2020/12/01

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第136回 柳美里『JR上野駅公園口』

 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第136回 2020年11月29日)は、柳美里の全米図書賞(翻訳部門)受賞作『JR上野駅公園口』を取り上げています。表題は「東北の出稼ぎ通し描く戦後史」です。

東日本大震災で被災地となった福島県南相馬市の海沿いの集落で生まれ育ち、東京に出稼ぎに出た男の人生を描いた作品です。作者の柳美里は平成27年に神奈川県から南相馬市に移住し、自作から採った屋号を持つ書店「フルハウス」を開業しています。表題は男が出稼ぎで家族を養ったのち、上野公園でホームレスになったことによるものです。本作によると「上野恩賜公園のホームレスは、東北出身者が多い」らしいです。

「突然いなくなって、すみません。おじいさんは東京へ行きます。この家にはもう戻りません。探さないでください」という孫娘への書置きが切なく、孫娘に迷惑をかけたくないという不器用な思いの強さに、出稼ぎの苦労を味わった労働者らしい矜持=感情の訛りが感じられます。ホームレスとなった男の人生を通して、上野恩賜公園の特異な歴史に迫る筆致も興味深いです。

 本作を記した動機について柳美里はあとがきで次のように記しています。「家を津波で流されたり、「警戒区域」内に家があるために避難生活を余儀なくされている方々の痛苦と、出稼ぎで郷里を離れているうちに帰るべき家を失くしてしまったホームレスの方々の痛苦がわたしの中で相対し、二者の痛苦を繋げる蝶番のような小説を書きたい――、と思いました」と。「JR上野駅公園口」は、福島県の浜通り出身の男の人生を、当地に住む作家らしい視点から戦後史を交えて丹念に描いた「故郷喪失」の物語です。



柳美里『JR上野駅公園口』あらすじ

1963年、東京オリンピックの前年に、男は福島の浜通りから上京し、出稼ぎで家族を養う。苦しい生活を立て直すことに成功したが、家族との死別を経験し、孫娘に迷惑をかけたくないという思いで、上野恩賜公園でホームレスとなる。福島出身の男の人生を通して、日本の戦後史を描く。2020年全米図書賞(翻訳部門)受賞。