2021/07/12

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第166回 筒井康隆『文学部唯野教授』

  「現代ブンガク風土記」(第166回 2021年7月11日)は、筒井康隆の『文学部唯野教授』を取り上げています。今週は直木賞予想の対談も、西日本新聞に掲載予定です。

 表題は「文芸批評が「花形」だった時代」です。早治大学、立智大学、明教大学など実在の大学を想起させる場所を舞台にした、唯野教授を主人公とする「アカデミック・コメディ」です。作中に江戸川公園が登場するため、作品の舞台は早稲田大学に近いのかも知れません。

 唯野教授の現代批評論の小説内講義も楽しめます。内容は英国の批評家テリー・イーグルトンの『文学とは何か』を下地にしたもので、唯野がジョークを交えて説明する「構造主義」や「ポスト構造主義」の講義は、分かりやすくて面白いです。1980年代に流行した学際的な思想潮流=ニューアカデミズムから、文学に関するものをピックアップして、嚙み砕いて説明した「文芸批評入門書」のような風情です。

 1990年に発表された本作は「ニューアカ・ブーム」の後押しもあり、純文学作品としては異例とも言える50万部超えのベストセラーとなりました。猫の例を用いた唯野教授の「記号論」の論争まで起こったことを考えれば、思想や批評に関心を持つ人の多い時代だったのだと思います。文芸批評に関する講義が、大学の文系学部の「花形」だった時代の記憶を現代に伝える筒井康隆らしい「歴史小説」です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/768766/


筒井康隆『文学部唯野教授』あらすじ

 早治大学の文学部で教鞭を執る唯野教授が、大学内の政争に塗れながら、匿名で小説を執筆し、非常勤で働く立智大学で、自分が好きな文芸批評の講義を行う日々を描く。大学の権力と文壇の権力の構造を暴いたスキャンダラスな小説。フランス語にも翻訳され、「ルモンド」や「リベラシオン」で紹介され、筒井康隆の文化勲章(シュバリエ賞)の受賞に繋がった作品。