2021/05/31

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第160回 松尾スズキ『老人賭博』

 「現代ブンガク風土記」(第160回 2021年5月30日)は、松尾スズキの故郷・黒崎を想起させる「白崎」を舞台にした『老人賭博』を取り上げています。表題は「禍々しくも神々しい芸事」です。松尾スズキが冗談交じりに描くほど、「白崎」近辺はヤンキーとヤクザが闊歩する街ではないと思いますが、子供の頃、この「白崎」のあたりは(体感治安の悪い)長崎よりも更に治安が悪いと聞いた記憶があり、小説の舞台として期待してしまいます。

 本作で「白崎」は「昔は栄えてたらしいが、今はいわゆるシャッター商店街で、半ばゴーストタウン化しているらしい」と説明されます。「白崎の空は勉強に集中できない子供の目つきのようにどんよりしていた」など、街の衰退が文学的に表現されています。往時の黒崎の賑わいを知る著者らしい描写が味わい深く、「想像以上の黄昏っぷりだな。でも、だめになり方にロマンがあるといえばある」といった表現に、生まれ育った土地への愛情が感じられます。

 全体を通して「白崎という町を覆う独特な自暴自棄感」が生きた作品で、役者を務めることや、映画や舞台の脚本を書くことそのものが「賭博」に近いものだと感じさせる説得力があります。松尾の分身の海馬が、神が決めたとされる「現実の出来事」を、演技を通して模倣し、賭博の対象としながら、「神の行為を矮小化することで、神の視線の外側に出る」ことを目指す姿は、禍々しくも、神々しく見えます。

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https://www.nishinippon.co.jp/item/n/746972/


松尾スズキ『老人賭博』あらすじ

 コメディー映画を愛するマッサージ師・金子堅三は、客の一人だった脚本家で役者の海場五郎に弟子入りする。金子は北九州の「白崎」のシャッター商店街で行われる映画の撮影に同行し、78歳の俳優・小関泰司とその弟子のヤマザキが高い集中力でセリフ合わせを重ねるなど、プロの仕事を目の当たりにする。海馬は、衰えの見えはじめた小関のNG回数を当てる賭博を企画し、金子は師匠を助けるべく、根回しと駆け引きを重ねる。