図書新聞(2021年2月13日号)に吉田修一『湖の女たち』の書評を寄稿しました。表題は「純文学とミステリー小説の双方の特徴を有した傑作 -週刊誌連載の小説らしい批評性も有するー」です。
本作は、19人を刺殺して戦後最悪の大量殺人事件となった相模原障碍者施設殺傷事件など、現代的な事件を想起させる題材を取り入れている点で従来の吉田修一の作品と同様の特徴を有しています。その一方で731部隊の人体実験など戦前の際どい史実を主要な題材としている点で、従来の吉田修一作品とは異なる「社会派ミステリー小説」とも言えます。
「事件や犯罪というものが、まるで金や権力で売り買いできる商品のような気がした」という週刊誌記者・池田の呟きは、週刊誌連載の小説らしい批評性を有したものです。
この小説の表題に記された「湖」とは、市島民男の殺人事件の現場に近い「琵琶湖」と、戦前にハルビン市内への水の供給のために、松江江の支流を堰き止めて作った人口湖・平房湖の二つを指します。戦前から戦後へと連続する「人間を物として扱う人間の悪の所在」を、二つの湖の底に眠る集合的記憶を通して問いかけた『湖の女たち』は、吉田修一らしい純文学とミステリー小説の双方の特徴を有した傑作だと思います。