「現代ブンガク風土記」(第161回 2021年6月6日)は、山梨の葡萄農家で生まれ育った林真理子の青春小説『葡萄が目にしみる』を取り上げています。表題は「ゆっくり熟していく青春」です。本連載も3年3か月目に入り、熟してきた感じがしています。
林真理子の分身と思しき主人公の乃里子は、山梨の葡萄農家で生まれ育ったことにコンプレックスと、誇らしさの双方を抱いています。種なし葡萄を作るために、乃里子は「ジベ」という作業に子供の頃から駆り出され、手を薄桃色に染めてきました。プラスチックのコップに植物の成長を調整する「ジベレリン」を満たし、その中に葡萄の房を浸すと「小さな泡がわきあがって、まるで魔法のように実の中の種を消してしまう」らしく、現代でもデラウェアやピオーネなどの葡萄は、手作業で種なしにした上で出荷されています。
この作品の主な舞台となる「弘明館高校」は、林真理子が通った山梨県立日川高校がモデルだと推測できます。『楢山節考』や『東北の神武たち』で知られる深沢七郎(山下清との対談が面白い)の出身校で、林真理子と同じく実家が葡萄農園を営んでいた、「臍で投げるバック・ドロップ」でお馴染みの元全日本プロレス・ジャンボ鶴田の出身校でもあります。出身者の個性が際立っていますね。
林真理子の『葡萄が目にしみる』は、山梨の葡萄農家らしい言葉の訛りと、「自家用葡萄」の豊かな味わいを通して、甲府から少し離れた場所に位置する「果樹地帯」の風土を感じさせる青春小説です。
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林真理子『葡萄が目にしみる』のあらすじ
山梨の葡萄農家で生まれ育った乃里子は、太った外見を周囲と比べられながらも、農家の仕事を手伝いながら成長し、憧れの弘明館高校に入学する。高校に入ると放送委員を務め、先輩たちとも交流をするようになり、生徒会で書記長をやっている保坂に恋心を抱くようになる。複雑な家庭環境で育ち、不良ながらラグビー選手として活躍する岩永など、同じ山梨で育ちながらも、全く異なる青春を送る高校生たちの群像を描く。