西日本新聞の連載「松本清張がゆく 西日本の旅路」第8回(2024年9月29日)は、松本清張が肝臓がんで亡くなる3年前の1989年に「文學界」に掲載され、文芸誌に掲載された最後の小説となった「泥炭地」を取り上げました。担当デスクが付けた表題は「最後の「私小説」の原風景」です。
本作は1974年に「文藝春秋」に掲載された「河西電気出張所」や1980年に「新潮」に掲載された「骨壺の風景」の系譜に連なる「私小説」です。文学史に残る私小説の多くに事実の脚色があるように、本作にも同様の脚色が見られます。
本作「泥炭地」の福田平吉の姿には、親の飲食業が上手くいかず、家庭が貧しかった頃に抱いた「劣等感」が投影されています。「両親が老いたら、その面倒は平吉ひとりがみなければならぬ。月給十一円でどうして食わせられるか」という問いは、切実なものです。
「泥炭地」は、知名度の高い作品ではありませんが、数多くの名作を世に送り出してきた松本清張の「原動力」を、戦前の小倉の「原風景」と共に感じさせる「清張純文学」の遺作だと思います。