2018/10/21

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第30回 桜木紫乃「ホテルローヤル」

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」の第30回(2018年10月21日)は、桜木紫乃の直木賞受賞作、『ホテルローヤル』について論じています。表題は「釧路の生活者の『官能的な姿』」です。「現代ブンガク風土記」の30回の節目に相応しい作品です。

桜木紫乃は釧路在住の作家で、『ホテルローヤル』というタイトルは、廃業した実家のラブホテルの名称を採用したものです。ラブホテルの名称は、たまたま目に入った「みかんのブランド名」から採られたのだとか。桜木は15歳から結婚する24歳まで、実家のラブホテルで部屋の清掃の仕事を手伝っていました。この時の経験が、作品の隅々の描写に生き生きと投影されています。

例えば「本日開店」では、釧路の寺の存続のため、住職の妻が檀家との「枕営業」を行う際どい姿が描かれています。「バブルバス」では、昔気質の電気屋を廃業して、現在は家電量販店に勤めている夫とその妻が描かれています。手狭な賃貸アパートで親と同居し、子供二人を育てている夫婦にとって、ホテルローヤルでの時間は、出会った頃を思い出す「いちばんの思い出」となります。「星を見ていた」では、六〇歳を超えた掃除婦・ミコちゃんの「黙々と働き続けるしかない毎日」が描かれています。何れもラブホテルの裏側を知る著者にしか書けないような釧路という土地の風土を感じさせる味わい深い物語です。

桜木紫乃は直木賞の受賞時に「あの場所に書かせてもらった」と、この小説について述べています。「ホテルローヤル」で桜木紫乃が描く、釧路の生活者の「官能的な姿」には、釧路という土地に深く根を張った、成熟した性的な営みが感じられます。現代文学が描くべき主題の多様性と、表現上の可能性の双方を感じさせる優れた作品です。