西日本新聞の連載「松本清張がゆく 西日本の旅路」第4回(2024年7月14日)は、門司港を背景にした『日本の黒い霧』の最終回「謀略朝鮮戦争」を取り上げました。担当デスクが付けた表題は「権力と対峙「国際感覚」育む」です。
『日本の黒い霧』は、GHQが内部に抱える対立や組織上の問題から、下山事件や松川事件、昭和電工事件やレッド・パージなどが派生したことを告発したノンフィクション小説です。最終回「謀略朝鮮戦争」で清張は、限られた資料の解釈だと自ら認めた上で、次のように記しています。
「朝鮮戦線で日本人が米軍に直接協力したことは否めない。<中略>彼らは、或は水先案内人となり、或は掃海作業員となり、或は操作要員となって協力した」と。つまり松本清張は、敗戦後の「未解決事件」を通して、GHQが外的な脅威をあおり、「日本国民」を朝鮮戦争に動員する方向に誘導したと考えました。
現実の戦争に限らず、政治・権力的な党派争いや、偽情報が飛び交う情報戦も含めて、現代でもこのような「動員」が、日常の延長で行われていると思います。以前に三矢研究について記しましたが、清張は、独自に集めた資料や情報を駆使し、ジャーナリスティックな筆致で、戦後日本の生権力と対峙した作家でした。北部九州から朝鮮半島は近く、清張は朝鮮半島で従軍しているので、朝鮮戦争は『日本の黒い霧』で最後に向き合うべき、重要な題材だったのだと思います。
西田藍さんとの直木賞対談は次週の掲載です。『松本清張はよみがえる』は増刷が決まり、2刷の修正を入稿して、現在、印刷中です。
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1234573/
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IAMCR(国際メディアコミュニケーション学会)で、クライストチャーチに滞在しました。冬で雨の日が続き、天気は悪かったですが、市街地には2011年2月のカンタベリー地震からの復興が感じられ、Riverside Market近辺のローカルなお店が魅力的でした。IAMCRは地域色があり、英米の大学が強い影響力を持つ国際学会とは異なって、ダイバーシティが感じられる点が良いです。メインの会場だったTe Pae Christchurch Convention Centreも良い施設で、国際会議に慣れたスタッフの対応も素晴らしかったです。最終日にニューブライトンの図書館で会ったガーナの研究者グループは「2日かけて来たかいがあったよ」と言っていました。
WGの会合でも、前会長やWGのメンバーが、先進国の一部の大学や流行りのトピックに依存しない、ダイバーシティについて力説していました。ICTとコミュニケーション関連の分野、著作権・個人情報保護・ジャーナリストの人権など法に関わる分野、ポップカルチャーの分野など、Media Studiesは伸びしろがあります。私の発表も好評で、終了後も10人ぐらいの研究者から質問があり、特に若手からの質問が熱心で、日本の現代文学と映像作品への国際的な関心の高さを実感しました。
英語での発表やコミュニケーションは、日本語で考えていることを客観的に整理したり、新しいヒントを得られるので、経験として価値が高いです。研究活動は手段が目的化しやすいので、新しい刺激を得られる機会はありがたいです。経由地のシドニーでも図書館に行ったり、将来の研究やサバティカルなど、知己の研究者から情報を得ることもできました。色々な国や地域の研究者と話をしましたが、訪日経験があり、日本の現代文化に関心のある人が、ひと昔前に比べて格段に増えていることを実感しました。
冬のオセアニアから帰ってくると、日本の初夏は湿度が高くて疲れるので、家族で旬の「さくらんぼ狩り」にでも出かけようかと考えています。国外にいるとブラックチェリーをよく食べるので、桜桃の甘い実を採りたくなります。今回の発表でも言及した青山七恵さんの「かけら」(川端賞)が「さくらんぼ狩り」を題材にした作品でした。太宰治の短編「桜桃」も有名ですが、映画だとアッバス・キアロスタミの「桜桃の味」や、中国の農村を舞台にした「さくらんぼ 母と来た道」など、秀作があります。