2019/05/12

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第58回 重松清『ビタミンF』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第58回 2019年5月12日)では、重松清の直木賞受賞作『ビタミンF』を取り上げました。表題は「父権なき父親の孤独」です。多摩ニュータウンで撮影した写真が新聞紙の紙質にあって良い感じの色味が出ています。

40歳を超えてから、重松清の「平成不況を生きる中年」が主人公の小説を読むと、所々で目頭が熱くなりますね。この小説は「人生の中途半端な時期」に足を踏み入れた、思春期の子供を持つ、30代後半から40代前半の「父親」の様々な心情を、異なる視点から綴った短編集です。執筆当時、作者の重松清が37歳だったことを考えると、著者自身の「父親」としての経験が少なからず反映された「私小説」だと考えることもできます。

「ビタミンF」で描かれる父親たちは、家父長制の時代のように「父権」を振り回して、家族を従わせるような強さは持ち合わせていません。「おとなは「キレる」わけにはいかない。おとなは「折れる」だ」という言葉に象徴されるように、この小説で父親たちは、家族に対して妥協を強いられ、「父権なき父親」という孤独な役回りを引き受けています。

この作品の「ビタミンF」という表題には、「ファミリー」や「ファーザー」など様々な意味の「エフ」が込められているらしいです。そもそも現代社会において「家族」や「父親」の役割とは何なのか、考えさせられる一冊です。