2020/11/24

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第135回 姫野カオルコ『昭和の犬』

 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第135回 2020年11月22日)は、姫野カオルコの直木賞受賞作『昭和の犬』を取り上げています。表題は「シベリア帰りの父 激動の昭和」です。

姫野カオルコの出身地・滋賀県にある架空の「香良市」を舞台にした自伝的な小説です。表題は、旧日本陸軍の武官だったいかつい父親が、軍用犬の扱いに慣れていたこともあり、犬たちをイクと同じ子供のように一緒に育てたことによります。

父親の口からは戦時中のことや戦後の抑留のことは詳しく語られないですが、終戦から帰国までの約10年間に大変な経験をしてきた様子です。例えば彼は「赤いウインナーはカンガルーの肉で作ってあるという噂や」と述べ、「子供たちの弁当を豪華にしてくれる真っ赤なソーセージ」を決して口にします。イクはそれがシベリアで鼠を原料とした肉を食べたためだと推測している様子です。

当時、戦争の影は色濃く、例えば軽食屋「有馬殿」の親父は戦争神経症を患っており、「人の肉はな、鼠より酸いいんや。そら、大きい鼠のほうがうんとごっつぉ〈ごちそう〉やったがな。オイカワもな、鼠食うて、ばば垂れっぱなしで生きたらよかったんや」などとつぶやきます。この作品は、戦時中の生死を分けた経験が「地中に埋もれた不発弾」のように日常のそこかしこに転がっていた時代の記憶を伝える「市井の歴史小説」と言えます。




2020/11/17

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第134回 古川日出男『ベルカ、吠えないのか?』

 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第134回 2020年11月15日)は、古川日出男の傑作『ベルカ、吠えないのか?』を取り上げています。表題は「軍用犬でひも解く20世紀史」です。

この作品は北海道犬で、第二次世界大戦時に海軍の軍用犬となった「北」とその末裔の犬たちを中心とした物語です。北は「発達した筋肉と寒さに対する強い耐性を備えた北海道犬(旧称アイヌ犬)」で、日本海軍の侵攻に従って島に自生している野草の毒見を任務としています。

物語は当時、日本軍が占領したアリョーシャン列島の2つの島の1つ、鳴神島(キスカ島)からはじります。史実として20世紀にアメリカ合衆国の領土が占領されたのは、1942年の鳴神島と熱田島(アッツ島)の二島の占領以外にないらしい。日本列島から遠く離れたこれらの島々の占領はミッドウェーへの攻撃から米軍の目をそらすための陽動作戦でしたが、藤田嗣治の戦争画でも知られる通り、1943年の5月に熱田島の守備隊は全滅しています。その約一か月後に鳴神島にいた5200名の守備隊はケ号作戦で撤退を余儀なくされ、日本軍による米国領・アリョーシャン列島の占領はわずか一年ほどで終了します。

著者が記しているように、20世紀は戦争の世紀であり、軍用犬が戦争の最前線で活躍した世紀でもあります。人間に最も慣れ親しんだ動物である犬が、人間が引き起こした戦争を通して世界各地へと分散したことで、20世紀に犬のグローバル化と軍事化も進行したわけです。この作品は、史実としてキスカ島に残された軍用犬の物語を、著者らしい想像力を付与してフィクションとして展開した一流の偽史小説です。


古川日出男『ベルカ、吠えないのか?』あらすじ

1943年にアリョーシャン列島に残された四頭の軍用犬、北、正勇、勝、エクスプロージョンとその末裔の犬をめぐる長編小説。軍用犬の歴史を通して、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、ペレストロイカなど現代史がひも解かれる。日本軍の軍用犬の末裔たちが、アメリカ合衆国やソ連に渡り、冷戦構造の中で異なる人生を歩む大スペクタクル。2005年刊行の古川日出男の代表作。

2020/11/10

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第133回 今村夏子『星の子』

  西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第133回 2020年11月8日)は、今村夏子『星の子』を取り上げています。表題は「新興宗教と社会 何が正常か」です。

今村夏子は「正常」とされている社会から逸脱する人々を通して、多くの人々が当たり前のものとして享受している「正常」さを疑い、内面的な普遍性を浮き彫りにするのが上手い作家です。「星の子」は新興宗教に帰依した両親の下で育った「ちひろ」の家族への愛情と青春を描いた瑞々しい作品で、芥川賞の候補作となり、一部の選考委員から高い評価を受けました。映画版は芦田愛菜の主演、大森立嗣の監督で2020年の秋に公開されています。

新興宗教団体で生まれ育った子を悲劇的に描くのではなく、貧乏ながらも家族愛に満ちたものとして描いている点が面白い作品です。ちひろは「あそこの家の子と遊んじゃいけません」と同級生に言われるなど、小学校では友達は少なかったが、両親は優しく、「教会」に行けば声をかけてくる人たちがたくさんいたため、適度に楽しい幼年時代を過ごしています。

どんなにちひろの家族が関わる「教会」が社会から爪はじきにされ、親族からも忌み嫌われ、地域や学校で悪評が立っても、信者とその家族にとってその人生が充実したものになることもあり得ます。「星の子」は両親が新興宗教に帰依した家庭の子供の内面を通して、そこに確かな親子の愛情があり、他の信者たちとの友情があり、恋心を抱く青春があり得ることを描いた、社会の「正常さ」に疑義を呈する「オーソドックスな純文学」だと思います。



今村夏子『星の子』あらすじ

効能の怪しい水=金星のめぐみを販売する「教会」に属する両親の下で育ったちひろの成長物語。滅多に教会に顔を出さない姉は、両親が「教会」に帰依するようになったのは「ちーちゃんが病気ばっかりしているから」だと恨んでおり、高校生になると家出してしまう。果たして信仰と家族の愛情は両立するのか。映画版は芦田愛菜の主演、大森立嗣の監督で2020年の秋に公開された。


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【学生】【企業のSNS担当者】【ビジネス・パーソン】におすすめです!!
3つの大学で実際に行われたSNSやメディアについての意識調査結果も掲載!!

◆個人・企業のネット炎上対策
◆情報とメディアのマッチング
◆志望理由書の作成
◆自己PR文の書き方
◆論文・レポートの作成
◆データの収集と参照

❖目次
はじめに
第1回  個人のネット炎上パターンとその予防策・善後策
第2回  企業のネット炎上パターンと情報メディア・リテラシー
第3回  メディアの基本理論を踏まえた文章表現とメディア・リテラシー
第4回  コミュニケーション能力を高めるための文章表現1 三島由紀夫著『三島由紀夫レター教室』
第5回  コミュニケーション能力を高めるための文章表現2 三島由紀夫著『三島由紀夫レター教室』
第6回  メールの文章表現と基本的な敬語の使い方
第7回  葉書を用いた礼状・近況報告の書き方と明瞭な文章の書き方
第8回  起承転結の文章の構成と原稿用紙の使い方
第9回  志望理由書・自己PR文の書き方と論文・レポートの形式
第10回  日本語の特徴を生かした文章表現1 井上ひさし著『私家版 日本語文法』
第11回  日本語の特徴を生かした文章表現2 井上ひさし著『私家版 日本語文法』
第12回  データの収集・参照の仕方と論拠を明示した論文の書き方
第13回  社会調査(量的調査、質的調査の基本)と論拠・データをもとにした論文の書き方
第14回  ジャーナリズムと報道現場のメディア・リテラシー
第15回  批評的な思考≒メディア・リテラシーと批評文の書き方
参考文献
あとがき 

2020/11/04

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第132回 朝井リョウ『武道館』

 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第132回 2020年11月1日)は、朝井リョウ『武道館』を取り上げています。表題は「男性社会 生き抜く少女たち」です。

先月から取り組んできたBBCのドキュメンタリー2本の監修作業を終えました。来月、映像教材DVDとして2巻組で発売予定です(詳細は後日)。

法隆寺夢殿と富士山をモデルにした八角形の日本武道館は、日本の現代史に繰り返し登場する建築物です。皇居の北側の北の丸公園に位置し、1964年の東京オリンピックの柔道の競技会場として建設されました。その後、日本武道館は武道に関する競技会場として利用されながら、1966年にビートルズのコンサート会場として使用され「音楽の聖地」となりました。本作では現代のアイドルグループがコンサートを開く憧れの場所として、日本武道館が描かれています。

主人公の愛子はNEXT YOUというグループに所属する高校生のアイドルです。デビュー時に携帯電話会社のCMに出演したが、電車に乗っても誰にも気付かれない程度の人気しかありません。現代日本の女性アイドルは、握手をしたり、大量のサインをしたり、ドッキリに応えたり、日々ファンからの無理のある欲望に左右され、「日常に現れた異物」となることを余儀なくされます。本作は「アイドル戦国時代」と言える現代日本を生きる少女たちが、男性中心主義的な価値観と衝突しながら、自らの生きる道を模索する、朝井リョウらしい青春小説です。


朝井リョウ『武道館』あらすじ

日本武道館でコンサートを開くことを夢見るアイドルグループを描いた作品。痩せた大人数のアイドルが「秋は食欲まんてん!」と微笑みながら、本人たちは絶対に食べないようなカロリーの高そうな食べ物を紹介するといった芸能界の矛盾を描く。主人公・愛子が属するアイドルグループNEXT YOUは、「授業参観」と呼ばれるライブや「席替え」と呼ばれる握手イベントを行い、熱心なファンを獲得していく。