2025/07/28

『立岩真也を読む』の書評と「やまとみらいカレッジ 現代文学風土記・神奈川編」

 西日本新聞(2025年7月26日)に、稲葉振一郎・小泉義之・岸政彦著『立岩真也を読む』の書評を寄稿しました。タイトルは「自由と分配巡る思想 再評価」です。立岩真也といえば様々な文体で「生存の肯定の思想」を展開した、個性的な書き手という印象で、追悼という気持ちで書きました。「人の存在とその自由のための分配」(『自由の平等』)の思想について、再考すべき論点があると思います。


 それと9月から10月にかけて、大和市文化創造拠点シリウスで「やまとみらいカレッジ 現代文学風土記・神奈川編 ~土地から読み解く、いま・ひと・こころ~」という講座を担当します。東名高速に「年300万人来館 シリウス大和市図書館」という謎の横断幕があり、前々から「シリウス」のことが、気になっていました。

 この横断幕の情報から、大和市の人口は「最大300万人」と思いつつ、約24.5万人らしいです。綺麗な施設なので、近隣の自治体の利用者も多いのだと思います。「シリウス」といえば、「北斗の拳」の天狼拳・リュウガで、私が想像する大和市のイメージとも遠くないです。

 お世辞抜きで「シリウス(天狼星)」は、素晴らしい名称だと思います。図書館は小宇宙であり、未来を照らす恒星です。大和市で「現代文学風土記・神奈川編」についてお話をするのを、楽しみにしています。

https://yamato-bunka.jp/learning/2025/012269.html

2025/07/16

第173回直木賞は誰に?(西日本新聞)

 西日本新聞朝刊(2025年7月16日)に、第173回直木賞展望(西田藍さんとの対談記事)が掲載されました。今回は良い候補作が多く、私の評価では、1位が塩田武士さんの『踊りつかれて』、2位が夏木志朋さんの『Nの逸脱』、3位が青柳碧人さんの『乱歩と千畝 RAMPOとSEMPO』と芦沢央さんの『嘘と隣人』でした。逢坂冬馬さんの『ブレイクショットの軌跡』は5番目の評価となりましたが、前回の候補作『同志少女よ、敵を撃て』を上回る出来栄えだったと思います。

 作品の多様性、表現の幅の広さともに、充実しており、文芸の世界で次々と新しい才能が開花している現状は、慶賀すべきことだと思います。

第173回直木賞は誰に?【直木賞候補作とあらすじ】

https://www.nishinippon.co.jp/item/1376641/

Yahoo!ニュース

https://news.yahoo.co.jp/articles/2eaa2de393b4a9d9d97978c0e8c203f7e8841c26

対談用の5作品のメモ(本文の内容とは異なります)は下です。

逢坂冬馬『 ブレイクショットの軌跡』 早川書房

・日本で製造されたSUV、ブレイクショットをめぐる物語。前回のノミネート作『同志少女よ、敵を撃て』よりも登場人物が多く、完成度が高い。

・アフリカの少年兵の戦闘シーンや、ファンドの敵対的買収の失敗の舞台裏、投資をめぐる特殊詐欺、同性愛のサッカー選手の結婚に至る人生、NFL選手の不適切発言による炎上など、題材にリアリティがある。

・オンライン上のコミュニケーションの拡大と、経済のグローバル化を視野に入れ、日本を舞台に、従来、文学作品で取り上げられなかった題材を、SUVブレイクショットを軸に上手く網羅している。

・「怒りをおそくする者は勇士にまさり、自分の心を治める者は城を攻め取る者にまさる」など、金言と物語が符合している点も面白い。

・大風呂敷を広げ、現代的な様々なテーマを展開し、物語として出口を示す筆力は高い。このような小説を数作書き、経験を重ねれば、直木賞を獲得できる作家だと思う。


青柳碧人『乱歩と千畝 RAMPOとSEMPO』 新潮社

・映画「フォレストガンプ」や映画「国際市場で逢いましょう」のように、乱歩と千畝が同時代の著名人たちとすれ違いながら成長していく物語。

・北里柴三郎、エンタツアチャコなども登場。同じ愛知五中で学び早稲田に進学した乱歩と千畝が親しく交際していたら、という仮定で書かれた作品。

・乱歩が6歳年上だったため、実際には交友といえるほどの関係があったとは考えにくい。

・横溝正史が編集者兼ライバル、松岡洋祐が敵役。休筆、失踪を繰り返しながら、小説の執筆を進める江戸川乱歩の苦悩と成長を描く。

・松本清張も登場するが、厳密には時代小説家としてデビューしているので、最初から推理小説に傾倒していたわけではない。それでも木々高太郎経由で清張が乱歩と知り合ったという描写はリアル。

・千畝がユダヤ人にビザを発給する描写は思ったよりも簡潔であるが、全体として登場人物が多い点は意欲的。一人一人の描写を深く展開できていないとも言えるが、乱歩と千畝の生涯について魅力的に描けている。


芦沢央『嘘と隣人』 文藝春秋

・神奈川県警を退職した元刑事・正太郎が、娘と孫を見守る生活者の視点から、日常に潜むささやかな嘘をめぐる事件に迫る内容。舞台は東急田園都市線の溝の口~たまプラーザ。

・著者らしい「隣人」に対する細やかな感性が生きたミステリで、他の候補作と比べると分量は少ないが、前回のノミネート作『汚れた手をそこで拭かない』よりも完成度が高い。

・離婚調停中の妻を刺傷する事件や、抱っこ紐のロックを解除する悪質な乳児転落事件など、育児をミステリの題材としている点が新鮮。

・元刑事が他人のプライバシーを侵害していいのかと葛藤する描写も、現代的。スマホを機内モードにして位置情報が収集されたかどうかや、SNS上の虚偽の書き込みが偽証に与えた影響、クレーマーが流したデマや怪文書が与えた悪影響など、従来のミステリにないオリジナリティの高い作品といえる。

・現代的な精神疾患を描いている点もリアルで、簡潔な心情描写が鋭い。ベトナムからの来た研修生が受ける「大人のいじめ」などが、事件の核を成している点も現代的と言える。

・嫌ミスというよりは、現代の大都市郊外の生活者の内面を巧みに描いているという点で、女性の視点が生きた「社会派ミステリ」と言える。


塩田武士『踊りつかれて』 文藝春秋

・ネットや週刊誌の誹謗中傷を題材とした社会派ミステリ。事実上の引退を余儀なくされた伝説のアイドル・美月と、自殺に追い込まれた若手芸人・天童ショージに関する誹謗中傷について、被害者・加害者、家族や弁護士の人生も含めて描かれる。

・社会的に意味のある内容を、天童の「炎上保険」という人気ネタを描くなど、物語を工夫しながら、複数の登場人物が交錯する「恋愛ドラマ」として上手くまとめている。

・天童と同級生だった弁護士の久代奏(かな)の視点から、刑法第230条、民法第709、710条などの条文解釈をもとにした名誉棄損の成立要件など、法的な知見を基にした描写がある点が「社会派」らしい。

・名誉棄損罪は公共性、公益目的、真実性の三要素から違法性が退けられることもあるが、虚偽情報の拡散やそれに便乗した誹謗中傷はこの限りではないなど、現代的な知見も織り込まれている。

・「浅瀬ですぐ善悪を決めてしまう人」による誹謗中傷に対抗した「枯葉」こと瀬尾政夫の「動機」と、大分・別府と久留米で育った美月の謎めいた過去をめぐるミステリ。

・確証バイアス、フィルターバブル、集団極性化といった社会心理学の基本概念も紹介している。読みやすく、広がりのある時間の中で、名誉棄損や誹謗中傷をめぐる問題について考えさせる。

・具体的な裏づけはあるか、表現が過剰ではないか、勝ち負けにこだわっていないか、わかりやす過ぎる結論になっていないか、という著者の誹謗中傷問題に対する問いは、本質的である。


夏木志朋『Nの逸脱』 ポプラ社

・同時代の社会を、暗部から切り取るセンスを感じる。常緑町という架空の土地を舞台に、現代的な意味での、ささやかな悪意や日常に潜在する暴力、苦境から立ち直る人間の強さをユーモアを交えながら描けているのが良い。

・爬虫類の飼育、警察官の大麻栽培、癇癪と執着、誹謗中傷と大人のいじめ、口裂け女の都市伝説、タロット占いのクレーマー、精神疾患と自殺未遂など、同時代的なテーマ性も高い。

・一般的な社会秩序から「逸脱」を余儀なくされるような、グレーゾーンに位置する精神疾患を有する人々について、登場人物たちがそれを克服してきた過程や、不器用な自己表現も含めて、内面を通して丁寧に描けている。

・嫌ミスという枠組みを超えて、微かな希望や人との繋がりを描けている点が良く、多くの読者を引き付ける魅力がある。特にタロット占いの修業をめぐって、「ゴリラ女」こと坂東と「テロリスト」こと秋津がマンションの外廊下で「女子プロレス」を繰り広げる場面が、エモい。

・大阪文学学校の出身ということで、現代的な庶民の感情を掬い取り、カウンターカルチャーとして小説を世に送り出す、田辺聖子のような作家になってほしい。

・松本清張も41歳でデビューし、国民作家となったことを考えれば、小説を書き始める時期は遅くとも良いと思う。

・表層的な差別の撤廃や多様性の称揚がなされている時代、文芸作品を通して一般的な社会秩序から逸脱する人々の心情を、繊細な筆致で描いた点が高く評価できる。

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 直木賞の選考結果は、芥川賞と共に該当作なしでした。今回の直木賞は、初候補の作家の作品が強く、好みが分かれる内容だった影響もあると思いますが、新しい作家が多く出て良い回だったと思います。芥川賞と直木賞の双方が受賞作なしとなった点へのコメントを、7月17日の西日本新聞に寄せました。

2025/06/29

「松本清張がゆく 西日本の旅路」第19回 「点と線」 福岡市東区 香椎海岸

 西日本新聞の連載「松本清張がゆく 西日本の旅路」第19回(2025年6月28日)は、鉄道旅行の魅力を伝えつつ、「点」としての情報を「線」へと繋げながら、事件の真相に迫った名作『点と線』を取り上げました。担当デスクが付けた表題は「映画化意識した「絵」になる傑作」です。

『点と線』は、福岡の香椎海岸で男女の死体が発見される場面から始まります。心中物は、近松門左衛門の「曽根崎心中」をはじめとして、長らく文楽や歌舞伎の人気演目として親しまれてきました。男女の心中は、枝葉の付いた噂話を生みやすく、物事の本質を覆い隠すのに適しています。

 この小説で清張は「心中物」に偽装した事件の「アリバイ崩し」を通して、心理劇として事件の真相を暴き、読者にカタルシスを与えることに成功しています。『点と線』は高度経済成長期を代表する社会派ミステリの傑作です。

 次回から「松本清張がゆく 西日本の旅路」は隔月の掲載で文化面に移動となります。松本清張については別途、年内に新書を刊行する準備を進めていますので、こちらにもご期待ください。

https://www.nishinippon.co.jp/item/1370133/

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 第173回直木賞の候補作、作品の多様性、表現の幅の広さともに、充実しています。日本文化の核を成す、文芸の世界で次々と新しい才能が開花している現状は、慶賀すべきことです。直木賞の予想対談も5年目で、かなりの分量の候補作を読んでいますが、楽しみながら取り組んでいます。

 大ヒット中の李相日監督、吉田修一原作の映画「国宝」については、近々、オンラインでお話しする予定です。「国宝」は歴代興行収入の上位に入る勢いで、文学作品を原作とした映画としても、記録的な大ヒット作になると思います。小説トリッパーに寄稿した「国宝」論(55枚)や、「文學界」掲載の吉田修一論の単行本未収録部分(150枚ほど)、映画パンフレットや文庫解説、「国宝」以後の文芸誌・新聞の書評など(50枚ほど)に加筆して書籍にまとめようと考え、少しずつ作業しています。

2025/06/22

「松本清張がゆく 西日本の旅路」第18回 「表象詩人」 宮崎県高千穂町 天岩戸神社

 西日本新聞の連載「松本清張がゆく 西日本の旅路」第18回(2025年6月22日)は、松本清張が小倉の文学サークルでの思い出を記した晩年の代表作の一つ「表象詩人」を取り上げました。担当デスクが付けた表題は「文学を通した友情と再会」です。1972年に連載された「黒の図説」の一作で、往時の社会派ミステリのようにダイナミックな物語展開が読後の印象に残る作品です。

 本文でもふれたとおり、松本清張が13歳の時に書いた(とされる)詩が、2018年に発見されています。掲載誌は小倉の同人誌「とりいれ」で、表題は「風と稲」。自伝的小説やエッセイで清張は、詩人としての経歴に言及することを避けていますが、「表象詩人」こと多島田が勤めていた東洋陶器の独身寮を訪れ、夜遅くまで文学談義をしていました。

 この作品は60歳を超えた清張が、昭和恐慌や昭和維新の足音が聞こえる時代に出会った「文学仲間」との思い出をつづった「自伝的ミステリ」です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/1367133/

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 李相日監督、吉田修一原作の映画「国宝」、素晴らしかったです。「鷺娘」も期待以上でしたが、「二人藤娘」「二人道成寺」に加えて「曽根崎心中」とは、さすがと思いました。原作だと「阿古屋」がメインになりますが、納得の演出。長崎の料亭・花月の冒頭も良く、料亭・青柳前から丸山を見下ろしたシーンもあり、李監督らしい繊細な表現が生きた映画でした。

『国宝』については「小説トリッパー」(2018年秋季号)掲載の「「からっぽ」な身体に何が宿るか 吉田修一『国宝』をめぐって」に詳細を記しています。原稿用紙換算で50枚ほど。

https://publications.asahi.com/product/20368.html

 歌舞伎のルーツが庶民の芸能にあったことを考えれば、1642年創業の長崎丸山の引田屋(現・花月)は「地歌舞伎」の舞台として最古に近いものです。このため花井半二郎・俊介の血統と、喜久雄の突然変異的な才能の二項対立は、脱構築され得るもので、半二郎は喜久雄の才能を見いだした時点から、「地歌舞伎」の文脈を頭に置いていたという点が、この作品のポイントになると私は考えています。

 丸山の引田屋で卓袱料理を食べ、酒を飲むことはこのような歴史を味わうことでもあります。三輪(丸山)明宏さんや吉田さんや私の実家もこの近く。丸山・花月は、長崎くんちや少年サッカー、町内会や婚礼などの宴席で、たまに行っていました(昔はお昼が安かった記憶があります)。近年は観光地になりましたが、映画「国宝」でも描かれた、丸山の奥座敷という風情の庭が良いです。

 映画「国宝」の冒頭で「関の扉」が引田屋の舞台で上演される場面には、「地歌舞伎」の歴史を踏まえた意味があります。吉田修一作品は、こういう何気ない表現が上手いです。喜久雄は「鷺娘」や「曽根崎心中」など、1700年代から受け継がれてきた歴史ある演目を通して、半二郎の記憶とともに「地歌舞伎」の伝統を背負い、刷新を試みたのだと思います。

 何れにしても映画「国宝」は、吉沢亮、横浜流星、渡辺謙、高畑充希、森七菜、見上愛、嶋田久作(決めつけ刑事!)など、豪華な演者が生き生きとしていて、良い映画でした。小説『国宝』については、「小説トリッパー」や「文學界」などに寄稿し、長らく映画版に期待していましたが、大満足です。3時間近い、戦後の歌舞伎の歴史を題材とした作品で、『悪人』を超える成功を収めたことが素晴らしく、「李相日監督、吉田修一原作」の次作が早くも楽しみです。

映画「国宝」本予告

https://www.youtube.com/watch?v=DAiq_4YWXow

 現在は次の本の原稿と、直木賞対談の準備、連載・書評について、無理のないペースで取り組んでいます。

2025/05/25

「松本清張がゆく 西日本の旅路」第17回 「火の記憶」 壇ノ浦古戦場跡(山口県下関市)

 西日本新聞の連載「松本清張がゆく 西日本の旅路」第17回(2025年5月25日)は、推理小説の習作となり、後の「張込み」を準備した3作目の「火の記憶」を取り上げました。担当デスクが付けた表題は「不幸な運命に抗う女性描く」です。

 松本清張のデビュー作「西郷札」は1951年3月に「週刊朝日別冊・春季増刊号」に、井伏鱒二、大佛次郎、尾崎士郎、吉川英治、長谷川伸など、名だたる大作家と共に掲載されています。この掲載号を送付した中で次の仕事を斡旋したのが、直木賞作家の木々高太郎でした。清張は木々の期待に応えるべく「火の記憶」の元となった「記憶」を執筆します。

 木々は清張の予想に反して「記憶」を純文学系の「三田文学」に掲載し、清張は「とまどった」と述べています。このため清張は、純文学系の作品として4作目の「或る「小倉日記」伝」を執筆し、芥川賞を獲得します。異なるジャンルの先輩・木々の推薦を受けたことで、清張は作風をひろげることに成功したわけです。

 3作目の「記憶」が「清張作品の幅を拡げた意味」については、従来あまり着目されてきませんでした。ただ「松本清張研究 第十四号(特集・初期短編小説)」で、小森陽一先生が「記憶」を「精神分析的推理小説」として位置付け、大衆文学史の中で高く評価していたり、松本常彦先生が、清張の自伝的小説の親子の心情描写に、事実と虚構を超える固有性を見出しています。膨大な清張作品を読み込んだ上での各作品の評価が、重要だと実感しています。

 何れにしても松本清張の「初期短編」は依然として再評価が必要で、教育の場でも活用できるいい作品が多いと思います。

https://www.nishinippon.co.jp/item/1355353/

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 WrestleMania 41をダイジェストでみていたら、同世代のRandy Ortonが20回目の出場で、粋な仕事をしていました。ヒールですが、プロレス一家の三代目らしく、客への気配りと役どころを弁えたプロ意識の高さが魅力的。Kevin Owensが欠場して代役を立てることになった経緯も、丁寧に説明しています。「誰が来るんだ?」と戸惑うムーブで、地元テネシーの後輩、Joe Hendryを抜擢という、心遣い。Joe Hendryは、ふだんはLocal Heroというアングルで、WrestleManiaの百分の一ぐらいの箱とお米(ギャラ)で、仕事をしています。隣で一緒に観ていた息子に、今から食事を倍ぐらいとって、筋トレに励むのはいいが、プロレスの道は、批評の道と同じく甘くはないぞ、と言ったら、どっちも無理と、照れてました。

https://www.youtube.com/watch?v=E6GG_j3PDVA

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 Alasdair MacIntyreが亡くなりました。手元にある『美徳なき時代』から、マッキンタイアの思想を特徴付ける一節を引くなら、「生きた伝統」に関するバーク批判の部分ですかね。マルクス主義の道徳的欠如を指摘する一方で、アリストテレスの参照が多い中、マルクスやエンゲルス、サルトルなども参照していたり、「右」や「保守」というよりは「スコットランドのコミュニタリアン」という印象の思想家でした。個人的には思想にも文学と同様に、世代的な限界を感じてしまうので、カントやロールズの議論については、サンデルの議論の方が深みがあり、多文化主義的な観点からも、より実践的だと思いますが、美徳や共通善をめぐる考え方には、マッキンタイアらしい「思想の訛り」がありました。

「私たちはここで、<伝統>という概念を保守的な政治理論家が用いるときのイデオロギー的用法によって迷わされがちである。そうした理論家たちの特徴はバークに従って、伝統と理性、および伝統の安定性と抗争を対照させてきた。その二つの対照とも私たちの理解を曇らせるものである。というのは、あらゆる思考は、ある伝統的な思考様式の文脈の内部で行われ、その伝統の中でそれまで思考されてきたものの限界を、批判と考察をとおして超越していくからである。<中略>

 伝統への適切な感覚は、過去のおかげで現在役立てうるものとなった未来の諸可能性を把握することに発揮されるのだ。生きた伝統は、まさに未完成の物語を続けているがゆえに、未来が何らかの性格を所有する限りは、過去に由来するところの限定され、かつ限定可能な性格を所有している未来に直面するのである」 

篠﨑榮訳『美徳なき時代』「諸徳、人生の統一性、伝統の概念」みすず書房

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 Nintendo Switch 2が話題ですが、子供に買い与えるか迷っています。ゲームはパソコンを推奨しており、マイクラもJava版でカスタマイズしながら、システム設計も含めて楽しんでほしいものです。スマホのゲームも同様で、たとえばPokemon Goも、物理的に移動するだけではなく、GPS情報をカスタマイズしてみるなど、色々と試してほしいところ。とはいえ、Splatoonの新作が出ると子供の圧力(一時的に成績が上がり、答案を突き付けられるなど)に屈っしてしまいそう。Switchはリングフィット・アドベンチャーを試すために買いましたが、Switch 2で続編が出ると買ってしまうかも。ゲームはフィットネス系にしか興味がないですが、老後は認知機能の衰えを緩和するために、高橋名人のスイカ割り16連射に、再チャレンジしたいと考えています。

2025/05/01

PLANETS SCHOOL「戦後80年を小説から読む」

 2025年5月8日に、宇野常寛さんのPLANETS SCHOOLで「戦後80年を小説から読む」という講座を担当します。柄谷行人・江藤淳の批評を切り口として、谷崎潤一郎・川端康成・太宰治・坂口安吾・三島由紀夫・遠藤周作・松本清張・司馬遼太郎・村上春樹の文章を取り上げながら、戦後日本の文芸史について私見を述べます。先日の楽天大学ラボの動画「「戦後思想」再考―江藤・吉本・三島から読み解くこれからの生き方」が好評だったこともあり、この話を展開した内容になります。ご関心が向くようでしたらぜひ。

PLANETS SCHOOL 教養講座 第四期

https://community.camp-fire.jp/projects/65828/activities/690807


楽天大学ラボ 「戦後思想」再考―江藤・吉本・三島から読み解くこれからの生き方|先崎彰容×酒井信×宇野常寛

https://www.youtube.com/watch?v=fIKlTogXi64&t=3635s

2025/04/27

「松本清張がゆく 西日本の旅路」第16回 「骨壺の風景」 大満寺(北九州市小倉北区)

 西日本新聞の連載「松本清張がゆく 西日本の旅路」第16回(2025年4月27日)は、ばばやんこと祖母・カネとの思い出を綴った、晩年の自伝的小説「骨壺の風景」を取り上げました。担当デスクが付けた表題は「掘り起こされた祖母の思い出」です。

 松本清張の一家は小倉の旦過市場の近くで飲食店を営んでいましたが、「貧窮」の中にありました。このため「ばばやん」の遺体は、父と叔父と清張が大八車で焼き場まで運び、骨壺は近所の寺に「一時預け」となり、長い年月が経ちました。

 清張は「死人の村」に祖父母が住んでいる夢を見て、「ばばやん」の骨壺を探すことを決意します。小倉の地図を見ながら、過去の記憶を手繰り寄せる文章から、ノンフィクションともミステリとも言える「スリル」が伝わってきます。

 清張にとって本作で描かれる「ばばやん」との時間は、人生で最も苦しい時期で、時を経て掘り起こされた記憶の断片は、文芸誌「新潮」の掲載作品らしく、文学的な魅力を放っています。

https://www.nishinippon.co.jp/item/1344613/

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 サブスクで音楽を聴いて久しいですが、たまに思春期に聴いていたアルバムがリマスターされ、未発表音源込みで再リリースされていることに気付き、感動します。最近の収穫はR.E.M.のAutomatic For the People(1992年)の25th edition(2017年)。Man on the Moonは、アンディ・カウフマンをジム・キャリーが演じて映画・ドラマにもなりました。終盤のNight Swimming, Find the Riverまで、ロードムービーのような良曲が続きます。シンプルな楽曲と歌詞が良く、カート・コバーンが亡くなる直前に聴いていたことでも知られますが、元レッド・ツェッペリンのジョンジーのアレンジも良いです。Everybody Hurtsのように、レイモンド・カーヴァ―の掌編のような曲は、今聴き返しても、懐かしさと新鮮さの双方が感じられます。カーヴァーだと「象」とか「レモネード」あたりの、日曜日の夕暮れのような雰囲気。

R.E.M. - Everybody Hurts

https://www.youtube.com/watch?v=5rOiW_xY-kc&list=RD5rOiW_xY-kc&start_radio=1

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 NFLドラフトはMiami大学のQB・Cam Wardが1巡1位指名でした。今年は1巡指名のQBがわずか2人、オフェンスラインが8人という珍しい年でした。USA Todayの記事だと、The top 12 choices will get contracts worth at least $20 million over four yearsなので、上位でドラフトされると、ルーキー契約でも4年で30億円ぐらいが保障されます。隣で一緒に観ていた息子に、今から食事を倍ぐらいとって、身長2m、体重150キロを目指し、左利きのラインマンになって家族の生活を楽にしてくれないか、と言ったら、照れてました。(QBは右利きが大半で、左側がブラインドサイドになるため、左利きのラインマンの希少価値が高く、平均年俸が高いのです)

Best Moments of the 2025 NFL Draft!

https://www.youtube.com/watch?v=D-CxIs7HCcg&t=503s

 Green Bayでの開催だったので、ライバルのChicago Bears関連のネタが豊富で面白かったです。トランプが(トランプタワーで有名な)シカゴをディスって「The Bears Still ○○」、と言ってたという、Clay Matthewsの際どいジョークで始まり、WWEでヒールのSeth Rollinsが、シカゴ出身でもないのに、謎のシカゴ・ベルトを掲げてBears推しでブーイングを浴び、ひと仕事。横田基地からの中継もありましたが、日本のメディアは無反応(アメリカの大衆文化のフォロー不足)。

 NFLのドラフトは指名された選手と家族や友人が一緒に映り、様々な文化的な背景や地域色が感じられるのが面白いです。Green Bay Packersは、地域に根差したスポーツ文化の担い手として模範とされるチームで(人口が10万人と少しでスタジアムが7万人規模)、Jリーグ発足の際に参考にされたことでも知られます。

Top NFL Draft Reactions | Emotional Moments From Future Stars 🥹

https://www.youtube.com/watch?v=XhO0OjDwo2E

2025/04/24

楽天大学ラボ 「戦後思想」再考―江藤・吉本・三島から読み解くこれからの生き方 先崎彰容×酒井信×宇野常寛

 宇野常寛さんと先崎彰容さんとの楽天大学ラボでお話しした動画「戦後思想」再考が公開されました。江藤淳の「成熟」、吉本隆明の「自立」、三島由紀夫の「明晰」をめぐる話です。短時間の打ち合わせで、濃厚なお話ができるお二人はさすが、と思いました。当初は憲法とか60年代の思想についてお話する予定でしたが、テロップに何となく書いたキーワードから話が広がって、1時間半という収録でした。宇野さんの司会と、先崎さんのまとめが素晴らしく、楽しい時間でした。

「戦後思想」再考―江藤・吉本・三島から読み解くこれからの生き方 

先崎彰容×酒井信×宇野常寛

https://www.youtube.com/watch?v=fIKlTogXi64

 上で話さなかったことは、おおよそ下のPLANETSでの宇野さんとの対談でお話ししています。

なぜ「アーキテクチャ」も「コモンズ(の共同体による自治)」も「解」にならないのか? 酒井信 × 宇野常寛(連続対談『庭の話の話)

https://www.youtube.com/watch?v=VNLtRqemUr0&t=2s

2025/04/18

毎日新聞の講演記事と『松本清張研究 第二十六号』と『庭の話』書評

 毎日新聞の西部版(2025年4月18日)に先月、小倉の丸善で行った講演の取材記事を掲載頂きました。表題は「小倉で育んだ素養 清張を語る」です。小倉城を借景にした講演では、小倉・九州を舞台にした清張作品の描写や、下関・小倉時代の祖母を通した父との関係などについてお話ししました。『点と線』の直筆原稿の新しい発見についても少しふれましたが、後日、西日本新聞の連載などで詳しく書きます。定員を超えるご応募を頂き、サイン会では20人ぐらいの方々に『松本清張はよみがえる』をご購入いただき、良い機会でした。

https://mainichi.jp/articles/20250418/ddl/k40/040/282000c

 あと『松本清張研究 第二十六号』に「松本清張と文藝春秋と週刊文春 ――『十万分の 一の偶然』と『彩り河』を中心として」という原稿を寄稿しました。『松本清張研究』は研究者、批評家、ジャーナリスト、編集者の原稿が目次を共にする研究誌で、過去の特集テーマも魅力的です。私は週刊誌連載の清張作品の中から、「週刊文春」掲載の晩年の2作(『十万分の 一の偶然』と『彩り河』)について、論じています。私の師匠・福田和也も過去に2度、コラムと対談で目次に登場しており、感慨深いです。表紙に名前を出して頂き、ありがとうございます。


 それと西日本新聞朝刊(2025年4月19日)に宇野常寛さんの『庭の話』の書評を寄稿しました。表題は「多様で開かれた場を築く」です。いい本で、3000円を超える批評書で1万部超えは、メディアを運営してきた経験が生かされた、立派なものだと思います。宇野さんとのPLANETSでの対談「なぜ「アーキテクチャ」も「コモンズ(の共同体による自治)」も「解」にならないのか? 酒井信 × 宇野常寛(連続対談『庭の話の話)」も良かったです。


2025/03/30

「松本清張がゆく 西日本の旅路」第15回 「青のある断層」 萩(山口県)

 西日本新聞の連載「松本清張がゆく 西日本の旅路」第15回(2025年3月30日)は、画家や画廊を描いた一連の作品のルーツと言える「青のある断層」を取り上げました。担当デスクが付けた表題は「絵描きの利点生かした舞台」です。

 画家・画廊に関する作品では、他に「装飾評伝」などが有名ですが、1957年に藝術新潮に連載された『日本藝譚』(後の『小説日本藝譚』)の「葛飾北斎」や「雪舟」、1978年に週刊新潮に連載した『天才画の女』など、何れも広い意味での代表作に挙げられています。書籍の『松本清張がよみがえる』(西日本新聞社)では、『小説日本藝譚』について取り上げましたが、「松本清張がゆく」の連載ではもう少し取り上げようと考えています。

 清張は印刷画工として朝日新聞に入社していて、1951年のデビューの年にも、全国観光ポスター公募の「天草へ」で次席の推薦賞を獲得しています。清張は国民的な人気を獲得した後も、印刷画工としての初心を忘れないため、広告の版下を描くのに使った製図台の上で小説を書いていました。

 本文で詳しく記しましたが、松本清張が小説を書くことを通して追及していたのは、印刷画工として培った「画力」と深く結びついた、「エスプリ(機知に富んだ精神)」に似た「何か」だったと私は考えています。

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