2021/09/27

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第177回 桜木紫乃『それを愛とは呼ばず』

 「現代ブンガク風土記」(第177回 2021年9月26日)で、新潟県を舞台にした桜木紫乃『それを愛とは呼ばず』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「夢破れた人々 多様な愛」です。新潟を舞台にした代表的な現代小説ということもあり、本作は連載の早い段階で取り上げる予定でしたが、桜木紫乃の作品は北海道(釧路×2、留萌)を舞台にした3作を先に取り上げたため、177回目での登場となりました。桜木さんの地に足の着いた、力強い筆致に、いつも励まされています。

 新潟一の繁華街として知られる古町を拠点にした「いざわコーポレーション」の社長・章子の謎めいた事故をめぐる小説です。文字通り古町は日本海と信濃川に挟まれた「新潟島」の中で最も歴史が古い場所で、江戸初期に築かれた港町・新潟の雰囲気を残しています。この旧市街で飲食店やホテルを経営する章子は、ホテルから美容室まで「土地に合った商売」を行って成功した人物で、新潟に愛着を持ち「地元に残る若い子を育てていきたい」という強い思いを抱いています。

  このような章子の姿には、生まれ育った釧路を拠点として小説を記してきた桜木紫乃自身の姿が重なって見えます。かつて北洋漁業の拠点として賑わった釧路は『ホテルローヤル』や『ラブレス』などの作品で描かれてきたように、中心市街地がシャッター商店街化して久しい場所です。現在の釧路の姿は、日本海側を代表する大都市・新潟の将来の姿でもあり、私の故郷である長崎の姿かも知れません。新潟に「音楽と映画と食事と文房具」を並列した本屋をオープンさせ、若者たちに読書で培った学びを通して、地元に強く根を張って生きてほしいという章子の願いに「切実な響き」が感じられる作品です。新潟と北海道を舞台にした、本連載の核を成す作家の代表作の一つです。

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桜木紫乃『それを愛とは呼ばず』あらすじ

 54歳の亮介は、10歳年上の新潟の女社長・章子と結婚したことで「いざわコーポレーション」の副社長となるが、章子の交通事故により、会社を追われる。再就職した東京の不動産屋から不良債権化したリゾートマンションの営業部員として送られ、バブル経済の後始末を押し付けられる。もう一人の主人公・釧路出身のタレント・紗希は、30歳を前に芸能事務所を解雇され、本業として働く銀座のキャバレーで亮介と出会い、彼の苦境を生きる姿に惹かれていく。