2020/10/07

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第128回 有栖川有栖『幻坂』

 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第128回 2020年10月4日)は、有栖川有栖の出身地近くを舞台にした、私小説的な雰囲気を持つ作品『幻坂』を取り上げています。表題は「大阪の「坂の街」の奇談」です。

大阪の上町台地の南側、四天王寺近辺の坂道を舞台にした短編集です。各短編のタイトルには主に実在する坂の名前が付され、川口松太郎の名作「愛染かつら」の舞台となった愛染堂や、真田幸村が落命したとされる安居天神、聖徳太子が日本最古の夏祭り「宝恵かご」をはじめたと伝えられる今宮戎神社など、名所旧跡が数多く作品に登場します。

有栖川有栖の出身地は本作の舞台に近い東住吉区で、「幻坂」には有栖川有栖の私小説という趣も感じられます。彼が卒業した上宮高等学校は「幻坂」で描かれる上町台地にあり、この作品には高校時代の思い出も重ねられているのだとも思います。最初の短編「清水坂」の語り手によると「大阪弁は、生きて泳いで跳ねる魚。標準語は、網目のついた焼き魚」だそうです。この言葉の通り、本作「幻坂」は訛りを通して「生きて泳いで跳ねる魚」のように「天王寺七坂」の土地の歴史をひも解いた、作家・有栖川有栖の新境地といえる作品です。

有栖川有栖『幻坂』あらすじ

大阪の上町台地に点在する坂道を主な舞台にした短編集。この作品の舞台となる難波は、かつて遣隋使船や遣唐使船が出航する玄関口であり、7世紀には日本の首都でもあった。菅原道真が太宰府に流される前に立ち寄った安居天神など、古の難波の津の繁栄を伝える名所旧跡が多く登場する。心霊現象の解明を専門とする私立探偵・濱地健三郎シリーズの作品。