「現代ブンガク風土記」(第203回 2022年4月10日)では、田辺聖子の『姥ざかり』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「人生哲学に満ちた『私小説』」です。『ジョゼと虎と魚たち』の回でも書きましたが、田辺聖子の小説は、繊細な心情表現が生きた魅力的な作品が多く、再評価が必要な作家だと思います。
単行本『現代文学風土記』(西日本新聞社、416ページ、5月発売)は、無事見本を確認し、印刷に入りました。帯文は、作家の吉田修一さん(先輩)に、新潮社「波」の一文の転載をご快諾を頂きました。誠にありがとうございます。本連載は5月1日で最終回を迎えますが、続きは加筆してボリュームを増した単行本でお楽しみ頂ければ幸いです。次の連載の企画も打ち合わせを進めていますが、しばらくは準備期間に入ります。
田辺聖子は大阪市の天満の育ちで、大阪弁を用いた恋愛小説の名手として知られます。小松左京や筒井康隆など関西出身の作家たちとの交流も深く、作家となった後も関西との縁が深い書き手でした。本作は、長男と同居することを断り、東神戸の「快適なマンション暮らし」を満喫する「姥」こと「私」の日常を描いた作品です。
「二十代の連れ合い自慢、三十代四十代の子供自慢、五十代六十代の財産自慢、みな同じ」と「姥」は世俗の価値観から距離を置いています。「やる気」と「ガッツ」を重んじる彼女は、中野重治のように「五勺の酒」を飲みながら阪神タイガースを応援することを趣味とし、苦労の成果として手に入れた贅沢な暮らしを満喫しています。
田辺聖子は「姥の境地」に至った本作について次のように記しています。「私はどういう老年を迎えるか、日夜よく考えるのだが、どうも侘び寂び、枯淡、というのはイヤだし、といって、ぎらぎらと脂ぎっていつまでも煩悩まみれになっているのも好もしくないし、<中略>自然の美しさや人のなさけや世のユーモアに敏感で、与えられるよろこびを感謝するという——そういうお婆さんになりたい」と。「姥ざかり」は関西を代表する女性作家として、長年にわたり多様な小説を記してきた田辺聖子らしい、人生哲学に満ちた作品です。
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田辺聖子『姥ざかり』あらすじ
年寄りらしく生きることを拒み、孫たちとの関りをわずらわしく感じ、一人、マンション暮らしを満喫する「姥」こと「私」の日常を描く。子供や孫に煙たがられ、距離を置きつつも、十分な資産を有しているため、英会話や絵画教室に通い、宝塚歌劇を楽しみ、悠々自適の生活を送る。老いのあり方を考えさせる田辺聖子の人気シリーズの第一作。