2018/06/10

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第11回 青来有一『聖水』

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」の第11回(2018年6月10日)は、第124回芥川賞受賞作、青来有一の『聖水』について論じています。表題は「土俗的信仰の忘却 告発」です。

青来氏は長崎市の職員から作家となった方で、長崎の爆心地近辺で育った経験から、長崎を題材とした作品を多く記しています。2010年から長崎原爆資料館の館長を務められています。

経歴から判断して「お堅い作風」と思われるかも知れませんが、「聖水」は自然食品店やリサイクルショップを経営する潜伏キリシタンの末裔が、「聖水」を独自のルートで販売しながら、土着的な信仰のあり方を問い返すという、刺激的で、面白い作品です。「オラショ(ラテン語で祈祷文の意味)」を唱える土俗的なキリスト教信仰を、実に上手く、現代小説として描いています。

先日、UNESCOの諮問機関のICOMOSが「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」について、世界文化遺産として「登録が妥当」との勧告を行いました。事実上の世界文化遺産としての決定です。ただこのリストには、長崎の原爆災害の象徴であり、多くのキリスト教徒の努力で再建された、浦上天主堂は含まれていません。

潜伏キリシタンの史跡が世界文化遺産に登録されたことは素晴らしいことだと個人的には感じていますが、原爆災害の象徴である浦上天主堂がそのリストから外れたことについては、思うことが色々とあります。機会があれば、長崎のキリスト教の文学史も踏まえて、原稿としてまとめたいと考えています。

「聖水」は、浦上の近くのキリスト教徒の内部の加害・被害関係を描いた、論争的な作品です。「潜伏キリシタン」や長崎・浦上のキリスト教徒の信仰を巡る、複雑な歴史について、現代文学として正面から向き合った作品で、長崎の近現代史に少しでも関心の向く方には、ぜひ手にとってほしい小説です。