西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第129回 2020年10月11日)は、有栖川有栖のの本格ミステリー『双頭の悪魔』を取り上げています。表題は「本格ミステリーで問う「理想郷」」です。
京都市今出川にある英都大学の推理小説研究会の面々を描いた青春ミステリー小説です。4回生で27歳の部長・江神二郎が事件をひも解く「探偵アリスシリーズ」の3作目で、有栖川有栖の代表作と言えます。作品の舞台が高知の山奥になったのは、過疎化で多くの廃村が生まれていることを新聞で読んだのがきっかけで、両親が香川県出身ということもあり、著者は讃岐弁を話せるらしく、四国を舞台とした作品を書きたかったのだと思います。
この作品は江戸川乱歩の『パノラマ島奇談』など、「理想郷」を舞台にしたミステリー作品を下地に記されています。売れない作家が、自分にそっくりな富豪と入れ替わり、彼の資産を使って「理想郷=パノラマ島」を作るという内容です。現代社会を生きる私たちにとって理想郷とはどのようなものなのでしょうか。この小説で有栖川有栖が投げかける問いは、真犯人捜しの枠を超えて、思いのほか深いと思います。
有栖川有栖『双頭の悪魔』あらすじ
英都大学の推理小説研究会に所属するマリアは、中学時代の友人の実家のある高知県の山村を訪ね、その近くの木更村=芸術の里に住み着くことになる。マリアの父親から捜索依頼を受けた江神二郎ら推理小説研究会の面々は、木更村に侵入する作戦に何とか成功するが、複雑な利害関係が入り組んだ「密室殺人事件」に巻き込まれていく。