2021/02/03

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第143回 坂上泉『インビジブル』

 西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」(第143回 2021年1月31日)は、坂上泉のデビュー2作目『インビジブル』を取り上げています。表題は「偽史織り交ぜて描く戦後史」です。

 著者の坂上泉は2019年に「へぼ侍」(松本清張賞作を改題)でデビューし、本作が二作目です。細やかな世相の描写に、東京大学で戦後史を研究した経験が生きており、登場人物たちが体感した「地に足の着いた歴史描写」に味わいがあります。

 主人公は中卒で自治体警察に入った「昭和生まれ」の新人刑事・新城で、東京帝大卒のエリートで国家地方警察から派遣されてきた守屋とコンビを組むことになります。ユーモラスな登場人物たちの描写は「仁義なき戦い」などの脚本家として知られる笠原和夫の群像劇を彷彿とさせるもので、笠原の言う所の近代史を描いた「半時代劇」のような雰囲気を有します。

 昭和の黒幕として列挙される政治家の笹川良一や、阿片王の異名をとった里見甫など、実在の人物を想起させる登場人物たちの描写も細やかで、戦後史を描いたノンフィクション作品のような筆致も楽しめる作品です。


坂上泉『インビジブル』あらすじ

昭和29年の大阪を舞台に、中卒の新人刑事と東京帝大卒のエリート刑事が、連続殺人事件の真相に迫る。満州で阿片生産に従事していた人々が経験した数奇な運命と、戦後の大阪で起きた連続殺人事件の関係とは。関西弁が飛び交う往時の大阪市警視庁を舞台にした新人作家・坂上泉の直木賞候補作。