2021/07/05

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第165回 金原ひとみ『fishy』

 「現代ブンガク風土記」(第165回 2021年7月4日)は、金原ひとみ『fishy』を取り上げています。表題は「「男性社会」から自由な恋愛」です。前便のとおり、本連載は事前に協議の上ピックアップした現代小説に対する批評文ですので(掲載順やその可否、タイトルについてもご担当のデスクによる判断ですので)、特定のトピックに対する個人的な見解を代弁するものではありません。念のため。政治や社会などの個別の問題がどうであれ、普遍的に存在する文学的な問題について論じた批評文です。

 金原ひとみは男女の間に生じる感情の食い違いを、ユーモラスな情感と共に表現するのが上手い作家だと思います。本作は銀座に近い有楽町駅と、ビジネス街として知られる新橋駅の間にある銀座コリドー通りで酒を酌み交わす「fishy(胡散くさそう)」な女性三人の恋心を、心の底から抉り取るように描いています。写真は数か月前に私が撮った銀座のコリドー通りのものです。

 3人は互いに本音で批判をぶつけ合う酒飲み仲間で、定期的にコリドー通りに繰り出しては、世の中の男たちに翻弄されないための「同盟」のような関係を育んでいきます。3人の女性たちの異なる恋愛観や人生観が、酒気を帯びた遠慮のない会話を通して浮き彫りにされる展開が面白いです。この作品はレイモンド・チャンドラーの『ロング・グッドバイ』のように、酒場で親しくなった人々の儚い友情とハードボイルドな人生を浮き彫りにすることに成功しています。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/765232/

金原ひとみ『fishy』あらすじ

 子育てをしながら出版社で編集者として働く弓子。フリーのインテリアデザイナーとして事務所を構える既婚者のユリ。元々は小説家志望でライターの仕事を続ける、独身者の美玖。飲み友達の関係にあった三人は、不倫や離婚、家事の分担やセックスレスなど男女間に生じる様々な問題について語り合ううちに、内に抱える闇を互いに晒していく。