2018/08/12

西日本新聞「現代ブンガク風土記」第20回 森沢明夫「津軽百年食堂」

西日本新聞の連載「現代ブンガク風土記」の第20回(2018年8月12日)は、森沢明夫の『津軽百年食堂』について論じています。表題は「弘前の記憶描き ブームに」です。
「百年食堂」というのは、青森県が定めた定義によると、三代以上にわたって引き継がれて、七〇年以上続いている食堂を意味します。この小説は、大森一樹監督で映画化され、BSフジでは、全国各地の「百年食堂」を紹介する「ニッポン百年食堂」という番組も放送されています。

「百年食堂ブーム」の発端となったのが津軽蕎麦を出す架空の「大森食堂」を舞台とした、森沢明夫の『津軽百年食堂』です。森沢明夫氏は早稲田大学の人間科学部出身(私の8学年ほど上の先輩)で、出版会社を勤務したのち、フリーのライターとして活動し、エッセイやノンフィクションを書き、その後、小説を書き始めた方です。「百年食堂」に着目して津軽地方に点在する「百年食堂」の歴史や、弘南鉄道大鰐線沿いの街の歴史を丁寧に取材している点が素晴らしく、読みやすい文章の中に、時間の深みを感じます。

近代文学には、トーマス・マンの『ブッデンブローク家の人々』や北杜夫の『楡家の人々』など、数世代にわたる名家の人々の生活を描くことで、土地の記憶を家族史の中で炙り出すような名作があります。『津軽百年食堂』は、気軽に手にとって楽しめる作品ですが、過疎化が進行する土地に根を張った「大衆食堂」に着目することで、弘前という土地の記憶を、「百年食堂」の時間の重みの中で、鮮やかに描き出すことに成功しています。

掲載を頂いた写真は、昨年ゼミ合宿で津軽の五所川原で見学した、五所川原立佞武多(たちねぶた)で、歌舞伎踊りの創始者である出雲の阿国を題材としたものです。