2025/03/30

「松本清張がゆく 西日本の旅路」第15回 「青のある断層」 萩(山口県)

 西日本新聞の連載「松本清張がゆく 西日本の旅路」第15回(2025年3月30日)は、画家や画廊を描いた一連の作品のルーツと言える「青のある断層」を取り上げました。担当デスクが付けた表題は「絵描きの利点生かした舞台」です。

 画家・画廊に関する作品では、他に「装飾評伝」などが有名ですが、1957年に藝術新潮に連載された『日本藝譚』(後の『小説日本藝譚』)の「葛飾北斎」や「雪舟」、1978年に週刊新潮に連載した『天才画の女』など、何れも広い意味での代表作に挙げられています。書籍の『松本清張がよみがえる』(西日本新聞社)では、『小説日本藝譚』について取り上げましたが、「松本清張がゆく」の連載ではもう少し取り上げようと考えています。

 清張は印刷画工として朝日新聞に入社していて、1951年のデビューの年にも、全国観光ポスター公募の「天草へ」で次席の推薦賞を獲得しています。清張は国民的な人気を獲得した後も、印刷画工としての初心を忘れないため、広告の版下を描くのに使った製図台の上で小説を書いていました。

 本文で詳しく記しましたが、松本清張が小説を書くことを通して追及していたのは、印刷画工として培った「画力」と深く結びついた、「エスプリ(機知に富んだ精神)」に似た「何か」だったと私は考えています。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1333208/

2025/03/27

PLANETS CHANNEL 酒井信 × 宇野常寛(連続対談『庭の話の話』)が公開されました

 PLANETS CHANNELで宇野常寛さんとの対談『庭の話の話』が公開されました。表題は「なぜ「アーキテクチャ」も「コモンズ(の共同体による自治)」も「解」にならないのか?」です。吉本隆明、柄谷行人、江藤淳、ジョナサン・カラー、ローレンス・レッシグ、ハンナ・アレント、ジョン・ロールズ、マイケル・サンデルなど、盛りだくさんの濃い内容でした。お時間のある時にでも、ご視聴いただければ幸いです。

酒井信 × 宇野常寛(連続対談『庭の話の話)

https://www.youtube.com/watch?v=VNLtRqemUr0&t=153s

2025/03/23

「松本清張がゆく 西日本の旅路」第14回 「或る「小倉日記」伝」 森鴎外旧居(北九州市)

 西日本新聞の連載「松本清張がゆく 西日本の旅路」第14回(2025年3月23日)は、松本清張の直木賞候補から芥川賞を獲得した「或る「小倉日記」伝」を取り上げました。担当デスクが付けた表題は「文豪の足跡追う主人公への敬意」です。

 この小説が発表された1952年、松本清張は朝日新聞西部本社で広告部意匠係として勤務しながら小説を書いていましたが、最初の「スランプ」に直面していました。新人作家として燻っていた清張を「三田文學」に紹介したのは、同誌の編集委員で「頭脳パン」でも知られる木々高太郎です。「或る「小倉日記」伝」で主人公の耕作を支援する白川慶一郎のモデルは、小倉の開業医で俳人だった曽田共助だとされますが、木々の姿も重なって見えます。

「西郷札」と比べると物語の面白さという点では劣りますが、清張らしい「人間に対する公平な眼差し」が生きた作品です。悲劇的な筋書きも坂口安吾や川端康成、佐藤春夫などから高い評価を受け、後続の清張作品に深みを与えたと思います。


https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1330103/

 先日、楽天大学ラボで三島由紀夫や江藤淳などについて話したあと、宇野常寛さんからお声がけを頂き、PLANETS YouTubeチャンネルで「連続対談 庭の話の話」の収録を行いました。吉本隆明、柄谷行人、ジョナサン・カラー、ハンナ・アレント、マイケル・サンデルなど、盛りだくさんの良い話でした。「庭の話の話」としては、最長だったそうで、近日、アップロードされると思います。

2025/03/17

北海道新聞 古川真人著『港たち』書評

 北海道新聞(2025年3月16日)に古川真人さんの『港たち』の書評を寄稿しました。担当記者が付けたタイトルは「島と人 はかない血縁の力」です。古川さんの母方のルーツの長崎県平戸市の的山大島と思われる離島を舞台にした作品です。平戸は長崎よりも先にポルトガルに開港された港町で、トビウオ(アゴ)とヒラメとカスドースが美味しいです。

 短文の書評ですが、宮本常一、中上健次、さだまさし、村田喜代子の作品を参照しました。祖父母の家を訪れたような、のんびりとした時間が懐かしく、肉親との関係や故郷の風景を文章で表現したいという欲求は、小説を書く根源的な欲求なのだと思います。

https://www.hokkaido-np.co.jp/article/1135025/

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 楽天大学ラボでの宇野常寛さんと先崎彰容さんとの対談の収録を終えました。江藤淳、吉本隆明、三島由紀夫について、楽しく、深く考えさせられる内容でした。前後の話も含めて、お二方からはいつも仕事の刺激を頂けるので、ありがたいです。批評を書き続けるのは、本当に大変なことだと思います。今月は西日本新聞の連載「松本清張がゆく」が2回掲載されます。

2025/02/26

「松本清張がゆく 西日本の旅路」第13回 「西郷札」 佐土原町(宮崎県)

 西日本新聞の連載「松本清張がゆく 西日本の旅路」第13回(2025年2月23日)は、松本清張のデビュー作「西郷札」を取り上げました。担当デスクが付けた表題は「会心のデビュー作の舞台」です。初期の清張の短編は優れたものが多いですが、「西郷札」はその代表作と言えます。

 本作は宮崎県佐土原町に残された「西郷札 二十点」とその「覚書」をめぐる時代小説です。1950年代の松本清張は、時代小説(→純文学)→社会派ミステリ(→ノンフィクション)と重心を移行していくのですが、この小説は大佛次郎の影響が顕著で、直木賞の候補作になっています。西郷札とは西南戦争の時、西郷隆盛が率いる薩摩軍が発行した軍票のことで、薩摩軍は田原坂の戦いで敗れた後、戦費の調達のために、西郷札を佐土原で印刷しています。

「あ、義兄さま」「す、相撲は?」「相撲なんか、どうでもよござんす」といった会話など、ユーモラスな雰囲気も、後続の清張作品を先どっていると思います。大蔵省の塚村が嫉妬心から「西郷札の買上げ」の話で、主人公の雄吾をだましていく展開もドラマチックです。

会心のデビュー作の舞台 『西郷札』 佐土原町(宮崎市)

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1319037/

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 2025年3月2日開催の「松本清張生誕115周年記念 国民作家・松本清張の原風景、小倉」@丸善リバーウォーク北九州店は、定員を大きく超えるご応募を頂きました。ありがとうございます。当日、お話しするのを楽しみにしています。

https://riverwalk.co.jp/event/maruzen_event_05/

 サイン会では、特製の「松本清張はよみがえるスタンプ」を押し、署名します。希望があれば、明治大学レスリング部OB・マサ斎藤の座右の銘「Go For Broke!(当たって砕けろ)」を記入いたします。(「Go For Broke!」は、元々はダニエル・イノウエが所属したことで知られる日系人の第442連隊のスローガンです)

 3月は他にも、楽天大学ラボで戦後日本の思想と文芸についてお話します。5月は宇野常寛さんのPLANETSの講座を担当予定です。その他にも、新しい仕事の準備をはじめています。

2025/02/17

BBCのドキュメンタリー2本の監訳(AIと共生するヒト社会、クラウド社会の環境問題/丸善出版)

 BBCのドキュメンタリー2本の監訳を担当しました。映像の翻訳は、表示時間などの関係で意訳したり、要点のみを訳出するなどの工夫が必要になるわけですが、詳細は、担当授業で説明しています。下のサイトでサンプルムービーを見ることができます。

BBC クラウド社会の環境問題  Is the Cloud Damaging the Planet?

BBC AIと共生するヒト社会  Beyond Human : Artificial Intelligence and Us

 
 生成AIを使用するには、従来の単語検索よりもはるかにサーバーの負荷が重く、より多くの電力と水を必要とするのですが、大規模なデータセンターの設置によって生じる環境問題については、あまり知られていません。急速に干ばつや山火事などの自然災害のリスクが高まっています。サーバーの利用料の一部を環境保全に還元するなど、データセンターが建つ地域の視点に立った新たな環境政策や税制が、必要になると思います。

 ただデータ処理速度の向上や、環境負荷の軽減、環境問題の解決にも、生成AIは大きな寄与をしています。再生可能エネルギーの効率的な利用など、環境との共生に生成AIを活用することも必要だと思います。「クラウド社会の環境問題」「AIと共生するヒト社会」何れの映像作品も情報量があり、大学や高校など授業での利用に適していると思います。ご関心が向くようでしたら、ぜひ大学や図書館への配架をご検討いただければ幸いです。

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 以前に監訳したBBCのドキュメンタリーは下です。スー・パーキンスはケンブリッジ大学卒のコメディアン、キャスターで、ドキュメンタリーにも関連する描写がある通り、イギリスではLGBTQのLであることをカムアウトした著名人として知られています。

BBC スー・パーキンスとさぐる現代日本の多様な文化  Japan With Sue Perkins 前篇

BBC スー・パーキンスとさぐる現代日本の多様な文化  Japan With Sue Perkins 後篇

2025/02/06

松本清張生誕115周年記念 国民作家・松本清張の原風景、小倉

 2025年3月2日に小倉の丸善リバーウォーク北九州店で、「松本清張生誕115周年記念 国民作家・松本清張の原風景、小倉」の講演を行います。北九州市立松本清張記念館のご協力を頂いています。私の講演に限らず、学芸担当主任の中川さんとの対談もあり、地域色の強いイベントです。丸善リバーウォーク北九州店には、私と中川さんのお薦めの清張作品も展示されているかと思います。

https://riverwalk.co.jp/event/maruzen_event_05/

 このイベントは西日本新聞の文化面でも告知を頂いています。西日本新聞の連載「松本清張がゆく 西日本の旅路」は、今月1回、来月2回の掲載予定です。

https://riverwalk.co.jp/app/wp-content/uploads/2025/01/d7b4243094e692bfbc30f664037267ec.pdf

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 第59回スーパーボウルはPhiladelphia Eaglesの勝利で「Fly, Eagles fly」が何度も聞こえてくる好ゲームでした。試合前の取材では、今年もGuillermo Rodriguezが頑張っていました。Saquan Barkleyに「あなたは足が速いですが、なぜ逃げてるんですか?」と聞くなど、笑いました。ABCの Jimmy Kimmel Liveでおなじみの元不法移民で駐車場警備員のメキシコ系コメディアン。彼の活躍そのものがトランプ政権への抗議と言えます。

Guillermo at Super Bowl Media Night 2025

https://www.youtube.com/watch?v=36jvzto3VPw&t=162s

 今年のEaglesはOLが史上最大の総体重で、RBが2000ヤード超えのBarkley、WRがA.J.とDevonta、QBがHurtsというオールスター。時間消化すればいい場面でも、ロングパスという狂ったプレーコールで、40代のHCのNick Sirianniが2年前のSB敗戦からよくチームを立て直したと思います(たとえばJets時代は左利きで稼ぎたいとごねていた巨人・Mekhi Bectonを、LTからRGに転向させるとか)。EaglesはDLのラッシュ、DBのZone Coverからのタックルが速く、三連覇予想が多かったAndy Reid-Chiefsを攻守で圧倒していました。ただMahomes-Chiefsも30点以上離されても、Worthyなど若手を軸に20点以上取り返す、将来を感じさせる見事な敗戦でした。

NFL Super Bowl LIX Mic'd Up, "Is Jalen Hurts gonna smile now?" | Game Day All Access

https://www.youtube.com/watch?v=-wv-6dOB4eI&t=159s

 今年の中継は順番でFOXでしたが、トランプやスイフトはそれほど映らず、ハーフタイムショーのKendrick Lamarや前夜祭のLady Gagaなど、音楽でバランスをとっていた印象を受けました。Kendrickのハーフタイムショーは含意が深く、アンクル・サムを「超自我」として擬人化させて、メタ認知的に代表曲を批評的にからかいつつ、「good kid, m.A.A.d city」以来の「マイノリティとしての無意識」を深堀りする好パフォーマンスでした。

Kendrick Lamar's Apple Music Super Bowl Halftime Show

https://www.youtube.com/watch?v=KDorKy-13ak

 Kendrickは、Not Like Usでグラミー賞のRecord of the YearとSong of the Yearを獲得したので、ピューリッツァー賞も獲ってますし、あとはノーベル文学賞かなという印象。ただアンクル・サムの台詞に表れていたように、自身やHip Hopのジャンルそのものへの危機意識もメタ批評的に表現していました。2015年の「To Pimp a Butterfly」の先を模索しつつ、ピークを過ぎたことも自覚し折り合いをつけ、後輩のSZAに託した思いのようなものを感じました。Lady Gagaみたいに、熱唱系の持ち曲がなく、常に新しいものを求められるのがKendrickの大変なところ。

Lady Gaga performs 'Hold My Hand' ahead of Super Bowl LIX | NFL on FOX

https://www.youtube.com/watch?v=XUw3-6YuJTo

 Kendrickのコラボで近年一番良かったのは、WeekendとのPray For Meだと思います。間奏のラップが圧巻で、短文で韻を踏みながら、アメコミ・ヒーロー物への的確なメタ批評を展開しています。

The Weeknd, Kendrick Lamar - Pray For Me (Official Lyric Video)

https://www.youtube.com/watch?v=XR7Ev14vUh8

 メディア・ジャーナリズム研究の文脈でいうと、今回のスーパーボウルも、昨年に続いて視聴者数で歴代最高を記録していますが、シーズンとプレイオフの視聴者数は微減しています。おそらく原因は、試合数が増えてプレイオフを見越した消化試合が増えた影響と、DAZNなどのサブスクが増えた影響が大きいと思います(CMなどスポンサーの傾向にも変化が感じられますが、このあたりの詳細は授業で)。あとTom Brady(顎がどんどんひし形化)など大物選手の引退と、ヨーロッパや南米での試合増(サッカーファンの取り込み)もあるので、微減というよりは高止まりと考えた方がいいかもしれません。

The best commercials of Super Bowl 2025

https://www.youtube.com/watch?v=HwqLPn3P4LE

 近年、アメリカではNFLだけではなく、カレッジ・フットボールの人気がすさまじく、大学スポーツを超えた「地域を代表するフェスティバル」になっている印象を受けます。NCAAの改革で、有名選手や人気チアが在学中に数億円を稼げる時代。アメリカの大学も生き残りが熾烈で、Oregon大学やLSUなどフットボールで躍進している大学の存在感が増しています。Indianapolisにはカレッジ・フットボール専用のミュージアムもあり、私も「神の子」Tim Tebow(フロリダ大学、パプテスト派)のシャツを来て行ったことがあります。

The BEST College Football Crowds/Atmospheres

https://www.youtube.com/watch?v=t9MbjQcSkpc

 近年のカレッジ・フットボールで注目すべきは、Joe Burrow以来、トランスファー(転校)経験のあるスターQBが増えている点だと思います。今年のNFLでもチャンピオンシップに残った4人のQBのうち実に3人がトランスファー経験者(たとえば今年のNFLでMVPをとったJosh Allenは農家から無名大学を経てWyoming大学)。スーパーボウルを獲ったHurtsも、Alabama大学でスターターになれず、Oklahoma大学に転校してドラフト2巡の評価でした。将来のある選手に、新しい環境で再起のチャンスが与えられることは、リーグの活性化につながり、長い目でいいことなのだと思います。

How A Small-Town Farmer Became An NFL Superstar

https://www.youtube.com/watch?v=gIlU-LMT0v4&t=761s

2025/01/26

「松本清張がゆく 西日本の旅路」第12回 『実感的人生論』 旧小倉市立記念図書館(北九州市)

 西日本新聞の連載「松本清張がゆく 西日本の旅路」第12回(2025年1月26日)は、松本清張の代表的な随筆集『実感的人生論』を取り上げました。担当デスクが付けた表題は「学歴克服のエネルギー源」です。高等小学校卒で国民作家となった清張のバイタリティが感じられる作品です。

 本作には高等小学校を卒業後、給仕として働いた清張らしい人間観が記されています。人間は目的そのものであり、手段としてのみ使用されるべきではない、といった内容の、カントの『実践理性批判』に近いアフォリズムも記されています。

 連載第11回の「父系の指」で、清張が中学校に行けず、学歴には恵まれなかった経緯について記しましたが、松本清張は1922年に開設された小倉市立記念図書館に通い、独学で文学的な素養を身に着けました。円本ブームも思春期に経験しており、松本清張の文学的な素養は推理小説に限らず、大正10年代から昭和にかけての出版文化の総体に、影響を受けたものだったと言えます。

 実家が貧しかった清張にとっては、徒歩圏内に新しい図書館があり、古今東西の作品を無償で乱読できたことが大きかったと思います。「私のくずかご」という随筆が収録されていますが、本作は菊池寛が「文藝春秋」に記していた随筆「話の屑籠」から影響を受けたものです。メディア史的な観点からみても面白い記載があります。

 なお全集の月報などに記載のとおり、清張の長男の陽一さんは、小倉から上京した後、慶應義塾大学に入学され、その後電通に就職されており、清張は子供を通して「学歴克服」を果たしたとも言えるかも知れません。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1308322/

2025/01/15

第172回直木賞展望

 西日本新聞朝刊(2025年1月15日)に、第171回直木賞展望(西田藍さんとの対談記事)が掲載されました。今回の候補作は何れも読み応えがあり、1位が伊与原新さんの『藍を継ぐ海』、2位が月村了衛さんの『虚の伽藍』、3位が木下昌輝さんの『秘色の契り 阿波宝暦明和の変 顛末譚』という評価です。西田さんと女性の担当記者の双方が、仏教版の仁義なき戦い『虚の伽藍』を1位に挙げていたのが興味深かったです。対談用の3作品のメモ(本文の内容とは異なります)は下記です。

Yahoo!ニュース

https://news.yahoo.co.jp/articles/00943c124af962cd498614d59b525f4592d449e2

第172回直木賞展望 対談 酒井信さん 西田藍さん【きょう15日選考】  

月村了衛「虚の伽藍」現代が生んだ悪の主人公、伊与原新「藍を継ぐ海」地方舞台にした科学小説

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1303792/


伊与原新『藍を継ぐ海』

・地学の知識を生かした各短編の完成度が高い。「人類が最初に手にした鉄は、鉄隕石だと言われているんですよ」といったトリビアにも、人間存在について考えさせる深みがある。

・科学教育に重点が置かれている時代に、地学を主とした科学的知見を生かした著者の小説の価値は高いと思う。海外では元科学者のSF作家は珍しくない。

・日本の辺境と言える「地方」を舞台にした短篇が何れも魅力的。萩市の北西に浮かぶ見島の地質と萩焼の関係の深さを下地にした「夢化けの島」、絶滅したとされるニホンオオカミが混血の「狼混」として生き残る吉野村を舞台にした「狼犬ダイアリー」、長崎の長与町の空き家で見つかった原爆資料と記録をめぐる「祈りの破片」、北海道の野知内に落ちた隕石とアイヌの伝承を描いた「星隕つ駅逓」、徳島の浜辺のウミガメの産卵と「藍色の潮」の関係を描いた「藍を継ぐ海」、何れも優れた作品である。

・狼が人間と共生する道を選び、犬となり、氷河期を共に生き延びたといった時間的スケールの大きな描写が、現代日本の「地方」を舞台にした物語の密度を高めている。

・科学小説をSFとは異なる形で、現代日本の風土をもとにして展開した著者の筆力は優れたもので、本作は前回のノミネート作『八月の銀の雪』と比べても、「地方」を舞台とした作品の描写に深みがあり、文学性が高い。


月村了衛『虚の伽藍』

・伝統仏教の最大宗派と言われる「錦応山 燈念寺派」内部の政治抗争を、ヤクザや裏社会との濃密な関係を軸に、志方凌玄の出世劇としてコミカルに描く。

・名探偵役は、総貫首への出世を目指す、裏社会との関りの深い凌玄と、京大の経済学者から若頭となった氷室。戦国時代の物語のようでもあり、現代版「仁義なき戦い」のようでもある。

・宗教団体を描いた現代文学の傑作として、高橋和巳の『邪宗門』や松本清張の『神々の乱心』が思い浮かぶ。何れも宗教団体を軸にしながら、混乱を極める社会情勢(昭和維新など)を背景とした政治劇でもあった。

・本作は現代の京都を舞台に、寺社が土地開発に関与し、仏像の盗難事件に関与するなど、現代的な政治劇を描いている点が新鮮。『地面師たち』など土地開発をめぐる大衆小説が人気を集めているが、この小説もその系譜の作品。ここ数十年の京都駅周辺は、急速に開発が進んだ印象。

・全国各地の寺院や学校法人を傘下に持ち、巨大な「官僚組織」となった「燈念寺派」の内部抗争を、京都のヤクザや信用金庫、不動産業者、京大閥、寺社閥、市役所、政治家、韓国系の犯罪組織など、現代社会の様々なアクターとの関係から紡いでいる点が良い。

・「洛中のことは洛中で始末をつける」など、京都の政治的な風土も上手く描けている。

・この小説を読むと、京都の寺院の見え方が変わる。宗教を利用したマネーロンダリングは、世界的に見られるものであり、現代文学らしい題材だと思う。


木下昌輝『秘色の契り 阿波宝暦明和の変 顛末譚』

・時代小説としてテーマ、物語、描写が洗練されている。徳島藩(阿波国・淡路国)の蜂須賀家、10代藩主・重喜(しげよし)の藩政改革、藍政改革をめぐる内容。

・吉野川流域で獲れる藍が特産物で、品質が良く、重喜の改革により、藍商人が育成され、藩の大きな収入源となった。藩内部の政争と、藍玉をめぐる大阪商人との競争が小説の軸となる。

・大阪商人から搾取される藍作人の窮状、大阪商人の資金力・政治的なネットワークの強さを描きつつ、困難を乗り越え、徳島藩が藍大市を開催するに至る歴史を上手く描けている。

・人物の描写が上手く、特に読書家であり、遊び人でもあった重喜の奥行きのある性格や、教養に基づく改革の描写が、読者を惹き付ける。老中や改革派の忠兵衛、内蔵助、藤九郎の人物描写も上手い。

・一代限りの養子、順養子として佐竹家から蜂須賀家に迎えられ、いわゆる主君押し込めで、隠居を迫られる経緯が、無駄なく、物語として展開されている。分量に比して内容豊富。

・藍という競争力のある特産品の存在が、重喜の改革劇を魅力的なものとして特徴付けている。著者の筆力の高さが伝わってくる歴史小説。

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 直木賞は伊与原新さんの『藍を継ぐ海』が受賞で、1位予想的中でした。記事でも「僕は伊与原さんの「藍を継ぐ海」が1番」と言っていたり、前回に続き、調子がいいようです。伊与原新さん、おめでとうございます。

2024/12/26

福田和也先生・追悼文

 ユリイカ(2025年1月臨時増刊号)の「総特集・福田和也」に「福田和也という人――奇妙な廃墟の「中の人」の信仰心」という批評文と「福田和也主要著作解題」「福田和也単著一覧」を寄稿しました。493ページ、定価3080円の大ボリュームで、平成を代表する批評家・福田和也の追悼特集に相応しい内容です。ページをめくりながら、様々なことを思い出し、涙がこぼれました。福田和也先生と時間を共にすることができて幸運でした。ご多忙の中、ご寄稿を頂いた皆さまに、心より感謝申し上げます。

http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3999&status=published

 三田評論(2024年12月号)に「平成を代表する批評家――福田和也先生を偲ぶ」という記事を寄稿しました。「追想」欄に、安西祐一郎先生、山内慶太先生の記事と共にご掲載を頂いています。福田和也先生の慶應SFCでの面影について綴った文章です。告別式の後、骨を拾い続けている気持でいます。

三田評論 明治31年から続く慶應義塾の機関誌

https://www.keio-up.co.jp/mita/

「文學界」(2024年11月号)に福田和也先生の追悼文を寄稿しました。表題は「福田和也という人 文化保守の情感」です。文学を愛した福田先生へのはなむけとして、「文芸葬」ができて良かったです。『江藤淳は甦える』の著者の平山周吉さんの追悼文と並んで掲載されています。江藤淳が亡くなった時、江藤と最後に会い、自裁の報を聞いて「文學界」で特集を組み、福田先生から「江藤淳の文学と自決」を受け取った編集者が、平山さんでした。

https://books.bunshun.jp/ud/book/num/49100770711472024



 宇野常寛さんとの「僕たちは福田和也が遺したものから何を引き継ぐべきなのか?」という対談が、PLANETS YouTubeチャンネルで公開されました。

https://www.youtube.com/watch?v=AH90yh3KGJw

 収録したのが追悼文を続けて入稿した後で、通夜の前だったので、まだ原稿を書いた勢いで明るく話せましたが、通夜と告別式を終えた直後だと、メンタル面で、やや厳しかったかも知れません。

 精進落としの席でたまたま隣の席だった島田雅彦さんが、編集者からのビールの勧めに「痛風なので」とおっしゃって断られていたので(ご著書の『散歩哲学』でも痛風について触れられていました)、若々しく見える島田さんも色々あるのだなあ、と思った数秒後に、日本酒をぐびぐび飲まれていました。若さと健康の秘訣を伺ったところ、「懸垂をやるぐらいですかね」とのご回答だったので、私も「懸垂」をやろうと思います。福田先生は、音楽や落語、小説の朗読を聞きながら「散歩」をやっていましたが、「懸垂」はやっていませんでした。福田先生と島田さんの『世紀末新マンザイ パンク右翼vs.サヨク青二才』の裏話などが聞けて、有難い時間でした。

 西日本新聞(2024年9月26日)に福田和也先生の追悼文をカラーで掲載頂きました。福田先生のご両親のルーツが共に佐賀ということもあり、ブロック紙の文化欄のトップに寄稿できて良かったです。大きな写真が私が福田先生と最初にお会いした翌年の2000年のもので、私と一緒に映っている小さな写真が2019年の小林秀雄賞のときのものです(改めて写真を見ると、体調悪いのに、赤ワインを飲んでるじゃないですか、先生!)。


 福田和也先生とは、ホテルオークラでお話したのが最後になりましたが、お別れのご挨拶のようなものは、その時のやり取りや、産経新聞やYahoo!ニュース、KKベストセラーズやエキサイトニュースなどの、最後の3冊の書評などでできたかな、と思いつつも、思ったよりも早くその時が来て、心の整理が付いていない、というのが正直なところです。

 平成期の日本の文芸の発展に、大きな貢献をされた先生だったと思います。私が身近に接した往時の福田先生は、昼夜を問わず、猛烈な勢いで仕事をされ、文芸を中心とした価値判断にいつも真剣で、ピリピリとした緊張感のある、凄い人でした。慶應SFCの存在を広く伝えるのにも大きな貢献をされました。

 2024年9月29日に行われたお別れの会・通夜では角川春樹さんや重松清さん、告別式では文藝春秋の飯窪社長が、心のこもった弔辞を読まれ、往時の福田先生を偲ぶことができました。通夜や葬儀では、島田雅彦さん、原武史先生、『地面師たち』で注目を集めるゼミOBの作家・新庄耕さん、文芸ジャーナリズムに関わる出版各社の編集者の方々、ゼミの卒業生など、福田先生と親交のあった皆さまが、お別れをされていました。久しぶりにお会いした方々ともお話ができ、嬉しかったです。

 矢作俊彦さん、柳美里さん、リリーフランキーさん、古市憲寿さん、出産を控えていたゼミOGの作家・鈴木涼美さんなど、一線で活躍されている書き手の皆さまの献花も、祭壇を彩っていました。

「新潮」(2024年12月号)の「追悼・福田和也」もお勧めです。島田雅彦さんと柳美里さんの心に沁みる追悼文が読めます。島田さんの追悼文は読売新聞も含めて迫力があり、熱い友情を感じました。『石に泳ぐ魚』をめぐる柳さんと福田先生のエピソードは初耳でした。初めて私が「週刊SPA!」に寄稿した書評が柳さんの『石に泳ぐ魚』(2002年)でしたが、掲載後に柳さんから編集部に丁寧なお礼を頂いた経緯が、よく分かりました。大澤信亮の文章も川端論を切り口に「空虚さ」と対峙していて面白かったです。福田先生と大澤と「たいめいけん」に行ったのは覚えていますが、あの時、先生が床に落とした箸を拾って食べていたとは(笑)

「週刊読書人」の新庄耕さん、風元正さん、明石健五さんの追悼文も、往時の面影が感じられて良かったです。誰かが書いた福田先生の追悼文をずっと読んでいたいです。

 鈴木涼美さんゲストの「追悼・福田和也」の動画や、浜崎洋介さん、與那覇潤さん、辻田真佐憲さんの「追悼 伊藤隆・福田和也・西尾幹二」の動画も良い内容でした。

 物書きの友人や編集者の方々からも多くの励ましを頂き、心の支えになりました。下の最後の3冊の書評はよく知己の編集者に「追悼文っぽい」「生前葬だね」と(冗談半分で)言われていましたが、そうなるかも知れない、という予期の中で書いていました。福田先生を介してご厚誼を頂いた皆さまに、心より感謝申し上げます。

『福田和也コレクション1:本を読む、乱世を生きる』書評/「奇妙な廃墟に聳える邪宗門」

https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/945463/

https://www.excite.co.jp/news/article/BestTimes_00945463/

福田和也著『放蕩の果て 自叙伝的批評集』書評/産経新聞

https://www.sankei.com/article/20231029-GVOYPZDBAVK3XBTHLU63ICG56M/

福田和也著『保守とは横丁の蕎麦屋を守ることである』書評/「日常を文化とする心」

https://www.sankei.com/article/20230604-UB3SVSVSOFPZXM6ERJOD36HZUU/


産経新聞 この本と出会った 『風土 人間学的考察』和辻哲郎著 思い出す恩師の福々しい笑顔

https://www.sankei.com/article/20170402-DHL4URE7EFPHXMYXCMSCX6WYIY/

三田評論 【執筆ノート】『松本清張はよみがえる──国民作家の名作への旅』

https://www.mita-hyoron.keio.ac.jp/literary-review/202406-2.html