2022/04/03

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第202回 村上春樹『女のいない男たち』

 「現代ブンガク風土記」(第201回 2022年4月3日)では、「ドライブ・マイ・カー」がアカデミー賞の国際長編映画賞を獲得したこともあり、映画版の原作となった3作品が収録されている村上春樹の『女のいない男たち』を取り上げました。担当デスクが付した表題は「群れたがる人の心の盲点」です。4月の原稿は年末年始に入稿しているため、映画版の受賞に関係なく、6つの短編について書いた内容です。

 2020年の『羊をめぐる冒険』の回でも書きましたが、大学一年生の時(1996年)に村上朝日堂のホームページで、村上春樹さんと3通ほどメールのやり取りをできたことが、現在の仕事に繋がっている気がします。『そうだ、村上さんに聞いてみよう』(朝日新聞社)に、この時のやり取りが収録されていますが、安西水丸さんのイラスト入りのメールが届いたときは、本当に嬉しかったです(名作『ねじまき鳥クロニクル』が完結して間もない頃です)。当初、臨床心理学に関心を持ったのも、1995年の阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件後に読んだ村上春樹、河合隼雄の文章の影響が大きかったと思います。

『女のいない男たち』は、本文中の言葉を借りれば、「人生とはそんなつるっとした、ひっかかりのない、心地よいものであってええのんか、みたいな不安」を描いた短編集です。「ドライブ・マイ・カー」以外の短編も村上春樹の作品らしく、特に「木野」は往時の村上春樹の作品が持つ「闇の力」を想起させる名作で、深夜の熊本のビジネスホテルで「誰か」がドアや窓を「こんこん」と心を砕くリズムで叩き続ける描写が圧巻で、身震いがします。

 本作は近年の村上春樹作品の中でも質が高いこともあり、映画版の「シェラザード」と「木野」の消化の仕方には、正直、いい部分と物足りない部分の双方を感じました。ただ原作に踏み込んだ解釈を加えて、創作的に脚本を練り上げ、村上春樹の作品と対峙した点は、チャレンジングで面白かったです。演出や役者の演技も良かったと思います。映画版は中盤から、チェーホフの「ワーニャ叔父さん」を広島で上演するオリジナルのストーリーになり、村上春樹とチェーホフの世界が溶け込んでいく展開になるわけですが、この点は、賛否の分かれるところだったと思います。村上春樹の小説は、小説でしか表現し難い部分が読み所だったりします。私の批評文は「ドライブ・マイ・カー」というよりは、「イエスタデイ」と「独立器官」と「木野」を中心とした内容です。

 単行本『現代文学風土記』(西日本新聞社、416ページ)は、奥付の記載で5月18日(言葉の日)の刊行で、5月中旬ぐらいから書店販売の予定です。二段組で900枚ぐらいの分量ですが、学生にも読んでもらえるように1800円+税で、購入しやすい価格に設定して頂きました。本文を読んでいただければ分かる通り、留学生にも読みやすい工夫を施しています。装画は私と担当デスクの一致した希望で、文芸誌の挿絵や、三浦しをんさんや角田光代さんなど女性作家の表紙でお馴染みの金子恵さんに描いて頂きました。優しいタッチの素晴らしい表紙絵を頂き、とてもいい本に仕上がりそうです。書籍の刊行はスモールビジネスですが、ゆっくりと届くべきところに届けば十分満足です。

nishinippon.co.jp/item/n/901460/

村上春樹『女のいない男たち』あらすじ

「ドライブ・マイ・カー」の主人公の家福は、妻の最後の浮気相手だった高槻と、妻の死後、思い出を語り合う友人として付き合うようになる。「木野」の主人公の木野は、妻の浮気現場を目撃してショックを受け、会社を辞めバーをはじめるが、軌道に乗った店が死の気配に包まれてしまう。村上春樹らしい、様々な世代の際どい男女関係を描いた短編集。

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 藤子不二雄Aが亡くなりました。私が子供のころの長崎には一冊30円の貸本屋があり、幼稚園から小学校にかけて浴びるように漫画を読んで育ったわけですが、藤子不二雄の作品はほぼ全部読んでいます。個人的には藤子Aの作品だと、「劇画毛沢東伝」「まんが道」「ブラック商会変奇郎」あたりが好みでした。好きなキャラクターだと、テラさん、小池さん、山川キヨシくん、毛沢東あたりでしょうか。

 高岡にある藤子不二雄Fのミュージアムにも行きましたが、A氏のファンも多いと思うので、彼が描いた「闇の力」を感じさせるような禍々しいミュージアムを建ててほしいです。読売・朝日・毎日が小池さん(鈴木伸一、長崎出身)のインタビューを乗せていたのが良かったです。立教に出講する時は、A氏を偲びつつ、トキワ荘近くの「まんが道」でお馴染みの松葉にラーメンを食べに行きたいと思います。