2021/07/19

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第167回 佐藤究『テスカトリポカ』

 「現代ブンガク風土記」(第167回 2021年7月18日)は、佐藤究の第165回直木賞受賞作『テスカトリポカ』を取り上げています。表題は「増える移民 川崎の新現実」です。西田藍さんとの対談「第165回直木賞展望 直木賞はどの作品に」でも時間をかけて議論した作品です。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/770167/

 前作の『Ank:a mirroring ape』(吉川英治文学新人賞・大藪春彦賞)も人間の「原始の本能」である「ミラーリング」に着目し、「京都暴動」を描いたいい作品でしたが、やや純文学色(とゾンビ系小説色)が強めだったので、世界的な視野とエンターテイメント性が増した本作が直木賞に相応しいと感じました。

『テスカトリポカ』は「いつまで待っても国連軍が介入してこないようなタイプ」のマフィアやヤクザや半グレたちの現代的な抗争を描いた作品です。コカインや「氷」の俗称で知られるメタンフェタミン(ヒロポン)の密輸や臓器売買に着目しつつ、国際的なスケールで表現することに成功しています。小説の中心に据えられるのは、川崎市で生まれ育った土方コシモの成長物語で、作中に度々登場する「川崎市民の歌(好きです かわさき 愛の街)」の歌詞が、血に塗れた抗争と対照的で味わい深いです。

 本作は海外からの移民が増えた川崎の新しい現実感を、メキシコ系日本人のコシモが成長していく姿を通して描いた、山本周五郎賞と直木三十五賞のW受賞に相応しい大作だと思います。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/772239/

佐藤究『テスカトリポカ』あらすじ

 メキシコの麻薬カルテル「ロス・カサソラス」の幹部・バルミロと、ジャカルタの臓器密売コーディーネーター・末永は、川崎を拠点として臓器売買のビジネスに着手する。川崎のヤクザや東京の半グレ組織に対抗すべく、川崎の自動車解体場で、メキシコの流儀で殺し屋が育成され、川崎生まれでメキシコ人の母を持つ土方コシモは、父と慕うバルミロに見出され、その才能を開花させていく。