2020/04/08

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第103回 村上春樹『羊をめぐる冒険』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第103回 2020年4月5日)は、村上春樹の英語圏での実質的なデビュー作『羊をめぐる冒険』を取り上げています。表題は「開拓地と近代史の暗部交錯」です。明治大学の肩書で書いた最初の原稿です。

『ねじまき鳥クロニクル』の回でも述べましたが、1996年に大学1年生になった私は村上朝日堂のホームページ経由で、村上春樹さんと3通ほどメールのやり取りをしました。『そうだ、村上さんに聞いてみよう』(朝日新聞社)にやり取りが収録されていますが、「羊」から「ねじまき鳥」に至る作品には特別な思い入れがあります。

『羊をめぐる冒険』は『ねじまき鳥クロニクル』に至る「村上春樹の絶頂期」のはじまりを告げる作品で、新年度の連載の最初に取り上げるに相応しい作品だと考えました。COVID-19が流行している今は、私たちが小説を通して「内的な冒険」に繰り出すのに絶好の時期だと思っています。

この作品は、離婚を経験したばかりの「僕」と耳専門の広告モデルを務める彼女が、星の柄を持つ羊と失踪した友人=鼠を探しに、北海道の開拓地へ向かう奇妙な物語です。羊と鼠を巡るファンタジーのような物語と「保守党の派閥」をまるごと買い取った、児玉誉士夫を彷彿とさせる「右翼の大物」の話がシンクロしている点が、この時期の村上春樹の小説らしいと思います。


村上春樹『羊をめぐる冒険』あらすじ

友人の「鼠」は小説の題材を探し求めて、北海道と思しき場所で撮られた「謎の羊」の写真を送ってくる。広告会社で働く「僕」は、その写真をPR誌に掲載したことで「右翼の大物」と目される人物に脅され、「謎の羊」を探す旅に送り出される。一匹の羊と社会の暗部で巨大な影響力を持つ人々との関係を巡る、冒険小説。野間文芸新人賞受賞作。