「現代ブンガク風土記」(第179回 2021年10月10日)では、大阪の大正区や西成区を主な舞台にした池井戸潤の『オレたちバブル入行組』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「パワフルな金融ミステリ」です。池井戸潤の作品は、特徴的な場所を舞台にしたものが多いため、連載初期から取り上げる予定でしたが、第178回、第179回での登場となりました。
池井戸潤の小説に登場する主人公は、負けに次ぐ負けの中で、状況を好転させるヒントや手掛かりをかき集め、ぬかるみにはまった人生を立て直し、大逆転劇を演じることが多いです。このような物語構造は、著者の人生を反映していると私は考えています。池井戸は慶應義塾大学文学部を卒業した後、同大学の法学部に3年時編入して卒業し、バブル経済の真っ只中の88年に三菱銀行に就職しています。
その後、バブル経済の崩壊後の「失われた時代」に銀行を辞め、コンサルタント業やビジネス書の執筆を行う傍ら、98年に「果つる底なき」で江戸川乱歩賞を獲ってデビューします。エリート銀行員としてバブル経済の後始末を見届けて、その経験を小説として残すべく、作家となった珍しい人物です。池井戸作品に「企業もの」が多いことを考えると、ミステリ小説の登竜門の乱歩賞でデビューしたことは意外に思えますが、本作は粉飾決算や計画倒産など、元銀行員の作家らしい視点が生きた「金融ミステリ」と言えます。
池井戸潤の作品については、個人的に最も好きなもう一作を取り上げる予定です。
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池井戸潤『オレたちバブル入行組』あらすじ
バブル期に産業中央銀行に入行した半沢直樹は、バブル崩壊後に大阪西支店の融資課長となった。ある日、支店長に急かされて無理に5億円を融資した西大阪スチールが倒産し、全責任が半沢に押し付けられる。債権回収を命じられた半沢は、中間管理職としての名誉を回復できるのか。著者の名を世に知らしめた、2004年発表の人気シリーズ第一作。