西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第144回 2021年2月7日)は、宇佐見りんのデビュー作『かか』を取り上げています。表題は「架空の方言で描く母性神話」です。
「推し、燃ゆ」で芥川賞を受賞した宇佐見りんは、訛りを帯びた表現で女性の生理を描いたデビュー作「かか」で高い評価を受けて、三島由紀夫賞を史上最年少で受賞しています。宇佐美は静岡県の沼津生れで、神奈川育ちですが「かか」で使われる方言は、関西弁や九州弁に似た雰囲気を持ちながらも、実在しないものです。
本作の魅力は、家族が空中分解に近い状態にありながらも、うーちゃんが「かか」に愛憎の混じった親しい感情を抱き、「常に肌を共有している」ような感覚を抱いている点にあります。かかを狂わせたのは、最初の子供である自分を産んだことに起因している、という事実を引き受けることで、うーちゃんは成長の一歩を踏み出していきます。
かか=母性への「信仰」を取り戻すべく、うーちゃんが家出して熊野詣へと旅立ち、那智に祀られるいざなみに会いに行くという構成も巧みです。いざなみはいざなぎとの間に多数の子を設けて、日本の国土をかたどり、かぐつちの出産で亡くなった女神ですが、うーちゃんがいざなみに自己を重ねていく展開は、その旅路に「神話」のような深みを与えることに成功しています。かか=母性への愛憎入り混じった感情を、ユーモラスな方言と現代的な「信仰」と共に綴った「現代小説らしい母性神話」です。
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宇佐見りん『かか』あらすじ
幼稚園のころの夢は「かか」になることだったという「うーちゃん」の視点から綴った家族の物語。小学校に入ってすぐの頃、「とと」の浮気と家庭内暴力で、「かか」と「とと」は別居するようになり、うーちゃんは「誰かのお嫁さんにもかかにもなりたない」と考えるようになる。文藝賞のデビュー作でありながら三島由紀夫賞を受賞した、母性を巡る現代小説。