「現代ブンガク風土記」(第204回 2022年4月17日)では、綿矢りさの『勝手にふるえてろ』を取り上げました。年始に書いた原稿ですが、久しぶりに読み返して笑いました。担当デスクが付した表題は「中二病者のための恋愛読本」です。前に書評を寄稿した『教養としての芥川賞』で綿矢りさが高く評価されていましたが、私も綿矢りさは、文学的な物事への鋭い感性を持つ作家だと思います。本連載では『生のみ生のままで』に次いで2回目の登場です。
綿矢りさは、傍目には社会に適応しているように見えて、社会から逸脱した欲望を持て余している女性を描くのが上手いです。「私」ことヨシカは「思い込みが激しく、こいつと決めたらしつこく追いかけまわすタイプ」で「ストーカー一歩手前の自己陶酔が激しいタイプ」だと説明されています。彼女は相手の気持ちを汲み取るのが苦手で「恋心の火は火力を調整できないからこそ尊いんだぞ」と完全に開き直っています。
友人宅で集まった朝に、ヨシカは「イチ」に接近することに成功します。しかし接近したことで「イチ」が自分に関心がないことを身に染みて思い知らされてしまいます。ヨシカは「イチ」との恋愛が進展しない中、会社の同期の男「ニ」に告白され、無難な結婚相手としてキープしたいと考えます。ただ彼女は「ニ」が持つ「飛行機で出される油の浮いたコンソメスープ」のような体臭が好きではなく、彼の家を訪ねた時も、きちんと片付いた部屋を見て、「入所十年目の模範囚の部屋」のようだと感じてしまいます。
ヨシカは肝心な場面で周囲の信頼を裏切り、「どうして私は、失わなければそのものの大切さが分からないんだろう」と感じます。心理学で「好き」の反対の感情は「嫌い」ではなく無関心だと言われますが、「好き」と「嫌い」が表裏一体となったヨシカの複雑な感情の行方が、本作の読み所といえます。ヨシカには「ニ」と良い人生を歩んでほしいと切実に感じさせる、綿矢りさらしい恋愛小説です。世の中全体が「中二病」化しているのでは、と感じさせる筆致も上手いです。
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綿矢りさ『勝手にふるえてろ』あらすじ
26歳まで男性と付き合ったことのない江藤ヨシカの恋愛を描く。「イチ」は中学時代からの憧れの男性で「夕焼けのようなあたたかさ」を感じる。「ニ」は池袋にある会社の同期で、「原始的な欲求」で結びつくことができる。ヨシカは「おたく期間が長かった」ため現実の恋愛に上手く適応できず、「イチ」と「ニ」との関係のあり方に悩む。
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平山周吉さんから『満州国グランドホテル』(芸術新聞社)をご恵投頂きました。本文中で満州を舞台にした安彦良和さんの名作『虹色のトロツキー』への言及があることもあり、カバー絵が安彦さんの書下ろしという贅沢さ。各回の見出しの付け方の上手さ、グランドホテル形式の構成、資料の収集範囲の広さ、平山さんの文藝春秋時代の経験の総体が詰まっているように感じました。「新潮」連載の「小津安二郎」を書きながら、この内容と分量。。「文學界」「諸君!」の編集長時代からお世話になっていますが、『江藤淳は甦える』(小林秀雄賞)以後、江藤淳が乗り移っているような気迫を感じます。私も気を引き締めて次の仕事の準備に励みます。