2022/09/27

「没後30年 松本清張はよみがえる」第9回『神々の乱心』

  西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第9回(2022年9月26日)は、清張の未完の遺作『神々の乱心』について論じています。担当デスクが付けた表題は「新興宗教通して描く 見えざる宮中の暗部」です。新興宗教との関連で、担当デスクに前倒しのリクエストで(苦労して)書いた原稿で、「日本暗殺秘録」「昭和の天皇」(未映画化)「仁義なき戦い」などの脚本家・笠原和夫とのmatch-upです。文庫の上下で千ページ近いこの作品について4枚弱で論じるのはなかなか大変でした。

 満州事変が起きた2年後の1933年の日本を舞台に、新興宗教・月辰会研究所と宮内省の女官たちの関係を創作的にひも解いた作品で、一部の識者には高く評価されていますが(原武史先生の歴史的な文脈を補足した見事な批評がありますが)、普通に小説として読むと評価が分かれる作品だと思います(82歳の作家の作品としては間違いなく凄いです)。1960年代に発表された作品のように、めくるめく事件が引き起こされるスリリングな小説ではないですが、新興宗教を通して昭和維新期の不穏な空気を巧みにとらえています。

 神器を用いた「シャーマニズムの信仰」の根源に迫る内容で、大正天皇の妃である貞明皇后と、昭和天皇の妃である香淳皇后の対立を創作的に織り込むなど、一般にタブー視されてきた大正~昭和初期の「皇室内の対立」について、切り込んでいます。「昭和史発掘」と同じく週刊文春の連載で、週刊誌の連載を執筆しながら82歳の生涯を閉じた点に、松本清張の物書きとしての気魄が感じられます。

 時代は軍人や超国家主義者や宗教家などが国家改造を目指した昭和維新の最中で、前年の1932年には血盟団事件が起き、井上準之助前蔵相や三井財閥を率いる団琢磨が暗殺され、その後、五・一五事件が起き、犬養毅首相が暗殺され、政党政治が終わりを迎えていた頃です。原稿を書きながら、みすず書房の『現代史資料』を毎週1巻ずつ読んでレジュメを書いていた院生時代のことを思い出し、新興宗教と近現代日本の関係について、改めて考えさせられました。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/993266/

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 所属学会(IAMCR International Association for Media and Communication Research)がすべての会員を対象に下のようなメンタル・ヘルスに関する調査をアナウンスしていて興味深かったです。LMU München(ミュンヘン大学)とAarhus University(オーフス大学)のチームが進めているサーベイで、調査対象はポスドク研究者だけではなく、すべての年齢のテニュア教員を含む「Faculty members and PhD students around the world」です。回答してみたところ、質問そのものは目新しいものではなく、臨床心理学で一般的な量的調査でしたが、複数の国際学会で実施しており、大規模なデータが出ると思うので、調査結果を参考にしたいと思います。

 国際的にはメディア研究は心理学と近いので、よいサポートだと思いました。考えてみれば、ほぼ毎年参加していたIAMCRで、相当な時間をコミュニケーションやネットワーキングに費やしていた訳で、「mental health issues, including anxiety, depression, and burnout」が生じているという記載も、理解できます。新型コロナ禍で、国際共同研究や役職等での手伝いも、ストレス軽減のため断らざるを得ず、こういう調査に至る状況はどの国も同じだと実感しました。

https://iamcr.org/news/mental-health-survey

Mapping the State of Mental Health of Media and Communication Scholars

Dear members of IAMCR,

Recent evidence on the state of mental health among academics suggests that we need to be concerned. Faculty members and PhD students around the world run a considerable risk of developing mental health issues, including anxiety, depression, and burnout, at some point in their career. The structural conditions of academic work, such as high publication pressure, fierce competition, and a culture of constant evaluation, may well contribute to the problem; and the pandemic has clearly intensified it.

As an association of scholars, IAMCR wants to take these concerns seriously. In order to identify adequate responses to the problem, however, we first need to get a sense of the scale of the problem in our field...

現代文学が描く新興宗教

 西日本新聞朝刊(2022年9月26日)に「現代文学が描く新興宗教」という表題でコラムを書きました。担当デスクが付けた表題は「薄れた壮大さ禍々しさ 人間臭く考えられるか」です。連載「松本清張はよみがえる」の『神々の乱心』の隣の掲載です。書き出しは下の通りで、高橋和巳の『邪宗門』(1966年)を新興宗教を描いた(広義の)現代文学の最高傑作として位置付けました。戦前・戦中の描写もさることながら、外地から引き揚げてきた信者たちが戦後に米軍と戦うという小説の企図に凄みがあり、おそらく、この作品を超える新興宗教ものの小説は出ないと思います。

 近年の作品では今村夏子の『星の子』、角田光代の『八月の蟬』、青来有一の『聖水』の3作品を注目作として挙げました。信仰と信迎の問題は、世俗的な問題≒文学的な問題として奥が深いテーマだと思います。


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現代文学が描く新興宗教

 新興宗教を描いた日本文学史上の名作として、真っ先に高橋和巳の「邪宗門」が思い浮かぶ。大本教を連想させる神道系の新興宗教団体「ひのもと救霊会」が、昭和初期に弾圧され、神殿をダイナマイトで爆破され、戦後には進駐軍と対立し、武装蜂起に至るプロセスを描いた壮大な偽史小説である。松本清張の絶筆「神々の乱心」も、昭和維新の時代を背景とした作品で、未完ながらシャーマニズムと宮中祭祀のルーツに迫る高いテーマ性を有している。この小説は大陸の阿片売買で蓄積した資金を元手に、満州で盗掘された「神器」を使った礼拝で勢力を拡大した新興宗教団体「月辰会研究所」が、戦前の宮中に接近していく内容で、松本清張の絶筆に相応しく「禍々しい作品」である。劉慈欣の「三体」も、中国の共産主義と科学崇拝を「新興宗教」に見立てた作品として高く評価できる。
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2022/09/21

吉田修一著『逃亡小説集』の解説を書きました

 吉田修一著『逃亡小説集』(角川文庫)に解説を寄稿しました。累計20万部超えの人気シリーズの第2作の待望の文庫化です。前作の映画版「楽園」でパンフレットに解説を寄稿しましたので、このシリーズにご縁があります。帯に名前を出して頂き、光栄です。

 下のカドブン(KADOKAWA文芸WEBマガジン)で私の解説を読むことができます。

https://kadobun.jp/reviews/bunko/entry-46808.html

 吉田さんのご実家の酒屋の前を通って長崎南高校に通っていましたので(特に帰り道)、こういう形でご一緒でき、心より感謝申し上げます。吉田酒店の裏手の階段道から見える長崎の市街地・港・稲佐山の風景は、長崎で最も好きな風景の一つです。『現代文学風土記』収録の西日本新聞の連載(2018年の第3回『最後の息子』)で、担当デスクと一緒に山の斜面を上がり、写真を撮り、掲載しました。

「逃げろミスター・ポストマン」の解説で言及しましたが、ビートルズ版で有名なPlease Mr. Postmanの雰囲気を、マーヴェレッツ版の原曲の艶っぽさで表現しているのが、『逃亡小説集』全体の良さだと思っています。収録された4作品の中でも「逃げろお嬢さん」(酒井法子の逃亡事件をモデル)が特に素晴らしく、前作『犯罪小説集』の「百家楽餓鬼(ばからがき)』(大王製紙事件をモデル)と合わせて、男女の「悪漢小説」として映画化を期待してしまいます。

 一般論として「逃亡」をポジティブに解釈すると、閉鎖的な場や陰湿な人間関係に悩まされている人たちは、その場や人間関係を変えようとするよりも、そこから「逃亡」する方が、心身面でのストレスが少なく、いい人生を歩むことが出来るように思います。

https://www.kadokawa.co.jp/product/322203001839/




2022/09/20

「没後30年 松本清張はよみがえる」第8回『昭和史発掘 芥川龍之介の死』

  西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第8回(2022年9月20日)は、『昭和史発掘』より「芥川龍之介の死」について論じています。『昭和史発掘』からは2作を取り上げます。文学からは「潤一郎と春夫」も検討しましたが、清張は若い頃に芥川を愛読しているので「芥川龍之介の死」にしました。担当デスクが付けた表題は「不況時代の経験投影 共感を込めた作家論」です。『ぼんち』などの船場を舞台にした作品を記した山崎豊子とのmatch-upです。

 この作品で清張は、芥川を「俗情」をさらすことで大成した谷崎と対照的な存在として描いています。「俗情」を何よりも重んじる清張は、芥川が抱えていた「女の問題」を、神経衰弱や胃病、痔疾や不眠症などの病状と共に、自殺に至る大きな理由だったと考えました。

 芥川の死について、文学や芸術上の問題ではなく、世俗的な問題に重きを置いて論じている点が松本清張らしいです。本作で描かれる晩年の芥川は、執拗に追い縋って来る「H女=河童」に迷惑を感じ、「才力の上でも格闘出来る女=片山広子」と恋に落ち、「M女」と帝国ホテルで情死する約束をするような生活を送っていました。「芥川はH女に苦しめられたが、彼は、そのことをどうして親友にうち明けて相談しなかったであろうか」という清張の問いは、芥川の死について考える上で本質的なものだと思います。

 本文では触れませんでしたが、芥川の晩年の名作『河童』はこの時の経験が生かされたポスト・モダン風の作品で、松本清張は芥川に長生く生き、こういう軽妙な文体で、谷崎のような長編を書いてほしかったのだと思います。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/990171/

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 NFLのWeek2は、Thursday Night Footballがprime videoでスタート。LA CargersとKC Chiefs@Arrowhead Stadiumという絶好のカードで、Amazon CEOのJeff Bezosも観戦してました。解説は2022年6月に引退したばかりのハーバード出身のRyan Fitzpatrick! 日本の教育システムからは出ないタイプの奇才で、ドラフト7巡250位ながら、IQの高さとGutsy Effortで8チーム・17年NFLで生き残ったJourneymanです。NFLはIT企業をメディア・コンテンツ制作に引き入れて、フットボールの魅力を高めることに成功しています。スーパーで時給5ドルでバイトしながらプロになったKart Warnarとの論戦が楽しみ。
 下のFitzpatrickのドキュメンタリーによると、奥さんはHarvardでオールアメリカの女子サッカー選手だったとか。7人の子供にBradyとか、敵チームのQBの名前を付けていて、Fitzは面白い。Week 2にupsetを演出したJETSのJoe Flaccoも37歳で子供5人。ベビーシッターを雇って働くより他ないですね。

2022/09/19

「没後30年 松本清張はよみがえる」第7回「地方紙を買う女」

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第7回(2022年9月19日)は、初期の名短編「地方紙を買う女」について論じています。担当デスクが付けた表題は「情報格差手掛かりに あぶり出す戦争の影」です。姫野カオルコさんの直木賞受賞作『昭和の犬』とのmatch-upです。田村正和と広末涼子、佐野史郎のドラマ版「地方紙を買う女」も面白そうです(味のあるキャスティング)。

 松本清張の昭和30年代の作品の特徴は、戦後が終わり、高度経済成長の時代に足を踏み入れた日本が抱えた「負い目」を炙り出す筆致にあります。「地方紙を買う女」が発表されたのは昭和32年(1957年)の4月です。同月にはソニーの前身となる東京通信工業が世界最小のトランジスタラジオを発売し、世界企業となる礎を築き、同月に売春防止法が施行されて風紀の取締りが強化されるなど、1956年度の「経済白書」に「もはや戦後ではない」と記された現実が到来しています。

 ただ清張が本作で描くのは、シベリア抑留された夫の復員が依然としてかなわず、「戦争の影」を内に抱えた登場人物たちの姿です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/989826/

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 2022年10月1日(土)の青来有一さんとの対談(九州芸術祭文学カフェ@長崎県美術館)は、先週の西日本新聞の告知後に、予定席数のご予約を頂きました。ありがとうございます。広めの会場でゆとりがあり、予定より多めに受け付けてますので、長崎の方はぜひお申込みください。谷崎賞・芥川賞作家・青来有一さんと、吉田修一さん、カズオイシグロさん、村上龍さん、佐藤正午さんなど長崎の作家の代表作について論じる、濃密な内容になる見込みです。西九州新幹線の開業を、現代文学で言祝ぎましょう。

2022/09/16

「没後30年 松本清張はよみがえる」第6回『或る「小倉日記」伝』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第6回(2022年9月16日)は、清張の芥川賞受賞作『或る「小倉日記」伝』について論じています。担当デスクが付けた表題は「限られた生全うする 半生重ねた芥川賞作」です。西村賢太の『どうで死ぬ身の一踊り』とのmatch-upです。

 北九州・小倉に根を張り、その近辺で半生を過ごした松本清張らしい、土地の臭いが色濃く漂ってくる作品です。賞金目的で記した「西郷札」が直木賞の候補作となったことで、松本清張は作家として意欲を高め、翌年の1952(昭和27)年に「三田文学」に「或る「小倉日記」伝」を発表し、作家としての地歩を固めています。

 この作品は、頭脳明晰でありながら、神経系の病気で舌が回らず、片足の自由がきかない障害を持った田上耕作を主人公とした内容です。耕作は熊本で生まれ、5つの時に小倉に移り、周囲から罵られながらも、友人の江南や、小倉を代表する医者だった白川にその知性の高さを買われ、小倉の知的なコミュニティの中で成長してきます。耕作の地を這って生きる逞しさが、松本清張の半生と重なって見えます。

 今月は来週にかけて第10回まで掲載される見込みです。下旬に解説を書いた文庫本が出版されます。あと現代文学と新興宗教との関係について書いたコラムが掲載されます。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/988541/

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 NFLが開幕しました。例年通りNFLとの直接契約のGame Passで視聴しています。Week1は前回のスーパーボウルに出たLA RamsがBuffaloに負け、リーグの将来を背負うJoe BurrowのCincinnatiがラストベルト対決でPittsburghに負けるというupsetの週でした。NFLはサラリーキャップ制(社会主義的)で、1チームの年俸の総額の上限が決まっているため、playmakerにいい契約条件を提示し、活躍できる環境を整備できないと、あっさりと移籍されるので(資本主義的)、GMとHCのフィールド外のGovernanceも見どころです。

 2020年にTampa Bayが移籍1年目のTom Bradyで、2021年にはLA Ramsが移籍1年目のMatthew Staffordでスーパーボウルを獲っています。non-profit-organizationとして両チームのTBやLAへの地域貢献も多大でした。落ち目と言われた選手を正当に評価し、厚遇したGMとHCの功績が大きいと思います。私の学位はPhD.Media and Governanceですが、NFLは組織のGovernanceという視点から観ても面白いです。

 前に東京ドームでAmerican Bowlをやっていた時、新聞社のプレスパスで練習から記者会見、試合、パーティーまで、NFLの舞台裏をじっくり見学させてもらいましたが、NFLはGovernanceのバランスがとれていて、素晴らしいです。記者会見でCNNやCBSの記者と競りながらGMとHCにマニアックな質問をしたところ、「いい質問だった」とパーティーに誘ってもらい、ESPNにも映れたのがいい思い出でした。(NFLが好きな学生には、この時のプレス資料を見せています)。

 2022年のWeek1は引退を撤回した45歳のTom Bradyが、NFLの選手間投票でNo.1の評価で、NBCのSunday Night Footballに登場。Michael Jordan(59歳に見えない若々しさ)がサプライズでBradyのカンバックを祝福し、アウェイのDallasで完勝でした。Uber Eatsのオープニングと9/11のセレモニーも@Dallasらしい雰囲気でしたが(映画「American Sniper」のラスト・シーン@Cowboys Stadiumを思い出しましたが)、期待のPrescottがわずか3点しか取れずに敗退。テキサスはいい人多いけど、銃所持率が高いので、こういうホームが沈黙する試合の後は車に乗るのが怖いです。JFKも撃たれたのはDallasですし。

https://www.youtube.com/watch?v=xb-0M95XQfo

 ESPNのMonday Night FootballのオープニングはAloe Blaccでした。地上波に向かないラッパーを起用しないのがESPN。近年MNFのBookingがいまいちですが、Seattleはいい街で、先日の(隣のスタジアムでの)イチローの英語スピーチも良かったです。

https://www.youtube.com/watch?v=IesFZ-ABctw

 Bradyが半分の年齢の巨大な若者たちに追われながら、cool under pressureでGOATらしい仕事をしていて、励まされます。Bradyが6巡199番目の指名だったこともあり、近年はドラフト順や出身大学、在籍年数はさほど関係なく、直近のstatsでdepth chartを組んでるチームが増えている気がします。Bradyは、相変わらず日常の準備がストイックで(ナス科の野菜・フルーツは炎症を起こしやすいので食べないとか)、しなやかな体型と逆境に強いメンタルを維持しつつ、正確なパスと柔軟なPlay-Callingで、今年も楽しませてくれそうです。個人的にはもう一回移籍してもらい(以前に噂のあった)49ersでJoe Montanaのような姿を観たい。

https://www.youtube.com/watch?v=7jQ3iNFKK7M

2022/09/07

「没後30年 松本清張はよみがえる」第5回『点と線』

 西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第5回(2022年9月7日)は、清張の大ヒット作『点と線』について論じています。担当デスクが付けた表題は「時代の空気と欲望 列車で描くミステリ」です。阪急今津線を舞台にした、有川浩さんの『阪急電車』とのmatch-upです。

 福岡県の香椎の海岸で起きた怪死事件の謎に迫った松本清張の初期の代表作です。夜になると人気が少なく、足跡が残らない「岩肌だらけの香椎海岸」を舞台に、某省の課長補佐代理と東京・赤坂の割烹料亭で働くお時の「心中事件」が描かれます。香椎海岸も、現在は美しい場所になりました。

 本作は時刻表を用いたトリックで広く知られていますが、博多弁と標準語の違いに着目した推理の進め方や、国鉄香椎駅と西鉄香椎駅の「中途半端な距離」に着目した男女の「誤認」をめぐる「土地に根差したトリック」も面白いです。西は福岡から北は札幌まで複雑に張り巡らされた「時刻表トリック」がスリリングで、松本清張の名を世に広く知らしめた出世作と言えます。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/984279/

2022/09/01

「没後30年 松本清張はよみがえる」第4回『西郷札』

  西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第4回(2022年9月1日)は、清張のデビュー作『西郷札』について論じています。担当デスクが付けた表題は「維新後の庶民の変化 軍票通じ描く出世作」です。佐世保と思しき街を舞台に「偽札」をめぐるミステリを展開した、佐藤正午さんの傑作『鳩の撃退法』とのmatch-upです。

 短編小説「西郷札」は松本清張が1951年に発表した処女作です。清張は18歳頃に小倉で文学好きな友達と小説を書き、輪読していましたが、小説を書いていてはでは生活できないと考え、本作を記すまで小説の執筆を止めていました。しかし戦後のインフレの中で、一家8人の生活費を捻出する必要に迫られ、彼は「生活」のため「週刊朝日」の「百万人の小説」に応募します。戦前は生活のために筆を折った清張が、戦後は生活のために筆を執ったというのが興味深く、「一世一代の名短編」と言えます。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/981491/