2021/06/14

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第162回 島田荘司『異邦の騎士 改定完全版』

 「現代ブンガク風土記」(第162回 2021年6月13日)は、島田荘司の実質的なデビュー作『異邦の騎士 改定完全版』を取り上げています。表題は「本格ミステリーのビート」です。島田荘司が最初に書いた小説で、発表までに9年(発表作としては25作目)を要し、全面改訂までに18年の時間が費やされた労作です。

 2021年2月に亡くなったチック・コレア(Return to Forever)の代表作「浪漫の騎士」に着想を得た小説で、文庫版に収録されている1991年の後書きによると、島田は「二十代という不安の時代」にこの曲を聴き、「空しい闘いに挑む時代遅れの騎士」の姿を思い浮かべることで、「どん底」を生きるような気分を慰めていたそうです。1976年に発表された「浪漫の騎士」は同時代のプログレッシブ・ロックへの対抗心が感じられる名曲で、「異邦の騎士」は複雑でありながら、崇高なテーマ性を感じさせる物語構造を有しているため、共通する部分が多いと思います。

「浪漫の騎士」を繰り返し聴いた若き島田荘司は、「世界にはこれほど真面目に、真剣に仕事をする奴がいる、とても遊んでなどいられない」と感じ、本作を書き始めたらしいです。小説全体に通底する「見知らぬ惑星に取り残された子供」のような不安に、「浪漫の騎士」からの強い影響が見られ、「日常的な不安」を払拭するために「本格ミステリーという激しいビートを必要とする音楽」を奏でた、島田荘司らしい本格ミステリーだと思います。

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島田荘司『異邦の騎士 改定完全版』あらすじ
 記憶を失った主人公の「俺」が、同棲相手の良子との恋愛を通して記憶を取り戻そうとしながら、過去の不幸な記憶に飲み込まれていく。愛する妻子を殺したかも知れないという記憶や、その復讐を果たしたかも知れないという犯罪の匂いが、主人公の現在を苛んでいく。作家・島田荘司がはじめて書いた小説の改定完全版であり、本格ミステリーの金字塔。