「現代ブンガク風土記」(最終回 2022年5月1日)では、吉田修一の『ミス・サンシャイン』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「取り返しのつかない経験」です。本作でいう「取り返しのつかない経験」とは長崎の原爆災害のことで、第1回で取り上げたカズオ・イシグロの『遠い山並みの光』から連続するモチーフです。つまりこの連載は、長崎の原爆災害(「コミュニティの死と再生」)について取り上げた作品で始まり、同じテーマを継承した作品で終わる内容だったことになります。
吉田修一のインタビューでの発言(文春オンライン)を踏まえると、本作は1945年にアメリカの「LIFE」誌に掲載された「ラッキーガール」と呼ばれた一枚の写真を原点に据えたものです。この写真は、長崎の原子野で防空壕から一人の女性が顔を出し、笑っている姿を撮影した有名なもので、後にこの女性が原爆症で亡くなったことでも知られています。この小説は、長崎で被爆した彼女の「他にあり得たかも知れない人生」をつづった論争的な作品と言えます。
長崎出身の一心が、久しく表舞台に出ていない大女優・鈴さんの家に出入りしながら、戦後の映画史をひも解く内容が「偽史小説」という趣きで、面白いです。鈴さんが大女優として歩んできた経歴は、ブルーカラーの登場人物を描くことの多い吉田修一らしく、京マチ子のような「肉体派」のものだと言えます。妖艶な演技で「雨月物語」や「羅生門」や「地獄門」などの名作に出演し、国際映画祭を席巻した京マチ子は、溝口健二、黒澤明、衣笠貞之助、小津安二郎など錚々たる映画監督に愛され、戦後日本を生きる女性たちの感情を大写しで代弁しました。吉田修一の『ミス・サンシャイン』は、被爆経験を持つ二人の女性が、戦後日本を代表する映画の表裏で「失われた青春」を懸命に取り戻そうと努力する姿を描いた「戦後文学」だと思います。
この原稿で無事、連載の最終回を迎えることができました。4年と少し、週1回のペースで常時2か月~3か月分のストックを持ち、無理なく連載を続けることができました。励ましの声を多く頂き、ご関心を頂いた皆さまに心より感謝申し上げます。担当デスクの週刊誌のような見出しの付け方も上手かったと思います(私が見出しを修正したのは、第1回のカズオ・イシグロ『遠い山並みの光』と第173回の吉田修一『続 横道世之介』のみ)。
次の長文原稿に向けた準備もはじめています。長めの批評文は、起稿するまでの準備期間が最も楽しい時間かも知れません。毎日、目標として定めた量の本を読み、ゆるゆるとドラフトを書いています。
単行本『現代文学風土記』では、帯文を載せて頂いた吉田修一さんの小説を最も多く取り上げています。大幅に加筆した単行本『現代文学風土記』はAmazonや楽天ブックスなどで予約販売がはじまっていますので、ぜひご一読頂ければ幸いです。
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