西日本新聞の連載「松本清張はよみがえる」第27回(2022年12月1日)は、「婦人公論」に連載された、清張作品の魅力を分かりやすく実感できる秀作『絢爛たる流離』について論じています。担当デスクが付けた表題は「ダイヤが引き起こす 欲望と愛憎のドラマ」です。毎回、9×9文字で担当デスクに上手いタイトルを付けて頂いています。人間以外の存在が異なるコミュニティを渡り歩く作品として、馳星周の『少年と犬』とのmatch-upです。
松本清張の作品としては珍しく、戦中に清張が従軍した朝鮮半島の描写があります。第三話「百済の草」と第四話「走路」は、主人公の「ダイヤモンド」が朝鮮半島で砂金採取を行う技師の妻に渡った頃の話で、朝鮮の全羅北道の井邑を想起させる架空の都市「金邑」を舞台にした作品です。韓国は高速バスが安くて便利なので、群山から光州に向かったときに、このあたりを通ったことがあります。
松本清張が終戦を迎えたのは、光州の北に位置する全羅北道の井邑でした。『半生の記』によると清張は「朝鮮の西海岸の防衛に当たる新兵団」に所属し、軍医部付属の衛生兵として「最後まで飯炊きや、食器洗い、洗濯などの雑用に終始した」らしいです。玉音放送も「けたたましい雑音」で意味が良く分からず、「天皇がみずから戦局の挽回に士気を鼓舞するのかと思った」といいます。
「百済の草」と「走路」では、井邑と思しき町を舞台に、戦時中も変わらず情事や身の保身に溺れる人々の生き生きとした姿が描かれます。朝鮮半島を舞台にした作品については、後日、この連載で取り上げる林和(イム・ファ、中野重治の名詩「雨の降る品川駅」に応答した「雨傘さす横浜の埠頭」を書いたことで知られる)を主人公とした『北の詩人』を取り上げます。
読者が感情移入した登場人物たちが、これほど数多く死を遂げていく小説が、他にどれだけあるでしょうか。過去の批評家の評価はそれほど高くない作品ですが、個人的には松本清張の「入門書」として最適な良作だと思います。
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