西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第48回 2019年3月3日)では、吉本ばななのデビュー作『キッチン』について論じています。表題は「『拘束』から『解放』の場へ」です。「キッチン」は福武書店(現・ベネッセコーポレーション)が創刊した文芸誌「海燕」の新人賞を受賞した吉本ばななのデビュー作です。
「海燕」は1982年から1996年まで約15年間発行され、吉本ばななの他にも角田光代や島田雅彦、佐伯一麦や小川洋子など、現代日本を代表する作家たちを次々と輩出しました。文芸誌の重要な役割が「新しい書き手を世に送り出すこと」にあると考えれば、「海燕」はその役割を十分果たしたと言えます。
吉本ばななのデビュー作は「私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う」という印象的な一節ではじまります。この作品の魅力は、都会に住む人々の視点から、旧来の「家」で女性を拘束してきた場所=台所を、料理研究家を志す「私」を解放する場所=キッチンとして新鮮に描いた点にあると思います。
「キッチン」は、バブル経済期=平成のはじまりを象徴する作家が、この時代を象徴する場所=西新宿を舞台にして、この時代を象徴する文芸誌=「海燕」らしい現実感を展開した小説です。