2018/10/07

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第28回 宮部みゆき「火車」

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」の第28回(2018年10月7日)は、宮部みゆきの『火車』について論じています。写真は宇都宮で撮影した街のシンボル「大いちょう」です。

「火車(かしゃ)」という言葉は、生前に悪事を置かした人間を地獄に運ぶ車の意味で、家計が非常に苦しい状態も意味します。この作品は「バブル経済」の暗部を描いた作品で、都会の消費生活から取り残された若者たちの姿を描いた、宮部みゆきの1992年の出世作です。バブル期は理想的に回顧されますが、高卒の若者たちにとっては、給料が安い割には、地価が高騰していて家賃が高く、クレジットカードを使って消費生活を謳歌するには、金利が高過ぎる時代でした。

宮部は、都立墨田川高校を卒業後、OLとして働きつつ、裁判所速記官を目指し、二一歳から新宿歌舞伎町の法律事務所に勤務した作家です。26歳でオール讀物推理小説新人賞を受賞してデビューした後も、しばらくの間は、東京ガスの集金をして生計を立てていました。彼女の作品の大きな魅力は、その土地に根ざして生きざるを得ない生活者を、自己の姿に重ねながら応援するように、現実的な存在として肯定している点にあると思います。

バブル経済の崩壊直後の1992年に発表されたこの作品は、バブル経済の影に隠れた多重債務者たちの生活を浮き彫りにした作品であり、バブル経済の崩壊を生活者の視点から象徴的に描いた小説だったと思います。