西日本新聞の連載「松本清張がゆく 西日本の旅路」第7回(2024年9月22日)は、1955年に香川県高松沖で発生した「紫雲丸事故」を題材とした『十万分の一の偶然』を取り上げました。担当デスクが付けた表題は「報道問う社会派ミステリの現場」です。今回の連載では、『松本清張はよみがえる』で取り上げなかった晩年の「社会派ミステリ」と、戦後の大衆文化史についても、重点を置いて論じていきます。
紫雲丸事故は、広島から修学旅行で乗船していた小学生を含む168名が亡くなった被害の大きさから「国鉄戦後五大事故」の一つに挙げられています。またこの事故では、第三宇高丸に乗船していたカメラマンが、救助船から甲板上で混乱する児童ら乗客の姿を撮影したことが、問題となりました。
ただ作中で清張はジャーナリストを擁護して、次のように記しています。「写真では、いかにもカメラマンがすぐに救助できそうに見えるが、じっさいは困難または不可能なのである」と。もちろん本作で描かれるように、事故がカメラマンによって意図的に引き起こされたものだとすれば、重大な問題です。
1960年に刊行された『日本の黒い霧』で下山事件や松川事件を含む「国鉄三大ミステリ事件」と向き合った、松本清張らしい「社会派の題材」と言えます。本作は70歳を超えた松本清張が、経済的な発展を遂げた日本社会に残存する闇に目を向けながら展開した、ノンフィクション風のミステリ小説です。*次回は次週日曜掲載