/watch?v=i4-0nbHFi4o

 2009年はBruce Springsteenの当たり年で、アカデミー賞候補になったThe Wrestlerのテーマや@Hyde Parkのライブが素晴らしかったです。「アメリカの脇の下」と呼ばれるニュージャージー出身らしい汗臭く、カロリーの高いパフォーマンスと、ボブ・ディランの後継者と言われ、レイモンド・カーヴァーを彷彿させる物語性のある歌詞が良いです。

No Surrender (London Calling: Live In Hyde Park, 2009)

https://www.youtube.com/watch?v=LXwJMXo2mXc