2019/08/11

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第71回 佐川光晴『駒音高く』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第71回 2019年8月11日)は、佐川光晴の将棋ペンクラブ大賞(優秀賞)の受賞作『駒音高く』を取り上げています。表題は「厳しい棋士の道生々しく」です。

佐川光晴は屠殺場で働いた経験を踏まえて記した「生活の設計」でデビューした作家です。将棋会館で清掃員として働く奥山チカの物語が最初に記されているのが、「労働」を描いてきた佐川光晴の小説らしいと思います。この小説を読むと、様々な家庭環境で育った子供たちが、将棋に惹かれ、親に期待され、棋士を目指していることがよく分かります。

女性棋士を目指す葉子を、母親の視点から描いた章が特に面白いです。「かわいい女の子」だった娘が、たくましく勝利を重ね、棋士となろうとする姿に、母親は自己の人生を重ねながら、娘への愛情を深めていきます。女流棋士は、女性の棋士(四段以上)がなかなか誕生しないために作られたカテゴリーで、男子とは別にリーグ戦が行われていますが、棋士を目指す葉子が立ち向かうのは「女流棋士はいても、女性棋士はいない」という、将棋界の現実です。

子供の頃から孤独に将棋盤に向かい、勝負事の厳しさを味わってきた棋士たちを、優しく見守るような筆致で描いた、現代を代表する「将棋文学」だと思います。